30.アンリの発見
トットが突然訪問してきてから数日。
アンリは以前と同じく……いやそれ以上に海賊の対応に追われていた。
そこに、一通の手紙が届く。
差出人も宛名も書いていない手紙を持ってきたのは、前にアンリの手紙をトットに届けてくれた海軍の銀騎士だった。
「王太子殿下。こちら、以前の手紙の返事を預かっております」
「返事? 直接乗り込んできたのに?」
「え。直接乗り込んできたのですか!? あの白騎士、予想外のことばかり……」
驚く銀騎士をよそに、アンリは手紙に目を通す。
トットの字はお世辞にも綺麗とは言えないしときどき綴りも間違っているが、力強く迷いのない筆跡だった。
『調べたいことができた。自分の目で直接確かめてくるから、しばらく顔を出さないけど心配するな。
ニナも探してくるし、海賊のことも俺が責任を持ってなんとかする。
俺の予想が合ってたら、俺もあの海賊たちに連なる存在かもしれないんだ』
説明不足の手紙にアンリはしばし黙り込む。
そんなアンリを気遣うように、おそるおそる手紙を持ってきた銀騎士が声をかけた。
「あの……もうご存知かもしれませんが、この手紙を私に託した白騎士・トット君は、いま海軍に増員として派遣されていまして……」
「…………まさか」
「はい?」
アンリは背中にじっとりと汗が伝うのを感じる。
海賊たちのいる拘置所を出るとき、彼は別の海賊と何やら話していた。
声をかけられただけだと言っていたが、そこで何か妹にまつわる手がかりを掴んでいたとしたら。
アンリに詳しく伝えず独断で動くというところに、何やら不穏な気配を感じた。
「気をつけてくれ。トットが君たちの命令を聞かず、独断で暴走することがあるかもしれない」
「はっ。……はい? え、彼は殿下の勅命を受けていた忠誠心ある騎士なのでは――」
「忠誠心はわからないけれど、彼が僕に従順だったことは一度もない。くれぐれも注意するよう、現場に伝えておいてくれ」
「……かしこまりました」
複雑そうな顔で銀騎士は頷き、部屋を退出していった。
残されたアンリは、改めて手紙を読み直す。
「トットも海賊に連なる存在かもしれない……か。一体あの海賊に何を言われた? トットに関係するということは、マザーやニナにも関係するのか? あの孤児院そのものが、海賊にまつわる組織の……?」
思考を口に出しながら、アンリはうろうろと執務室の中を歩き回る。
普段は机に向かって黙々と思考を巡らせるタイプだが、今回ばかりは落ち着かなかった。
友人の身に何が起こっているのか、彼が直面した事実とは何なのか。考えるあまり、アンリの眉間には深いシワが寄っている。
執務室の本棚の前に差し掛かったアンリはふとそこで足を止める。
一人考えこむよりも、資料にあたった方がよほど有意義な推論ができる。
孤児院に何か隠された事実があるのなら、孤児院のルーツを調べるのが手っ取り早いだろう。
アンリは本棚から一冊の地図帳を取り出した。
この国の国土の地図が年代別にファイリングされた貴重な資料だ。建国当時から、三年ごとに町がどう変わってきたか記されている。
最新のページでは孤児院があった場所は空き地になっている。火事があって孤児院の建物がなくなってから、あそこは空き地のままだ。
三年遡ると孤児院の名前が表記される。そこからさらに三年、もう三年と遡っていくと、15年前を境にそこにある建物の用途が変わっていることがわかった。
トットの孤児院ができる前。そこには教会があった。
(これだ……!)
アンリは地図帳を近くにあったソファの上に投げ出し、また別の本を取り出す。
次に手に取った古びた本は、10年以上前に発刊された文化誌だ。当時のこの国を取り巻く文化や宗教のことが、事細かに書いてある。
ペラペラとページをめくる手が逸る。
古くなった本は時折ページが張り付いたり折れたりして読みにくい。インクの滲む文字も、今よりずっと古めかしくて汚かった。
それでもアンリは懲りずに目を凝らし――そして、見つけた。
トットやニナのブローチに刻まれていたのと、全く同じ紋章。
トットがハウスの紋章と呼んだそれには、別の説明が付されていた。
「海の女神カトアを信仰する宗教の紋章。海上の交易を通じてもたらされたこの宗教は、数年前に禁教として国から排斥された――」
教会が孤児院に変わった時期と、宗教が禁じられた時期が一致する。
海の女神の宗教ならば、海賊と繋がりがあってもおかしくない。
10年前から突如国を脅かしはじめた海賊たちは、この宗教の教義のもとに集まった同志たちだったのではないか。
それを、トットは知ったのだ。
彼のことだから責任を感じているだろう。トットが自分を育てたものの罪を自分自身で背負うような、生真面目すぎる性格をしていることをアンリは知っていた。
本を閉じて本棚に突き立てたアンリは、侍従を呼ぶ暇も惜しんで慌ただしくその場で外出着に着替えた。
全てを知ったアンリが向かうのは、当然トットのところだ。
とはいっても、王太子がいきなり海賊のいる最前線に向かうことはできないので、国王の御前で頼み込むところから始めなくてはならないが。
(早まるなよ、トット……!)
焦る胸を抑えるように、アンリは海の方角を向いて小さく祈った。




