10.進展する調査
翌日。
トットはアンリからの召集を受け、大陸軍の仕事を免除され王都に向かっていた。
(アシュリーの言ってたことだろうけど……こう堂々と呼び出されると、居心地悪いな)
訓練兵を次席で卒業して大陸軍に入ってきたと思ったら、生まれは平民、それも孤児。
さらには王太子から名指しの任務で呼び出される新人――トットを見る大陸軍の先輩騎士たちの視線が、どんどん怪しむようなものに変わってくる。
人攫い事件や調査のことを、どこまで話していいのかもわからない。
今日のところは気まずい思いをしたまま、トットは王都行きの馬車に乗った。
「早かったね」
執務室に直接通されたトットを出迎えたのは、書類の山を抱えたアンリの姿だった。
トットの生活ではあり得ない光景に、ぎょっとしながらトットは勧められた応接セットに腰を下ろす。
アンリは鍵付きのキャビネットに書類の山を放り込んでから、トットの前に座る。
「わざわざ来てもらってすまないね。早速本題をいいかな?」
「ああ。カストルのことだろ」
カストルというのは、トットとアシュリーとともに孤児院で暮らしていた兄弟である。
昨日、アシュリーとアイスを食べた帰り道、彼女からカストルに関する有力な情報を得ることができたのだ。
『トット、他の兄弟の行方も探すんでしょ。私、一回だけカストルに似た人を酒場で見かけたことがあるの。お貴族さまの使用人をしてた』
手がかりはそれだけ。しかし、行方のひとつも掴めなかった今までよりは、ずっと大きな手がかりだ。
「貴族の使用人ということは、居住地域がある程度絞られる。王都から離れたところに住んで、毎日時間をかけて通勤したがる者はほとんどいないからね」
「カストルは王都にいる可能性が高い、ってことか」
「灯台下暗し、というやつだね」
港町のことわざを口にして、アンリは頷く。
そして、一枚の紙をトットに差し出した。
「これと同じものを、君の上官に送ってある。白騎士就任早々すまないが、君の身柄はしばらく僕が預かることになった」
「そんな誘拐犯みたいな……」
絶妙な言葉遣いに、トットは苦笑する。
そして、差し出された書類をまじまじと見た。
孤児院でマザーに教えてもらったおかげで、トットは学こそないが字は読める。
手元の紙には、“勅命調査書”という題名が付されていた。
「また大層な……」
「それで君が何をしても、誰も文句は言えなくなるからね」
「俺がどんな目で見られながら今日ここに来たか、お前に体験させてやりたいよ」
「じゃあ辞退するかい?」
勅命調査書とやらを最後まで見れば署名の欄があった。
ここに名前さえ書かなければ、トットはアンリの言いなりにならなくて済むらしい。
「……いや。やるさ」
もちろん、断る選択肢はトットにはない。トットがここにいるのは兄弟を探すためだ。
机の上に置かれたペンを取り、即座に署名を書き込んだ。
「これで、俺は思う存分カストルを探して張り込みできるわけだ」
「ああ。手がかりがやってきてくれたんだ、逃すわけには行かない」
「だな。それで? お前は?」
トットは先ほどアンリが書類を片付けたキャビネットをちらりと見る。
「さっきの大量の書類は何だったんだ?」
「あぁ……僕は僕なりのアプローチをしようと思って。君が兄弟を探すなら、僕は犯人探しだ」
「火傷の男か? どうやって」
腕に火傷がある、その手がかりだけで犯人探しを謳うアンリに、トットは疑問をおぼえる。
いくら王太子の立場を使っても、そんなことは調べられないのでは、と。
しかしその疑問は杞憂であった。
「事件から2週間の間の、国じゅうの病院や医局の受診履歴を集めてきた。三年も前のカルテを集めるのは骨が折れたよ」
「……それは…………横暴だな」
「公益のためさ。それで、一人浮かび上がってきた男がいる。事件の二日後、皮膚炎を主訴に医局を訪れ、火傷にも効く塗り薬を処方されていた政府高官。名前はマウフェル」
こじつけにも思えるような手がかりを元に、アンリはすでに一人の男に目星をつけていたらしい。
マウフェル。
アンリの言った名前を、トットは反芻する。それが、あの人攫いの名前なのか。
「……できれば違ってほしいのだけれどね。彼は優秀な政治家でもある」
「しばらくは二人とも地道な張り込みになりそうだな」
「だね」
二人は視線を合わせて頷きあう。
それぞれの目的のため、調査が始まった。




