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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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同じもの

 触れた瞬間。



 音が消えた。



 風。



 悲鳴。



 魔法の炸裂音。



 全部。



 一瞬で遠くなる。



 静かだった。



 世界ごと。



 止まったみたいに。



「……あ」



 黒い獣が揺れる。



 輪郭が崩れる。



 形が定まらない。



 まるで。



 世界に拒絶されているみたいに。



 その感覚を。



 私は知っている。



 ずっと。



 知っていた。



「お前も」



 自然に言葉が漏れる。



「合わなかったんだ」



 返事はない。



 でも。



 獣の揺れが。



 少しだけ弱くなる。



 後ろで誰かが叫んでいる。



「離れろ!!」



 監査官。



 焦っている。



 初めて聞く声だった。



 でも。



 私は動かない。



 怖くないから。



 このズレを。



 初めて。



 理解できたから。



 私は。



 目を閉じる。



 意識する。



 今までみたいに。



 “合わせる”んじゃない。



 逆。



 拒絶しない。



 無理に揃えない。



 ズレたまま。



 そのまま受け入れる。



 その瞬間。



 黒い獣の輪郭が。



 少しだけ安定する。



「……え」



 誰かが息を呑む。



 当然だ。



 今まで攻撃が通らなかった相手が。



 急に静かになった。



 暴れない。



 吠えない。



 ただ。



 じっと。



 私を見ている。



 まるで。



 確認するみたいに。



 本当に。



 壊されないのか。



 確かめるみたいに。



「大丈夫」



 また言う。



 今度は。



 ちゃんと意味が分かっていた。



 私は。



 お前を壊さない。



 無理に世界へ押し込まない。



 だから。



 大丈夫。



 その瞬間。



 黒い獣の体が崩れる。



 周囲がざわつく。



 でも。



 消滅じゃない。



 崩れた黒が。



 ゆっくり形を変えていく。



 小さく。



 細く。



 やがて。



 そこに残ったのは。



 一匹の黒猫だった。



「……は?」



 監査官が固まる。



 教師も。



 上級生も。



 全員。



 止まっている。



 黒猫は。



 静かに私を見上げる。



 金色の目。



 少しだけ不機嫌そうな顔。



 それから。



 当然みたいに。



 私の足元へ座る。



「…………」



 沈黙。



 長い。



 誰も理解できていない。



 正直。



 私も分からない。



 でも。



 黒猫を見る。



 さっきまでの。



 あの壊れそうな感覚が。



 もうない。



 代わりに。



 妙な安心感だけが残っている。



「ミナ」



 教師の声。



 かなり硬い。



「……説明できるか」



「できません」



 即答。



 本当に分からない。



 でも。



 一つだけ。



 理解していた。



「たぶん」



 黒猫を見ながら言う。



「無理に直そうとしたから、壊れてたんだと思います」



 静かになる。



 誰も喋らない。



「世界に合わせようとして」



 続ける。



「だから、ズレた」



 自分にも言っているみたいだった。



 教師が黙る。



 監査官も。



 誰も。



 すぐには否定しなかった。



 その時。



 ユナが近づいてくる。



 慎重に。



 でも。



 止まらずに。



「……触っていい?」



 黒猫に向かって聞く。



 知らないよ。



 そう思った瞬間。



 黒猫が威嚇した。



「シャーッ!!」



「えっ怖」



 ユナが下がる。



 少し笑いが起きる。



 緊張が。



 少しだけ崩れる。



 私は。



 その空気を見て。



 少しだけ思う。



 ああ。



 もしかしたら。



 まだ。



 戻れるのかもしれない。



 完全には。



 壊れていないのかもしれない。



 その時。



 黒猫が。



 小さく私の足に頭を擦りつけた。



 その感触だけが。



 なぜか。



 やけに温かかった。

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