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第三項 旅立ちの準備(第93話)

第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第四節 世界旅行

 報告書の件から数日、旅立ちの準備――もとい次の仕事の準備は順調に進んでいた。


 あとは研修という名目で着いて来ることになる新人さんだけど、募集を掛けたところ、かなりの数の希望者がいたみたい。


 人選に関しては別件で彼方の手が空いていないという事で冬華と秋奈に任せたけれど、大丈夫かしら?


 冬華がやり過ぎていないと良いのだけれど、秋奈が止めてくれることを祈りましょう。


「……そう言えば、人数とか決めていなかったけれど、何人来るのかしらね?」


 流石に十数人と来ることはないでしょうけれど、あまり人数が居ても面倒が見切れないわね。


「二、三人あたりが理想だけど……まあ、大丈夫でしょう」


 あとは何か用意すべきものはあったかしら?


 パスポートに関しては機関の臨時職員用に供与されたものがあるので問題は無し。


 お金に関してはクレジットカードと幾らかの現金を用意してあるので、これも大丈夫ね。


 衣服は最低限にして洗濯や浄化魔法で使いまわして、必要に応じて現地調達が無難かしら?


 靴は歩きやすい物が良いわね。新しいスニーカーがあったはずだから、それを出しましょう。


 携帯電話は専用の充電器と海外でも使用できるように変圧器を用意して貰ったので平気ね。


 あとは――念の為、翻訳機を持って行った方が良いかしら?


 元の世界の主要言語は一通り覚えているけれど、異世界の言語に若干の不安があるのよね。


 共通語はどういうわけか異世界の人が相手でも通じていたけれど、言葉が通じない相手が出てこないとも限らない。


「翻訳機は――新しく買った方が良いかしら?」


 そもそも、今の世界に対応している翻訳機ってあるのかしら?


 少し調べてみましょう。


 そうして携帯で調べてみた所、レイスタイル社が三日ほど前に新しく全世界対応の翻訳アプリを出したみたい。


 お値段はそれなりだけど、翻訳機を買うよりは安いわね。


 早速料金を払って携帯に導入しておく。使い方は後で調べたらいいわね。


「これで準備は万端ね」


 まだ時間はあるから、あとは適宜追加していく形になりそうね。


 旅程と道筋も決まっているし、これでいつでも行けるわ。


 準備を終えて満足していると、紬ちゃんがやって来たらしく、軽い足音が聞こえてきた。


「おばあちゃん、ご飯だよぉ」


 部屋の入り口からひょいと顔をのぞかせて、紬ちゃんが言ってきた。


 言われて窓の外に目をやると、いつのまにか日が暮れていた。


「あら、もうこんな時間なのね。紬ちゃん、呼びに来てくれてありがとう」


「うん! おばあちゃんはもうお仕事の準備終わった?」


「ええ、これでおしまいよ。あとは仕事が始まる日までお休みね」


 正確には待機かしら? ほとんど休みのようなものだけど。


「ほんと!? じゃあね、また魔法の練習したい!」


「あら、お出かけは良いの?」


「うん! 今はね、魔法があついんだぁ」


「魔法があつい?」


 あついとは……? 熱い? 暑い? それとも厚い? どういう言い回しなのかしら?


「えっとね、新しい魔法があるの! 紬も知らなかったやつ!」


「新しい魔法……?」


 もしかして、異世界の魔法かしら?


 あちらの術式は此方と異なるようだけど、私達でも使用できるのかしら?


「うん! 紬もちょっとだけ使えるよ!」


 ……使えるみたいね。


 そもそも、どこで覚えたのかしら?


「紬ちゃん、それはいったい誰から教えて貰ったの?」


「動画でやってた!」


「動画? ああ、桜香ちゃん達がやっているような感じかしら?」


 配信活動というものね。


「そう! お耳の長い人がやってたよ!」


「お耳の長い人……?」


 別の世界の人で間違いないみたいだけど……耳が長い? 兎のような耳でも生えているのかしら?


「うん! お耳がね、みょーんって、横に長いの!」


 耳が横に長い? 異形の中にそんな人達が居た気がするけれど……どうだったかしら?


 異世界にも似たような種族が居るのね。


「あら、そんな人が居るのねぇ」


「うん、そうなの! あとでおばあちゃんも一緒に見よ?」


「ええ、そうね。ご飯を食べてからね」


「そうだった! おばあちゃん、今日のご飯はなんだと思う?」


「あら、何かしら? 紬ちゃんは知っているのよね?」


「うん! おばあちゃん、当ててみて!」


「そうねぇ……」


 そう言えば、今日はハンバーグを作ると桜が言っていたかしら?


「もしかして、ハンバーグ?」


 そう言うと、紬ちゃんはとても驚いた顔をしてくれた。


「すごい! 正解だよ!」


「あら、よかった。ハンバーグは紬ちゃんの好きな物だものね」


「うん! ハンバーグ大好き! それにね、今日のはいつもよりすごいんだよ!?」


 いつもよりすごいと言うと幾らかの想像はつくけれど、おそらくは紬ちゃんの好きなチーズを中に容れた物に目玉焼きを載せたものかしら? あと、最近の桜は時間が余っているからと手の込んだ料理を作りがちだから、ソースにも一手間加えてそうね。


「あら、楽しみねぇ」


「うん! あっ、そう言えばお爺ちゃん帰って来てるよ!」


「あら、珍しい」


 元首相の大熊さんの再教育をすると言って長らく家を空けていたのだけど、ようやく戻って来たみたい。


 あの人が中途半端に投げ出して戻ってくることは余程の事が無い限りは無いはずだから……大熊さんは無事なのかしら?


「なんかね、さいきょーいくがなかなか終わらないから気合を入れるために帰って来たんだって」


「気合を入れるために……?」


「うん」


「……何なのかしらね?」


 本当にわからないわね?




「それじゃあ、行ってくるよ」


「おじいちゃん、いってらっしゃーい!」


「いってらっしゃい」


 翌朝、紬ちゃんと一緒に夫を見送った。


 やる気は十分という様子で出て行ったけれど、なんだったのかしら?


 昨晩は特別何かがあったわけでもなく、普通に家族の団欒を過ごしただけだと思うのだけど。


「おじいちゃん、元気になって良かったね?」


「ええ、そうね」


 帰ってきたという夫に対面した際は随分と疲れていた様子だった。


 夫が言うには大熊さんは洗脳されているという事で、その解除に手間取っているらしい。


 洗脳と言えば大陸の人達が良く使う手だけれど、一国の首相が洗脳されていたというのは流石におかしくないかしら?


 夫が言うには洗脳を受けていたのは大熊さんだけで、他の人達は洗脳を受けていた様子は無いと言うし。


 そして、彼らが使う手にしてはあまりにもお粗末すぎるわ。


 機関のように長い時間を掛けて周到に仕込んでくるのならともかく、大熊さんの洗脳は彼等とはまた違う勢力によって行われたように思えるのよね。


 大陸も一枚岩というわけではないから、新興の別勢力の仕業かしら?


 ……ありそうね。わざわざ大熊さんを狙っているあたり、実力を誇示する目的でこういった大胆な行動をとる。というのは大陸らしさを感じる。


 となると、大熊さんの洗脳はバレても良かったということ?


 夏燐辺りは既に何らかの情報を掴んでいてもおかしくないわね。あとで連絡してみようかしら?


「おばあちゃん、今日は一緒に動画見れる?」


「え? ああ、そうだったわね」


 そうだった。昨日は夫が帰って来て、紬ちゃんと動画を見ることができなかったのだったわね。


 異世界の人が魔法の使い方を説明している動画だったかしら?


 ……冷静に考えると、とんでもないことをしているわね。


「じゃあ、テレビで見よ? おっきい画面の方が見やすいよ?」


「はいはい、それじゃあテレビで見ましょうね。えっと、携帯をテレビに繋げるのよね?」


「大丈夫! テレビで見みれるよ! 紬がやってもいい!?」


「ええ、お願いね」


「うん!」


 手慣れたもので、紬ちゃんはリモコンを使ってテレビの画面に動画のサイトを映し出し、目当ての動画を再生させた。


「これがそうなの?」


「そうだよ!」


 画面の中では確かに耳の長い人が生活魔法の使い方を説明している。


 ただ、その術式は見慣れないもので、こちらの世界の物よりはるかに洗練されているように見える。


 なんというのかしら……研鑽の歴史が感じられる造りの術式だわ。


「ねっ! すごいでしょ!?」


「ええ、少し真似してみようかしら?」


「みたい! みたい! おばあちゃんやってみて!」


「待ってね。確か、こうやって――あら、すごいわね」


 驚くほど簡単に魔法が発動した。おまけに調整が思い通りに出来る。


「わぁ、すごい!」


「これは……本当にすごいわね」


 この術式一つでこちらの世界の魔法界に革命が起きるわね。


 とはいえ、認識上ではこちらの生活魔法と同じごく普通の魔法として扱われているため、騒ぎにはなっていないみたいね。


 こういったところで認識が調整されているところを見ると、なんとも言えない気分になるわね。


「紬もやって見ていーい?」


「ええ、やって見せてくれる?」


「えっと、こうして……こうっ! できたぁっ! おぉー、こっちの方が使いやすくて凄いかも?」


 子供でも分かるくらいなのね。


 それをこうして教えているという事は、あちら側の世界ではそれほど重要でもないと言うか、ごく一般的な知識と技術らしい。


「うわぁ! 複合とかもかんたんにできたぁ!」


 ……簡単すぎるのも考えものね。

 

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