5.解決すべき事件
――コンコンコン。
侍従に案内された部屋の扉を、恭しく三度ノックする。
中から「どうぞ」と声が聞こえるのを待って、トットはゆっくりと扉を開けた。
「早かったね。朝の支度をしている頃かと思ったけれど」
「いえ。殿下のお言葉に、急ぎ馳せ参じたまでにございます」
トットは扉から一歩部屋の中に入り、胸に手を当てて深く頭を下げる。
直角を越えて腰を折ったトットの敬礼と堅い言葉に、アンリは苦笑した。
「そういうの、前までやってなかったじゃないか。騎士になったから意気込んでるの?」
「……言うなよ。台無しになるだろ」
せっかく、騎士として王太子であるアンリに敬意を払おうと思ったのに。
もともと礼儀作法に慣れていないことを指摘され、トットは唇を尖らせる。
しかしアンリはトットの不満そうな表情をスルーして、一人優雅に頷いている。
「そうやって畏まらない方が君らしくていい。そのままで頼むよ」
「……わかったよ。それで? 何か進展があったから呼び出したんだろう?」
トットはつまらなさそうに話を切り上げ、本題に入る。
騎士デビュー初日のトットを、アンリがわざわざ名指しで呼び出した理由。
それは、トットが大陸軍の騎士を志した理由でもあった。
「ああ。君の家族――あの日攫われた孤児の一人、アシュリーの居場所がわかったかもしれない」
「!!」
トットは大きく息を飲む。
あの日さらわれて以来行方がわからなくなってしまった、三人の家族――アシュリー、ニナ、カストル。
なかでもアシュリーは、いちばん年下の小さな女の子だ。
年下なのに気が強くて、わがままばかり言って手がかかる。それでも彼女には独特の愛嬌があって、最後には誰もがアシュリーのことを許してしまうようなかわいらしいやつだった。
「アシュリー……」
彼女ならうまく生き抜いただろう。けれどもやっぱり年下だ、心細かっただろうとも思う。
アシュリーがこれまで三年間、どこで何をして生きてきたのか、考えるだけで胸が張り裂けるように痛かった。
「……君はすぐにでも駆けつけたい気分だろうけど」
「当然だ」
ちょうどあの日の夢を見ていた。
虫の知らせのようなものだろう。アシュリーが、トットの助けを待っているのだ。
今にも立ち上がって部屋を出ていきそうなトットに、アンリは制止の声をかける。
「悪いが、待ってほしい。……君の家族に関する調査は、今はまだただの疑惑で、僕の趣味での人探しでしかない」
だから一人探すのに三年かかった、とアンリは悔しそうに呟く。
トットが三年間、士官学校で訓練をしている間、アンリはずっとトットの兄弟のことを調べてくれていたのだ。
「感謝するよ。でももうアシュリーが見つかったなら――」
あとは芋づる式に、人攫いを探してそこから他の兄弟たちも見つけるだけだ。
短絡的に考えるトットの思考を見抜いて、アンリは首を振った。
「君は騎士としての立場を得た。堂々と調査し、人攫いを罰するためには、事件として正式に立件することが必要だ。アシュリーを見つけ出しても、彼女の生い立ちがわからなければ今度はこちらが誘拐犯だよ」
「…………それは、」
言い返す言葉が思いつかず、トットは口ごもる。
そんなトットを安心させるように、アンリは一度長く息を吐き、口元を緩めた。
「逆に言えば、初めての事件化のチャンスなんだよ。つらいとは思うけれど、改めて教えてくれないか? あの日僕たちが到着するまでに、起こったことを――」
今朝あんな夢を見たからか、トットの語り口はいやに鮮明だった。
アンリはメモをとりながら、トットの話を一言一句逃さずに聞く。
「人攫いの男は、ハウスに火をつけたときに自分の袖にも燃え移ったみたいで、服が燃えてたのを覚えてる。だから、俺が探すべき犯人は右腕に火傷があるはずなんだ」
「火傷の男か。それから、心苦しいけれど……君のマザーも疑わなくてはならない」
「ああ」
名前も知らず、マザー、マザーと呼んで慕っていた。しかし彼女のことを、人攫いの男はフィローネと名前で呼んだ。
それはつまり、共犯者だったということに違いない。
事件があった三年前の時点でもう年は五十近かったのではないだろうか。
今はもう生きているかもわからないマザーのことを思い出し、トットは彼女の特徴を洗いざらい話した。
目の垂れたシワの多い顔。優しい声。
シルバーグレーの髪を白髪まみれだって揶揄うと、マザーはいつもカンカンに怒ったあと顔をくしゃくしゃにして笑った。
本当の母親のようだった彼女が、人攫いの味方をしたなんて今でも信じられない。
それでも。
「俺は兄弟を助けて……あの人攫いの男と、マザーを絶対に見つけ出す。アンリ、これからよろしく頼む」
「こちらこそ。僕もあの日燃える孤児院を見た。君の心はよくわかっているつもりだ」
アンリはそう言って立ち上がり、握手を求めてトットの方に右手を差し出す。
あの日、焼け落ちた孤児院の消火とトットの救出にあたったのは、国の大陸軍。
そして、社会勉強として軍に同行していたアンリだった。
アンリがいなければ、今のトットはない。そして、これからもそうだ。
差し出された手を、トットは力強く握りかえした。




