第一項 いつもの故郷(第75話)
第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第四節 家族との再会
「つまり、その……今の世界は四つの世界が融合した状態だってこと?」
現在の世界について、粗方の説明を終えた後の桜香ちゃんの反応は、信じ難いと言った様子だった。
今、私達が居るのはホテルの一室。桜香ちゃん達が仕事用に利用している部屋の一つで、現在は桜香ちゃんの私室になっているとのことだ。
「信じられないのも無理はないわ」
「そうね。流石に信じられないわ。私が病弱だったなんて……そんな記憶、全くないんだもの」
「そうよね。どうしたら信じて貰えるかしら?」
「……証拠、かしらね。何か決定的な証拠があれば信じるしかないとは思うわ。ウララさんが怪人だっていうのには驚いたけど、怪人なら知っているから証拠にはならないし」
「そういう意味では私達がまさに生きる証拠ではあるのだけれど……」
「お婆ちゃんたちの視点ではそうなんだろうけど、私にしてみたら証拠としては弱いのよ。ウララさんと……神鳥様、で良いのよね? その人達もお婆ちゃんと同じ状態なのよね?」
「ああ、そうだ」
『そうだよー』
「それじゃあ、あなた達の世界に魔法少女は……」
「居ないな」
『居なかったねぇ』
「そう……神鳥様は異形ってわけじゃないのよね?」
『そうだね。さっき言ったと思うけど、神様の使いだよ』
「……そうね。あなたの魔力からは神性が感じられるから、それは事実なんでしょうね。でもね。神ってのは平気で人を欺くから、大っ嫌いなのよね」
神鳥様の頭を撫でてはいるけれど、言外に信じないと言っているような物ね。
『そ、そっちの神さまは随分と酷いんだね……』
「……あの、一つ質問をしても?」
と、何かを考えていた様子のウララさんが桜香ちゃんにそう尋ねた。
「いいわよ。別に一つじゃなくてもいいけど、何が聞きたいの?」
「半年ほど前に、急に書類に不備が出る。と言った事象は確認されていますか?」
「……驚いた。なんで知っているの?」
「これでも私は秘密結社と戦っている時代は公務員として働いている時代がありまして。その頃の同僚からそう言った事象が確認されているという連絡を受けています。氏名、住所、年齢などの違いやズレ、或いは居たはずの者が居なくなっていると言う報告も数多のように出ているという話です」
「ええ、そうね。確かにそう言った書類の不備は多数報告に上がっているわ。それと、覚えのない写真が出てきた。なんていう報告もあったわね」
写真? そうだわ。写真に影響が出ていないのだとしたら、証拠になるのね!
「桜香ちゃん。今すぐ桜に――あなたのお母さんに連絡して写真を確認してもらうのよ。そこに証拠があるはずだわ」
「母さんに? いいけど……その、ちょっと今、母さんと喧嘩中で……」
『せっかくいい証拠が見つかったと思ったのに、締まらないねぇ』
「神鳥様、黙っていましょうね」
「そ、そうなの……それじゃあ、私が電話を掛けて確認してもらう形でもいいかしら?」
「お願いします……あ、これ私の携帯」
「借りるわね。えぇっと……こうだったかしら? ああ、掛けられたわね。スピーカーで良いかしら?」
「うん」
許可を取ってスピーカーに切り替えると、丁度桜が電話に出たみたい。
『桜香!? あなた、今まで連絡の一つも寄こさないで何をしていたの!』
「桜。そんなに怒鳴らないの」
『母さん!? 今どこにいるの!? とりあえず無事で良かった……あっ、良くないわ! 機関が勝手に母さんの葬式を始めちゃったのよ! しかも国葬だって! そしたら夏燐さんが怒り狂って大変なことになってるのよ! 他にも――とにかく、たくさん! あっちこっちに飛び火して大変なことになってるんだから!』
桜が珍しく取り乱しているけれど……私のお葬式?
「……どういう事かしら? 家族の皆には連絡してあったはずなんだけれど……」
『ええ、だから私達は母さんが生きているのは知っていたんだけど、母さん、機関に直接連絡はしてないのよね?』
「していないけれど、もしかして、しないといけなかったかしら?」
私の記憶の中では必要ではなかったと思うのだけれど。
『いいえ、本来、外部協力者の報告義務は発生しないから、母さんの対応は間違っていないわ。当時の現場監督責任者である私への生存報告はあったから、本来であればそれで生存確認は受理される……筈だったのだけど、戦後のごたごたに乗じて上層部が勝手にルールを変えたのよ。当人の報告がない場合、生存が確認できない時は行方不明または死亡扱いとするって』
「これだから機関の馬鹿どもは! 母さん! 夏燐さんは今どうしてるの!?」
『馬鹿は上層部だけよ! 夏燐さんは以前から機関に対して敵対宣言をしていたけれど、より強硬になったわ。おまけに今回の件で他の黄金世代の人達まで敵に回した。他にも、この件に関しては異形側も干渉はしないと明言していて、実質見捨てられたような状態よ。母さん、機関はもうだめかもしれないわ……』
「桜香ちゃん、そんなことを言ってはだめよ。桜も落ち着いて。夏燐や他の二人はどうしているかわかる?」
『秋奈さんと冬華さんが夏燐さんを抑えてくれてはいるけど、あの二人もかなり怒ってるから、いつまで抑えられるか……』
その様子だと、私が三人に連絡しても火に油を注ぐだけになりそうね。
「今から私が機関に連絡を入れるのはだめかしら?」
『無理だと思う。あいつら、どうしても母さんを死んだことにしたいみたいだから』
「あら、困ったわねぇ」
本当に困ったわ。私、何かしたかしら?
「ハルカ、困ったで済む問題なのですか……?」
「母さん、機関の奴らの動きは? あいつらはお婆ちゃんが生きていることを知っているの?」
『知っているからこの状況なのよ。あいつらがやけに強気なのも気になるし、もしかしたら母さんの所に刺客が行くかもしれないわ。桜香、母さんのことを頼むわよ』
あら、刺客ですって。現在ではなかなか聞かない単語ね。懐かしいわ。
「何が来たって私達がぶっ飛ばしてやるわよ! それに、いい考えも浮かんだわ。こっちも丁度あいつらの妨害工作にイライラしてたところだったし、私達のやり方で痛い目見せてやるわ!」
『ちょっと! 桜香、あなた何をするつもり!?』
「配信者のやることと言ったら決まってるじゃない……配信よ!」
「配信?」
一体何をするのかしら?
そして、桜との通話が終わってすぐに、桜香ちゃんはホテルにいる同僚さん達に招集をかけた。
そうして集まったのはホテルのフロントで見たパネルのキャラクターを演じる人達で、桜香ちゃんと同じく魔法少女でもあると言う。確かに、どの子も魔力が大きい。
「みんな、紹介するわ。この人があの伝説の黄金の世代の一人、藤堂春香さん。私の祖母よ」
「初めまして。藤堂春香です。黄金の世代なんて言われているけど、今は普通のお婆ちゃんよ?」
そう事実を告げると、集まった子の中でも一際元気そうな子が思わずと言った様子で声を上げた。
「いや、普通のお婆ちゃんは魔女と戦ったりしませんて! あっ、私は新堂渚です! 歌と踊りが得意です!」
「最強の一角に突っ込みを入れるだなんて、やりますわね、渚。私は立木セレナと言いますわ。得意というわけではありませんが、お茶とお花を嗜んでおりますの。どうぞお見知りおきを」
「えっと、まず最初に何か言わなきゃいけない流れ? あっ、言っちゃった。来栖希美です。得意なのは……えっと、情報収集です」
「オレが最後だな。二階堂なずなだ! 得意なのは格闘技とスポーツ全般! よろしくな! ばあちゃん!」
「あらあら、元気な子達ねぇ」
「ところで社長。こちらの褐色美人とカカポのような鳥はいったい……?」
「こちらは今回のコラボ相手よ。ウララさん、自己紹介をお願いできる?」
「うむ、ウララという。よろしく頼む。それと、こちらが神鳥様だ」
『よろしくー』
「「「「うわしゃべった!」」」」
「この通り、喋るわ。あと、魔力で解ると思うけど、本物の神の使いだから舐めてかからないように」
『そうだぞー。実は偉いんだぞー?』
「神鳥様、恥ずかしいのでやめてください」
「それで、そちらのウララさんの方は……? 何だか妙な魔力を感じますわ」
「ああ、私は怪人だ」
「怪人? 怪人っていったら、あの秘密結社のやつか?」
「でも、普通の姿だし……噂の正義の怪人?」
「怪人と言ったら変身できるんですよね!? 見せて貰えたりは……」
「構わんが……あまり人前で変身はしたくない。どこか別室を貸してもらえないだろうか?」
「ええ、いいわ。隣の部屋を使って。はい、これが鍵よ」
「助かる」
そうしていったんウララさんが退室して、ほどなくして戻ってきた。
私も何度か見たことがあるけれど、ウララさんの変身後の姿は格好いいのよね。
「うっそぉ!? 銀狼の正体ってウララさんだったわけ!?」
「中の人は絶対イケメンだと思ってた……」
「お二人は銀狼さんのファンでしたものね」
「オレはむしろ納得したけどなぁ。銀狼って身体の動かし方が女だったし」
口々に言われる言葉に、ウララさんは愕然としているようだった。
「特に意識はしていなかったが、一部には男だと思われていたのか……」
ウララさんにとっては初めて発覚した新事実だったようね。少しショックを受けているみたい。
「はいはい、静かに。仕事の話をするわよ」
「社長、仕事と言いますけれど、今回はどのような内容ですの?」
「それを今から説明するわ。諸君、傾聴!」
「「「「はい!」」」」
「我々がこれから行う配信は、実にシンプルよ! これから私達総出で藤堂春香さんを故郷へ送り届けます」
「そうは言われましても、現在飛行機は明日の便までどこも満席ですし、船も同様の有様ですわ。陸路にしても渋滞が起こっていますし……それに、機関がやろうとしているのは、その……」
「私のお葬式の事は知っているから大丈夫よ。ただ、なぜそんなにも私のお葬式をしたいのかがわからないのだけれど……誰かわかるかしら?」
そう尋ねると、なぜか桜香ちゃんとウララさん達以外の四人に驚いた顔をされてしまった。
「えっとね。お婆ちゃんは地位とかに頓着しないから知らないんでしょうけれど、お婆ちゃんの影響力は魔法少女機関よりも大きいのよ」
「あら、私はもう引退しているのよ?」
「それでも、なのよ。引退していても、それだけの影響力があるの」
「あら、そうなの?」
「そうなのよ。例を挙げればきりが無いんだけど、お婆ちゃんの交友関係って、いろんな方面への影響力が大きい人が多いでしょ?」
それはまあ、仕事柄色んな人と知り合っていたし、友人になった人もいるわね。
全員が所謂偉い人というわけではないけれど、そんなことは意識したこともなかったわ。
「ええ、そうだけれど、でもそれは私の力というわけじゃ――」
「その人達、みんなお婆ちゃんのことが大好きでしょ?」
「あら、私だってみんなのことは大好きよ? だって、大切な友人なのだもの」
「うん、そういう所がお婆ちゃんが好かれる理由なのよね。でもね。そんなお婆ちゃんを問題視する声が、お婆ちゃんの引退を境にだんだん大きくなっていったのよ」
「あら、どうしてかしら?」
「理由は……色々とあるんだと思う。それだけ、お婆ちゃんの存在が眩し過ぎたんだと思う」
「眩しい?」
『光差すところに影があるように、ハルカという強すぎる光が、暗く深い闇を生み出したってことかな?』
「ああ、そういう事ね。つまり、嫉妬とか恐怖とか、その対象として私が見られているのね?」
『その通りなんだけど、ズバッと言うね……』
「あら、魔法少女機関は基本的に女所帯だもの。昔は先輩後輩関係なく取っ組み合ったものだわ」
『わぁお、過激ぃ! そんでもって今の魔法少女機関の陰湿さが酷いねぇ』
「神鳥様! そのくらいで……! 桜香さん、どうぞ続けてください」
「……まあ、だいたい神鳥様の言う通りよ。最近のあいつらは手段を選ばなくなってきているから、文字通り何でもやって来るわ。そこで! こっちも手段は選ばないことにしたわ!」
「それで、結局私達は何をさせられるんですの? 春香さんをお送りするにしても、交通機関が全滅では打つ手がありませんわ」
「……あっ、まさか社長。変身して飛んでいくつもりじゃ……」
「そのまさかよ。幸いにもこの神鳥様が大きくなれるうえに空を飛べるそうだから、私達はその飛行補助を行います」
『ボクにお任せ!』
「あの、飛行許可とかは……」
「金と権力でもぎ取ったわ」
「あ、はい」
「ってことは、機関に殴り込みですか!?」
「機関じゃないわ。葬式会場よ」
「えぇっと……つまり、これから神鳥様に乗ってみんなで私の葬式会場に乗り込むってことで良いのかしら? そう言えば、葬式会場はどこなの?」
故郷へ送り届ける、と言っていた気がするけれど、何処のことかしら?
「葬式会場は機関の本部がある街で、お婆ちゃんの故郷。浜空市で行われるわ」
ああ、そこね。生まれ故郷ではあるけれど、住んでいた期間で言えば結婚してから移り住んだ街の方が長かったりするのだけれど。
「あら、そうだったのね。となると、浜空セレモニーホールかしら?」
それとも、私が引っ越してから新しい斎場が建ったのかしら?
「違うわ。今回の葬式は国葬よ。世界各国の著名人も集まる一大イベントになっているわ。だから、機関のお偉いさんは相応の場所として魔法少女機関本部をそのまま葬式会場として利用するつもりよ」
「ああ、確かにあそこは無駄に広いものね。大勢呼ぶのならピッタリね」
なんであんな大改装なんてしてしまったのかしらね? まあ、結果として役に立ってはいるのだけれど。
「そうなんだけど……おばあちゃん、この葬式に対して何か思う事はないわけ?」
「そうねぇ……今どきは生前葬というのもあるそうだし、どんなお葬式になるのか楽しみね?」
「お、大物だとは思っていたけど大物すぎる……! この人、自分の葬式だっていうのに全然動じてない!」
「こういう人なのよ……だから周りがこんなに怒っているの。さて、それじゃあ、配信を始めるわよ。各自、配信用の変身コードを使用するように」
「「「「はい!」」」」
返事と共に、各自がそれぞれ変身していくのだけれど……。
「あら、こうなっているのねぇ」
『おー! パネルの人達だぁ!』
「これも、魔法なのですか……?」
それぞれ、パネルのキャラクターそのものの見た目へと変身していた。
桜香ちゃんの場合は本人が魔法少女になっただけなのだけれど、きちんと見た目がパネルのようなアニメ調になっている。どうやら魔法少女の衣装を構成する魔力を上手いこと利用しているみたいね。
そう言えば以前、夏燐から似たような変身コードの話で相談されたわね。これが完成形なのかしら?
見た感じ、私でもできそうだけれど――
「私も変身した方が良いのかしら?」
「お婆ちゃんは一般人でしょ。あー、でも変身許可証はまだあるのか……いや、やっぱなしで! 少なくとも、向こうに着くまでは私達が護衛みたいなものだから、きちんと守られててくれる? その方が映えるわ」
「あら、守ってもらえるのね」
ばえる、というのはよく分からないけれど、昔そんな名前の異形と戦った気がするわね。どんな異形だったかしら?
それにしても、魔法少女に守られるだなんて、久しぶりで少しワクワクするわね。
新人時代は先輩のお世話になったものだけれど……懐かしいわね。
「社長、こちらの準備は整いましたわ」
「よし、それじゃあ、配信開始! お婆ちゃん達は普通にしてくれていいけど、基本的には此方の指示に従う感じでよろしく」
「ええ、わかったわ」
配信の事はよく分からないし、桜香ちゃん達に任せるのが良いわね。
「心得た」
『はーい』
そうして配信が始まったのか、桜香ちゃん達が携帯電話に向かって話を始めた。
自撮り棒と言ったかしら、携帯電話はそれに取り付けられていて、全員が映るようにしているみたいね。
この配信というのは、桜香ちゃん曰く画面の向こうに何千、何万っていうたくさんの視聴者さんが居るんだとか。
そして、そんな配信の様子が見られるように空間投影という別の世界の物と思われる技術を使って配信画面が携帯電話の後ろに表示されるようになっていた。しかも、配信画面にその様子が映らないように配慮されているようで、携帯の動きに合わせて画面も移動している。今の世界は凄いのね。
微笑ましく思いながら見ていると、話題がこちらの方へと移り変わり、携帯電話の画面が向けられた。
こうして見ると、携帯電話も今の時代では立派な撮影機材なのね。便利な世の中になったものね。
「それじゃあ、お婆ちゃん達の自己紹介をよろしく!」
自己紹介。そう言えば、昔テレビ番組に出演させられた時にもやったわね。それと同じで良いかしら?
「藤堂春香と言います。元魔法少女です。皆さん、今回はよろしくお願いしますね?」
「……む、私もか? 銀狼だ。私の役目はハルカの護衛だ。特に語ることはない」
『はいはーい! ボクが神鳥だよ! これでも神様の使いでーす! あと今回の乗り物役でーす!』
無難に挨拶を済ませた私とウララさんに対して、神鳥様はひたすら陽気に主張も激しく発光しながらいつもの踊りを披露した。
配信画面の言葉――コメントと言うそうね。そのコメントには【本物!?】とか【ネットミームの具現化で草】などと言った言葉が多く見られるのだけれど、何の事かしら?
同時に誰かが何かを堪えるような、或いは押し殺すような声が聞こえ、そちらへ視線を移すと新堂さんと栖さんの二人が笑いを堪えている様子だった。なんなのかしら?
「はいはい、みんな落ち着いて。神鳥様の発光現象は私達も初見でびっくりしたけど、質問は受け付けてません。とりあえず、神鳥様はガチで神様の使いなので、あまり馬鹿にするような発言は天罰が下るかもよ?」
『おっ? なんだ? ケンカか? やんのかぁ? おぉ?』
と、何らかのコメントを見たらしい神鳥様が携帯電話の方へ首を伸ばすも――
「神鳥様、邪魔をしてはいけませんよ」
『いだだだだ! 痛い痛い! 指が刺さってる! とげとげの指が刺さってるからぁ!』
ウララさんに頭を鷲掴みにされて痛みに悶えていた。変身後のウララさんは指先が尖っているのよね。
「えーと、まあ、このように、今回は私達のほか、愉快な三名でお送りいたしまーす!」
そう言って、いったん締めるのか全員が画面の中に移り込むように位置を調整すると、各々が「それじゃあ、またあとでー」などと声を挙げながら手を振る。私も映っているし、振っておいた方が良いのかしら? あっ、画面の私も遅れて手を振り始めたわ。少し時間差があるのね。ちなみに、神鳥様はウララさんに掴まれたまま発光していた。
少しの間そうしてから画面をいったん閉じたのか、こちらから見える配信画面には桜香ちゃん達が演じるキャラクターのグッズ関連の広告が流れ始めた。なんだかテレビ番組みたいね。
「それじゃあ、外に移動しましょ。ホテルの屋上を借りたから、そこから飛んで浜空市に向かうわ」
そうして屋上へ着くと、新庄さんが落ち着かない様子で声を上げた。
「うわー、緊張してきた……社長。刺客が来る可能性はどれくらいなんですか?」
「まあ、確実でしょうね。希美、ネット上の反応は?」
「荒れてます。さっきの春香さんの顔出しで生存していることが多くの人に伝わったから、機関のサイト全般が炎上中」
「炎上? あら大変。機関で火事が起きているの?」
今の建物は消火設備がしっかりしていたから、すぐに鎮火されるとはもうけれど、心配ね。
「お婆ちゃん、炎上っていうのはネット用語の一つで、ネット上の特定の個人や企業に対して非難の声が殺到している状態のことを言うのよ」
「あら、そうなのね。本当の火事ではないのね? それなら良かったわ」
「……まあ、SNSとか使ってない人にしてみたら、そういう反応よね。よし、配信を再開するわよ」
桜香ちゃんの言葉にそれぞれが返事や頷きを返す中、配信が再開された。
「おまたせー。それじゃあ、これから機関の本部が置かれている浜空市へ向かいます。ちなみに現在地は先ほどもお伝えした通り海上都市――海外となっております。なので、税関を無視しての入国になりますね。とはいえご安心を! なにせ私達は魔法少女! そして、魔法少女は出入国の際に一時的にそれらの手続きを飛ばしての行動が世界的に許されています。まあ、後程面倒な書類とか検査があるので何もかもが良いってわけじゃないんですけどね」
「うあー、書類は嫌だああああ!」
「渚は書類が苦手」
「オレはそうでもないんだけどなぁ……あっ!? 誰だ今、嘘乙って書いたやつ!」
「なずなさんは文字が汚いんですもの……」
「はいはい、泣き言は終わってからにしなさいね。それじゃあ、神鳥様! お願いします!」
『はいはーい、映えってやつを意識していくよ!』
ばえを意識? ああ、映えというのは見映えのことね? 今になって理解した。
神鳥様がきらびやかな発光をしながら、その姿を本来の物へと変えていく。
新しい発光パターンね。神鳥様の生態は奥が深いわ。
そうして変化が終わると、唖然としていた面々の中、なずなさんが一番に声を上げた。
「げぇっ!? グリフォン!? 本物とか初めて見た! しかもでっけぇ!」
「なずなさん、はしたないですわよ……とは言え、これは聞いていた以上にすごいですわ」
『ふっふーん、どう!? カッコいいでしょ!?』
「はいはい、カッコいいカッコいい」
『なんかキミ、だんだんボクのあしらい方を理解してきてない!?』
「銀狼さんからは敬っている分には雑に扱っても構わないと言われていますので……そう言えば銀狼さんは?」
と、桜香ちゃんがウララさんの姿がない事に気付いて辺りを見回すと、神鳥様の騎乗具を抱えたウララさんが屋上へと着地した。
「すまん、待たせた」
街の外に置いてきた騎乗具を取りに行っていたのよね。
それにしても、ここまで建物の上を飛び移ってきたのかしら? すごい跳躍力ね。
「え、なんですかそれ?」
「神鳥様の騎乗具だ。これを取り付けないと振り落とされる」
「あー、確かに乗りにくそうね。あ、誰か取り付け手伝ってあげて」
「あっ、私やりたい!」
「オレも!」
「それじゃあ、銀狼さん。渚となずなを貸すから、使ってあげて?」
「ああ、助かる」
「さて、それじゃあ、騎乗具ってのを取り付けるまで何をしよ――えっ、ちょっとなに!?」
携帯電話に向けて話をしていた桜香ちゃんの手から、ふわりと自撮り棒ごと携帯電話が浮き上がって離れていった。
それに、この魔力は――
「クレアさんね? もう、相変わらず悪戯好きね?」
上空を見上げると、夜の闇に溶け込むように浮いている女性が居た。
彼女はクレア=パトラック。異国の魔法少女で、魔法少女としては後輩にあたる子。そして、私にとっては年の離れた友人でもある。
「むむっ、もうバレてしまったか。春香よ! 余が来てやったぞ!」
「ちょっと! 携帯返して! 今配信中なんですけど!?」
「落ち着け小娘。余が面白い魔法――いや、技術を披露してやろうではないか!」
そう言いながら、携帯電話から自撮り棒を外すと、クレアさんは携帯電話を上空に放り投げた。
配信画面を見ると視点がぐるぐると動き回り、コメントが大変なことになっていた。
そして――
「ほれ!」
クレアさんが何かを行ったのと同時に携帯電話の動きがぴたりと止まり、私達が居る屋上全体を俯瞰で映し出した。
魔力の反応はあったけれど、それだけじゃない? 技術と言っていたけれど、どういうものなのかしら?
「え、ちょっ、どうなってるのよそれ!? めっちゃ便利! クレアおばさん! それ教えて!」
「誰がおばさんだ小娘ぇ!? 余はまだピッチピチであるぞ!? 見よこの珠の肌を!」
「あ、あの、社長? クレアさんとは、あのクレアさんですの?」
「ん? ああ、そうよ。パトラック財閥のクレア=パトラックご本人様よ。あっ、みなさーん! なんと、飛び入りゲストが参りました! クレア=パトラック様です!」
「ふむん? ああ、配信をしていると言っておったな。おぉ、これか! ハハハ! 余が映っておるぞ!」
「あ、ちょ! あんま近くに寄んないで! クレアさんの魔法少女姿は露出が多すぎるのよ!」
「しかたがなかろ? 余が住んでいる地域は暑いのだ」
それはそうなのだけれど、魔法少女の衣装は着用者の周囲を快適な温度に保つ機能があるから問題はないはずだわ。
それに、クレアさんの衣装は――
「嘘こけぇ! あんたの趣味でしょうが!」
「この世の至宝たる余の素晴らしい肢体が拝めるのだ。お主達も嬉しかろ?」
クレアさんの問いかけに、コメントが目で追いきれないほどに急加速した。肯定する様なものが多いようだけれど、コメントが多いとあのような挙動になるのね。
「ちょ、こら! 視聴者を味方につけんな! ってか、何しに来たのよ!」
桜香ちゃんったら、すっかり振り回されちゃっているわね。
「うむ、仕事後の余暇をここで過ごしていたのだが、懐かしい魔力を感じてな。何時仕掛けようかと様子を伺っていたら、何やら面白そうなことを始めたのでのう。混ぜて貰いに来た。それで? 汝らは何をしているのだ?」
「これから私のお葬式会場へ向かうのだけれど、クレアさんも一緒に来る?」
「ああ、機関本部から何やらそのような連絡が来ていたな。しかしまあ、ハルカの葬式とは思わなんだ。生前葬という奴か?」
「私もよく知らないのよ。魔女達との戦いの後、家族経由で生きているという報告はされていたのだけれど、受理されなかったんですって。なんでもルールが急に変わったんだとか」
「ああ、戦後の報告で――はあ? 機関の本部は何をやっているのだ? 近年はよくわからん活動をしておるようだし、いい加減スポンサーを降りてしまおうかの。とは言え、四ノ宮の妖怪婆と同じ動きをするのも気に食わぬな。おっ、そうであった。新しいスポンサー先を見つけたのだ。そこへ乗り換えという形で降りるとするか!」
クレアさんがそう言った直後、来栖さんが小さく声を上げた。
「あっ、社長。魔法少女機関の株式が大変なことに……」
「あー、うん、あの人の発言で株の大変動は良く起こるから……今回はたまたま魔法少女機関だったっていうだけよ。私達は悪くないわ」
「うむ、余の発言一つで揺らぐような組織であれば所詮はその程度よ」
「うわっ、いつのまに」
そう桜香ちゃんは言うけれど、クレアさんは私達が上手く映るようにカメラを巧みに操りながら降りて来たのよね。
配信画面では【カメラワークが神】とか【さすが天才】と言ったコメントが多く見られた。
「どれ、面白そうだし余も付きおうてやろう。この技術はまだ未発表故、汝らの手に余る。であるからして、余がカメラ役として汝らを美しく魅せてしんぜよう! ところであそこの鷲獅子は誰のものだ? 何処で捕まえた? 余も飼いたい」
『ボクはペットじゃないんですけどぉっ!?』
「ぬおっ! しゃべった!? よもや神獣の類いか!?」
そう言いながらクレアさんが神獣様の方へ駆けていき、配信画面が神獣様を大きく映し出す形となった。
画面上ではウララさん達が神獣様に取り付いて騎乗具を付けている最中だった。
あら、これはこれで映える、という物ではないのかしら?
「ちょっと! カメラ役に徹するんじゃなかったの!?」
「おおっ、すまんすまん。これは最近できたばかりの技術でな。実は余も慣れて居らぬ」
数十年を魔術回路一つでやってきたクレアさんが、この状況で出来たばかり技術……もしかして、クレアさんも私達と同じなのかしら?
「すごく簡単そうに動かすけど、それって思念操作?」
「ふふん、秘密である。ほれほれ、余が撮影しておくから、汝はさっさと話を進めるのだ」
「ほんと頼むわよ?」
「うむ、余に任せよ」
……というやり取りの間、配信画面には神獣様の傍で立木さんが今後の流れを説明しる場面がきっちりと撮影されていた。クレアさんのこういう所は本当にすごいと思うわ。
そうして、何事もなくホテルの屋上から神獣様と共に飛び立ってから、数時間が経過した。
神獣様に乗っているのは私とウララさん、そしてゲスト枠なので、という理由からクレアさんも居た。
ちょうど良い機会だったので現在の世界のことを相談した所、やはりクレアさんも私達と同じ状態だったみたいね。
「ふぅむ、春香も余と同じであったか。それとそちらの銀狼と言ったか。怪人とは、なんとも面妖な魔力を感じるのう」
「異形の魔力に近いと思うのだけれど、クレアさんはどう感じるかしら?」
「ふむ、確かに異形の魔力に似ておるな。これでは普通の魔法は使えぬであろうな」
「やはりそうなのですか……」
「魔法の使い方は習ってはいるのか?」
「はい、通常の物ではありますが」
「ふぅむ、では、こいつを貸してやろう。汝にも遠距離攻撃の手段はあった方が良かろう」
「これは……?」
「あら、これも新しい発明?」
「うむ、この際だから包み隠さず言うが、異世界の技術と魔法の融合である。余は異世界における我らと同じ境遇の者との知己を得てな。その繋がりで向こうの技術を得たのだ」
「そんなことがあったのね。どのような世界の方なのかしら?」
「うむ、異星物という宇宙からやってきた生物と人類の存亡をかけて戦っていたそうだ。余が知り合ったのはアルバートという男でな。向こうの技術に詳しかったのだ。奴には余が自ら魔力回路の業を仕込んでやったわ」
「あら、ウララさんが自ら魔力回路を教えてあげたの? よっぽど気に入ったのね」
「……まあ、なかなかに愉快な男ではあったな。とはいえ勘違いするな。奴と余は親子ほど――いや、それ以上に歳が離れて居るぞ」
「あら、それじゃあ、私と同じくらいの歳かしら?」
「うむ、七十二だと言っておったな」
「それじゃあ、私の一つ上ね。元気なお爺さんなのね」
「汝がそれを言うのか……と、すまんな。それの使い方を教えてやろう」
「はい、お願いします」
「うむ、使い方は簡単である。そいつは魔力コンバータ……魔力変換機とも言うな。要は魔力を変換する機能があるのだが、そこの入力ボタンを押して魔力を流してみよ。実際に使ってみた方が早い」
「は、はい」
魔力変換機というのは気になるけれど、配信の方で動きがあったみたいね。
どうやら刺客が来たみたい。その数は二十人。随分と少ない――
「あっ」
……全員、一撃で撃ち落とされたわ。加速術式が撃ち抜かれているから、飛行できても追ってくることは出来ないわね。
そして、そんな芸当をやってのけたのは、今まさに迎え撃とうとしていた桜香ちゃん達ではなく。
「……すまん。無意識でやってしもうた」
ウララさんに魔力変換機の説明をしていたクレアさんによる片手間の魔砲撃だった。
襲撃を受けたこちらに対してコメントの方は暢気なもので【鬼畜過ぎwww】とか【クレア様パネェっすwww】と言ったコメントが多く見受けられた。
「クレアおばさん! やりすぎよ! あの子達、たぶん現在の機関の準エース級よ!? 自身なくしちゃったらどうすんのよ!?」
「知るか! あの程度で折れるのであれば所詮はそこまで! 魔法少女の世界はそれほど甘くはないわ!」
「昔の基準で考えないで! 今の子達は繊細なの!」
「そうやって無駄に優しくするから付け上がるのだ! そもそも、これからの時代に今の魔法少女共がどれだけ役に立つ!? 外見ばかり取り繕って、あまつさえ歌に踊りだぁ? 今の機関は魔法少女を金儲けの道具としてしか見て居らん! そのような所で使い潰されるくらいなら、全員纏めて余が叩き潰してやるわ!」
「いや、これからの時代って、魔女達との戦いはもう……あれ? でも、魔物や異星人、それに怪人の残党がいるのに……え、なんで?」
桜香ちゃんが違和感を覚えている? それに他の四人も。
配信のコメントを見てみると、そちらの方でも一部が似たような状況になっている。
「桜香ちゃん! 一旦配信を中止して!」
「うっ、く……い、一旦配信を中止します! みんなも休憩して待ってて! ごめん! 神鳥様! ちょっと休憩させて!」
『うん! みんな、ボクの背中に乗ってー。そんなに広くないけどねぇ』
桜香ちゃん達が頭痛を堪えるようにしながらこちらへとやってきたので、慌てて場所を開ける。
「桜香ちゃん、みんなも大丈夫?」
「お婆ちゃん……ごめん、全部思い出した……私、本当に病弱だったんだ……」
「なん、ですの。これ、別の、誰かの記憶が……?」
桜香ちゃんだけではなく、みんなが頭痛を訴えている。
記憶が戻っている? なぜ急に?
「クレアさん、何かわかる?」
「ふぅむ、記憶の混濁か。世界の融合によって調整される以前の人々の記憶が先ほどのやり取りで表出したようだ。いずれ治まるとは思うが……きっかけは異なる世界の脅威か。機関の現在の育成方針とこれからの世界の状況がかみ合わないが為に起こった物であろうな」
「今後、こういったことが起こる可能性も考えないといけないのかしら」
「……なんとも言えぬが、もしもこの状況を引き起こしたのが神と呼ばれるような者達ならば、次が起こる前に対策を施してくれるとは思う」
『それはボクも同感かな。まだ世界がこうなってから一年も経っていないし、間違いなく観測はされているだろうね』
「であれば、そちらの動きに期待であるな。こちらではどうしようもない」
『何ならあっちの不手際だからねぇ』
「……神の使いとして、その発言はどうなのだ?」
『神の使いだから良いんだよ? 神様だって時には間違うのさ』
その後、クレアさんの言う通りに復調した桜香ちゃん達が、再び神鳥様の周囲へ散った。
他の子達もいろいろと思い出したようだけれど、今は私の護衛と配信に専念すると言ってくれた。みんな強い子達だ。
そして、クレアさんから魔力変換機の使い方を教わったウララさんは普通に魔法を使えるようになった。
「……なるほど、なかなか使い勝手が良いですね。魔法というものは」
「いや、汝……天才か? この短時間で中級まで使いこなすとは思わなんだ」
本当にそう。森を出た後、内容だけでもと乞われて教えはしたのだけれど、ここまでとは思わなかったわ。
「春香に教わりましたから。とは言え、これは私にとってはあくまで一時的なものです。本来の力で使えなければ話にならない」
「いやいや、それは単に変換しているだけであって、まごうことなき汝の力なのだが……まあ、良かろう。これで汝も護衛として数えられるな」
「はい、魔力の使い方が分かったおかげか、魔力というものを探知できるようになりました。気の探知と似ていますね」
「気の探知? なんなのだそれは?」
「それは――むっ、敵襲! 前方、現在地より約四十五度の上空、距離は二千程度! 数はおよそ十! 何らかの手段で姿を隠して近づいてきます!」
「透明化の魔法か? おー、確かに居るな。しかし、よくその距離で視えるのう」
「魔力は気と違って世界中に満ちていますので」
「……汝、その言い分だと世界中のどこでも探知できると言って居るような物であるぞ?」
「流石にそこまでは……ただ、自身の周囲十キロ程度であれば可能かと」
「春香よ。とんでもない才能の持ち主がここに居るぞ。魔力が普通であれば余の弟子にしたいくらいだ」
「ええ、すごい人よ。ウララさんは」
私達が話している間に、桜香ちゃん達は遠方の刺客を仕留めていた。
その後も順調に送られてくる刺客を撃退しながら時間は流れ――ついに私達は浜空市へたどり着いた。
「もうすぐ夜明けね」
眼下の浜空市の様子は子供の頃に見た時からあまり変わらない――いつもの故郷が、そこに在った。




