第一項 骨董市(第79話)
第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第一節 懐かしの古機体と共に
アルバート視点
危惧していたマリアの存在は、思いのほかあっさりと家族に受け入れられてから三日が経った。
嫁の感想は単純な物で人手が増えたと喜び、アルフ達は自動人形という存在に興味を持ったようで、色々と質問をしていた。アルフはともかく、ステラとエスタには世界融合の影響である程度の知識はあるはずだが……それでもなお珍しいってことなのか。
つい先日には好奇心が抑えきれずに内部の機構を少しだけ見せてもらったが、本当に歯車などの細かな部品で動いていた。あれで千年以上動いているという話なのだからすごいな。
内部の部品もつい先日作られたばかりと言っても通用する程度には小奇麗で、摩耗している様子は見られなかった。マリア曰く、おそらく錬金術によって精製された材料を使用しているだろうと言う話だが――
『マスター、どうかしましたか?』
ご主人様呼びは俺も周りも落ち着かないと言う理由で止めさせた。こちとら一般市民なんでな。
このマスター呼びは孫のエスタの指定によるものだ。なんでもマリアによく似たアニメかなんかのキャラクターが居るらしい。
マスターって言葉は外来語で色んな意味があるんだが……それを教わったらしいマリアが気に入って使っていると言うのが現状だ。最初は渋ってやがったくせに。
「いや、なんでもねぇ。それで、錬金術ってのを学ぶには機材が足りないって話だったよな?」
『はい、既に生前のマスターが所有していた物に関してはアリシア様に伝えておりますので、しばらくしたらこちらへと搬送される手はずとなっております……が、なにぶん古く、未使用期間が長い物となっておりますので買い替えや買い足しは避けられません』
「それはまあわかるんだが、それでなんでまた骨董市に探しに行くことになる? 新品でいいんじゃねぇのか?」
『それは普通の道具であればの話です。錬金術に使用する道具は、使用するほどにその性能や価値が上がっていくのです』
「そりゃどういう理屈だ?」
『そうですね……ものの例えですが、錬金術の道具はお酒のような物だと思ってください。お酒は手間と時間をかけただけ美味しく仕上がりますよね?』
「美味いかどうかは別として、確かにそう言った酒は味わい深いもんがあるとは聞いたことがある。つまりなんだ、錬金術の道具もそうやって使用者が何年も使った物の方が良いってか?」
『その通りです。長く使われた道具には使用者や素材の魔力が宿るので、性能や耐久力の向上と言った副次効果が期待できるのです』
「期待ってことは、絶対じゃねぇんだな」
『はい、詳細は未だ推測の域を出ませんが、少なくとも付与魔術の類いではないらしく、所有者や素材の念のような物が宿っているという非科学的な意見まで出ています』
「所有者や素材の念ねぇ……」
なんだったらそっちの方がまだ分かるな。
非科学的で根拠もねぇんだが、そう言った人が持っている未知の力ってのは間違いなく存在すると言うのは、あの戦争でさんざん経験してきたからな。
素材に関してはまあ……悪い意味でよく記憶に残っている。未知の生物は素材に使うもんじゃねぇってな。
『というわけですので、骨董市へお出かけしましょう。ああいう所には思わぬ品が眠っていることがありますので』
「わかったわかった。おっ、そういや風呂の改装もしたかったんだった。ついでにそっちの材料の手配と購入も必要だな。車で良いよな?」
『はい。それが宜しいかと』
てなわけで、マリアを連れて骨董市へやってきた。風呂の改装に使う材料はさっさと手配を済ませてきた。他の購入物はこっちの用事を済ませた後だ。
骨董市は俺が住んでいる街においては恒例行事のような物で、毎週末に開かれている。
偶に大きな催しとして外部からの賓客を招いて大々的に開かれることがあるが、ちょうど今はその期間らしい。
戦争の期間中は街中だけで細々と行われていたらしいが、半年前からはあれこれと理由をつけて大きな催しとして何度も開催されているって話だが――まあ、そのうち落ち着くだろう。
「なかなかの規模だな」
『ご自分のお住まいがある地域の催しですよ?』
「こういった期間中は人が多いからな。あまり来ないようにしてたんだ。つっても、戦争が始まってからはそれどころじゃなかったしな……ざっと四十年くらいは来てねぇな」
『ああ、そうでしたね。実際、こちらの街での大きな催しは半年前からこれで六回目だそうです』
「ひと月毎に行ってたのか。確か、昔は年に一度だったな」
『終戦記念という面もあるそうです。また、街の住人の稼ぎ時でもあるようです』
「うちも昔は機動兵器関連のパーツを作って販売したもんだ」
『そうなのですね――確かに、機動兵器の中古販売も行われているようです』
「中古販売か……多分古い型の奴だな。ところでお前、さっきからネットワークに繋いで検索してるのか?」
『はい、目当ての物を探しております』
「便利な奴だな……ん? つーか、大昔の自動人形にそんな機能、どうやって付けたんだ?」
まさか、異世界の大昔にはネットワークが存在した……?
『自分で追加しました。先日見せていただいた三世界対応携帯端末の機能の一部を移植してあります』
なんでもありかこいつ!?
「自己改造が可能なのか? いや、自己成長というべきか……? こっちのアンドロイドには付けられねぇ機能だな」
見た目だけではなく、機能もアンドロイドの禁則事項にがっつり抵触しちまってんな……。
自動人形が種族として扱われて居なかったら、今頃は特殊警察あたりに捕まっていたな。
『――あっ、近くに錬金窯を売っているお店がありますね。行ってみましょう』
「窯か……現代っつうか、こっちの世界の窯で錬金術は出来ないのか? アーク炉とか原子炉とか、異星人の技術だってあるぞ?」
『……考えたこともありませんでしたが、現実としては難しい。と言うのが実状ですね。マスターの世界には魔力が存在しなかったと伺っておりますが、錬金術と魔力には密接な関連性がありますので、そちらの技術に対応した物となると構成素材からの見直しが必要になるかと』
「あー、そうか。確かにそりゃそうだわな。魔力一つと言えど、言ってしまえばこれまでにない世界の法則が一つ追加されるようなもんだからな。技術関係の一からの見直しは必須事項か」
『そこまでの必要性があるかは判断できかねますが、錬金術に使用するのが目的であればその位は必要ですね』
「なら結局はある物頼りか……意外といい案だと思ったんだがな」
『先の事を考慮するのであれば必要な事かと』
「そうだな……こういうのは後追いが楽なんだがな。ま、たまには先駆者になるか」
『そのためには、まず錬金術の習熟が必要ですね』
「それもそうだ。じゃあ、錬金窯ってのを見に行くか」
『はい、こちらになります』
そして、マリアの案内で向かった先には錬金窯ってのが売られていたんだが。
「たっけぇなぁ、おい」
見た目は古臭い窯なんだが、それに馬鹿みたいな値段が書かれている。
いや、別の世界の価格だから実は安い――そういや通貨単位はほとんど変わらねぇんだよな。クソが。
つまり、見たまんまの価格ってわけだ。
『店主様、こちらの窯の解説をお願いできますか?』
「おやっ、自動人形のお姉さんかね。いいともさ。こいつはアタシ一押しの品でね。稀代の錬金術師の――」
と、店主の婆さんが窯の説明を始めたのでマリアと共に耳を傾ける。
マリアが説明を求めた窯は――見た目が黄金なんだが、どうにも金で出来ているわけではないみてぇだな。黄銅か? いや、微妙に違うか? とにかく、見ただけではよくわからない物質で出来ているようだ。
婆さんは興が乗って来たのか、いくつか前の持ち主の話まで始めた。
なんでも、持ち主の中にはこの窯にぴったりはまって抜け出せなくなったオッサンが――
「いやオッサンが入ってたのかよ! どういう状況だ!?」
そしてそれは持ち主と言っていいのか!?
『マスター、今いい所ですので、少し静かに』
「そうだよ。最後まで聞いても値下げはしないが聞いてっておくれよ」
「値下げはしねぇのか……」
この婆さん。しっかりしてやがる。
その後は、聞くも涙語るも涙のオッサンの大冒険の話が続いたんだが、一切錬金術とは関係なかったことをここに記しておく。
ただ、性能は保証付きだそうで、この婆さんは賢者の石の精製に成功したらしい。
賢者の石と言えばこっちの世界の御伽噺でも錬金術の代名詞と呼べる代物だが、本当なのか?
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、婆さんが証拠だと言って現物を見せてきた。
「ほら、これさ」
『……確かに、本物ですね』
「ただの宝石じゃねぇのか?」
見せて貰った石は確かに普通の石ころとは違うが、見た目は宝石のようにしか見えない。
ただ、宝石と言ってもカットや研磨が施された整った形状ではなく、水晶のような天然物の石と同じ形状をしているな。
……これに似た石を昔どっかで見た気がすんだよな。どこだったか。
『石の内包する魔力を視られたら分かるのですが』
その手があったか。
「ああ、魔力を視るってやつか。ちょっと待て、クレアに教わったやつで良いならできるぞ」
そうして、俺の少ない魔力を目に集中させて賢者の石とやらを見ると――
「げっ、なんだこりゃ? 気持ちわりぃ魔力の流れだな……」
クレアの魔力回路を見慣れているせいか、賢者の石から溢れ出る魔力の流れがやたらと気持ち悪いものに視える。
「はっはっは! こいつはとんだじゃじゃ馬だからねぇ」
婆さんが笑いながら賢者の石を弄ると、魔力の流れが緩やかになった。どういう理屈でそうなってんだ?
こちとら魔法ですらよくわかってないってのに、錬金術ってのはさらによくわかんねぇな。
『賢者の石は物質としては特異な物ですので、無理もないかと』
特異な物だってのは見りゃわかるが……本当にこんなものが人の手で作れるのか?
「そういうもんなのか……ところで、その賢者の石ってどうやって作るんだ?」
「さあ? もう忘れたよ」
「そんな大事なもんの作り方を忘れた? そんなことあるか?」
普通はメモを取るなりして記録に残すだろう。
『マスター、残念ながら賢者の石には決まった作り方が存在しません』
決まった作り方が存在しない? ここにあるのにか?
「それじゃあ、どうやってる作るんだ?」
「坊や、こいつはね。ただ作ろうと思って作れるもんじゃないのさ」
「坊やって、大した年も違わねぇだろ」
「そうだねぇ……坊やから見て、アタシは何歳に見える?」
「そりゃあ……七十七、八歳ってところか?」
「おや、随分と若く見られたもんだね。これでも八百年以上は生きてるよ」
「八百年!? さすがに嘘だろ? いや、待てよ? 実は長生きの種族か?」
『マスター、彼女は間違いなく人族です』
「その娘の言う通りさ。アタシはこいつの力で歳を取らなくなっちまってね。今では竈の魔女だなんて呼ばれているよ」
賢者の石で不老不死ってのは御伽噺の通りだが、まさか現実で目にするとは思わなかったな。
しかし、竈の魔女ってのは――
「窯を売ってるから竈の魔女ってか?」
流石に安直過ぎないか?
「ん? あっはっは! 違う違う! こいつはただの不用品だよ。アタシの今の本業は一風変わった薬売りでね。一時期色んな窯を試してたんだが、結局どれもしっくりこなくてね。こんなに窯があってもしょうがないってんで売りに来たのさ」
『賢者の石の精製者で竈の魔女と言いますと、もしや貴女は――』
なんだ? 異世界の有名人か? しかし、名前を言おうとしたマリアの言葉を婆さんが遮った。
「おっと、その名前は禁句だよ。少ししゃべり過ぎたみたいだ。アタシの事は窯婆とでも呼んでおくれ」
『窯婆様ですね。了解しました』
「それで、あんたらは窯を購入しに来たんだろう? 料理に使うならこっち、錬金術に使うならこいつがお勧めだよ」
そう言って婆さんが進めてきたのはどちらも普通に見える窯だった。
「……おい、婆さん。さっきはそこの金色の窯を勧めてなかったか?」
「何言ってんだい。一押しとは言ったが勧めちゃいないよ。アタシの話はちゃんと聞いていたのかい? それとも、そんなにその窯にはまりたいのかい?」
この婆……!
『マスター、心拍数が上昇しております。落ち着いてください』
「……そうだな。とりあえず、その錬金術にお勧めの窯――でいいか?」
念の為、マリアに確認を取る。値段はまあまあするが、金色の窯よりはよっぽど安い。
……本当に効果があるのかはさておき。
『そうですね。今後育てていく楽しみも欲しいですから、この辺りが宜しいかと』
マリアがそういうのなら大丈夫なのだろう。これに決めた。
「よし、決まりだな。婆さん、これをくれ」
「あいよ。しかしあんた、その歳から錬金術とはねぇ」
言わんとすることは解る。
「学ぶのに年齢なんて関係ないだろ?」
「そりゃそうだ。ああ、一応助言しておくが、賢者の石については忘れな。あれはロクなもんじゃないからね」
確かに、ロクなもんじゃないな、まるで――いや、まさか?
「おう、作る気はねぇよ。さっきの質問はただの好奇心だ。最後に一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「賢者の石ってのは――概念物質のことか?」
「……さて、どうだろうね? と言いたいところだが正解だよ。なんだい、知っていたのかい?」
「いや、今しがた思い出した。知り合いの異星人が同じもんを作っていてな。精製が難しいって話だったが、賢者の石だってんなら納得だ」
なんせ異星人をもってしても扱いに手古摺るような物質だからな。
「ほう、異星人がねぇ。アタシは会ったことはないけど、奴らも深淵を覗いちまったみたいだね」
「その深淵ってのは決まり文句かなんかか? 知り合いの異星人が同じようなことを言っていたぞ」
「……それは言えないね。ほら、最後の質問は終わったろ。用が済んだんならさっさと行きな。次の接客があるからね。おや旦那、お目が高い、この黄金の窯は――」
婆さんは俺達を追い立てると、黄金の窯を見ていた成金風の男に声をかけた。あのまま売るつもりじゃねぇよな?
深淵についての返答は得られなかったが、異星人が使っていた概念物質の正体がわかったのは朗報だな。
しかし、その正体が賢者の石ともなると……やっぱり悲報か。
先ほど見た魔力の流れからして、本能的に手を出してはならない物だってのが良くわかる。
あれは人が手を出していいものじゃない。
『良い買い物ができましたね。次は蒸留器にしましょうか』
「それは良いんだが、窯を持って歩くのは――ん? 窯はどこやった?」
『収納しました』
「……収納? どこに?」
『こちら次元収納となります』
ブゥン、という形容し難い音を立てて空間に割れ目が入ったと思うと、そこに手を突っ込んだマリアが先ほど買った窯をずるりと引き出して見せた。
「お前、ほんと便利だな……」
『お褒め戴きありがとうございます』
マリアが窯を戻しながら答える。本当にどうなってんだそれ。これも自動人形の機能なんだろうか? あとで教えて貰おう。
そうして一通りの買い物を済ませた頃には昼時となり、昼食を屋台で済ませた後は引き続き骨董市の店を見て回ることになった。マリアが『掘り出し物を探しましょう』とやる気を見せているためだ。
俺も、気になるものが売りに出されるらしいと言う立ち話を聞いていたので、そちらの調査もかねて付き合う事にした。
『おや? マスター。面白いものを見つけました』
「面白いもの? お前が言うってことは相当だな。何を見つけたんだ?」
『同族です。それも別の世界の』
そう言ってマリアが指し示す先には、古めかしくも懐かしい型の機動兵器が幾つもあった。
大分型が古いので占められているから中古だろ――同族? 機動兵器が? いや、そう言えば昔、俺が乗っていた機体に人工知能の挙動がおかしい奴があったな。
そうそう、ちょうどあそこにある機体がそっくりだ。
あの頃は今の相棒みたいな特殊な呼び方をしていなかったが、思えばあの機体こそが俺の最初の相棒だったな。
強いて言うなら――かつての相棒ってところか。
かつての相棒は地上にいた頃に異星物の奴らとの戦いで大破して、乗り捨てるしかなかったんだよな。
当時はまだ戦力も多少の余裕があったから、大破した機体をすぐに軍が回収することもなかった。
とはいえそれらは投棄されたわけではなく、所有権は軍に残っているため勝手に持って行ったら盗難扱いになる――というのはあまり知られていない。
「おいおい、嘘だろ……?」
この店の店主は例に漏れず知らない側だったのだろう。
そうでなきゃ、ここまで丁寧に補修したりはしない。
知っていながら犯行に走る奴らは元が軍の物だとばれないように徹底的にいじくりまわすからな。
それにしても……あれだけ大破していたかつての相棒とこんなところで再会するとは思わなかった。
思わず言葉を失っていると、マリアが店主の元へ歩いて行き――かつての相棒へ手を添えて、言った。
『この子は幾らになりますか?』
……俺のかつての相棒が、マリアの同族? 何かの冗談か?




