第8話 泥棒馬と甘いリンゴ
おめかし白馬(挙式直前ver)に仕立て上げられたあのドレスコード事件から数日は穏やかだった公爵家に、ついに暗雲が立ち込め始めていた。
「……シュン、ごめんね。今日の朝食、これだけなんだ」
ぽつりと落とされたエリスの声に、俺は目の前のお盆を見つめて耳を疑った。
そこに載っていたのは、干からびた黒パン一切れと、薄っすらと濁った水だけだったのだ。本来なら公爵家の嫡男に与えられるべき豪華な食卓とは、程遠い惨状だった。
(は……?なんだこれ。嫌がらせか!?いや、この前は普通に座って食べてたのに、なぜここに持ってきてるんだよ。いや、あの時も毒を食わせられそうだったけど)
しばらく大人しくしていた継母と悪徳老執事の奴らだが、裏でコソコソと新たないびりを再開したらしい。
エリスは悲しそうに眉を下げると、その干からびたパンを小さくちぎり俺の口元へと差し出してきた。
「はい、シュン。お腹空いたでしょう?先に食べて」
(食うわけねぇだろそんなもん!!お前が食え!!いや、食うな、お前はもっとまともで豪華な食事をして欲しいんだ)
エリスの優しさに感動しながらも、俺はぷいっと顔を背け鼻先でパンをエリスの方へ押し戻した。本当は食べてほしくないけど、これでも食べないとエリスは死んでしまう。
成長期にこんな栄養のないものを食べさせられていたからあんなに身体が小さく華奢なんだな。あの一夜、人間に戻った腕の中で感じたエリスのあまりの軽さが脳裏をよぎり、俺の中で胸の奥で激しい怒りが炎となって燃え上がった。
(ふざけんなよあのクソ継母ども……!推しにメシを食わせないのは万死に値するんだよ!!推しには幸せになってもらいたいんだ!)
俺の推し活魂、限界突破で警報を鳴らし始めた。
エリスが諦めたようにパンをかじり始めたのを見届けた俺は、静かに厩舎の柵の鍵を口で器用に外して、エリスが止める声を振り切って駆け出す。
(待ってろエリス。俺が極上のメシを調達してきてやる)
「シュン!何処に行くの!」
厩舎を抜け出した俺は、巨体を丸めて屋敷の陰を潜り抜けた。狙うは屋敷の裏手にある──公爵家の巨大厨房だ。
勝手口の扉を巨体でぬっと押し開けると、運良く料理長たちは別室で仕込み中らしく、厨房内は無人だった。
調理台の上にうずたかく積まれていたのは、獲れたてのフレッシュな赤リンゴ、極上の蜂蜜、そして焼きたての香ばしいミートパイ!
(あった……!これだ!!)
俺は目にも留まらぬ素早さで、大きくて一番熟している赤リンゴを器用に頭のヴェールに隠して、ミートパイの皿を咥え、さらに木箱に入った高級葡萄も奪取しヴェールに隠し、人を跳ね飛ばす勢いで走り出した。
「ヒヒ~ン!(泥棒馬のお通りだーっ!轢かれたく無かったらどけっ!)」
「うわっ!なっ、あいつはエリス様の!? 白馬が厨房に乱入して色々盗んでいったぞーッ!?」
後ろから飛んできた料理人や使用人の悲鳴を背に、まるでアクション映画の主人公のように風を切り俺は庭園を爆走して、追手を撒いて厩舎へと滑り込んだ。
バタンと扉を閉め、口に咥えていたミートパイをエリスに渡して、ヴェールからツヤツヤの赤リンゴと葡萄を、突然俺が居なくなって呆然としていたエリスの膝の上に「どやぁ」と差し出して置いてやる。
「シュ、シュン!?これ、お前盗んできたの!?」
「ヒヒン!(泥棒じゃない、徴収だ!お前への正当な対価だぞ。さあ食えエリス!遠慮すんな!)」
俺が胸を張って鼻息を吹き出すと、エリスは最初パチクリと目を丸くしていたが、やがてくすりと小さく笑い出した。
「ふふ……あははっ!シュン、お前って本当に凄いや。僕のために泥棒までしてくれるなんて……」
エリスは愛おしそうにリンゴを抱え込むと、シャクッと一口かじりついた。そして続けてミートパイと葡萄もちゃんと食べてくれる。美味しそうに食べるその瞳には、さっきの笑いからか、俺への感動か……じんわりと涙が浮かんでいた。
「美味しい。すごく美味しいよ、シュン」
(だろ?推しが美味そうにメシ食ってる姿、最高の栄養素だわ……。ってやべえ、飲み物忘れた)
次回は飲み物も取ってこようと誓う俺に、エリスはリンゴを半分残すと、それを俺の口元へ差し出してきた。
「はい、シュンも半分こだよ。僕たち、ずっとこうやって助け合っていこうね」
(推しの食べかけ、半分こバンザーイ)
味わいながら二人で分け合って食べたリンゴの味は、驚くほどに甘かった。




