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第2話 食堂と、正装した愛馬

 エリスが泣きながら執事に連れ去られてからおよそ二十分。厩舎に残された俺は、冷や汗(馬もかくのか?)をダラダラと流しながら焦っていた。


(あのツンとした薬品臭……間違いない、あれは毒だ)


 俺はあの執事が手にしていた銀トレイから漂う微かな違和感を正確に捉えていた。


 前世に不夜城と呼ばれた広告代理店で、無理難題を押し付けてくるクライアントの殺意(要望)を事前に察知し、炎上トラブルを未然に防ぎ続けてきた俺の『社畜センサー』が、頭の中でキンコンカンコンと最大音量で警報を鳴らしている。


 それに、あの匂いは前世の実験マニアの友人に「これ毒だから気をつけろよ」と教えられたやつとまったく一緒だった!


(今頃エリスのやつ絶望しながら、あの毒入りスープを口に運んでるんじゃないか!?)


 せっかく出会えた俺の推し!性別がバグって悪役令嬢から悪役令息になっていたとはいえ、あの可憐で寂しげな少年を死なせてたまるか!


 だが、今の俺は言葉の通じない一頭の馬。嘶く?蹄で地面を叩く?くらいしか出来ないのだ。……いや、そんな生ぬるいアピールじゃ間に合わないだろ。


(物理的な阻止だ!それしかない!)


 習うより慣れろ、案ずるより産むが易し!


 俺は口先を器用に使い、厩舎の木枠にかかった閂をガチリと外した。そのまま重い扉を頭突きで押し開き、公爵家の本館へと爆走を開始する。


 磨き上げられた大理石の廊下に、「タタッ、タタッ!」と蹄の音が不穏に響き渡った。


「ひぃっ!?馬だ!馬が廊下を走ってるぞ!」

「誰か捕まえろ!ああっ、そっちは食堂だ……!」


 使用人たちの悲鳴を置き去りにし、俺は食堂の豪華な両開き扉の前で前足を思い切り踏み込んだ。


(リスク管理の基本!トラブルの芽は根元から叩き潰す!)


 ドゴォォォォン!!


 体重数百キロのサラブレッドによる渾身のダイナミックドアアタックに、観音開きの扉が悲鳴を上げて弾け飛び、これ幸いと豪華な食堂の中央へ俺は滑り込んだ。


 そこには、今まさに毒入りと思わしきスープにスプーンを差し込もうとしている、目の腫れたエリスがいた。


 そしてその隣には、「よし、これで邪魔なガキが片付く」とばかりにほくそ笑む老執事も──。いや、そんな事を思っていないかもだが、俺にはそう見えた。


「ヒヒィィィィン!(待てぇぇぇい!)」


 俺は濡れた床を滑るようにテーブルへ突進すると、前足をフリスビーのように一閃させた。


 ガシャーン!!


 音とともにスープ皿が見事に吹き飛び、紫色の怪しい液体(この時点で怪しすぎるだろ!)が弾け飛んで、隣に立っていた執事の顔面にジャストミートした。


「ぶほぉっ!?な、なな、なんだこの畜生はぁぁっ!?」

「……シュン!?どうしてここにいるんだい!」


 顔面スープまみれで悲鳴を上げる執事と、目を丸くするエリスを無視すると、エリスの対面にある空いた豪華な椅子を前足で器用に引いて、俺はドカッと腰を下ろしてみせる。


 馬なのに四肢を折りたたみ、綺麗に椅子に収まってみせたぜ。この光景に二人や使用人は開いた口がふさがらない。


(ふぅ。これでよし。今日から俺も食事に同席するからな。そうすればエリスに毒を盛られなくて済むだろ)


 俺はテーブルの上に用意されていた刺繍入りの高級ナプキンを口でくわえると、エリスに向かって「首に巻け」と差し出した。

 さらに、自分が厩舎から口にくわえて持ってきた泥のついていない綺麗なリンゴを、エリスの皿の上にコロンと置く。


「……ふふ。あははは!」


 それを見たエリスは小さな肩を揺らし、鈴を転がすような声で笑い出した。暗闇に包まれていたエリスのオッドアイに、パッと眩しい光が宿る。


「お前、まさか僕と一緒に食べたいのかい?さっきも僕を追い出そうとしたんじゃなくて、僕の隣にいたかっただけなのか?」


 相変わらずのポジティブな勘違いだが、エリスの顔からさっきまでの絶望は綺麗に消え去っていた。


「わかったよ、シュン。お前がそこまで言うなら、これからはずっと一緒に食べよう。おい、シュンのための特注の椅子と、最高級の人参を用意しろ!」

「坊ちゃん!?正気ですか!馬と食卓を囲むなど……!」

「黙れ。僕のシュンが望むならそうするさ!それに見てみろ、この堂々とした座り方を!シュンをただの馬と思うな!」


 エリスの一言に、執事と使用人たちが「ひぇっ」と息を呑む。


 こうして公爵家の食卓には、白馬を一頭同席させるという、この世で最もシュールで温かい光景が日常に加わったのだった。


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