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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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11/47

人間のふり

 次の日。


⸻


 私は、少しだけ笑う練習をした。


⸻


 意味はない。


⸻


 必要もない。


⸻


 でも。


⸻


 昨日の言葉が。


⸻


 残っていた。


⸻


『消えそうで怖い』


⸻


 ユナの声。


⸻


 頭から離れない。


⸻


「……意味分かんない」


⸻


 呟く。


⸻


 消える?


⸻


 私はここにいる。


⸻


 ちゃんと。


⸻


 存在している。


⸻


 監視までされて。


⸻


 怪物扱いまでされて。


⸻


 こんなに“濃く”存在しているのに。


⸻


 なのに。


⸻


 消えそう。


⸻


 意味が分からない。


⸻


 分からないのに。


⸻


 少しだけ。


⸻


 怖かった。


⸻


 教室。


⸻


 入った瞬間。


⸻


 空気が止まる。


⸻


 もう慣れた。


⸻


 視線。


⸻


 沈黙。


⸻


 警戒。


⸻


 最近は、嫌悪より恐怖が多い。


⸻


 その中で。


⸻


「おはよー」


⸻


 ユナだけが、普通だった。


⸻


 本当に。


⸻


 普通に。


⸻


 笑っている。


⸻


 なんでそんな顔ができるんだろう。


⸻


 怖いって言ってたくせに。


⸻


「……おはよ」


⸻


 少しだけ遅れて返す。


⸻


 ユナが固まる。


⸻


「え」


⸻


 変な声。


⸻


「なに」


⸻


「いや、返ってきたから……」


⸻


 失礼だな。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 笑いそうになる。


⸻


 その瞬間。


⸻


 ユナの顔が変わる。


⸻


「……今」


⸻


「?」


⸻


「今ちょっと笑った?」


⸻


 しまった。


⸻


 そう思った時には遅かった。


⸻


 ユナが急に近づいてくる。


⸻


「監査官さん見た!?今笑った!」


⸻


「騒ぐな」


⸻


 後ろから冷たい声。


⸻


 黒服の監査官。


⸻


 最近ずっとついてる女。


⸻


 名前は知らない。


⸻


 たぶん向こうも教える気ない。


⸻


「いやでも今の見ました!?」


⸻


「見た」


⸻


「どう思います!?」


⸻


「うるさい」


⸻


 即答だった。


⸻


 ユナが笑う。


⸻


 つられて。


⸻


 少しだけ。


⸻


 空気が緩む。


⸻


 その時だった。


⸻


 教室の扉が開く。


⸻


 教師。


⸻


 顔が硬い。


⸻


「全員、訓練場へ移動」


⸻


 空気が変わる。


⸻


 雑談が止まる。


⸻


「学院外周に異常発生」


⸻


 異常。


⸻


 その単語だけで。


⸻


 みんなの顔色が変わる。


⸻


「実戦訓練を兼ねる。上級生も投入済みだ」


⸻


 ざわつく。


⸻


 でも。


⸻


 教師はすぐ続けた。


⸻


「ミナ・アッシュは待機」


⸻


 一瞬。


⸻


 視線が集まる。


⸻


 またそれか。


⸻


「危険性を考慮して——」


⸻


「私も行きます」


⸻


 口が勝手に動いていた。


⸻


 教師が止まる。


⸻


 監査官も。


⸻


 ユナも。


⸻


 みんな。


⸻


 少し驚いた顔をする。


⸻


 自分でも。


⸻


 少し驚いていた。


⸻


 なんで。


⸻


 そんなこと言ったんだろう。


⸻


「許可できない」


⸻


 教師が即答する。


⸻


「お前は制御が——」


⸻


「できます」


⸻


 静かに返す。


⸻


 空気が変わる。


⸻


 教師の目が細くなる。


⸻


「証明できるか」


⸻


「できます」


⸻


 また即答。


⸻


 自分でも不思議だった。


⸻


 でも。


⸻


 たぶん。


⸻


 昨日のせいだ。


⸻


『怪物には見えなかった』


⸻


 あの言葉。


⸻


 あれが。


⸻


 頭に残っている。


⸻


 もし。


⸻


 まだ人間側に立てるなら。


⸻


 少しくらい。


⸻


 試してみたかった。


⸻


「……条件付きだ」


⸻


 教師が言う。


⸻


「単独行動禁止。監査官同行」


⸻


「了解」


⸻


 あっさり頷く。


⸻


 その瞬間。


⸻


 ユナが小さく笑った。


⸻


「なんか今日のミナ、ちょっと人間っぽい」


⸻


「それ褒めてる?」


⸻


「たぶん!」


⸻


 雑だな。


⸻


 でも。


⸻


 嫌じゃなかった。


⸻


 学院外周。


⸻


 森の入口。


⸻


 空気が重い。


⸻


 魔力濃度が高い。


⸻


 木々がざわついている。


⸻


「……変だな」


⸻


 教師が呟く。


⸻


「発生源が確認できない」


⸻


 上級生たちも警戒している。


⸻


 かなり強い。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 ズレて見える。


⸻


 空間が。


⸻


 揺れている。


⸻


 その瞬間。


⸻


 奥から。


⸻


 “何か”が出てくる。


⸻


 黒い。


⸻


 獣。


⸻


 でも。


⸻


 形が安定していない。


⸻


 崩れる。


⸻


 揺れる。


⸻


 輪郭が。


⸻


「っ、来るぞ!」


⸻


 誰かが叫ぶ。


⸻


 同時に。


⸻


 全員が動く。


⸻


 魔法。


⸻


 斬撃。


⸻


 連携。


⸻


 完璧に近い。


⸻


 なのに。


⸻


 当たらない。


⸻


 いや。


⸻


 “噛み合っていない”。


⸻


 攻撃の順番が。


⸻


 全部ズレている。


⸻


「なにこれ……!」


⸻


 上級生の声が震える。


⸻


 当然だ。


⸻


 普通の敵じゃない。


⸻


 でも。


⸻


 私は知っている。


⸻


 この感覚を。


⸻


 これは。


⸻


 私と同じだ。


⸻


 ズレている。


⸻


 世界から。


⸻


 だから。


⸻


 私は前に出る。


⸻


「ミナ!待て!」


⸻


 止める声。


⸻


 でも。


⸻


 止まらない。


⸻


 黒い獣が。


⸻


 こっちを見る。


⸻


 その瞬間。


⸻


 理解した。


⸻


 ああ。


⸻


 こいつ。


⸻


 “合ってない”。


⸻


 私と同じで。


⸻


 どこにも。


⸻


 居場所がない。


⸻


 だから。


⸻


 壊れている。


⸻


 私は。


⸻


 ゆっくり手を伸ばす。


⸻


 怖くない。


⸻


 初めてだった。


⸻


 この力を。


⸻


 怖いと思わなかったのは。


⸻


「……大丈夫」


⸻


 誰に向けたのか。


⸻


 自分でも分からないまま。


⸻


 私は。


⸻


 そのズレに触れた。

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