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【完結】孤児院イチの悪ガキだった俺が、次期国王の腹にアイスクリームをぶつけたら  作者: りっく
第四章 未来の国王

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42.お忍びのシナモンアップル

 その日、アンリは朝から不思議に思っていたのだ。


 休みだからと朝一番にアンリの執務室を訪ねてきたトットは、突然ワガママを言ってアンリを困らせた。

 

「どうしてもあそこのアイスが食べたいんだけど、今日を逃すとしばらく休みがなくてさ。今から行かねぇ?」

「……急だね」

「ニナの判決が決まって、兄弟みんなで面会も行った。一件落着したなぁって思ってたら、急に」

「彼女の事件が終わったときなら、バニラアイスを食べたじゃないか」

「何度行ったっていいだろ? ほら、早く仕事を終わらせろ」


 という調子で、アンリをいつもの下町のアイス屋に連れていこうとしたのだ。

 

 別に一人で行ってアイスを食べて帰ってきたって財布が痛まない程度の給金はもらっているだろうに、トットはしつこく自分を誘った。

 

 友人らしい友人が他にいないアンリとしては、まぁ、満更でもない。

 口ではなんで僕まで、と言いながら、アンリは爆速でその日のノルマを終わらせてトットとともに王城を出た。


 アイス屋に着くと、アシュリーがわざとらしいほど大きな驚きの声をあげた。


「うわぁ、こんな奇跡ってある!? さっきちょうど、カストルが来たんだよ! あっちの方でまだ食べてるんじゃない??」

「えっ、本当か! せっかくだし少し話したいな!」

 

 アシュリーが指をさした方向を、トットは大げさに振り返る。

 二人の演技がかった態度に違和感は、どこか違和感があると思ったのだ。

 

 思いながらも、トットがカストルの方を気にしているようだったから、つい「話してくれば?」と言ってしまった。

 外で一人になるのはよくないことだが、こんな下町だし、アンリだって腕に覚えがないわけではない。

 だから少しくらい大丈夫だろうと、ちょっとずつくすぶっていた疑問を見ないふりしていた。


 そんなアンリに、後ろから声がかかる。


「え――アンリ、さま?」


 振り向いて、アンリは言葉を失う。

 この国にいるはずのない、もう10年も会ってすらない、それでも忘れるはずのはい顔。

 

 花のような少女が、大きくなってそこに立っていた。

 

 つばの広い麦わら帽子をかぶって顔を隠して、質素なワンピースを着て身分も隠して。

 けれどアンリにはそんなもの、意味がなかった。


「……きみは――――」


 エリザベート。

 名前を呼ぼうと開いた口は乾ききって、うまく舌が回らなかった。

 

 その言葉を上から塞ぐように、女は慌てて顔の前で両手をぶんぶん振った。


「ち、違った。違います。人違いです。わたくし、……あなたの知らない人です」


 聞いたことのない名乗り方がおかしくて、少し拍子抜けする。

 お忍びで来ていることを察して、アンリも話を合わせる。


「……すみません、知人に似ていて驚いてしまった。このあたりの方ですか?」

「いえ……じゃなかった、ええ! だって観光客がアイスを食べにくるような場所ではないでしょう? もちろん王太子様も」

「行きつけなんですよ。御用達って書いていいよといつも言っているけれど、なかなか書いてくれない」


 朝から続いていたトットの違和感ある態度の理由がわかった。

 トットはどういうわけか彼女がここに来ることを知っていて、アンリを引き合わせたかったわけだ。


 意外にもアンリの心は落ち着いていた。

 会えると思っていなかった人に会って、もっと混乱していてもいいはずなのに。

 彼女を目の前にして、安堵のような気持ちの方が勝っていた。


 エリザベートは、穏やかな表情で自身のことを見つめるアンリの視線に少したじろぐ。

 しかし、黙り込むのもおかしいと思ったのだろう。軽快に話を続けた。

 

「御用達ですか。何味がお好きです?」

「エクストラバニラミルクかな。君は?」

「あ……シナモンアップルを、頼んでみようかと。香辛料が好きなので気になりまして」

「おや、食べたことがないものを選ばれるんですか?」

「えっと、知人の紹介で、ここには初めて来たのです。なので全て初めて……」

「先ほどご近所とおっしゃいませんでした?」


 だんだんしどろもどろになっていくエリザベートの言葉に、ついついアンリのイタズラ心が顔を出す。

 矛盾を指摘すると、彼女は唇をムッと尖らせて黙り込んだ。


「ふふ、すみません。からかいました。アシュリー、アップルシナモンアイスを二つ」

「はぁい」


 二人の会話を聞かないふりでずっとそわそわしていたアシュリーは、手際よくアイスを二つ差し出してくれた。

 前に来たときから半年で、ずいぶんアイス屋の仕事に慣れたようだ。


 アイスを受け取り、アンリとエリザベートは近くのぼろいベンチに腰掛ける。

 そこでエリザベートはやっと、口調を崩して話しはじめた。

 取り繕っても無駄だと、観念したのだろう。

 

「昔から興味があったの。自分の知らないもの、食べたことのない味、海を超えた先の景色とか、いろんなものに」

「それは素敵ですね」

「……だから本当はこの国だって、自由に歩きたいのに。あなたが羨ましい」


 麦わら帽のつばの下に隠れる彼女の表情は、ワガママを叱られた少女のようだ。

 お忍びで遊びに来てくれるほどこの国に興味を持ってくれている彼女からしたら、今の状況は息苦しいことだろう。

 

「しかたない、我々は不自由なものです。反対にあなたには自由に歩けて、私には歩けない場所もある」

「そうですね。くだらないものだわ。政治なんて」

「まさか!」


 エリザベートの不満げな言葉に、アンリは思わず首を振る。

 政治が二国を引き裂いたのではない。むしろその逆だと、アンリは常々思っていた。


「誰もが世界中をいつでもどこでも安全に歩けるようにするのが、本来の政治でしょう? 私たちを引き離すものじゃない」


 きっぱりと言い切るアンリの言葉を聞いて、エリザベートは胸を打たれたように息を呑む。

 感情をごまかすようにアイスクリームにかじりつきながら、小さな声で彼女は言った。

  

「……なら、頑張ってよ」

「え?」

「私にこの国を堂々と歩かせて? そうしたら私も、あなたを案内してあげる。ずっと地味な場所だけど、私の故郷を」


 それはアンリの心の真ん中を射抜くような言葉だった。

 嬉しい誘いでありながら、アンリの理想が実現していないことを突きつけられたようでもある。

 

 逃げるように口にしたアップルシナモンの味は、甘くて苦かった。


「がんばります。……ちょっと、待たせるかもしれないけど」

「いいですよ」


 エリザベートはそう答え、幸せそうな顔でワッフルコーンを頬張った。

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