28.君が言ったんだ
アンリの先導で、トットは王都のはずれにある拘留所へ向かった。
人の活気から離れた殺風景な景色の中にぽつんと佇む、灰色のレンガ積みの建物である。
門扉には強固な鍵がかけられており、門番も二人立っていた。しかし彼らはアルトの顔を見るなり詳しい確認もせずにサッと道を開けた。
元より、中の者を外に出さないために置かれた門番だ。外から人が入る分には、それなりに自由なのだろう。
海賊たちがいるのは、薄暗い地下に並ぶ小さな独房の中だ。一部屋一部屋は狭く、簡素な作りでとにかく大勢の囚人を分断して捕らえるための施設のようにトットには見えた。
靴音を反響させながら、海賊たちの元に近づく。そこに話し声はなく、物音も少なかった。どことない諦めの雰囲気が、あたりを満たしている。
先を歩いていたアンリが立ち止まり、トットの方を振り返った。
「さて、ついた。ここで聞き込みと行こうか」
「ああ」
トットの手にはハウスの紋章が入ったブローチが握られている。
押収品の方は重要証拠として持ち出せなかったので、もともとトットが持っていたものだ。
「それを持っていた海賊は……報告書によるとこの目の前の独房から、あそこの右に曲がる通路までに収監されているよ」
「わかった」
トットは短く頷いて、まず目の前の独房を覗き込んだ。
鉄格子の向こうで怪訝そうにトットとアンリを睨んでいた髭面の男に呼びかける。
「檻越しで悪いが、ちょっと聞かせてくれ。あんた、このブローチに見覚えは?」
「……だれじゃ、お前?」
「誰でもいいだろ。質問に答えろ」
「答えて何になるかね? 装飾品なんて山ほど盗んできたからここにおる。そんな宝石一つ、見覚えがあったらなんじゃ」
訛りの混じった言葉で、海賊はぴしゃりと答えた。
確かに、向こうは囚人でこちらは王太子と騎士だ。海賊たちが素直に質問に答える理由はない。
トットは苛立って、ガシャン! と足で鉄格子を蹴って揺らした。
「ごちゃごちゃ言わず答えろ! 嘘ついたらただじゃおかねえぞ!」
荒らげた声には焦りがにじんでいる。
近くの牢に入れられた海賊たちが、皆ぎょっとした様子でトットの方を窺っていた。
「落ち着け、トット。暴力は連鎖するだけで何も生まない、と君が言ったんだ」
アンリはトットを諌めるように肩に手を置く。
二月ほど前、アシュリーを助けたときに言ったセリフを掘り返され、トットはバツが悪そうに身じろぎした。
「マザーの教えを持ち出されたら言い返せないな……」
「おや、あれはマザーの教えだったのか。いいことを言う方だ」
怒りを収めたトットに変わって、アンリがひょこっと鉄格子の中を覗く。
「あなたは三日前に拿捕された海賊船の副船長、ランゼルさんですね」
「……ああ」
「私はこの国の王太子アンリ。そしてこちらは騎士のトットです。我々は海賊の取り締まりとは全く別の案件で、人探しをしていまして」
「人探し? また疑わしいことを……」
ランゼルと呼ばれた海賊は眉をひそめる。
日に焼けた肌と屈強な肉体を持つ海賊が眼光鋭く睨みつけてくるのにはなかなか凄みがあったが、アンリはものともしない。
「ええ。知っていることがあれば些細なことでも全て話してください。内容によっては、恩赦をはかることもあるかと」
恩赦、の部分を強調してアンリは言った。近くの独房からざわざわと期待するような声が聞こえる。
トットは慌てて、アンリに確かめる。
「いいのかよ、そんな適当なこと言って!? そりゃお前ならできるだろうけど、こいつらを海に放って、また海賊行為をしたら――」
「もちろん、限界はある。せいぜい無期懲役が有期になる程度だろうけれど、悪い話ではないんじゃないかな」
試すようにぐるりとアンリは周りの牢に収容された海賊たちを見回す。
そして、小さな声でトットに囁いた。
「10年前とは違う。一つの考えに固執して、大切なものを失うなんてあってはならないことだ」
海賊たちには聞こえないよう潜めた声だったが、そこには確かな覚悟と決意がこもっていた。
10年前、海賊を憎むあまり隣国との友好関係を失ってしまった歴史を、アンリは反省しているのだろう。
(自分が犯した間違いでもないのに、律儀なやつだな……)
友人の美徳に触れたように感じて、トットは目を細める。
その生ぬるい視線に気がついたアンリが何か言う前に、トットは海賊ランゼルに向けて頭を下げた。
「乱暴に聞き出そうとして悪かった。アンリの言うとおり、知っていることは何でも教えてほしい。ここにいる海賊みんなだ」
薄暗い中、トットは一つ一つの牢を歩き回り、中にいる海賊たちにギリギリまで近寄ってブローチを見せた。
最初はトットとアンリを警戒して睨みつけていた海賊たちの中にも、少しだけ協力的な雰囲気が流れ出していた。




