第二項 亡くした者との再会(第68話)
第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第二節 不本意な帰宅
さて、国元へ帰ってきたのは良いが、今度は妻と思しき下手人探しに駆り出されるとはな。
「自ら出て行ったとはいえ、帰って早々に出国する羽目になるとはな」
とはいえ、出国はもう少し先だ。
シルフィーネと思われる下手人だが、流石に国内にはもう居ないだろう――と思わせてまだ潜伏している可能性がある為、国内の調査から行う事にした。なにぶん、今回のシルフィーネは随分と慎重な性質らしいからな。
ついでに、城下町の変化を確認しておきたい。
神獣は暢気なことを言って居ったが、世界が融合した影響が出ていないとは考えにくい。
現に魔法少女を名乗る奴らが妙な建物を建てていたからな。
ああ、そうだ。神獣の奴に関してはそろそろまともな生活というものを経験させるべきだと思っていたので、こき使ってやれと宰相に言いつけて置いた。なので今頃は泣きながら宰相の手伝いをさせられているだろうな。
おまけに逃げ出そうにも神獣の実力は宰相以下。宰相も育て甲斐がありそうだと息巻いておったことだし、逃がしては貰えぬだろうな。
「それにしても……ほとんど変わってはおらぬようだな」
肝心の城下町に関しては我の居ない半年間程度の変化こそあれど、大きく変わっているようなことは無いようであった。
明らかに我らの世界とは異なる建物は幾らかあるが、どれもが新しいことから半年の間に建ったものと推測される。
風景だけで言えばたいして変わらぬのだが、どうしてこうも見慣れぬ景色に感じるのだろうか。
「……ふむ、変わったのは人か」
我の記憶にある城下町はどこを見ても穏やかな様子で、現在のように活気のある様子はみられなかった。
否、建国当初は今のように活気に溢れていたが、永い時を経てそのように落ち着いていった――そう思っていた。
しかし、それは単なる停滞に過ぎなかったのやもしれぬ。
「思えば、乱世の時代の方が人々は生き生きとしておったな。とはいえ、平穏もまた大事であるのは自明の理。しかし長すぎる平穏は腐敗を生む、か……」
我らが眠りに就いていた間に人族による治世が腐敗していたことから、短命種は経験や記録の長期的な保存が不得手であることは解っている。故に我が統治することでそれを防いだつもりでは居たが、それも長くはもたなかったか。
だからこそ宰相が行っている工作――もとい施策が効いている。
現在、我が国の各企業はこぞって人を雇用し、育て、働き、宰相が運営する国営企業を追い落とそうと必死になっている。
特に宰相の挑発が酷く効いているらしく、在野の技術者や知恵者が摘発される勢いで発見されている。という噂を耳にした。
しかし、それによって経済が活性化し、人の社会もまた同様に活気を取り戻しつつある。
安定を望むのは悪い事ではない。しかし、それだけでは問題が生じる。
であれば、今回のように何かきっかけを与えればよいのか。
「ふむ、きっかけか……」
そう言ったことを考えるのは宰相の得意分野なのだろうが、流石に任せっぱなしというわけにも行くまいて。
下手人探しと街を見るついでに、何か良い着想が得られぬものか……ん?
「ほう、懐かしいな」
城下町の裏通りを歩いていると、懐かしい店に辿り着いた。
大昔に妻と定期的に通っていたからか、自然と足が向いたようだ。
細工物の店で、妻が良く好んで買っていた……確か、風鈴と言ったか。
用途としては涼しげな音が鳴るだけの何らかの役に立つわけでもない小物なのだが、その音色を妻は好んでいたのだったな。
余りに買い過ぎた結果、少し動くたびに自室が煩くなると言って夜間に我の寝所に侵入しては寝床が狭いなどと文句を垂れていたな。
妻が死んでからはその音を耳にすることはなかったが……懐かしい音色だ。
以前の閑散としていて物静かな裏通りにおいては、その音がどこか虚しくも良く響いたものだが、現在の裏通りにまで届く大通りの喧騒に紛れて聞こえてくるか細い音は、どこか儚げであり、それでいて凛とした涼しげな音色が確りと耳に届いて来る。
うむ、これが風情がある、という事か。
「……良いものだな」
思わず呟くと、傍で同意の声が上がった。
「ねー、ほんといい音色。買っていっちゃおうかな?」
気配がなかった。何者だ?
内心の驚きを隠して傍らに視線を落とすと、人族と思われる女が居た。
「ん? 見慣れぬ顔だな。この街の者ではないな?」
おまけに魔力が人族のそれとは異なる。その性質は我らに近いが、同じというわけでもない。
また、人族にしては魔力量が膨大と言えるほどに大きい辺り、人族ではないのだろうと判断できる。
先日の魔法少女を名乗っていた者等を大きく上回っている。おそらくは異世界の者だとは思うが……不審だな。
「あー、うん、旅行者ってところ。この街にはちょっと前に来たんだ」
「そうか」
確かに、見慣れぬ衣服をまとっている。
長達が着用していた様式の物とも異なっており、下着――とまではいかぬがやけに露出が多いな。
身体の防護機能が一切無いようだが、異世界の女人はこのような格好を好むのか?
……む、いかん、少し見過ぎただろうか。異世界の女人の中には視線を向けただけで騒ぐ輩が居るからな。
が、それは杞憂だったらしく、むしろ相手の方も我をじろじろと見ておった。
「えーっと……おじさんは地元の人?」
「我はドルガノスだ。まあ、地元の者であることには違いない」
「だよねぇ。あっ、私は風音鈴っていう名前ね。鈴って呼んでいいよ」
聞き慣れぬ名だ。確か、昔戦った転生者を名乗る者達がそのような独特の名を口走っていたな。
確か、この手の名前は姓が前に来て名前が後に来るのだったか。
「カザネ、リン? リンが名前で良いのだな?」
「そうそう。ドルガノスさんは――ちょっと言いにくいからドッさんでも良い?」
ドッさん!? 長達のドルさん呼びにも衝撃を受けたが、ここに来てさらに短縮されるとは思わなかったぞ!
「ま、まあ、構わぬが……」
「ごめんねぇ、横文字の名前を覚えるのって苦手でさぁ」
「構わぬと言ったからには許すとも。それで、リンは旅行者という事だが、どこから来たのだ?」
「あー、特に目的地とかは無くてね。色んな所をうろついてたんだよね。ちょっと前までは海上都市に居たよん。ほら写真」
そう言って、長達が常用していた便利な板を見せてくる。
そこには確かに海上都市で撮ったと思われる画像が映っていた。
「……食べ物と一緒に映るのが趣味なのか?」
画像の大半は屋台で売っているような料理と共に映っていた。
「そういうわけじゃないんだけど、旅行の醍醐味の一つと言ったら食べ歩きでしょ?」
「そういうものなのか。すまんな、大衆の流行という物には詳しくないのだ」
「ありゃ、ドッさんは旅行とかはあまり行かない感じ?」
「うむ、最近――ここ半年ほどは旅に出ていたが、なかなかに充実した日々ではあったな」
「じゃあ、それまではずっとここに?」
「そうであるな。長いこと籠りきりで仕事をしていた」
「おー、作家さんか何かかな?」
作家か……古い知人に居たが、生憎と我の仕事とはかけ離れているな。
しかし、なぜ我を見てそう思ったのかが解らん。
「なぜそう思った?」
「うーん、ドッさんはなんか浮世離れしているって感じるから、かな?」
「それはそうであろうな。隠すような事でもないが、我はこの国の王である」
「あー、王様かぁ……王様ぁっ!? 王様って言うと、あのっ……王様ぁっ!?」
驚きの余りなのか、リンの語彙が消滅した。
「落ち着け。それほど大層なものでもない」
「いや、大層なもんでしょうよ! いやまさかドッさんが王様だとは……あっ」
と、不意にリンが固まった。
「どうした?」
「えっと、知らなかったとはいえ、ドッさんとか呼んで不敬罪とか……」
「ああ、気にすることはない。我が国にそのような法はないからな。好きなように呼ぶがよい」
人族の国があった頃にはそう言った法があったようだが、我が国においては我をどのように呼ぼうが罪に問われることはない。
人種は言葉で傷つくことがある故、人種による人種への過度な暴言や名誉を棄損するような場合があれば裁かれる決まりがあるが、我らのような種はたかだか暴言程度で傷つくような精神ではないからな。
「器がでかい……流石は王様。じゃあ、ドッさんって呼ぶけど……なんでこんなところに?」
「ん? ああ、人を探していてな。我の妻の居室に侵入し、盗みを働いた者が居るのだ」
「妻って……奥さんっ!? え、じゃあ、ドッさんの奥さんって」
「うむ。王妃であるな」
「お、おうひ……そ、そうよねぇ。ええっと、ちなみになんだけど、ドッさんの家と言ったら、あそこで間違いない?」
なぜだか動揺した様子のリンが我が居城を差して問うてくる。どうしたというのだろうか?
「うむ、そうであるが、それがどうかしたか?」
「あのー、えーっとぉ……す、すみませんでした。盗人は私です」
「……冗談、ではないようだな」
思わぬ形で盗人が見つかってしまった。
いや待て。そうなると、だ。
「リン……貴様がシルフィーネの生まれ変わり、なのか?」
我の知っているシルフィーネに、このような性格を持つ者は居なかったぞ。
「えっ? いやいや違うって! 生前の私とドッさんに直接の面識はないし、私は別の世界に生まれ変わっちゃったから知らないかもだけど、私はシルフィーネの母親だったのよ!」
「シルフィーネの母親……? となれば、太古の精霊の一柱か?」
太古の精霊は我と同時期に発生した精霊であったが、今では一柱しか残っていない。
それがまさか異世界に転生していようとは思わなんだ。
「そうそれ! スフィアって名前の大気の精霊!」
確かに、同じ名を持つ精霊は居た。
「ほう、名は覚えているのか。どうやら間違いはないらしい」
「でっしょー?」
「しかし、解せぬのだが、なぜ盗みなど働いた? そしてなぜ自白した?」
「えっとぉ、盗みに関しては誤解と言いますか……私の記憶って朧気で、前世の名前とちょっとした記憶に力の一部の使い方くらいしか知らなくて、そんなんなので自分のルーツを辿るのが生きがいだったわけでして。その為に別の世界では魔女なんてのもやってたりして、それでも手掛かりは無くて、そしたら半年ほど前にふらふらしてたらいきなりこの街が目の前に現れて、お城から私の力に似た魔力を感じたと思ったらこう、記憶がぶわっとね?」
「シルフィーネ……いや、宰相か?」
「そう。で、その時に我が家の家宝が反応して、そこで色々と思い出しまして」
そう言って、懐中時計を取り出す。
「確かに、シルフィーネと似た力を感じるな」
「そこはまあ、親子だから……んで、これから出る光に導かれるままに進んでいったらシルフィーネの部屋、だったのよね? そこに辿り着いて、助けを求める娘の姿がありまして」
「シルフィーネが助けを?」
「これ、この中に閉じ込められているの」
そう言ってリンが取り出したのは、かつてシルフィーネが自らの力を封じ込めた天嵐の翠玉だった。
「それにはシルフィーネの力が込められているだけであって、当人が入っているわけではないはずだが?」
「いいえ、私にはわかるわ。ほんの一部だけれど、あの子がこの中に居るの」
「ほんの一部……? まさか、好戦的な方のシルフィーネか?」
あれが封じ込められているとは……そのままにした方が良いのではないか?
「あの子の二面性は知っているのね。苦労したでしょう?」
我自身はともかく、周囲を巻き込んでの戦闘には辟易としたものだったな。
「生まれ変わりによって性格が変わるのは知って居ったが、あれは生来のものであったか」
「あの子の場合は特殊だから……ともかく、この中に居るシルフィーネをどうにかして解放してあげたいのだけれど、今の私ではどうしようもなくて途方に暮れていたの」
「そうであったか。しかし、よく宰相に見つからなかったな?」
「え? ああ、あの子なら、私が盗みに入った時に居眠りしていたわね」
「む? ああ、そうか。シルフィーネの母という事は、宰相の母でもあったか」
「まあ、そうね。今の私が産んだわけではないけれど」
それはそうであろう。しかし、精霊が精霊以外の存在に生まれ変わろうとはな。
「ふむ、確かに精霊とは異なる存在であるようだが、人種ともまた異なるようだ」
「元は人間だけど、この力に目覚めてからは魔女を名乗らせてもらってるわ」
「ほう、魔女か」
魔法少女とやらと何らかの関係がありそうだな。
「あ、一応立場的な話で私個人の人格の話とはまた異なるんだけど、私が居た世界の魔法少女を名乗っている人達とは敵対関係にあるので、そこのところはよろしくね?」
「ふむ、そういう関係であったか。魔女であれば我の世界にも居るが、そちらの魔法少女というのが気になって居ったのだ。良ければ聞かせて貰えぬだろうか?」
「そっちにも魔女が居るのね。まあ、私にしてみたらこっちの世界の魔法少女と魔女の違いは大差ないんだけど、はっきりと違うのは思想かな?」
「つまるところは思想の相違による対立関係か。人種というのはどうしてそうなのか……」
「それはまあ……人だから、かなぁ? そう言えば、ドッさんの方の世界って色んな種族の人がいるみたいだけど、人種って呼び方はそう言った人達をまとめて言ってる感じ?」
「うむ、大まかな姿形が人型の種を大別して人種と呼んでおるな」
「私みたいな見た目の人間は人族?」
「うむ」
「じゃあ、魔女ってどんな見た目なの?」
「それは様々であろうよ。魔女は種族というわけではないからな」
「あー、そういう認識なのね」
「そちらの世界では種族として認識されていると?」
「ええ、魔女に成る過程で肉体が変質しているし、人間を辞めているのは間違いないもの」
人間を辞めるというと、種の逸脱や変質を経ているという事か。
「ふむ、仙人のようなものか」
こちらで言うところの魔女は上位存在との契約によって成り立っているところはあるが、肉体が変質するようなことはないな。
「あー、確かに肉体の変質って点では似てるかも……って、そっちにも仙人は居るんだ」
「うむ、仙化と言ってな。人種に限ったことではないが、永き時を生きた定命の生物であれば自然とそこに至るな。まあ、その為の生活法というものがあるそうだが、かなりの苦行らしいな」
「うん。絶食とか色々あるって話は聞いたことがあるけど、どれも試したいとは思わなかったなぁ」
「それはそうであろう。あれらの方法は種を逸脱する為の行動だからな。相応の意思がなければ実行などできぬ」
「種を逸脱かぁ。そういう意味ではこっちの世界の魔女に成る方法ってだいぶ楽なんだね」
「ふむ、参考までにどのような方法か聞いても?」
「いいよ。別に秘密でも何でもないし。と言っても方法は簡単なようで難しいんだよね。こっちの世界に居る異形っていう人達と契約しなきゃいけないんだけど、その異形の数が凄く少ないんだよね。しかもだいたいの異形は魔法少女機関に対して友好的だから、私達みたいな魔女と契約をしてくれるようなのは滅多に居ないし」
「契約か。内容を聞く限りは此方と然程変わらぬようだが、その異形というのは何なのだ?」
「異形は異形だけど……まあ、妖怪とか妖精とか、人ならざる者達の総称って感じかな?」
「妖怪に妖精……そちらの世界では我らのような種はそこまで数が少ないのか」
「ドッさんも種族的には異形側なの?」
「我は龍種なのでな」
「竜って……ん? 妖精とかといっしょってことは、魔法生命体? それじゃあ、龍ってこと!? 本物!?」
リンが大げさな様子で驚きをあらわにした。
生まれ変わりとは言え、中身はほぼリンという存在が占めているようだ。
「うむ、そちらの世界に龍が居ないことは解った」
「そりゃそうよ! 伝説上の存在だもの!」
「伝承はあれど姿はなく、か……我らが生ずるに足る世界ではなかったのか」
原因として考えられるのは世界の魔素が少ない状態であるが……世界樹が枯れたか?
一時、人族が世界を統治していた頃に世界樹を使った実験をしていたが、あれを止めていなければ今頃は全ての世界樹が枯れていたな。
「え、待って、生ずるに足らないってことは、魔法生命体の発生条件を満たせていないってことで……世界の魔力不足? となると……も、もしかしてなんだけど、ドッさんの居た世界って、世界樹があったりする?」
世界樹が無いらしい。あちらの世界ではいったい何をしたというのだ。
「あるぞ。我が居城などはそのうちの一つだ」
「うぇえっ!? あれって世界樹なのぉ!?」
まあ、見た目だけで解らぬのは仕方がない。
とはいえ、太古の精霊の記憶があるのであれば、全ての世界樹の大まかな位置は把握しているはずだ。
「スフィアの記憶があるのであればわかるはずだが……」
「いやぁ、それが記憶の量が膨大過ぎてぜんっぜん把握できてないのよね」
そのようなことがあるのか? いや、そうか。
「……ああ、そうであった。物質的な身体に精霊の記憶を無理やり押し込んでいるような状態なのか」
リンは元が人族であったな。それを脱して魔女に成ったのであった。
「魔女に成ったから、半分以上はそっち側なんだけどね」
「とはいえ、元が人なのであろう? 肉体の変質を経たとはいえ、精神構造まではすぐに変わらぬ」
「その言い方だと、いずれ変わって行くって言ってるようなものだけど」
「その通りだ。その身体はすでに人族のそれを脱しているからな」
「ふーん、まだ自覚は無いけどそういう物なんだ。と言っても、もうすぐ十年くらい経つけど」
「精神の変化は緩やかなものだからな。もうあと十年も経てば少しは自覚できる程度になるであろう」
「うわ、ながっ!」
「そして、その頃には記憶の全てを問題なく引き出せるはずだ」
「あと十年かぁ……もしかして、それまでシルフィーネはこのまま?」
「いや、そちらに関しては我も少し気になっていることがあってな。実はシルフィーネが異世界の者として生まれ変わって可能性があるのだ」
「あら、私と一緒なのね。それで? 気になっているのは何?」
「それだ。天嵐の翠玉の中にもシルフィーネが居るという事は、我の妻であるシルフィーネは不完全な状態で死んだという事になる」
「ええっと、そうなるのよね。うん、それは思い出せる」
「となれば、シルフィーネは不完全な状態で生まれ変わっている恐れがある」
「それはそうね。それこそ私みたいな――あっ」
「そうだ。力の大半をソレに残し、、死ぬ前のシルフィーネは刺客に後れを取る程度には弱体化していた。であれば、強大な力を持った精霊としての生まれ変わりは考えられず、その力が収まる程度の器をもって生まれた恐れがあるわけだ。そうなると――どうなるかはリンが良くわかっているだろう」
むしろ、精霊として生まれ変わっていたのであれば本来の世界に居たはずだ。
「不具合生じて記憶とか全ロスってこと!? え、それじゃあ、実際のところうちの子はどこの世界の誰に生まれ変わったのかもわからない状態じゃないの!」
ゼンロス……? 異世界の言語か? 記憶という言葉と繋がっているあたり、喪失という意味合いだろうか?
「そうなる。しかし、我とシルフィーネの間には繋がりがあったからな。これは生まれ変わっても失われることはない」
「私との親と子の繋がりみたいなやつ?」
「うむ、生憎と死別によって一度切れてしまっているが、生まれ変わったシルフィーネが近づけば繋がりが戻る」
「夫婦間の繋がりだとそんな感じなんだ。あれ、もしかして前世の私って結婚とかしてない……?」
「基本的に我らには婚姻関係という物は存在せぬからな。人種の真似事のような物だ」
「あー、そうなんだ。てっきりシングルマザーかと思ったわ」
大気の精霊スフィアの連れ合いか……シルフィーネと宰相は父親にあたる存在が異なるから、二人以上いるのは確実だな。
面識こそないが、噂に聞くところ異性関係にだらしのない精霊だったという話だ。
目の前の相手を見る限りはとてもそうは見えないが。
「その辺りの記憶は思い出せてはいないのか?」
「うーん……まっっっったく思い出せない。なんか、思い出すなって前世の私が言ってる気がする」
「ふむ、リンはスフィアとは別の意識体という認識でよいのか?」
「うん、それはそう。そもそも記憶を思い出すまではリンとして生きてきてるわけだし」
何やらそこは譲れぬらしい。とはいえ、リンがスフィアであるという事に変わりはないのだがな。
しかし、太古の精霊が人に生まれ変わるとは……いったい何があったのだろうか?
奴らとの付き合いはほとんどなかったからな。なにしろ、気が付けば一柱になっていたという有様だ。
ともあれ、国を出る前にリンに出会えたのは僥倖であった。
リンが持つシルフィーネとの繋がりを利用することで、より見つけやすくなる。
リンの目的はシルフィーネの復活だったようだが、天嵐の翠玉から復活させたところで暴の化身のようなシルフィーネが出てくるだけだからな。
そう考えると、スフィアとしての記憶が不完全で助かったのやもしれぬ。
「リンよ。貴様の目的はシルフィーネを助ける事であったな?」
「ええ、ただ、今のままだと不完全な復活になってしまうから、生まれ変わった方のあの子を見つけないと」
「そこでだ。我と協力せぬか? 我の目的もシルフィーネを見つけ出す事なのだ」
「えっ、助かるけど……いいの?」
「構わぬ。其方とシルフィーネの繋がりも利用した方がより見つけやすくなるだろうからな」
「あー、なるほど。とはいえ、今の私とシルフィーネの繋がりって、この天嵐の翠玉との間の物だから役に立てるかどうか……」
「それは問題ない。宰相との繋がりはどうだ?」
「え? それは勿論感じるけど」
「他にはどうだ?」
「他? 他と言っても私の子供はこの二人――あれ? 小さいけど、もうひとつ? かなり遠いけど、なにかしらこれ?」
妙な所で察しが悪いな。
「それもシルフィーネだ。やはり親子間の繋がりの方が強いらしい」
「え!? でも、シルフィーネはここで、あっちもシルフィーネで……あれ?」
「シルフィーネは精霊だ。自身を分けることなど容易にできるぞ。人種で言う所の双生児のような物だと思っておけばよい」
「あっ、双子ぉ……そう考えるとしっくりくるわ。つまり、どっちもシルフィーネなのね」
「人の感覚と精霊の感覚が混ざるとそうなるのか」
「主観は人なもんで……自分の娘が分裂とか、人間なら考えられないし」
「それもそうか。まあ、いずれ慣れるだろう」
「本当かなぁ……ま、お互い目的は亡くした者との再会ってことで、しばらくはよろしくね? あ、私の場合は娘より先に亡くなってるわけだけどね。ややこしいけど」
確かにややこしいが、あくまでそれは人としての考え方だな。
「人の死生観は捨て置いた方が良いぞ。我らのような存在にとって生は連続するものであり、死は終わりではなく次の生の始まりだからな」
「うわぁ……想像以上に大変だぁ。娘を助けた後は自分のことって思ってたけど、このままの方が良いのかしら?」
ふむ、シルフィーネの件が終わった後は自身の力を取り戻そうと考えていたのか。
確かに、スフィアの力の所在は気になる所だ。
それに、リンが力を取り戻すことで同胞も増えることだしな。
「我としては同胞が増えるのは喜ばしい事だがな」
「えっ、なに? ま、まさか親子丼を狙ってる!?」
「おやこどん……?」
異世界語はよくわからんな。




