6.酒場のアシュリー
数日後の夜。内陸部の町と国の中心部である港を結ぶ街道沿いには、煌々と明かりが灯っている。
出張仕事帰りの貴族や商人を商売客にした酒場や宿が軒を連ねているのだ。
その中の一軒に、トットは今まさに足を踏み入れようとしていた。
隣には、フード付きの外套で顔を隠したアンリもいる。
「……本当についてきて大丈夫だったのかよ? 調査だからって、王太子サマがこんな酒場にいたら大問題だよ」
「大丈夫、お忍びだから。僕が証人になった方がずっと話が早いしね」
「そりゃ新米白騎士よりはいいだろうな」
ここは、攫われたトットの兄弟の一人である少女・アシュリーが働いているという酒場だ。
トットは一人で様子を見にくるつもりだったのだが、なぜだかアンリもついてきた。
どうせ、妹を思うあまり暴走しないか心配されているといったところだろう。
「……じゃあ、行くぞ」
覚悟を決めて、トットは酒場の扉を押す。
店内は、光と音で満たされている。アンリが隣で息を呑むのが聞こえた。
「これは……」
「いらっしゃいませ! 旅のお方ですか?」
店主らしき中肉中背の男が手揉みしながら二人を出迎える。
身なりからか、それなりに金を持っていそうな客だとみなされたのだろう。
「ああ。旅の疲れを癒してもらいたいんだが……」
店の中をざっと見渡す。ここはただの酒場というよりはキャバレーに近いらしく、客席にはきらびやかな服をきた女性がそれぞれ一人か二人、ついている。
トットは瞬時に店内を見渡し、アシュリーの姿を探した。
(いた。あれ……!)
トットの目に止まったのは、決まった席につかずせっせと給仕をするバニーガールだった。
トットがアシュリーに視線を釘付けにされていることに気づいた店主が、ニマリと下卑た笑みを浮かべる。
「彼女に目をつけるとは、お目が高い。あれはアシュリー、まだ若いですがしっかり仕込んでありますから絶品でしょう」
いやらしい言い方に、トットとアンリは二人して眉をひそめる。
その空気の変化を感じ取って、店長は二人の顔をじっと見た。
「……こういったお店は初めてですかな?」
「いや、」
当然、二人とも初めてだ。
トットは娯楽に溶かせる金など持ったことがないし、アンリが初めてなのは言うまでもないだろう。
しかし、それを悟られるのは得策ではない。今日はあくまで目立たずに、アシュリーの無事を確認してあわよくば接触しよう……というところまでが、二人の目標である。
どうしたものか、とトットは次の言葉を考える。
しかしトットより先に、店主が何か気がついたように、アンリの正面につかつかと歩み寄る。
「あんた、どっかで――」
その瞬間、二人は察する。――バレた。
アンリは咄嗟にフードを外し、一歩後ずさる。
「……騙したようで悪いね」
「お、王太子様!?」
店主の大声に、店中の視線が一瞬でアンリに集まる。
あらわになった銀の髪が、店の照明を反射してきらんと光った。
もし正体がバレてしまったときの、第二プランだ。
店主の察しのよさのせいか、隠し切れないアンリのオーラのせいか。こんなに早く移行することになるとは思わなかったが、しかたない。
「この店に、人身売買の嫌疑がかかっている。話を聞かせてもらえるかな」
アンリは下手に出るが、店主は応じない。それどころか店のバックヤードを振り返り、大きな声で叫んだ。
「迷惑客だ、つまみ出せ!!」
その声に応じて、黒服の男たちがバックヤードから四人、出てくる。
彼らは二人ずつに分かれて、アンリとトットを力づくで店から追い出そうと向かってくる。
「アンリ! 怪我するなよ!」
とはいえ、この展開は想定外だ。
このあたりの店なら、嫌疑が真実だろうと言いがかりでも、アンリの言葉に従わない者のほうが多いだろう。この国の治安とはそんなものだ。
アンリは余計な怪我をしないよう、男たちに抵抗せず店の外に引きずられていく。
それを見送って、トットは自分の手を掴む長身の男を、思い切り背負い投げにした。
「――きゃあっ!!」
投げ飛ばされた男は近くのテーブルにぶつかり、グラスが床に落ちて割れる。
その席についていた女が悲鳴を上げて逃げていく。
店の中は、一瞬で蜂の巣をつついたようなパニック状態になった。
(あとは……)
先ほどからずっと、トットは視線に気づいていた。
アンリの正体が明らかになった瞬間も、今このパニックの中でも。
一人だけ、トットのことを見つめる視線。
トットがこの店の中ですぐにアシュリーを見つけられたように、アシュリーもまたトットに気づいていた。
突っ込んでくるもう一人の男を蹴りで沈める。
今のトットはただの腕っぷしの強い悪ガキではない。三年間の訓練で、彼の技には磨きがかかっていた。
あっという間に二人の黒服を伸して、顔を上げる。
もはや誰もトットに近づこうとせず、客も店員もぐちゃぐちゃになって逃げていく。
トットは、その中で立ち尽くすアシュリーに、手を伸ばす。
「アシュリー、遅くなってごめん! 迎えに来た!」
あの日――家族がバラバラになってしまった日から、三年。
トットの手が、やっと届いた。




