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孤児院イチの悪ガキだった俺が、次期国王の腹にアイスクリームをぶつけたら  作者: りっく
第三章 海賊島の女神ニナ

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29.トットの覚悟

 結論から言って、聞き込みの成果は芳しくなかった。

 

 みなブローチ自体は見たことがあって、貴重な戦利品としてありがたがっていたらしい。

 しかし、いつから彼らの船にブローチがあったかは誰も知らない。

 いつ誰から奪ったなんて覚えている者はおらず。ただいつの間にかそこにあったのだという。


 嘘をついて隠し事をしているような素振りはなかった。

 海賊たちは連帯感が強いのか、恩赦という言葉を聞いてからは、隣同士の独房越しに「正直に話せよ」「知ってるんならお前だけでも出してもらえ」などひそひそ話し合う声が聞こえてきた。

 そんな中でわざわざ嘘をつこうという者は、よほどの理由がないといないだろう。


 せっかく協力的な雰囲気を引き出せたのに、何も成果は得られずアンリとトットは肩を落とした。


「当てが外れたな……。ニナ、今ごろどうしてるんだろうか」


 トットは不安げな声で呟く。

 海賊たちがニナを直接襲ったわけではないとわかって安心したが、依然として行方も安否もわからないままだ。

 

 アシュリーのように悪い環境で働かされているかもしれない。

 あるいは大切なブローチを手放さなくてはならないほど、生活に困窮しているのかもしれない。


「心配だね。海賊に関係する可能性があるなら、僕の方でももう少し調べてみよう」

「ああ、頼む。それじゃ、今日は帰るか……」


 悔しそうに後ろ髪を引かれながら、二人は出口に向かって歩き出す。

 アンリが先導して、地上に繋がる階段を登っていく。

 それについていこうとするトットを、牢の奥から一人の男が呼び止めた。


「あんた……女神様の教えを知ってるのか」


 声をかけてきたのはニナのブローチを持っていた海賊たちとは別の、年老いた男だ。

 ここにいるということは彼も海賊なのかもしれないが、しわくちゃの顔と骨の浮いた手足は海の男には見えない。

 しかし、その口から放たれた低い声は妙な迫力を伴っていた。


「女神様……?」


 アンリの背はもう階段の先の、扉の向こう。囚人の声は届かない場所だ。

 トットはひとり、足を止めた。


「そのブローチ……よく見せてみろ」

「? あぁ」


 トットが男の檻に向けてブローチを差し出すと、男はまじまじとそれを見て、大きく頷いた。


「やはり、女神様の紋章が入っている。それに話も聞こえてきた……君の母親は、我々の仲間だったのではないか?」

「母親? マザーのことか? 女神なんて心当たりは――」


 そう言いかけてトットは言葉を止める。

 孤児院の空き部屋にあった、崩れかけた女神像を思い出したのだ。


(もしかしてあれが……? でも宗教の話なんて、聞いたことないけど)


 そのとき、トットがついてきていないことに気がついたアンリが階段の上から呼びかけた。


「トット? 大丈夫かい?」

「……ああ、今行く!」


 アンリの声にトットは大声で返事をした。

 去り際に、改めて声をかけてきた老人の方を振り返る。


「これは孤児院でもらったものだ。俺はあんたの仲間じゃない」

「……そうか」


 何かがトットの心に引っかかっていた。

 首を傾げながら、トットは階段を登る。

 

「遅かったね。何か話していたのかい?」

「……いや。関係ない海賊に話しかけられたけど、大したことじゃなかったよ」

「そう? ならいいけど」


 扉を出ると先には殺風景な廊下が続く。

 二人の足音だけがカツカツと響いていた。



   *   *   *



 アンリの執務室に戻ると、もとから山積みだった書類仕事の山がさらに量を増していた。

 トットはさすがにいたたまれなくなって、そそくさと退出して大陸軍の兵舎に帰ることにした。


 仕事の邪魔をしても悪い。

 それに、トットもまた、一人で考える時間を必要としていた。


 兵舎に戻るための乗り合い馬車の中、トットは悶々と考える。

 頭に残るのは、最後に話しかけてきた老海賊の言葉だ。


(マザーが俺たちに教えたのは、マザー自身の考えじゃなく女神様とやらの教えだった。そしてそれを知っているだけで、俺は海賊の仲間扱いをされた……)


 事実を並べると一つの推測が浮かび上がる。


 マザーは、かねてからこの国に被害を与え、隣国との関係を悪化させてきた悪しき海賊たちと、同じ宗教を信じていたのだ。

 そして、その宗教の教義や考え方を子どもたちに伝えるために、孤児院を営んでいた。


 アンリのように筋道立てて推論をするのは苦手だ。

 それに、トット自身考えついておきながら、それが間違いであってほしいと思っていた。


(俺たちは、海賊みたいになるように育てられてきたのか……?)


 胸の奥がぞわぞわと不穏な予感を伝える。

 ハウスの空き部屋、崩れかけた女神像だけが置かれたあの空間が、途端にひどく不気味なものだったように思えてきた。


 ざわつく心に呼応するように、馬車がガタリと揺れた。

 顔を上げると、ちょうど兵舎の近くの停留所に到着したところだった。


「あっやべっ……! すんません、降りますっ!!」


 トットは慌てて御者に声をかけ、乗合馬車を降りる。

 それからキッと唇を引き結び、周りの景色には目もくれず、足早に兵舎の自室へと向かった。


(知りたいことが多すぎる。自分の足で調べに行くしかない……俺はそのために、騎士になったんだ)

 

 夕方の兵舎の中は閑散としていた。

 皆任務に出ているか、非番の者はまだ出かけていて帰っていないのがほとんどだ。

 トットは人のいない兵舎を、最短距離で颯爽と横切る。

 

 そして帰り着いた自室の扉を乱暴に開け、手も洗わなければ服も着替えず、真っ先に備えつけの机に体を向ける。

 適当な手帳の1ページを破って、トットはそこにアンリへの言伝を書きつけた。

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