14.因縁のカストル
先に月明かりに目が慣れたのは、カストルの方だった。
もともと夜間もこの家の警備をしつづけて暮らしてきているから、当然といえば当然だ。
トットはカストルの動きがはっきりと見えるようになるまでの間、防戦一方の動きを強いられていた。
「お前が勝ったら身を引けって言ったな」
カストルは執拗にトットの右手を狙う。木刀を持つ手を打って武器を落とさせようという作戦だろう。
フェアでない手を使うほどには、カストルは必死になっている。
その焦りを見透かすように、トットは確実に攻撃を躱し、また受け止めていく。
「……反対に俺が勝ったら、洗いざらい話してもらうぞ」
カン、と木のぶつかる高い音があたりに響く。
トットがカストルの木刀を弾き返したのだ。
夜遅くの貴族の邸宅には似つかわしくない音だったが、二人ともそんなことはもう頭になかった。
(目が慣れてきた。いける……!)
攻勢に転じたトットを前に、カストルは体勢を立て直すため後ずさる。
その隙を逃さず、トットは体を低くしてカストルに詰め寄った。胴を打とうとした一閃が、かろうじて木刀で受け止められる。
「っ……お前が、俺に勝てるわけない! 一度だって! 俺はお前に負けたことねぇんだ!!」
木刀を押し合いながら、カストルは叫ぶ。
二人の力は、完全に拮抗していた。
カストルの言葉で、トットは思い出す。
それはもう五年ほど前、ある日の夜のことだった。
「また大人に追いかけ回されてたって聞いたぞ。今度は何を盗ったんだ?」
夕食のあと。
食べ足りなくてこっそりハウスのパントリーを漁っていたトットに、カストルが声をかけた。
周りを顧みない大きな声に、トットは慌てる。
「ばか、大きい声出すなよ! マザーにバレるだろ!」
「盗み食いがか? それとも万引きが?」
カストルは何か苛立っているようで、声を抑えない。
案の定、声を聞きつけたマザーと妹分たちが、二人の様子を見にやってきてしまった。
彼女たちが来るころには、もうトットとカストルの会話はすっかり取っ組み合いの喧嘩に変わっていた。
「俺は最年長だから、お前らのためを思っていつでも行動してるんだ! それなのに文句なんか――」
「悪いことしろなんて頼んでない! それに、最年長だからなんだ。俺より弱いやつに守られてたまるか!」
「んだと、この生意気なガキが――!!」
「そこまで!」
透き通るが威厳のある声で、二人の喧嘩を止めたのはマザーだ。
いつものごとく、「喧嘩は決闘……」と決まり文句が続き、引っ込みのつかなかったトットとカストルは、迷わず決闘を選んだ。
「俺が勝ったら、二度と万引きなんてするな。素行の悪い兄貴を持って俺は恥ずかしい」
「俺が勝ったら今後一生、弱いなんて言わせねぇ。黙って俺に守られろ、ガキが!」
そんな憎まれ口を叩きながら二人は向かい合い、マザーと兄弟たちが見守るなか素手で殴り合う。
結果、トットが負けた。
……その日に限らず、トットがカストルに勝てたことは一度もなかった。
トットは負けて、その日から兄弟のためといえども万引きをしなくなった。
案外、事情を知る市場の人たちは、素行を改めたトットを見て買い物にオマケをつけたり、余り物を無料でくれたりするようになった。
数ヶ月が経って、すっかり盗みをしない生活に慣れたトットは、カストルに言った。
「あの決闘以来、町の人が俺に優しいんだ。珍しく、お前の方が正しかったみたいだな」
「珍しくだって? 俺はいつでもお前よりかしこいぞ。……でもまぁ、トットが捕まったりせずに済んでよかった」
言葉の端々こそ素直でないが、二人は言葉を交わしてはにかみあう。
喧嘩の数も多かったが、トットとカストルは他の兄弟の誰よりいちばんの、友人同士だった。
「……そうだ。俺はカストルに勝てたことがない」
昔のことを思い出して、トットは懐かしむように言う。
戦いの最中に感傷に浸るだけの余裕があるトットを見て、カストルは苛ついたようだった。
「だから今も俺が勝つ。久しぶりだからって関係ねぇぞ!」
カストルはトットの武器を落とさせようとするのをやめ、胴体を狙った突撃へと動きを変えた。
力は強く、当たればひとたまりもないだろうが、トットはすべての攻撃を自分の木刀で防ぎきる。
力は互角だ。単純な押し合いで圧倒することは、二人ともできない。
ただ――訓練兵として三年間鍛えてきたトットの方が、長時間の打ち合いにずっと慣れていた。
「黙れ! もう昔の俺じゃない、俺は強くなったんだ!!」
トットは木刀をカストルの顔めがけて投げる。
そんな使い方を想定されていない木刀は、届くことなく空中で重さに耐えかねて放物線を描くだけ。
しかし、カストルは反射的に、つい腕を曲げて顔を守る姿勢を取ってしまった。
空いた鳩尾に、トットの重い拳が直撃する。
「……っぐ、はっ――」
カストルは唾を吐き、体をくの字に折り曲げる。腹にはトットの拳がめり込み、視界に星が散っていた。
トットは落とした木刀を拾い、ふらつくカストルの胸元を木刀の腹で薙ぐように押した。
それだけで、カストルは体勢を崩し、尻もちをつく。
「――俺の勝ちだ、カストル」
小さな宣言が、夜闇の中に確かに響いた。




