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孤児院イチの悪ガキだった俺が、次期国王の腹にアイスクリームをぶつけたら  作者: りっく
第三章 海賊島の女神ニナ

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24.燃え尽きぬもの

 火に巻かれるハウスの中、トットは力なく倒れている。

 

 立ち込める黒煙がじわじわと肺を蝕み、少年の体力を奪っていた。

 周りの火は幸い彼の体にはまだ触れていないが、このまま倒れていたら体ごと焼かれるのは時間の問題だろう。


 そこに、馬の駆ける蹄の音が響く。

 

 トットは気がついていないが、町の人々はみな固唾を飲んで見守っていた。

 あの憎らしくて可愛い孤児たちが死んでしまわないことを。一人でも助かる者がいることを。


 駆けつけた大陸軍が、てきぱきと互いに指示を出し合いながらハウスの中を確かめる。

 井戸水をバケツリレーで運んで、消化活動をする者。火の中に飛び込んで生存者を探す者。そして――見つかった生存者の顔を見て、顔面を蒼白にする一人の男の姿があった。

 

 王太子アンリ・シュタリス。当時15歳。

 彼は国の現状について学ぶため、騎士の中でも普段活躍を見ることが少ない大陸軍の見学として、兵団に同行しているところだった。

 火事を前にしては何の役にも立たないどころか、火から遠ざけられて警備を侍らせて。

 一人無力感に苛まれていたアンリは、しかし生存者の存在を聞いて制止を振り切って煤だらけの少年に駆け寄った。


「トット……! 大丈夫か、トット!!」


 血相を変えて少年の体を揺さぶる王太子を見て、周りの誰もが驚いた。

 孤児院に王太子の知己がいるとは誰も予想するまい。誰もがあわあわと見守る中、トットはアンリの呼び声に応じてうっすらと目を開けた。


「お前……王子……? なんで、ここに……」

「そんなことはいい! 何があった!? 君は平気なのか!?」


 火事から救助された人をどう助けたらいいかなんて、アンリは知らない。

 気を動転させて問い詰めることしかできないアンリに、トットは震える声で答えた。


「俺は、大丈夫だ。でも、兄弟たちが、さらわれて……っ! まだ中にも残ってるかも、っ」


 トットがそう言うのと同時に、ハウスの中を見て回っていた騎士があたりに響き渡る大声で叫ぶのが聞こえた。

 

「生存者が一名、息のないものが三名! すぐに搬送!!」

「……!」

 

 トットはけして涙を流さなかった。悔しそうに唇をわなわなと震わせて、力の入らない拳を握りしめて枯れた声を荒らげる。


「俺が、守るって言ったのに……! おれが、あいつらを……っ!!」


 アンリの方がずっと泣きそうだった。目の前の少年が直面する理不尽は、アンリが想像するには大きすぎた。

 ただ一つわかるのは、トットの抱えるその後悔は、いつでも憎しみに変わりうるものだということだった。感じたのではなく、知識としてそう知っていた。


「……兄弟が、攫われたと言ったね」

「ああ――俺がいない間に、あの男……っ!!」


 トットの目には燃えるような怒りが込められていた。

 アンリは物怖じする心を必死に押し込めて、できるだけ威厳ありげに見えるように、その瞳をまっすぐに見て言った。


「強くなって、兄弟を守るんだろう。なら、僕と来ればいいよ」


「え――」

「考えておいてくれ」


 その言葉を聞いたのを最後に、トットは意識を失った。

 次に目を覚ましたときにはアンリの姿はどこにもなく、トットは病院で一人寝かされていたのだった。



(また夢……前の続きだな)


 トットは目を覚まし、一人ベッドの上であぐらをかく。

 天井を見上げながら思いを馳せるのは、ハウスが一日にしてなくなってしまったあの日の出来事だ。


(アンリのやつ、あんな泣きそうな顔してたっけ)


 子どもの頃は思いもよらなかったことに気がついた気がしたか、あれは夢の中だけの話か現実か。

 アンリとはつい数日前まで毎日のように会っていたのに、記憶の中のあの日のアンリを思い出すとどこか懐かしい気分になった。


 火事から助け出されたばかりのトットに、アンリは言いたいことも聞きたいこともたくさんあっただろう。

 でも彼はそのほとんどを後回しにして、騎士になる道を示してくれた。

 アンリの言葉がなければ、トットは今ごろどこで何をしていただろうか。自分でも全く想像できない。


(全部アンリのおかげだ。だから力になりたいんだけどな……)


 先日、馬車の中で聞いた10年前の話を思い出す。

 婚約者と引き裂かれてしまったというアンリの話が、トットの心にモヤを残していた。


 聞いてしまったからには、なんとか解決の道を探したい。手の届く範囲の全てを守りたいのがトットの性格だ。

 しかしそう簡単なことではないのは、トットにもわかっていた。


 まずは兄弟をみんな見つけるところから。そうアンリにも言われてしまった。

 トットも言い返せなかったし、まさしくアンリの言うとおりだとわかっている。

 

(自分のやるべきことをやって、他人に手を伸ばせるのはそれからだ――マザーもよくそんなことを言ってたな。まずは、ニナとマザーを探さないと……の前に)


 ニナを探すにしてもマザーを探すにしても、一つも手がかりはない。

 しかしトットを急かすように、部屋の目覚まし時計が鳴り響く。


 朝七時。起床の時間で、10分後には大食堂で朝食が始まる。

 アンリの勅命任務を終えて、大陸軍に戻ってきたトットには騎士としての分刻みのスケジュールが待っていた。


「まずは、軍の仕事だな……」


 誰に聞かれるでもない独り言を言いながら、トットは伸びを一つしてベッドを出た。

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