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孤児院イチの悪ガキだった俺が、次期国王の腹にアイスクリームをぶつけたら  作者: りっく
第三章 海賊島の女神ニナ

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26.海は大荒れ

 トットが下町で、ひったくり犯と追いかけっこをしていた頃。

 王城のアンリもまた、仕事に追われていた。


 海軍から山のように届いた報告書に目を通し、承認するものと差し戻すものに仕分けていく。

 承認するのは他愛もない事件や事故に関するもので、差し戻すのはアンリが()()()()()ものだ。


 10年前にこの国と隣国を騒がせておきながら、海賊の勢いはすぐに弱まった。

 

 国外から来る交易船がぐんと数を減らしたので、海賊稼業も儲からなくなったのだろう。

 今ではシュタリスの港は、細々とだが貿易港としての役割を取り戻している。


 そこに、再び海賊の噂が立ちはじめた。

 

 あの頃子どもだったアンリも今では立派な大人だ。

 王太子として政治にも関わっている。であれば、この事態に全力をかけて立ち向かうのも道理である。

 本来ならば父王や宰相たちが行なうところの仕事を、大部分請け負ってきたのである。


 海賊の陰を見落とすわけにはいかない。

 そう思って真剣に報告書にあたって、なんとか全て見終えたアンリは息をついた。

 机の端に追いやられた眠気覚ましのコーヒーは、すっかり冷め切っている。


(これではトットの兄弟探しが進まないな……)


 一ヶ月ほど前なら時間がたっぷりあって、それこそ国中の病院のカルテを総浚いすることだってできたのだが。

 今は行方不明のまま残るトットの妹・ニナの手がかりを探したくても、情報に触れる時間がない。


(月に一度くらいは、進展を伝えてあげられたらいいのだけれど……)


 トット本人はおそらく気づいていないが、訓練兵時代も、カストルを探している間も、彼はときどき思い詰めたような顔をしている。

 きっと、兄弟のことが気にかかってしかたないのだろう。


 あの調子ではいつまで経ってもトット自身が幸せになれない。

 できるだけ早く解放してあげたい、というのがアンリの率直な想いだった。


 海賊のことがもっと忙しくなる前に何か行動を起こそう。

 そう思ってアンリが立ち上がったところで、執務室の扉がノックされた。

 

 アンリは思わず苦い声になりながら、ノックに応答する。


「はい、どうぞ入って――うわ」


 よく見知った海軍の銀騎士が、大量の報告書を抱えて部屋に入ってくる。

 今朝から少しずつ、全部で2時間かけて見終えた量の、倍はあるだろうか。


 つまりあと4時間はこの作業に釘付けということで。

 そして今の時刻は午後2時半。

 アンリの行動計画は、見事打ち砕かれたわけである。


 アンリは天を仰ぎ一度大きなため息をついてから、報告書を届けに来た銀騎士を呼び止める。


「ちょっとすまない。仕事を増やして悪いが、この紙を大陸軍にいるトットという白騎士に渡しておいてもらえないか」


 適当に手に取った裏紙に、アンリはさらさらと文字を書きつける。


『海が大荒れだ。僕はしばらく兄弟探しに付き合えない。ごめん』


 形式も何もない、メモ書き同然の手紙を、銀騎士は恭しく受け取った。


「承りました、王太子殿下。この手紙、我が名にかけて必ず無事にお届けいたします――!!」

「ああ」


 アンリは面倒そうに、銀騎士の男を追い払う。

 そして一人になった部屋で、コーヒーを飲み干して書類の山に向き直った。

 


   *   *   *



 それから2週間。

 海を揺るがす海賊の気配は、もう気配とは呼べない確実なものになってきていた。

 検挙の報告もあがり、王都の地下牢にも続々と海賊が収容されはじめている。

 

 厄介なことに、彼らは尋問してもけしてその母体を明かさなかった。

 どこから来たのか、何のために交易船を襲うのか。

 生きるため、とすら答えない、彼らの秘密主義は10年前と同じものだった。


 見た目からわかる国籍もバラバラで、まるで手がかりがないらしい。

 そのくせ捕まえても減らないどころか増え続ける海賊の被害報告に、国の運営に関わる誰もが頭を悩ませていた。


 アンリもまた悩んでいた。

 彼の目の前に置かれているのは、捕らえられた海賊からの応酬品だった。


 陽に照らされた海の色を固めたような、透き通る薄青色の宝石だろうか。

 あるいは、ガラス細工かもしれない。

 胸元にピンでつけられるように、ブローチとして加工されている。


 触れてもとっかかり一つないほど繊細に磨きあげられた、真ん丸なその玉の中には透かし彫りが埋め込まれている。

 表面には傷がないのに中には装飾がある、その作りはアンリが初めて目にするものであり、物理的に不可解だ。

 それに、透かし彫りは何かの紋章のように見えるが、少なくともアンリが知るような、どこかの国や名家の紋ではなさそうだった。


 つまり、手掛かりなし。

 こんなにも何かわかりそうな物品が目の前にあるのに、アンリの頭脳はそれを手掛かりにできない。

 何にも結びつかない目の前のブローチを眺めながら、アンリは頭を抱えていた。


 そこにノックの音が響く。

 いつもより荒々しい、ドンドンドン! という大きな音があたりに響いた。


(まったく、ゆっくり考え事もさせてくれないのか、海軍は……)


 集中を切られたアンリは返事をせずに数秒待った。

 小さな意趣返しのつもりである。

 しかしそれは意味をなさず、扉はアンリの返事を待たずに勝手に押し開けられた。


「この手紙! どういうことだよ!?」

「トット!? どうしてここに……」


 現れたのは海軍のどの騎士でもなく、トットだった。

 虚を突かれて固まるアンリをよそに、トットはつかつかとアンリの執務机まで歩み寄る。


 そして――アンリの眼前に置かれた海賊のブローチを見て、固まった。


「それ、ニナの――……」


 震えるトットの声が、広い執務室に静かに響いた。

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