第3話 騎士団長、馬(俺)をナンパする
公爵家の食卓に、椅子に座った白馬が並ぶようになって一週間。
俺とエリスの間には、奇妙な絆──というか、恐ろしいほどの「阿吽の呼吸」が生まれつつあった。
俺が前足で「コツン」と皿を叩けば、エリスが「人参のおかわりかい?」と察し、エリスが暗い顔をすれば、俺が大きな鼻先で頬をズコッと押して励ます。執事たちの毒殺の隙を完璧に消し去り、推しのホワイト化計画は順調そのもの……のはずだった。
そんなある日のことだ。
屋敷の玄関先に、金属鎧をガチャつかせた一人の男が怒鳴り込んできた。
「エリス・フォン・ローゼンブルグ!先日の晩餐会での『賢馬』の噂、聞き捨てならんぞ!」
豪快に扉を開けて現れたのは、王宮近衛騎士団の若き団長、ジェラルド・ド・バランタインだ。
彫刻のように整った顔立ちに、すらりと伸びた一八五センチ超えの長身。ゲーム『聖なる乙女のロザリオ』におけるメイン攻略対象の一人であり、正義感あふれる完璧な騎士……だったはずの男である。
(げぇっ!?ジェラルド!?なんでこんな序盤に出てくるんだよ!)
前世のゲーム知識が警報を鳴らす。
確かに腕は超一流だが、私生活において「美しすぎるもの(主に名馬や芸術品)」に対して異常な執着を見せる、かなりの変態癖持ちだった男だ!
俺はすぐさまエリスの前に立ち、警戒を露わにして前足で床をガリガリと削る。美しいエリスを守らねばならない!
だが──ジェラルドの眼光は、エリスなどハナから視界に入っていないかのように、熱烈な勢いで俺(馬)に固定された。
「おお……なんという美しい毛並み!隆起する大腿筋!そして意志の強さを感じるその澄んだ瞳! 素晴らしい、最高だ!まさに私が人生をかけて探し求めていた究極の伴侶……っ」
「ブルルルッ!?(何言ってんだこの変態!求婚のトーンでスカウトすんな!ってか伴侶?!)」
ジェラルドは俺の至近距離まで詰め寄ると、なんとその場に恭しく膝をつき、俺の右前足(蹄)を両手で丁寧に取った。
「麗しき白馬よ。どうだ、私の愛馬として王宮へ来ないか?毎日最高級の角砂糖と、バラの花を浮かべた水、専属の蹄鉄師を用意しよう。いや、君のためなら私の部屋を丸ごと厩舎に改装してもいい!」
「ヒヒーン!(気持ち悪ぃよ! 部屋を厩舎にするな!)」
俺の社畜センサーが「こいつは物理的に危険だ」と全開で警報を鳴らす。俺は咄嗟に蹄を引き抜くと、ジェラルドの完璧な美形フェイスに、後ろ蹴りを寸止めで繰り出した。ビューンと風切り音が鳴るが綺麗に交わされたのは流石だ。
「おっと、気性が荒いところもまた良い……!エリス殿、この馬を私に譲れ!対価として我がバランタイン家の領地の一部を差し出してもいい!」
騎士団長が馬一頭のために代々受け継ぐ領地を差し出そうとする大不祥事があってたまるか!そう思った……その時だった。
俺の背後から、凍てつくような絶対零度の冷気が立ち昇ったのは。
「……断る。ジェラルド卿、その汚い手で僕のシュンに触れるな」
エリスが、今まで見たこともないような冷徹で不気味な笑みを浮かべ、俺の首を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。深紅と翡翠のオッドアイが、暗くギラリと光っている。
「この子は僕のすべてだ。領地だろうが爵位だろうが、シュンのまつ毛一本分にも満たない。……帰りなよ。これ以上シュンに近づくなら、騎士団といえど容赦はしないよ」
(おお……エリス!俺を守ってくれるのか!さすが俺の推し!)
俺は感動して、エリスの柔らかい金髪に鼻先をすり寄せた。だが、俺の安らぎは次の瞬間に打ち砕かれる。エリスが俺の耳元で、甘く重すぎる声で囁いたからだ。
「大丈夫だよシュン。あんな威圧感だけの男、全然格好良くないでしょ? 僕の方が絶対に背が高くなるし、シュンを一番愛せるのは僕だけなんだから……絶対に誰にも渡さないからね。僕のシュン、いつまでも一緒だよ」
(……ん?愛せる?まんざらでもない顔で俺を抱きしめる力、強くない……?)
それを見たジェラルドもまったくめげていなかった。むしろ、エリスの異常な独占欲を見て、さらに目をギラつかせている。
「……ほう。まさか公爵令息自ら馬に狂っているとはな。だが諦めんぞ!シュン、私は必ずお前を私のものにしてみせる!」
「僕の『妻』になる馬に気安く声をかけるな。殺すぞ」
「ヒヒィィィィン!(妻って言ったか今!?殺すぞって言ったか今!?、エリスはそんなこと言わないぞ!)」
推しの悪役令息を闇堕ちから救おうと奮闘していたはずの俺は、知らぬ間に「変態騎士団長からの猛烈なストーカーフラグ」と「推しからの重すぎる妻扱いフラグ」を同時に爆立てしてしまったのだった。
第4話 馬、嫉妬に狂う主人にブラッシングされる
お楽しみに。




