31.ゴロツキ同士
「大陸軍より追加増員兵を紹介する! 白騎士・トット。こちらへ!」
「はいっ!」
港町の船着き場。
整列する海軍騎士たちの前、トットはいつもと違う紺色の軍服に身を包み敬礼をした。
そんなトットに厳しい視線を向けるのは、海軍第二師団――トットが海賊について最前線で知るためにやってきた増員先の、錚々たる騎士たちだ。
海軍にいるだけあって、ここのメンバーは誰もがそれなりに高貴な出自と強さを持っている。
彼らにとって、孤児の生まれであり大陸軍の白騎士という最も低級の称号を持つトットは、悪い意味で異質な存在だった。
「よくここに来れたよな。王太子殿下のご寵愛だけのくせに!」
わざと悪い言い方をしてトットを真正面から睨みつけたのは、訓練兵時代に同期だったアルフェンだ。
訓練兵として一緒に頑張っていたときは面と向かってあからさまな悪意をぶつけてくることはなかったが、海軍に来て擦れてしまったらしい。
トットはチクチクした彼の言葉遣いを無視して、淡々と事実だけを答える。
「実力ある騎士を求めていると聞いて。数人いた候補者全員と決闘して、全勝してきた」
「……はぁ? つまり大陸軍の中で内輪揉めを起こしたうえで、無理やり海軍に来たって? 大陸軍の任務はそんなに厳しかったのか?」
「内輪揉めじゃない。正式に認められた決闘だ。海軍に来たのは海賊を取り締まるためだ」
「あっそ……まあせいぜい足を引っ張るなよ」
ふっ、と鼻で笑ってみせるアルフェンは、トットの言葉を一つも信じていないようだった。
その人を食った態度には腹が立つが、確かアルフェンの父親は軍の幹部だったはず。トットとしても、ここで事を荒立ててせっかく掴んだチャンスを棒に振るのは避けたかった。
アルフェンに言ったことは本当だ。
まだろくに手柄もあげていない、日々のゴミ出しや捕物劇で手一杯の新米騎士が海軍に行きたいと言い出したのを、大陸軍の兵士たちは誰も笑わなかった。
理由はともあれ、海軍に行きたいのは大陸軍騎士全員の共通認識だからだ。
先輩騎士たちはみな口を揃えて、「俺に勝てたら候補者の座を譲ってやる」と言った。
上官もそれを聞いて見届け人になると。
そうして開催された海軍行き権の争奪戦は、強い使命感に駆られるトットの一人勝ちに終わったのだった。
(まあ、信じないなら別にいいけど。俺のすべきことは決まってるからな)
トットはぐるりと辺りを見渡す。
十人以上の騎士がいるが、みな言葉にこそしないもののアルフェンと同じようなことを思っているのが、表情や雰囲気から読み取れた。
しかしトットはそんな逆風をものともせず、団長の指示に従って海賊の調査船に乗り込んだ。
* * *
一週間もすればトットへの風当たりの強さはずいぶんマシになっていた。
誰もギスギスしながら任務にあたりたい物好きなどいないし、トットの活躍に一目置く者も出てきはじめた。
具体的には、海賊を捕らえてからの尋問の巧さに、である。
「報告です。昨日捕らえた中型ガレオン船の海賊5名より、同様の中型船があと2艇、南東の岩礁地帯に潜伏している可能性があると情報を得ました」
「なんと……! 非常に有益な情報だ、すぐに向かおう」
今日もトットの報告で、調査船は慌ただしく動き出す。
珍しいことではなく、赴任三日目にトットが海賊の残党の逃げた先を言い当ててからは、すっかりこの調子だった。
トットが上官に報告する様子を見ていた海軍騎士たちが、船の甲板でひそひそと話す。
「一体、どんな尋問をしているんだろうな? 海賊を痛めつけるでもなく、あれだけの情報を引き出すなんて……」
「裏取引でもしているんじゃないかと最初は思ったが、あいつが尋問したあとの海賊たちはみんな素直にお縄につくんだよな……」
不思議そうにそう話す二人の騎士の元に、たまたま通りかかったアルフェンが口を挟む。
「ゴロツキ同士、波長が合うのでしょう。あいつ、訓練兵時代はしょっちゅう幼少期の犯罪自慢を繰り返していましたよ」
「ああ、孤児出身なんだったか」
「そういう生まれの者にしかわからないテクニックがあるのか?」
くすくすと、小さな嘲笑がさざなみのように三人の騎士の間に広がった。
上官への報告を終えて自分の持ち場に向かっていたトットは、思わずため息をつく。
(聞こえてるって。大半の人は優しくなってきたけど、まだちょっとこういう人もいるんだよな……)
アルフェンをはじめ、若い騎士ほどトットを見下している者が多い。
海賊が現れはじめたこの緊急事態で、心の余裕を無くしてしまっているのだろう。
(……まぁ、いいけど。お世話になるのも今日明日までの話だ)
トットは自分を笑う声に聞こえなかったふりをして、持ち場につく。
船が進む先の岩礁地帯には、トットの言葉通り、二隻の海賊船が泊まっていた。
そして、翌朝。
港に帰らず海の上で一晩停泊したあとの調査船は、大騒ぎになっていた。
騎士たちが目覚めてみると、あの大活躍を見せていた大陸軍の白騎士トットがどこにもいない。
海の上で泊まっていた船から姿を消すことなど、空でも飛べない限りは不可能だ。突然トットが行方不明になったことに、誰もが動揺していた。
「――まさか、海に落ちたんじゃ…………」
「でも俺たちならともかく、見張りも担当してない、海に慣れてない大陸軍騎士が夜中に甲板なんか出るか?」
「じゃあ誰かに突き落とされた?」
「捕らえた海軍の報復で……」
「でも見張りをしてたが一度も見てないぞ」
様々な憶測が飛び交う甲板に、一羽のカモメがぱたぱたと飛んできた。
それどころではないので誰も最初は気に留めなかったが、カモメは口に咥えていた紙を、ちょうど甲板の真ん中にポトン、と落とした。
突然降ってきた紙切れのポトン、という音で、その場にいた一同は驚いて一度黙り込んだ。
奇妙な沈黙が降りる中、第二師団団長である銀騎士の男が手紙をペラりと開けた。
そして、読み上げる。
「アンリ王太子殿下より忠告。白騎士・トットは突発的な独断行動の恐れあり、十分注意せよ――」
「そ……そんなこと言われても、もう……」
あと一日早くこの伝令を聞けていたら。
そんな後悔と焦りが、その場にいた全員の心にじわじわと湧き上がっていった。




