第二項 刺激される好奇心(第92話)
第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第四節 世界旅行
先日、桜に見せた報告書の件で、直接話を聞きたいという事で機関への出向を言い渡されたので、本日は機関へとやって来ていた。
そうしてフロントで用件を伝えると、会議室の一つに案内されたのだけど――
「あら? 秋奈と冬華も居たの」
「ええ、私達も話を聞いておいた方が良いと言われたので」
「私は春香が要望していた新人の件に関する話もある」
「そう言えばその話もすると言っていたわね。それで、彼方はどこかしら?」
「まだ来ていない。まあ、時間まで余裕があるしな。あいつの事だからきっちりと時間通りに来るぞ?」
「もう、冬華ったら……でも、そうね。彼方は昔からそう言う所があったわね」
「春香までそんなこと言って……」
そうしてしばらく話をしながら待っていると、丁度時間になった所で彼方が部屋に入ってきた。
「ごめんなさい、待たせたわね……なにかあった?」
本当に時間通りに来たことで三人揃って微妙な面持ちになっていると、彼方に訝しげな顔をされてしまった。
「いえ、なんでもないわ。それで、話を聞きたいという事だけれど、何をどこから話したらいいかしら?」
偏に報告書の内容と言ってもそれなりの報告事項があったから、全てなんて言われてしまうと大変だもの。
「主な要点はこれ、融合した世界の項中にある考察の一つ、四つの世界についてよ」
「ああ、その話ね。それにはまず、秋奈と冬華の確認が必要だけど……二人は半年程前から、なにか異変を感じていたりしないかしら?」
「半年前……?」
「半年前と言えば、魔女共との戦いの後か。確かに、あの頃から異形のような姿をした人々を見かけるようになったな」
「え? 冬華も?」
「ん? どうした、秋奈」
「二人ともこちら側のようね。気づいてはいたけど放置していたという事で良いのかしら?」
「ああ、これと言って騒ぎになっているわけでもなし、引退した婆さんが一人騒いでも耄碌したかと思われるだけだろう」
「う、うち――じゃなくて、私も同じ。誰も何も言わなかったので、自分だけがおかしくなったのかと思っていたのよ」
「秋奈、別に方言で話しても良いのよ?」
お葬式騒動の時は普通に方言で話していたと思うのだけど。
「今は日常的に標準語を使っているからこれで良いのよ。方便が出てしまうのは春香達と居ると昔の事を思い出すから……」
「ああ、それは分かるわ。私も夏燐に会った時に昔の調子で撃ってしまったもの」
そして昔のように避けられてしまったのよね。
「あぁ、あったな。お前達のじゃれ合いは物騒でいかん」
「日常的に撃っていたものね……主に夏燐が悪いんだけど」
「貴女達、どういう日常を送っていたのよ……とりあえず昔話はそこまでにして、二人とも半年前の時点で気づいていたという事で良いのね?」
「はい」
「ああ」
「では知らない情報も多いはずね。春香にも聞いて欲しいのだけど、現在の世界には警戒すべき勢力がいくつかあるわ」
「危険なのかしら?」
「ある意味ではね。どれも別の世界のものだけど、最大規模の所が統一国家グレイシア、次いで世界防衛軍だけど、ここは解体して分散するそうだから、弱体化は避けられないわね。最後に秘密結社ナインテイルズで、ここに関しては既に消滅しているけど、残党がいると言う話よ。特に怪人と言うのが厄介なんだとか」
「そうね。みんなも一度見たと思うけど、私の護衛をしてくれていた狼を象った鎧のような物を身に着けていた人も怪人ね。ただ、彼女は秘密結社と戦っていた側だから、全ての怪人が敵と言うわけではないという事は覚えておいて欲しいわね」
「何か見分ける手段はあるのかしら?」
「話は通じる相手だから、呼びかけて応じるようであれば大丈夫だそうよ」
ウララさんに聞いた話だけれど、大半の怪人は人としての理性は残っていないのだとか。
「それ以外は問答無用で襲い掛かってくると考えたらいいのかしら?」
続けて問うてくる彼方に、私は首肯して答えた。
「ええ、殺す気でかかって来るから容赦なくやって良いと言う返答は貰っているわ」
怪人化してしまった者を元に戻す手段は現状存在しないので、無力化するには戦って打ち倒すしかないとも言っていたわね。その後に関しては怪人を研究している機関があるそうで、そこへ輸送されるのだと言う話ね。
「随分と危険な存在らしいな」
「危険なのはわかったのですが、怪人の戦い方はどのような物なんですか?」
「主に肉弾戦ね。反応速度は武闘派の異形と同程度かそれ以上かしら」
変身したウララさんの動きが、ちょうどそれくらいだったわ。
「並の魔法少女に反応できる速度ではないな。新人は相対させずに撤退させるのが無難か」
「幾ら身体強化があるとはいえ、限度はありますからね」
冬華と秋奈は危険だと判断してくれたようだけど、彼方はまだ信じ切れていないみたい。
「私は怪人の事は名前くらいしか知らないのだけど、武闘派の異形と言うと上位クラスでしょう? 本当にそこまでの脅威なの?」
……異形として考えると、確かに信じ難い事ではあるわね。
とはいえ、相手は異形ではなく怪人。それも異世界の存在なのだから、こちらの常識に当てはめて考えていい存在ではないのよね。
「ええ、近づかれたらおしまいと言う点では上位の異形と同じよ」
「距離を取って戦う必要があるな。訓練用の仮想敵としてカルラ辺りを呼ぶか?」
カルラさんは異形の中で天狗と呼ばれている種族の人の事ね。
速さに関しては天狗はかなりのものだけど……。
「それはさすがに過剰……でもないわね。陸上戦に絞ればカルラさんがちょうどいいかもしれないわね」
「奴の本領は空中戦だからな。だからこそちょうど良いともいえるだろう?」
カルラさんの地上戦の速度は知らないけれど、冬華が言うのなら大丈夫かしら?
とはいえ、異形の人に機関の人員の訓練を頼むのはどうなのかしら?
「それ以外の適任は居ないのかしら?」
「私の知る限りは居ないな。それこそ、春香の知り合いの怪人には頼めないのか?」
「難しいわね。彼女は今、夢幻島で魔法を覚えるために訓練しているところだと思うわ」
「怪人であることに加えて魔法まで覚えようと言うのか……」
「あちらの世界には魔法が実在しないから、憧れも強いのだと思うわ」
「魔法がない世界か……まさか、魔素も無いのか?」
「ええ」
「それじゃあ、魔力欠乏症はどうなの?」
「それも存在しないのだと思うわ。神鳥様に確認したけれど、そのような症状は無かったと言う話だし」
「神鳥様というのは、あの奇妙な鳥か」
奇妙って、可愛らしいと思うのだけど。
「あら、可愛かったでしょう?」
「奇怪の間違いではないか……?」
奇妙から奇怪に悪化した。言わんとしていることは解らないでもないけど、神鳥様が聞いたら怒りそうね。
「あのような見た目でも神性を感じたから、本物の神獣の類いなのよね?」
流石は秋奈ね。神鳥様の魔力から神性をしっかりと感じ取っていたみたい。
「ええ、神様の使いだと言っていたわね。三人とも、真の姿は見ているでしょう?」
「あの鷲獅子か。同一の存在とは思えんが……」
「あの姿でも言動が変わらないのは驚きました……」
「威厳のある見た目で威厳のない言動をする人……いえ、鳥でしたね」
「酷い言われようだけど否定できないのが辛い所ね」
神鳥様の言動に関してはどうにも否定できないわ。
敢えてああいう振る舞いをしているのだとは思うのだけど、真面目にふるまうことがあまりないのよね。
「話は逸れたけど、怪人に関しては上位の異形を想定した訓練を実施することをひとまずの対策としましょう」
「統一国家と世界防衛軍とやらはどうなんだ?」
「統一国家はあの規模に対して気味が悪いくらい情報が入ってこなかったのだけど、龍王という存在が国を治めているようね。彼に関する情報であれば隠すまでも無いという事なのか、得られた情報はどれも目を疑う物ばかりだったわ」
「目を疑うような情報とは?」
「まず、名前からもわかるとは思うけど、龍王は龍種――半魔法生命体の竜種ではなく、完全な魔法生命体。或いは概念が形を成した存在とも言えるわね。こちらの世界で言うと、過去に存在していたという神話個体が該当するわ」
「神話個体か……伝説の存在と相まみえる機会が来るとはな」
「敵と決まったわけではないのだからやる気を出さないでくれる。それと、龍王は人知を超えた存在よ。魔法少女とは言え、人間がいくら束になっても敵わないわ。何せ、神殺しを成し遂げた存在でもあるのだもの」
「神殺しだなんて、そこまでの存在だと言うの……?」
「ええ、だから遭遇した際にはできる限り友好に接して、間違えても敵対行動はとらないように。それと、龍王の写真がこれよ。普段は人型で行動しているそうだけど、長距離の移動の際には龍の姿で飛んでいるところも目撃されているわ」
言いながら彼方が出した写真は、海上都市と思われる街にいる老年に差し掛かりつつある壮年の男性の姿を映したものと、どこかの空を飛ぶ巨大な龍が映し出されたものの二枚だった。
「これが龍王か……人型の外見年齢は私達より下か。どうせ我々の百倍は生きているんだろうが、若く見えるな」
「この龍……なんて神々しい姿なの」
秋奈は龍の姿に見惚れているみたいね。昔から伝説上の生物に憧れていたから、今の状況は秋奈にとっても嬉しいのではないかしら?
「秋奈はこの龍をどう見る?」
「えっ、そう、ね……少なくとも、無為に人に仇成すような存在ではないと思うわ」
確かに秋奈の言う通り、邪悪な存在には見えないわね。
「一国の王様なのでしょう? 国を統べるだけの力や知識はあるんじゃないかしら?」
私達の世界には龍に関する伝承がほとんどないから、相手の事を推しはかるのも難しいわね。
私の問いに対して、彼方は何とも言えない様子で答えた。
「諜報に向かわせた者からの報告には、全知全能の王と記されていたわ。あくまで統一国家の住人による評価だけど」
全知全能……まるで神様ね。
「相手が神を殺した龍ともなると、誇張というわけではなさそうね」
「ええ、だから、統一国家に関しては、機関は静観する方針でいきたいわね」
それが無難な選択でしょうね。問題はこちら側の国ね。
「融合の影響で、国家間の関係はどうなっているのかしらね?」
存在しなかった国同士の関係というのもおかしな話だけど、その辺りの認識は気になるわね。
「半年経った現在、これと言った諍いがあったわけでもないからな。少なくとも険悪という事は無いのだろう?」
冬華がもっともなことを言い、彼方に確認するように尋ねた。
「ええ、私も詳しいわけではないけど、異世界の勢力とは互いに不干渉となっていたはずよ。国交に関しても半年前から徐々に繋がりが――ああ、ちょうどその頃に融合したから、このような認識になっているのね」
「実際の所は半年前に出てきた国だからな。それにしても、意外と緩い認識の改変だな」
「一度世界が融合したと認識出来たら、今の世界への違和感の方が強いから素直に受け入れられるのよ。少し前ならこうも簡単に行かなかったと思うわ」
「この状況を生み出した存在は殊更に現状を隠したいわけではないのかしら?」
「この認識の改変は、無用な混乱を避けるための物と考えるたら良いのかしら?」
「ならば、その改変から漏れた私達は、いったい何なんだ?」
「これは推測になるけれど、私達が改変の影響から漏れたのは意図的な物ではなかったからじゃないかしら?」
「意図的なものではない? 偶然だと言うのか? 世界を融合させるような存在が、そんなミスを?」
「いえ、ミスではなく、放置されたと考えると納得できないかしら? この世界の数多の存在に施した記憶の改変に対して、その影響から漏れた私達はほんのわずかな数しかいない。そして、世界が融合したこと自体を強固に隠す必要が無いのであれば、それをわざわざ修正する必要があるのかという話よ」
「なんだったら、そう言う者が出てくることも織り込み済みである可能性すらあるわね。結局のところ推測の域は出ないけれど」
「考えるだけ無駄か……」
「ひとまず話を戻しましょう。それで、最後の世界防衛軍というのは?」
「世界防衛軍に関しては先述の通り、解体後に幾つかの組織へと分散するようね。異星物との戦いが終わって、世界防衛軍自体の役目が終わった様なものだし」
「異星物というのはなんだ?」
「私も実物を目にしたわけではないから詳しくは知らないけど、知的生命体に対して極めて攻撃的な生物群らしいわ」
「そのような生物が異世界には居たのか」
「世界の存亡をかけた戦いだった――と記憶には残っているのだけれど、現実感がないわね。そもそも目撃した事が無いと言うのがおかしいのよね。一時期は人類が星から脱出しなければならない程の異星物が居たはずだもの」
「星から脱出……?」
「宇宙の居住地だけど……写真で見たような記憶しかないわね。宇宙ステーションというのかしら? 地上を再現したような――箱庭のような場所に住んでいたみたいね」
「こちらの世界ではまだ実現していない技術だな」
「宇宙に住めるだなんて夢のようね。そこまで科学技術が発展している世界なの?」
「ええ、そうみたいね。この世界では機動兵器という巨大な人型兵器もあるくらいだから」
「ああ、あのロボットね。海上都市で見かけたわ」
「ロボットだと?」
「魔法は通じるのかしら……」
「秋奈、貴女はまともな方だと思っていたのに……」
「ち、違うのよ? ただの好奇心で……」
「実際、どうなのかしら? 見た感じの印象だけど、分厚い金属装甲には貫通系の術式が通るから、搭乗者を狙えば仕留めることは可能だと思ったのだけど」
「その手があったか。衝撃系ならば搭乗者への攻撃も可能だな」
「砂塵の魔法なら目詰まりを起こして機体その物を行動不能にも出来そうね」
「春香はともかく、実物を見ても居ない二人はよくそこまで思いつくわね……」
「現代は仮想敵のネタが尽きないからな」
「アニメのキャラクターを仮想敵として想定しているのは冬華くらいだと思うけど……」
「貴女達、そんなことをしていたの?」
「引退してからは暇だったからな。これがやってみるとなかなか面白くてな」
「変な物を投影させられる私の身にもなって欲しいわ……」
「秋奈の固有魔法なんだから仕方がないだろう?」
「いいわよね。秋奈の固有魔法」
魔力を使って色々と再現できるのよね。
「生き物を再現するのは大変なのよ……? 動きを再現するために大量のアニメを見せられたりもしたし……」
「秋奈も楽しんでいただろう? まあ、私も孫に勧められて見始めたものだがな」
「おほんっ、また話が逸れたけど、世界防衛軍の方も早急に対処するような事態にはならないと考えて良いのよね?」
「そうなるわね」
「結局のところ秘密結社とやら以外の情報はほとんどないのか。こうも好奇心が刺激される状況になるとは思わなかったな。半年前から動いていれば存分に楽しめたものを……」
「むしろ貴女が静観してくれていて助かったわ。絶対にろくなことにならなかったもの」
「それに関しては同感ね」
「失礼な。私はそこまで問題行動は――少ししかしていないぞ」
「問題行動は少しでもあったらダメなのよ?」
とはいえ、好奇心が刺激されると言うのは私も同感なのよね。
世界を回る仕事が今から少し楽しみになって来たわね。




