第一項 見慣れぬ城下街(第67話)
第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第二節 不本意な帰宅
ドルガノス視点
海上都市で長達と別れた我と神獣は、我が国の首都であるメイリスへと帰国した。
「おうさまぁ、速過ぎですよぉ」
「あの程度の速度で根を上げるとは、訛っているのではないか?」
「ちょっと最近食べ過ぎで……」
「暴食は感心しないな」
「違うんです。なぜか最近はお供え物がたくさんありまして」
供え物? 確かに、こ奴を始めとした同胞の一部は人種に崇められているものが多く、定期的に供え物を受け取っている。
しかし、その程度でここまで肥え太るようなことがあるか?
となれば、考えられるのは――
「もしや、それは世界が融合した頃からか?」
「あー、言われてみたらそうかも?」
「……世界の人口が増えているのか? うむ、考えられぬ事態でもないのか」
「大昔の戦争で人族が随分と居なくなりましたからね」
「あれは借り物の力に奢り切っていた人族の罪業によるものだ。まあ、過去の者共の所業による責を負わされることになった者等に関しては哀れに思うがな」
「いやいや、さんざん警告を無視しておいてステータスとかスキルとかを捨てなかった奴らに関しては自業自得だと思いますがねぇ」
「そのせいで人族の権威ある者共の大半が死滅した際には笑えもしなかったがな。おまけに何をトチ狂ったのか、教会の連中がスキルやステータスを手放せばその反動で死ぬなどと吹聴しおってからに」
「そんなことないのに馬鹿ですよねぇ。こっちはわざわざ検証までしていたのに」
「うむ。もっとも反動が高いであろう勇者が自ら試して無事であったからな。もとより、自身の力ではないのだから手放したとて無害だというのに」
「何なら抱え込んでいた方が害でしたからね。あの自称女神は一体何がしたかったんでしょう?」
「さてな。少なくとも建設的な会話ができるような相手ではなかったぞ」
「そうでしたね。言葉は交わせど会話は出来ずというか……二度と対峙したくないですね。色んな意味で」
「うむ、そうだな。ところで神獣よ」
「はい、なんでしょう?」
「貴様はこの首都……メイリスを訪れたことはあるか?」
「そりゃありますけど、どうかしましたか?」
「どうもこうも、我の知っている城下町と異なっているのだ」
「それはそうでしょう。おうさまと違ってここに暮らす人たちは大半が定命で短命なんですから、街並みの一つや二つ変わっても不思議ではないと思いますよ?」
「そうではない。我は城を抜け出した後、ここを通って首都を抜けだしたのだ。そんな直近の記憶を忘却するほどに耄碌はしておらぬぞ」
「え、それじゃあ……宰相さん、めっちゃ怒ってるんじゃないですか?」
嫌なことを思い出させるな。
「いや、それはどうでも――よくはないのだが、その時に見た光景と今の光景があまりに違い過ぎてな。我にしてみれば長年見てきた光景がこうも様変わりしてしまうと、なんともいえぬ気分にさせられるのだ」
自身の見知ったものが失われるのはどれだけ歳を取っても寂しいものだと、妻が言っていた気持ちが今ならわかる。
「うーん、一つの所に定住しない私にはちょっとわからない感覚ですね。でも、そんなに変わっていますかね?」
「変わって居るではないか。そこには得体の知れない不味い物を出す飯屋があったのだが、何やら旨そうな料理に代わっておるし、あそこには今にも潰れそうな花屋があったというのに、新築のように新しく変わって居る」
あそこの飯屋は妻と初めて出会った所で、不味い癖に妙に癖になる味で足蹴く通って居ったのだ。
あの花屋は妻が好きだった花を唯一取り扱っていた店で、妻が死んだ後も墓前に供える花を仕入れるために毎年通っていた。
「……それって、おうさまがここを出てる間に料理人が変わったりお店が建て替えられたってだけの話じゃないですかね? むしろそんな所までしっかり覚えていたおうさまって意外と暇だったり……?」
失礼な奴め。流石にそんなことは――あるかもしれないな。飯屋はわからんが、店頭に出ている花屋の店主は見知った顔だった。
とはいえ、暇であったことに変わりはないか。王の仕事は多忙ではあるが、自身の仕事に限ればすぐに終わるからな。
時間を取られるのは謁見だの叙爵だのと言った式典や高位貴族の冠婚葬祭に出なければならない時だな。
「仕事さえ終わって居れば自由ではあったからな。ただし、行動制限が掛かっておってな。メイリスの外に出ることは禁止されて居ったのだ」
「それで暇を持て余した結果、城下町の隅々まで知るに至ったと」
「うむ」
それはそれで退屈しのぎになったのだが、正解最大規模の都市とは言え、我にメイリスは狭すぎた。
そして、いざ離れて戻った際に街並みが変わっていると、こうも動揺することになるとは思わなかった。
「長達と行動を共にしていた影響であろうか? 我にも感傷というものが芽生えたようであるな」
「はあ、そうですか。あっ、おうさま。やっぱり変わってるかもしれませんよ」
「なんだと?」
「ほら、明らかに別の世界の物と思われる建物が生えてます」
「何を言う。建物が生えるわけが……あるのか」
神獣が見ている方へ視線をやると、確かに建物が生えていた。
あの場には広場があったはずだが、その中央当たりに建物が生えている。
なんだ。これは……? 長達の世界の物とはまた異なる様式の建物だ。
というのも、建物の敷地と思われる場所に三角錐の形状をした入り口だけがぽつんと建っている。
どうやら地下に店舗があるらしいのだが、入り口の付近に呼び込みをしていると思われる派手な格好をした女達が居た。
どちらも人族にしては妙に魔力が高い。
「あれ、なんなんでしょうね? なんか魔法少女がどうとか言っていますけど」
「捨て置け――と言いたいところだが、ああもあからさまに怪しい輩を放ってはおけぬ」
「周りの人の反応を見る限り、アレで平常っぽいですけどね」
「あれが異世界の常識だというのか……」
あのような破廉恥――もとい派手な格好が常識だと?
「なんか、女の子が勧誘されてますね。勧誘されてる子も嬉しそうです」
「喜ぶだと? 見るからにいかがわしい格好をしているぞ!?」
一体魔法少女とは何なのだ!?
「おうさま声が大きいですって! と、とりあえず今はお城に行きましょう!」
「うぅむ、怪しげな店が我が居城のある首都に……」
おのれ、どうしてくれようか。
「龍王様、正座」
「うむ」
案の定、城に帰り着くなり宰相の折檻を受けた我は正座をさせられていた。
神獣の奴は邪魔だからと宰相が食堂へと追いやった。
今頃たらふく飯を与えられているのだろうが、奴の肥え太り具合が悪化しそうだな。
「龍王様、何か申し開きは?」
「うむ、なかなか楽しかったぞ?」
「……どうやらお仕置きが足りないようで」
「まあ待て、我が帰ってきたのはわけがあってだな。宰相とて、その事で困っているのではないか?」
何しろ世界が融合しているのだ。
宰相の仕事柄、未知の情報が次から次へと入って来て困っているはずだ。
「つい先ほどまで貴方の優秀さに困らされていましたけどねぇ!」
我? なぜ我なのだ? 仕事に追われておかしくなってしまったのであろうか?
「怒っているのか褒めているのかどちらなのだ……ともかく、世界が融合しているという状況なのだ。このようなことをしている場合ではなかろう?」
「はあ? 帰って来るなり何を言っているのです? ついに呆けましたか?」
「なに?」
しまった。もしや宰相はその他大勢と同様に融合の影響で記憶や認識が変えられているのか?
こやつも半分ほどは我らの同胞の一人と言える身だから影響は受けて居らぬものと思っていたのだが、こ奴も対象に入っていたのか?
「大体、世界が融合したなどと、嘘を吐くにしてももっとましな――いや? そう言えば、おかしな情報が妙に多いと」
違うようだった。どうやら気付いていなかっただけらしい。
「そう! それだ! 実は今、この世界は四つの世界が融合しているようでな。そのような状況で国を放っておくのも不味いと思って戻ってきたのだ!」
「平時でも王が国を放っておくのは不味いのですがねぇ!?」
「我がちょっとくらい出歩いていても問題ないであろうが!」
「半年も経っているんですがっ!?」
「半年程度、どうという事は無かろう?」
「この状況で王の居ない半年がどれほど大変だったと……!」
「うっ……うむ、それはまあ、すまなかったな。この通り、我が帰って来たので後は任せよ」
「いえ、そうも行きません。王が居ない間に色々とあったのですよ。まずお伝えしないとならないことが一点」
「重要な案件か? ふむ、世界の融合以外に何かあっただろうか?」
むしろそれ以外に思い当たる節が無いのだが。
「……王妃様の部屋に何者かが侵入しました」
「なにっ!?」
「しかし、いくつか不可解な点がありまして」
「……うむ、申せ」
「まず一つは、封印が破られたような反応がなく、綺麗に解かれていた事」
「うむ」
あの結界を解くにはある言葉――それも魔力の載った呪言が必要なのだが、それを知っていたのは我を除けば妻だけのはずだ。
仮に第三者があれを解いたとなると、かなりの魔法の使い手となる。
「次に、部屋に一切荒らされた形跡はありませんでしたが、部屋の状態から判断するに何かを盗られた可能性があるという事です」
ん? それは妙だな。
「部屋を荒らすことなく目的の物を持って逃走しただと? 犯人が我が妻の部屋を熟知していたとでもいうのか?」
「状況的にそれ以外は考えられません。あの結界は私が毎日朝昼晩と確認しておりましたので、犯行に及ぶことのできた時間は決して長いものではなかったと判断しています」
「なぜそのようなことを?」
王妃が宰相にとっての姉とは言え、こやつ、そのようなことをしていたのか。
「龍王様がこっそり帰って潜んでいるかと思いましてね。なにせ龍王様の部屋には見張りを付けていたので」
「貴様……我がそのようにこそこそすると思うてか!」
やるかやらないかと言えばやりそうな自信はあるが、やっても居ない事でそのように言われるのは甚だ心外である。
「帰って来るなり留守を任せていた私に挨拶もせずに部屋に戻ろうとした方が何を言いますか」
「うっ……いや、せめて着替えくらいはしようとだな」
「言い訳は結構です。ともかく、王妃様の部屋に何者かが侵入し、何かが盗まれたであろうという事象はしっかりとお伝えしました」
「つまり、盗まれた何かを我なら知っているだろうから調べろと?」
確かに妻の部屋には何度も入っているが、だからと言って何があったかと言われてもわかりかねるのだが。
「話が早くて助かります。とはいえ、そちらはあとで構いません。改めて確認したいのですが、世界が融合したというのは事実なのですね?」
「うむ、どうやらそのようになっているらしい。我が同胞達が珍しくも楽し気に飛び回って居ったわ」
「同胞の皆様にはもう少し大人しくしていて欲しいのですがね……ともかく、そのような事態であるならば、予期せぬ形で姉さま――王妃様が復活している可能性があります」
「なに? では――」
「はい、王妃様の部屋に忍び込んだ者は王妃様自身である可能性があります。ただし、本当に世界が融合しているとなると、王妃様の記憶や力を継承した何者かである、と考えるのが自然ではありますね」
「ふぅむ、となれば別の世界の者として生きて来たシルフィーネが今の世界に居るという事か? おまけに、状況から判断すると記憶の継承が上手く行っておらぬようだな。まあ、よくあることだが」
我らのような概念的な構造を持つ生命体の場合、自身の損耗度合いによって永い眠りを要するか、自身の再構築という形で復活する、といった手段で再起する。
特に後者である再構築の場合は記憶や力を次の身体に継承するのだが、それが上手く行かないと以前の自身とは異なった人格になる、と言った事象が生じる。
これ自体は珍しい事ではないのだが、我の妻となった女はこの継承が特に苦手で、再構築ごとに性格がころころと変わって居った。
「そのようですね。特に姉さまは継承が不得手なようでしたので、継承の度に人格が変わっておられましたから」
「知っておる。正直、今生――いや、前生と言うべきか。奴が我の妻になると言い出した際には正気を疑ったぞ」
おかげで我が世界の王になるような事態となってしまったのだ。
「ええ、あれには私も衝撃の余り消滅しかけましたよ」
流石にそれは大げさではあるが、その程度に衝撃だったであろうことは想像に難くはないな。
「そうであろうな。正気であれば生前に殺し合った者の妻になるなどと言い出すわけがない」
あの頃の妻はそれほどに好戦的であったし、我と真正面からやりあえる程度の実力があったな。
「あの頃の姉さまは戦闘狂でしたからね……お受けする龍王様にはもっと驚かされましたが」
「仕方が無かろうて。奴が国民の前で宣誓してしまったのだからな。まあ、それをここで論じても仕方があるまい。問題は、今の奴の性格よ」
「行動から判断するに、大人しめの性格ではありそうなのですが、今回に限っては種族さえも変わっている恐れがあります」
復活によって種族が変わる場合は稀にあるが、今回は別の世界で復活したのが原因であろうな。
「やけに復活が遅いとは思っていたが、よもや別の世界に居ったとはな。これは、他に復活できていなかった者らも同じような状況に遭っておるのではないか?」
かつての同胞の中には復活してこなかった者も居る。シルフィーネもその一人だった。
「流石にそこまでは分かりかねますが、現状で復活できていないのは神を証する者らに殺された方達のみ……となると、奴らの取った手法が私達の継承先を別の世界に移すことによって復活を防ぐ物だったとすると合点がいきますね」
「奴らは完全に消滅させてやったなどと得意げに語って居ったが、やはりそういう事であったか」
そもそも、奴らの力で我らの存在を消し去ることが出来るなどというのが不可解だったのだ。
何らかの小細工があるとは思っていたが、別の世界に飛ばされていたのであれば宰相の言う通り合点がいくというものだ。
「別の世界に飛ばされていたというのは盲点でしたね。私達のような存在を送ることでどれだけの影響が双方の世界に出るかもわからないというのに」
何せ、我らは概念的な存在であるからな。云わば何かしらの法則を他の世界に送り込むようなものだ。
「うむ。よくもまあ世界が消滅しなかったものだ」
「そうなっていたとしても奴らの自業自得ではありますがね」
「そうだな。しかし、シルフィーネが復活しておるとなると、いったい何を持ち出したのか」
「何か心当たりはありますか?」
「あると言えばある。奴の力の大半を封じた天嵐の翠玉というものがあってな」
「そのような物が……確かに王妃となってからは気配が大人しいとは思っていましたが」
「王妃として過ごすからには不要な力は手放すべきだと言っておったな」
「姉さまは自分で交渉の場に立つことが多い方でしたからね。普段のままでしたらまともな交渉もできないかと」
「それもそうか……」
大昔の戦後、我が人族との交渉の場に立った際に無条件降伏されて話にならなかったのを思い出した。
そして、当時のシルフィーネは我に匹敵するほどの力を持っていたからな。
当時のあやつは話し合いで物事を解決したがる節があったから、過分な力は要らぬと判断したのだろう。
ひとつ前は暴力一辺倒だったとは思えぬ変わりようであった。
「盗られたものが解っているのなら、この件は龍王様にお任せしても?」
「構わぬが、国の仕事はどうする?」
「大変ではありましたが、現在は龍王様が居なくともうまく回っている状況ですので問題はありません」
「ほう、どのような手段を用いたのだ?」
「無能な働き者を排除し、有能な怠け者を有能な働き者に調きょ――教育し直しただけです。それと――」
と、長々と実施してきた施策を語られた。
その中でも気になったのは改革の一環として国営の企業を始めたという事なのだが、その人材の確保先だ。
宰相の事だから在野で一から探すなどという回りくどい真似は考えられない。となれば、だ。
「随分と無茶をする。一部端折って居たが、既存の企業から人材を引き抜いたな? 今回は幾つの企業を敵に回した?」
「いえいえ、きちんと各企業の頭の皆様ともしっかりと話し合いをし、双方合意の上で決まったことですよ。表向きはそのように公表もされております。まあ、それぞれの企業で働いている方々の全てが納得しているかはわかりませんがね?」
借りに敵意が向くにしても各企業の末端から上層部に向けて、という事か。
まあ、それは済んでしまったことなので仕方がない。
まだ他にも気になっていることはあるのだ。
「相変わらず貴様のやり口はえげつないな……それと、国民の成人の九割以上が就労していると言っていたな。貴様の引き抜いた人材と建ち上げた国営企業とやらは何をしている?」
「いやぁ、最近はどの企業も大した成果が出ていないようでしたので、ここいらで新しい刺激が欲しいかと思いましてね。ろくな研究もさせてもらえず燻っていた人材達を焚きつけたらこの半年で次々と成果を上げてくれたので、国営企業はどこも大儲けですよ。他の企業の事は知りませんが、今頃は選り好みもできない程度には必死に人材を集めているんじゃないですかね? なにせ、こちらの労働環境を聞きつけたのか、次々と優秀な方々が集まって来ていますからね。それにしても、会社の経営は国の運営と違って楽でいいですねぇ。おかげで国庫も潤っていますよ」
つまり、優秀な人材とやらに好き放題させた結果、どの企業も設立から半年も経っていない国営企業に需要を奪われていると。
そして、失った優秀な人材の補填のため、手あたり次第に人材を探し集めているというのが他の企業の現状か。
とはいえ、その優秀な人材とやらは国営企業に流れている様子。
久しぶりに宰相の辣腕ぶりを見た気がする。
しかし、政治より商いが楽だとはな。政治家はもちろん商人連中にも聞かせられない言葉だ。
「貴様、それは間違ってもそれは公で口に出すなよ? 面倒なことに――」
「ああ、すみません。つい最近取材がありましてね。似たようなことを口走ってしまいました」
「きさっ――いや、まさか」
国庫が潤っているとは言ったが、そこまでなのか?
「お気づきになられましたか? そうです。現在、我が国の経済――金や物の流れを実質的に支配しているのは、この私です。どの企業も文句など言える筈もありませんね?」
「貴様、独裁者にでもなるつもりか? 流石に――」
「やり過ぎではないか、と? ご安心ください。経済的な状況で言えば以前より改善されています。なにしろ、どの企業も必要以上に金をため込む余裕がありませんからね。おかげで正常に経済が回るようになりました。ああ、もちろん、国庫の金や物は然るべき所に流れるように采配しておりますとも」
こやつ、一国の宰相よりも商売人の方が向いているのではないか?
「……本当に我は必要ないらしいな。もはや貴様一人で国を回せるのではないか?」
「いえいえ、龍王様という絶対的な方が居られるからこそですよ。それに、私にだって手足となって働いてくれる方々は必要ですからね」
「よくもまあ不満が出ない物だな」
「ははは、余計なことを考える暇がない程度に忙しければ不満というのは出難い物ですよ。それに働いた分の正当な報酬があればなおの事ね。少し前まではそんな当たり前のことも出来ない馬鹿が多くて困った物でしたが」
その馬鹿とやらはどうなったのかは……まあ、うむ。流石に死んではいないとは思うが、気の毒な目に遭っているのであろうな。
「うぅむ……すまんな。我は自身の仕事にしか目が向いておらなんだ」
「いえ、それに関しては私も同罪です。なんでしたら龍王様が負わなくても良い仕事までこなしておられたことに気付いていなかった自身の不徳を恥じています」
「負わなくても良い仕事? そのような仕事があっただろうか?」
国王になってからの仕事で苦労した覚えがないからか、思い当たる節がないな。
「はい、それはもう、驚きを通り越して呆れてしまうほどに。確かに龍王様に回すことによって早く済むとはいえ、あれでは下の者達が育ちません」
「うぅむ、その方が時間を無駄にせずに済むと思ったのだが……」
「それはそうでしょうが、龍王様は物事をご自身の力で解決し過ぎです。もっと他の者に頼っても――いえ、むしろ投げつけるくらいのつもりで仕事を振って構いません」
仕事を投げつけるとは?
なんとなく言わんとしていることは解らないでもないが、我の居ない間に宰相はそれなりに苦労したらしい。
「そうか。苦労を掛けたらしいな」
「いえ、こうして顧みるとなかなかに愉快な経験だったかと。というわけですので、国の事は任せてください。代わりに王妃様の件はよろしくお願いします」
「うむ、任された。今のシルフィーネの事は色々と気がかりだからな」
密やかに力を取り戻そうと暗躍しているあたり、我の知らぬ性格のシルフィーネだからな。
とはいえ、天嵐の翠玉か。あれだけを持って行っても意味はないのだが、現在の奴は継承が不十分なのか?




