41.ある兄弟の企み
また別の休日。
トットはアンリの執務室に、用もないのに押しかけていた。
ここ半年訓練に邪魔されて会っていなかったので、久々に話したいこともたくさんあった。
互いに一通り近況報告を終えて、執務に戻ったアンリの姿をトットは応接ソファに座ってぼうっと眺める。
リーシェナには誰にも言うなと言われているが、アンリの顔を見ているとどうしても前に聞いた手紙のことを思い出してしまう。
アンリの元婚約者であるエリザベート姫がお忍びでこの国にやってくるというのだから、気になって当然だろう。
「あのー……えっと、前に言ってた婚約者のこと、聞いてもいいか?」
「うん? いいけど……どうしたんだい急に」
「いや、気になって。お前の口から恋愛話を聞いたことってないからさ」
とうとう我慢しきれなくなったトットが尋ねると、案の定アンリは訝しげな顔をする。
「変なトット。恋愛話なんて興味ないだろう?」
「い、いやある。最近気になってる、俺もそれなりの歳だし」
「ふーん……?」
アンリはじっとりした目でトットを見つめるが、やがて何か勘違いしたように口角を上げた。
トットは嫌な気配を感じておや、と思ったが、もう遅い。
「まあ、君に道を示せるのは悪くない。隣国の文化も僕なら知っているし、参考になるだろうとも」
途端に楽しそうな顔になって、アンリは元婚約者との思い出を語りはじめた。
* * *
アンリがエリザベートと初めて会ったのは八歳のとき。
まだほんの子どもだったアンリだが、将来の婚約者候補だということは知っていた。
アンリより二つ年下のエリザベートはまだ六歳。
アンリ以上に不安だったし右も左もわからなかったことだろう。
表向きは親同士の会談として、二人はお菓子を食べて絵本を読んで遊んでいただけだ。
まるで妹ができたようだと思っていた。
彼女は花が好きで、花瓶に活けられた花の名前と特徴を楽しそうに話してくれた。
アンリも一緒になって花の名前を覚えて笑いあっていたが、年齢があがるにつれて、だんだん社交のお作法みたいなものに縛られるようになってしまった。
エリザベートは、ほとんど目の前の花の話なんてしなくなった。
どちらの国で咲いた花を活けてあるかで、国同士の不和を生んではいけないから。
アンリも自分の趣味や思想の話なんてしたことがない。
それでも読書が好きだ、くらいは言ったことがあったのかもしれない。
たったそれだけをきっかけに、両国を引き裂くきっかけになる質問が編み出されてしまったわけだが。
「あー……こう話すとなんだか、ちっとも参考にならないな。しかしなんだ、相手の好きなものを自分も好きになれるというのは、理想的な関係性なんじゃないかと思うよ」
トットを前に一通り自分の元婚約者との過去を語り終えたアンリは、バツが悪そうに話をそう締めくくった。
トットは頭をガシガシと掻き、気まずそうな声で答える。
「つくづく大変だな、王太子サマは」
「まぁね。たとえば君に対するように気兼ねなく彼女と話せていたら、どんな風だったかな……とはときどき思うよ」
国に振り回されるようになって、どんどん本心で話せなくなっていった。
好きなものも、信念も、表向きばかりで本当のところは一つも知らない。
エリザベートもまた、アンリのことを何も知らぬまま終わった関係だと思っていることだろう。
「もったいないな。せっかく出会えたのに」
その言葉はもうほとんど独り言だった。
しかし耳聡く聞き逃さなかったトットは、目をきらりと輝かせた。
(……いいことを思いついちまった)
* * *
アンリの元を退出して兵舎に帰るその足で、トットは寄り道をした。
向かう先はマウフェルの屋敷、つまりカストルのところだ。
エリザベートがお忍びでこの国にやってくるのは二週間後。滞在期間は三日間だ。
そのうち二日はトットが王都の巡回警備をする日なので、先輩騎士たちに頼んで、マウフェルの屋敷のあたりを持ち場に設定させてもらった。
仕事としてそのあたりを巡回できるので、目を光らせることもできるだろう。
最後の一日だけはトットが非番の日だったので、他の騎士に頼んである。
必要なら休日返上で自分が警備に入ろうかと今朝まで思っていたが、今は思いついた名案にかき消されてしまった。
カストルにそう報告し終えたトットは、ニヤリと口角を上げて、声をひそめる。
「お姫様、活気あるこの国の雰囲気が好きだって言ってたろ? 最終日は王都じゃなくて、下町の市場なんかに行くのはどうだ? 王室御用達のアイスクリーム屋なんかあるんだぜ」
含みを持たせてそう言うと、カストルもトットのやりたいことを理解したようだ。
トットと同じようないたずらっぽい顔で、彼もまた目を細めて笑う。
「いいな、それ。アシュリーが驚かないように、手紙でも書いて伝えておこう」
「そうした方がいいな。仕入れも頑張っておけってな」
「いっそハート型のベンチでも新しく置かせるか?」
「ふは、それはやりすぎ。あとで本気で怒られるからナシで」
まるで子どもの頃、マザーや兄弟を喜ばせるサプライズを考えていたときのように。
夜が更けていく中、二人は顔を突き合わせていつまでも打ち合わせを続けていた。




