12.空いた距離と疑念
12.空いた距離と疑念
マウフェルの背中が見えなくなったのを確認して、トットはカストルに向き直る。
やはりその顔には、再会を喜ぶ色は見えなかった。
「では、屋敷の案内を」
「あ、あぁ。頼む」
カストルは私語を一切挟まず、マウフェルの指示通りに案内を始める。
正門と裏門、屋敷の玄関からマウフェルの執務室、寝室、キッチン、食堂……屋敷の中をぐるりと一回りする間、二人の間には最低限の実務的な会話しかなかった。
「……以上です。他にも部屋はありますが使用人用の詰所や倉庫など、マウフェル様が訪れる場所ではないのであなたにも関係はないと思います」
「そうか、ありがとう。ところで――」
玄関に戻るとカストルはもう役目を終えたとばかりに、トットを帰らせようとする。
しかしここで黙って帰るわけにはいかない。やっと、カストルに会えたのだ。
何か気の利いたことを言おうと、トットは言葉を探す。
「……覚えてないか? 俺のこと」
しかし、出てきたのは不安げな弱々しい声だけ。
カストルが、静かにトットの顔を見つめる。
「……覚えてるさ。だから、会いたくなかったよ」
心を閉ざすような言葉が、二人の間にぽつりと落ちた。
* * *
トットがマウフェルの警護を始めてから三日。
その日もマウフェルを屋敷に送り届けてから、トットは情報共有のためアンリの元を訪れていた。
カストルの変わってしまった態度に参っているトットが低いトーンで現状を話し切ると、アンリもため息をついた。
「……それで、詳しいことは何も聞けずか」
「ああ。でもわかったことがある」
トットは言いづらそうにしながらもアンリに告げる。
「今でも鮮明に覚えてる、孤児院に火を放って、マザーと一緒に兄弟たちを連れ去った男の姿。背格好も動きのクセも全部……マウフェルと一致してる。右腕に火傷の跡があるのも、任務の途中で確認済みだ」
その言葉を聞いて、アンリは背をソファに預けて天を仰いだ。
アンリにとっては、当たってほしくなかった予想が当たってしまったことになる。
数秒の間が空いたが、やがてアンリは覚悟を決め、口を開いた。
トットにとっては、家族の仇だ。
国の都合や王太子の立場があるからと言って、罪を犯したものが目の前にいるのに、看過することはアンリだってできない。
「検挙に向けて動こう。君の証言だけでは逮捕には不十分だが、正式な捜査くらいはできるようになるだろう。マウフェルも、あの酒場の者たちのようにボロを出すかもしれない」
アンリはそう言い切り、席を立つ。
ただでさえ、二人が追っているのは三年前の事件。捜査を進めるなら少しでも早い方がいい。
そう思ってトットの言葉を調書にまとめようとしたのだが、制止をかけたのはトットだった。
「待ってくれ。少しだけ、俺に猶予をくれないか」
「猶予?」
予想外の言葉に、アンリは眉を上げる。猶予というのは、捜査する側でなく、疑われる側に与えられるものではないだろうか。
アンリの内心に浮かぶ疑問に答えるように、トットは苦い声で言った。
「今の俺には……カストルがあいつの仲間じゃないってことが、証明できないんだ」
アンリと別れたあと、王都の宿に戻ったトットはベッドに寝転がり、悶々と考え込んでいた。
考えるのは、カストルのことばかりだ。
『会いたくなかった』――その言葉の意味がどうしてもわからない。あれ以来毎日会っているが、カストルはまたトットのことを知らぬふりするように戻ってしまった。
どうして、兄弟が再会してはならないのか。どうしてカストルはトットに事情を話さず、助けも求めないのか。
どうしてハウスを襲った人攫いの元で、カストルは文句の一つも言わず、主人に尽くして働いているのか。
そばで仕事をしていると、嫌でもマウフェルとカストルの間の信頼関係が目に入る。
そのたびトットは、大きな疑念に苛まれていた。
(あの日……マウフェルはマザーと共謀して、ハウスを襲った。それと同じように、カストルも――)
カストルもまた、マウフェルの共犯者だったのだとしたら。
(マウフェルが事前に何か条件を持ちかけて、カストルのことを味方につけていたとしたら?)
マウフェルと初めて会ったとき、聞かれたことを思い出す。
『君は平民の出らしいな』
『将来は貴族に?』
同じことをカストルに聞いたなら。
裕福で安定した将来の暮らしを持ちかけられたなら、金も自由もなかった孤児なら、頷いてしまうかもしれない。
そんなことするはずがないと思いたいのは山々だが、事実トットたちは信頼していたマザーに裏切られたのだ。
同じようなことが二度三度と起こっても、絶対にあり得ないと言い切ることはできない。
「カストル――明日こそ、話さないとな」
アンリと話して、トットに与えられた猶予はたった二日間だ。
それが終わったら、アンリが調書を作成して、政府の審議にかけると言っていた。
一刻も早く、カストルの真意を知らなければならない。
トットはそう決意して、眠れぬ夜を明かしたのだった。




