13.喧嘩は決闘
翌日。
トットは感情を殺しながら、マウフェルの警護を一日、完遂した。
マウフェルの身が狙われていることはそもそもアンリのついた嘘なので、気を張る必要がないのは唯一救いだろうか。
そして、夜。
マウフェルを邸宅まで送り届け、トットはいつもの通りカストルのいる裏庭に向かう。
毎日、その日の出来事を軽くカストルに共有し、引き継ぎを行うのがトットのルーティンとなっていたのだ。
「今日も何事もなかったようでよかったです。夜の警備は我々にお任せください」
「あぁ」
「では、これで。お疲れ様でした」
昨日までのように、やり取りを手早く終えてトットを見送ろうとするカストル。
その態度を受けて、トットはカストルを睨みつけて言った。
「今日はまだ帰らない。お前に話がある、カストル」
「話、ですか」
カストルは眉をひそめる。それはトットと話すことなど何もないと言わんばかりの表情だったが、トットは構わず続ける。
「お前は、どうしてマウフェル様に仕えているんだ?」
「どうして? そんなの――」
カストルの声が一段階低くなる。
使用人として騎士にへりくだる立場を捨てて、カストルは答えた。
「お前に話すことじゃない。俺にも事情があるんだ」
「……でも、あいつは」
思わず口走ったその一言で、トットの言わんとすることを察したのだろう。
カストルはトットに詰め寄り、胸ぐらを掴む。
「お前、マウフェル様のことを嗅ぎ回っていたのか!」
「だったらなんだ? 犯罪者のことを探って何が悪い」
「事情の一つも知らないお前が言うな!」
喧嘩っ早さはお互い様だ。トットはカストルの肩を掴み返し、彼の体を揺さぶる。
「そうだ知らないさ! 俺はあの日お前らと一緒にいれなかった!! だからこそ、お前があいつの味方をするなら絶対に許さない!」
カストルの顔に唾をかけながら、トットは吼えた。
腕に力がこもり、カストルの顔が痛みに歪む。
「開き直りやがって。国の犬に言うことなんて何もない!」
「誰が国の犬だって!? 人攫いの手先に言われたくねえよ!!」
「だまれ!!」
とうとうカストルが思い切りトットを突き飛ばす。
ふらりと後ろによろめいたトットに向けて、カストルは腰に提げていた木刀を突きつけた。
「……トット。俺と決闘しろ。俺が勝ったら、このことから手を引け」
「兄弟を見捨てろって言うのか?」
「そうだ。全部忘れて、俺の知らないところで生きろ。まさか、断らないよな?」
トットは幼少期のことを思い出す。
一歳差で年長者の男同士。しょっちゅう喧嘩をしていたトットとカストルを、マザーはよくたしなめていた。
しかし、いくらなだめられても、どうしても気持ちが収まらないときはある。
そんなときは決まって言われる。
『喧嘩は決闘、それから両成敗だよ。見ててあげるから、お願いを言ってみな』
同じ条件で一対一の殴り合いをして、勝った方が一つだけ負けた方に頼みごとを聞いてもらえる、という決まりだ。もちろん、過激なものや無理難題など、マザーが認めないお願いは却下されるが。
ボロボロの傾いた女神像が見守る、ハウスの空き部屋。
使い古されたカーペットを土俵に見立てて、兄弟たちはたびたび決闘をしていた。
懐かしい記憶が蘇る。
マザーは家族を裏切って、カストルもなぜか人攫いの側にいて、兄弟はバラバラになって――もう失われてしまったけれど、トットの大切な記憶だ。
トットは、まっすぐにカストルを見つめ返す。
「わかった。やろう」
決闘を承諾したトットに、カストルは手に持った木刀を押し付けるように渡した。
そしてカストル自身も、裏庭の端にある倉庫からもうひとつ、同じ形と大きさの木刀を取り出す。
トットは腰に提げている自分の剣を下ろし、身につけている騎士として最低限の防具もすべて外して庭の片隅に捨て置いた。
全く同じ装備になった二人は、庭の真ん中で見合う。
空に浮かぶ月の明かりだけで、相手の様子を窺う。
静かな夜に、合図もなく二人は木刀をぶつけ合った。




