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【完結】孤児院イチの悪ガキだった俺が、次期国王の腹にアイスクリームをぶつけたら  作者: りっく
第二章 因縁のカストル

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20.沈んだ結末

 部屋の中にガスが充満している。

 

 アンリが振り向いたときには、すでにリーシェナは気を失っていた。

 鋭いアンリの視線に射抜かれて、マウフェルは弁明なのか勝ち誇っているのかよくわからないトーンで早口に語った。


「直近の30分間に聞いた会話に関する記憶を、全て消す薬だ。私も、君たちも、リーシェナも……ともに全て忘れようじゃないか」


 アンリは持っていたハンカチですぐに口元を覆う。

 今はまだ記憶がはっきりしている。きっと気を失えば終わりだ。

 どうにか脱出する方法はないかとあたりを見渡すが、マウフェルがアンリの腕を強い力で掴む。


 体格も力も負けていた。どうにかならないかとカストルの方を見るが、彼はナイフを取り落としたまま固まっている。

 絶望的な状況に、アンリは唇を噛む。


 せめて、窓を割れれば。そう思って、裏庭に続くガラス窓を睨みつける。

 アンリの視界に、サッと華麗に窓に飛びかかる人影が見えた。


 ――パリン!!


 窓が割れる音が響き、一瞬で息が楽になる。

 ここは二階なのにどうやってとか謹慎だとさっき言ったばかりだとか、いろいろ言いたい言葉はあったがアンリは飲み込んだ。

 代わりに、彼の名前を呼ぶ。


「トット!!」


 窓の向こうから飛び込んできたトットは、その勢いのままマウフェルを突き飛ばす。

 突然の一撃で床に倒れこんだマウフェルを、トットは手に持っていたロープで瞬時に拘束してみせた。

 目にも止まらぬ早技のおかげで、一瞬で場が鎮圧される。


「状況は!?」

「リーシェナ嬢が毒を嗅がされて重体だ! 私とカストルは何ともない!」

「毒!? 自分の子どもに毒だと」


 トットはマウフェルに馬乗りになって、マウフェルに怒りをぶつける。

 弱々しく、マウフェルは首を振った。


「毒ではない。記憶を消す、薬――」

「いいや。それは毒だよ。君は自分の保身のために、娘に毒を嗅がせたんだ」


 ぴしゃりとアンリは言い切る。

 それ以上言い訳の言葉は出てこず、マウフェルの口から漏れるのは情けない嗚咽だけだった。



   *   *   *



 その夜から一週間。

 トットの宿には、アンリとカストル、そしてリーシェナが詰めかけていた。


「そりゃなんとも、後味の悪い収まり方だな」


 アンリから事の顛末を聞いて、トットは天を仰いだ。

 手を頭の後ろで組み、背もたれに体を投げ出すその姿は、心からなんとも言えない居心地の悪さを表していた。


 マウフェルが自供した孤児の誘拐や人身売買は、どれも罪には問われないものだった。

 孤児に捜索願を出すものはいないし、貴族が金を払って使用人を雇うのも普通のこと。時効になっていたり、そもそも違法性がなかったりと理由は様々だが、彼の身はカストルの言う通り、潔白だった。


 アシュリーを酒場に売ったのも、マウフェルではないことがわかったそうだ。

 マウフェルが下級貴族の下働きに出したアシュリーを、下級貴族がより高い金で酒場に売っていたらしい。言わば転売だったわけで、一線を越えたのは下級貴族の方であった。

 マウフェルが自供したことで、その下級貴族の名前もわかったのは僥倖である。


「結果として、マウフェル様が犯した罪は一つだけ。記憶を混濁させる効能のある毒を携帯していて、あの日使ってしまったこと――か」


 カストルは自分の手を握ったり開いたり、繰り返しながら見つめていた。

 止めたかったのだろうということは、その背中を見ていれば誰でも手に取るようにわかった。


「刺して止めるつもりだったのはいただけないが。止められなかったのは私も同じだ。君が気に病むことではない」

「頭では、わかっていますが……」


 そんなに簡単に無念が消えないだろうことは、トットにも痛いほどわかった。


「申し訳ございません。父が、ご迷惑おかけしたみたいで……」


 やるせない思いを抱えて鬱屈としている男三人に、リーシェナがおずおずと声をかけた。

 マウフェルの撒いた毒の被害を一番に受けた彼女は、あの夜あったことを何も覚えていない。

 カストルから聞いた自分の生い立ちのことも、ぼんやりとした記憶以外は失ってしまったようだった。


「リーシェナ様が謝ることではありません」

「ああ」

「そうだね」


 三人して声が揃う。彼らの心に巣食う最大のわだかまりは、彼女のことだった。


「……こちらこそ申し訳ないよ。君がお屋敷を離れることになってしまって」

「しかたありませんわ。父がいなくて、私はまだ未成年。一人で屋敷に住むわけにもいきませんもの」


 神妙なアンリの言葉に、リーシェナは気丈に返事をする。

 しかしその瞳の奥に不安の色が揺れていることに、少なくともカストルは気づいていた。


 父が逮捕され、一人になったリーシェナは成人までの間、保護シェルターに住居を移すことになる。

 貴族の子息のための施設なので待遇こそ違うが、事実上は孤児院と何も変わらない。事情があって親と一緒にいられない、高貴な生まれの子どもたちが預けられる場所だ。


 彼女のために、国中の孤児院を文字通りしらみ潰しに見て回り……探し出してくれた父親と、また離ればなれになってしまった。

 つらくないわけがない。

 無念に苛まれるカストルの拳が、また強く握られた。


「いつだっけ。リーシェナ様の出発」

「明後日の15時までに、施設に着けばいいと聞いているわ」


 出し抜けにトットが尋ね、リーシェナも驚きつつ答える。

 場の沈んだ空気を吹き飛ばすように、トットは明るい声を作って、三人に提案した。


「ちょっと早く出てさ、アイス食べに行こうぜ。オススメの店があるんだ」

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