21.ひとときのレモンソルベ
「こんなところにアイスクリームの名店があるなんて。感動しましたわ」
「僕も最初は驚いたよ。でも本当に美味しいんだ」
リーシェナが目を輝かせながら、軒先のメニューを読んでいる。アンリもニコニコと笑顔でその隣に並ぶ。
そして二人の後ろから、トットはアイスを選ぶリーシェナをしたり顔で見守っていた。
トットの隣にいるカストルだけが、呆れを表情に浮かべる。
「アイスってここかよ。よくもまあ、万引き常習犯だったお前が胸を張って紹介できるな」
「そのことなら、謝って許してもらってるからさ。お前に決闘で負けてからは盗んでないし。な! おばちゃん!」
おばちゃんと呼ばれた女店主は、苦笑しながらトットの問いに答える。
「あんたは上客を連れてきてくれるからねぇ。それに、許すも何も、あんたが盗んだ分の代金はあとあとフィローネさんからもらっていたから」
「え……」
トットとカストルは、顔を見合わせる。フィローネさんというのはマザーのことだ。
万引きや盗みを働くと烈火のごとく怒っていたマザーが、そんな気を回していたとは。
予想外のエピソードを聞いて驚きのあまり言葉を失う二人を見て、リーシェナはくすくす笑う。
「あなたたち、本当の兄弟みたい。マザーは優しい人だったのね」
「優しいというか……よく気を遣う人だったんだよ。それはもう申し訳なさそうに、うちに来てトットの分ですってお金を払うものだから、こちらも気が引けてね。だからあたしも、あんたにあんまり気前よくアイスを渡すわけにはいかなかったんだよ」
「は、反省します……」
トットは今までにないほど真剣なトーンで店主に告げる。店主は豪快に笑って、そうしろそうしろと機嫌よく頷いた。
「それじゃあ、注文は何にしましょうか?」
「お嬢様が決めてください。そのために来たのですから」
「いいの? なら、レモンソルベをくださいな」
いつものごとくアンリのおごりで、一同はそれぞれアイスクリームを手にした。
晴れ空の光をきらきらと受けて、薄黄色の氷っぽいアイスがワッフルコーンの上をふんだんに飾っている。
今日は気温が高く、ソルベなんて早く食べないと瞬く間に溶けてしまいそうだ。
四人は狭い木のベンチを遠慮しあう時間すら惜しんで、立ったままアイスにかじりつく。
「まぁ……! 爽やかで甘酸っぱくて、おいしい……!」
アイスを一口食べたリーシェナの顔が輝いた。カストルも、一口食べては何度も噛み締めるように頷いている。
その様子を見ながら、トットはふと思いついたことを口にした。
「リーシェナ……様って、なんていうか、ソルベが似合う、な」
「ふふ、リーシェナでいいわ。それより、ソルベが似合うって? どういうこと?」
小首を傾げるリーシェナにトットは説明しようとするが、うまく言えない。
直感的にそう思ってしまっただけなのだ。言葉を探すトットを前に、カストルが指摘する。
「……違うだろ。厳密には、夏の日が似合う。夏の日にはソルベが似合うし、だからお嬢様にも似合うんだ」
「あー! そうかも!! 三年そばにいるだけあるな、お前!」
カストルの言葉にトットは膝を打ち、元気よく大声で同意した。突然盛り上がった二人の熱量に、リーシェナは呆気に取られる。
「わかります? 彼らの言いたいこと……」
「いや……しかしまぁ、こんなに爽やかで美味しいものが似合うというのは、羨ましいことだ」
「それはそうですわね。嬉しいお言葉ありがとう、お二人とも」
まだ二人してああでもないこうでもないと盛り上がっているカストルとトットに、リーシェナは膝を軽く折って、わざとらしく礼を言う。
二人がその仕草に気づいて振り向く頃には、リーシェナのアイスはもうワッフルコーンに埋もれるくらいしかなくなっていた。
「早く食べないと溶けますわよ?」
「あっ」
「ヤッベ!」
慌て出す二人を見て、リーシェナは鈴の音を転がすような声で笑う。
そこには、ただ年相応の少年と少女がいた。
「はぁ、おいしかった。幸せな時間は一瞬ね」
「ですね。私も懐かしい味を楽しめて嬉しかったです」
名残惜しそうに言うリーシェナと、幸せを噛み締めるように呟くカストル。
二人の時間に水を差すのは気が引けたが、アンリは懐中時計を確認して声をかけた。
「そろそろ出発しないと。15時に着けなくなるよ」
リーシェナもカストルも、途端に真面目な表情に戻って顔を上げた。
それがなんだか少し寂しかったが、しかたない。
一行は、近くに停めてある馬車の場所まで向かった。
今日はリーシェナの送迎のための御者に頼み込んで近くまで馬車で乗りつけたので、スラムと化した裏路地は通らずに済んでいる。
アイス屋のプレハブ小屋が、みるみる離れていく。
小さくなるそれを見ながら、後ろの席でリーシェナが言った。
「ねぇ、カストル。ここはあなたの故郷なのよね」
「ええ、そうですが……」
「また、連れてきてね」
やがて、馬車は目的地に辿りつく。
保護シェルターの門の前では、メイドが三人、リーシェナが来るのを待っていた。
馬車が止まり、リーシェナがするりと一人降りた。
見送りのためにトットたちが続こうとするのを、リーシェナは片手をあげて止める。
「ここまででかまいませんわ」
「ですが……」
「あんまり見送られると、今生の別れのようで寂しいのよ」
そう言ってリーシェナは気丈に笑う。
そして馬車の中の三人に、笑顔のまま手を振った。
「またね、カストル。お二人もまた」
背筋を伸ばして、凛とした姿で去っていくリーシェナを、三人は馬車の中から思い思いに見送るのだった。




