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第一項 龍化の秘術(第51話)

第一部 新世界の産声編 第三章 異なる世界、異なる人々 第二節 海浜の巨神

ドルガノス視点

 海上都市を目前にして、長がこんなことを言い出した。


「あの、海上都市へ行く前にどこかそれなりの大きさの街に寄ってほしいのですが」


『何? 我は構わぬが、以降は徒歩なり交通機関なりを使う事になるが構わぬか?』


「えっ、そうなんですか?」


『うむ、我が国の法律でな。我のような龍種が龍化の秘術を用いて良い場の条件が定められているのだ』


 そして、辺りを視た限りでは我が龍体へ変化しても良さそうな場所がない。


 当然、この法は王である我にも適用されるため、破るわけにもいかぬ。


「……まあ、元々長期の予定でしたし、この辺りからだったら最悪徒歩でも大丈夫ですよね?」


『我は構わぬが、可能であれば人の交通機関を頼ってみたく思う』


 我が耳に届く限りであると、魔導列車なるものが開発されていたはずだ。


 あれには一度乗ってみたいと思っていたのだ。


「ああ、ドルさんにはそういうのは必要なさそうですからね」


『うむ、自分の足で走った方が早いからな。ところで、何の所用で街へ?』


「ああ、はい。身なりを整えておこうと思いまして……」


『ふむ、確かに身だしなみは大事であるからな』


 若い頃の我はその辺りに頓着がなかった為に今は亡き妻や宰相が特にうるさかった覚えがある。


「ええ、私も祖母や母に言われて育ってきたのでその辺りは意識しているのですが、ああいった暮らしをしていると手に入る物も限られてしまいますので……」


『それでも長の身なりは整っている方だとは思うがな。とはいえ、街に行くからには確かにそのままだと心許ないか』


 人の衣装に関しては今でも詳しいとは言えぬが、大きな街で嫁を探すとなると相応の衣装と言うものが必要であろうからな。


 最も、現代の女人の趣味は分からぬが。


「でしょう?」


『ふぅむ、そうなると我も衣裳替えを検討した方が良いであろうか?』


 着の身着のまま飛び出してきた我の格好は王族が纏う装束となっているからな。


 緑の大地の元では変わった格好と捉えられていたようだが、街に出るとなると目立つか。


「あー、確かに、ドルさんの格好は目立ちますからね」


『うむ。魔法で変えても良さそうだが、せっかくだし我も何か適当な衣服を購入するとしよう』


 幸いにも、緑の大地に滞在していた際の働きに応じた賃金を貰っていたのだ。


 今の我は冒険者という事になっているのだから、相応の格好の方が良かろう。


「それが良いと思います。では――あ、あの時計台が見える街の近くにしましょう!」


『わかった。ちょうど良さそうな平原もあることだし、あの辺りで降りるぞ』


「はい!」


『では、目晦ましをするから少しばかり目と耳を閉じておくことを勧める』


「はいっ!」


 長が目を閉じ、耳を塞いだ。ついでに我の背に伏せ防御姿勢を取っている。


 そこまでする必要はないのだが、まあいいだろう。


 それにしても、もはや我のすることに対して驚かなくなってしまったな。


『カァッ!』


 平原に人が居ないことを確認した我は、軽めのブレスを吐くように空気の塊を平原に向けて放った。


 直後、爆音と共に平原の一角が爆ぜ、大きな土煙が上がる。


 その土煙の中へ我は小型化しながら突入し、変化を解いて長を抱えたまま浮遊魔法でゆっくりと着地した。


 あとは土煙の中を悠々と脱出したならば――


「うむ、完璧である!」


「どこがですか! 人が来る前にさっさと逃げますよ!」


「なに、あれほどの衝撃であればしばらくは警戒して近付いては来ないであろうよ」


「それでも近づいてくるようなのは居ますから! ほら早く!」


「まったく、長は心配症で――む、確かに遠くから近づいてくる気配があるな」


 人にしてはそれなりの速さだ。さらにまとまった数で動いているようだ。何らかの乗り物か?


「可及的速やかにここを去りましょう! ここまで来ておいて捕まりたくはありませんよ!」


「うむ、面倒ごとは我も御免だ。念の為、気配遮断と透明化の魔法を使っておくとしよう」


 正直なところ、隠遁型の魔法は苦手なのだが仕方があるまい。


「都合が良いですが助かります!」


「言っておくが、音は誤魔化せぬぞ」


「おっと、わかりました。気を付けます」


「では行くとするか」


 気配遮断と透明化の魔法を使い、透明化に慣れていない長を担ぎながら、我らはその場を後にした。



「……よし、もう良かろう。長よ、そろそろ下すぞ」


「は、はい。ようやくこの状態にも慣れてきました」


「まだそう遠くはない所に人の気配がある。人気のない所に着いたら魔法を解くぞ」


「わかりました。歩く分には問題はないので、魔法の方はお任せします」


「うむ、もうしばし行った所に大岩があるから、その辺りまでは辛抱してくれ」


「はい。それにしても、自分自身すら見えなくなると言うのはなかなか恐ろしいものですね」


「うむ、並の生物であればそのように感じるようだな」


「ドルさんは平気なんですね」


「我らは姿形に頓着せぬからな。それが見えぬからとて気にするような事が無いのだ」


「ああ、変身とかしますからね……身体が見えない程度でどうという事は無いと」


「うむ」


「それにしても、龍化の秘術でしたか。あれはドルさん達しか使えないのですか?」


「うむ、龍族にのみ許された秘術であるからな。もっとも、他種族でも使えぬことはないが、漏れなく身の破滅を招くであろうな」


 愚かにも我に対抗する為に人族の勇者が用いた結果、身も心も竜となり果てていたな。


 そして我に敗れた結果、逃げ出した先で散々暴れ回って人の王国を破壊し尽くし、最後には同じ人族の手で狩られ、被害に対する補填だとかで寄ってたかって解体されていた。


 竜の素材は金になるとはいえ、あれが人族の為に戦った勇者の最期だと思うと何とも言えぬな。


「なんとも恐ろしい物を使っているのですね」


「いや、割かし単純な術なのだがな。故に他種族でも扱えてしまうのが難点でもある」


「あー、知っていても使う者が出ると」


「その通りである。力を欲する者にとって、あれほどに魅力的な術は無かろうな」


 多少なりと術の知識さえあれば世界最高峰の力が手に入るのだからな。


 その結果、自我を失う事になるのだが、ああいった手合いほど自分だけは大丈夫だと妙な自信を抱くからな。


 あの術に関しては例外などないと言うのに、困ったものだ。


「あ、浅学で申し訳ないのですが、龍化の秘術と言うのは魔法ではないのですよね?」


「うむ、魔力を用いる点では共通してはいるが、龍化の秘術は魔法とは異なる体系の技術である」


「なるほど、ドルさんはよく魔法を多用していますが。他の物も使えるのですか?」


「うむ、一通りは会得しておるな。我が魔法を多用しているのは汎用性の高さ故である」


「汎用性……できる事が多いと」


「うむ、何でもとまではいかぬが大概の事は魔法で済むぞ」


「それはまあ、体感しているのでわかる気がしますが、魔法にもできないこととは?」


「ふむ、良い質問だな。とはいえ、説明が長くなるので敢えて平たく言うが、奇跡の類いは起こせない」


「奇跡、ですか?」


「うむ、奇跡であるな」


「……なるほど。だから大概のことは出来る、と」


「うむ、理解が叶ったようで何よりだ。さて、ここまで来たのなら問題はないな」


 長と話していると大岩に着いたので、そこで透明化の魔法を解除した。


 気配の遮断はもうしばらく残しておく。


 先ほどから辺りを探るような反応が消えぬのだ。


「おおっ! やはり自分の身体は見えている方が安心しますね」


「安心するには少し早いぞ。まだ何かに探られている様な気配がある」


「そ、そうなのですか。では早くここも離れてしまった方が良さそうですね」


「うむ、街まではもうすぐだ。変に慌てずゆるりと行こう」


「わかりました。何かあった時は頼りにしてますよ?」


「うむ、我に任せておくがよい」



 それからは何ら問題が生じるようなこともなく、守衛がいるわけでもない街の入り口を通り抜けて、あっさりと街中に入ることができた。


 気配遮断の魔法は街に入る際に解いたが、この様子ではあっても無くても変わらぬ気がするな。


 長に聞いたところによると、この街の出入りは自由となっており、人の出入りが激しいのだとか。


「さすがに不用心過ぎぬか?」


 大規模とまではいかぬとも、中規模程度の街の出入りが自由とは些か危機意識に欠けているように思えるのだが。


「長期滞在ともなれば別でしょうけど、一週間以内の滞在であれば許可も審査も必要ないのが普通ですよ」


「そうなのか……長の居た世界は安全なのだな」


「いや、ドルさんには言ったと思いますが、異星物と言う化け物が割と最近まで闊歩していた世界ですからね?」


「ああ、そう言えばそうであったな。しかし、そのような生物が居たのならば猶更ではないか」


「これも言ったと思いますが、大半は宇宙に追い出したんですよ」


「おお、そうであったそうであった。残りは地上で対処しながら荒らされた地を復興していると言う話であったな」


 我としてはその異星物とやらよりも別世界の技術関係の方が気になって仕方がないのだ。


 この眼前に広がっている街にはそれらがふんだんに使われているのだろう。 


「ドルさん、街の様子に夢中なのはわかりましたから、少し落ち着いてください」


「む、我はそこまで興奮してはおらぬぞ」


「いえ、なんかこう、オーラのような物が滲み出ていましたが……」


「……ふむ、そうであったか。我もまだ若いな」


 どうやら可視化するほどに魔力が漏れていたらしい。


 やはり未知の物は良いな。退屈によって乾ききった心を潤わせてくれる。


「はあ、ひとまずは海上都市へ向かう交通機関を確認しましょう。ものによっては予約が必要ですから」


「む、そうか。我は列車と言うものがあれば乗ってみたいな」


「まあ、その辺りが妥当でしょうね。バスだと乗り継いでいくか長距離バスに乗る必要がありますからね」


「ふむ、バスとやらのほうが遅いのか?」


「場所に寄りますが、ここから海上都市へ向かうのなら列車の方が早いです」


「ほう、そうなのか。では今回はその列車と言うのに乗るとしようか」


「そうですね。それに列車なら個室も取れますし」


「個室? 我は普通で構わぬぞ」


 何しろ冒険者であるからな。


 ……忘れてはいないぞ? 今の我は冒険者なのだ。


 力だってきちんと人を逸脱しない範囲で抑えたままである。龍化の際は別であるが。


「ドルさんは目立ちますからね。変に注目を浴びても困るでしょう? それに、個室の方が列車の旅を楽しめますよ?」


「であれば個室が良いな!」


 注目されるのは構わぬが、楽しいのは重要だ。


 どう楽しませてくれるのかはわからぬが、長が言うのならその方が良いのであろう。


「ではそのようにしましょうか。それではまず駅に向かいましょう」


「うむ!」


 そうして意気揚々と駅に向かった我らだが、本日の便は予約でいっぱいだとかで、翌日の便を取る事となった。


 その後は長に連れられて宿の予約を取り、衣服を買い込み、食事を摂った後は明日に備えて就寝となった。


 まあ、我は睡眠を必要としないので、新しい衣服を着こんで朝まで街の様子をゆるりと見て回ったのだがな。


 何もかもとは言わぬが、目にする物の大半が真新しく、なかなかに心躍る光景であった。


 同時に、うすら寒い物を覚えもしたがな。


「……異世界か。こうして目にした以上、認める他は無いな」


 こうも綺麗に世界が融合するような所業など、行える者はそう居らぬ。


「また神の仕業か。いや、アレは自称していただけであったか。まったく、天上の存在が考えることは解らんな」

未だ自称冒険者の龍王様

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