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第二項 謎の飛行物体(第52話)

第一部 新世界の産声編 第三章 異なる世界、異なる人々 第二節 海浜の巨神

 朝、起き出してきた長を食堂で出迎えた後、朝食を摂った我らは駅へと向かった。


「列車と言うのは一刻の間に何度も出発するそうだが、我らの乗る列車は決まっておるという事だったな?」


「はい、先ほど渡した切符にも書かれている通り、私達の乗る便は決まっています」


「ふぅむ、こんなちっぽけな紙切れでそこまで管理されているのか」


「その紙に描かれているコード……えー、模様に顧客単位の情報が記されているんですよ」


「なんと、この奇妙な紋様が?」


 なんとも不思議なものだ。如何様な技術を用いればそのようなことが可能になるのだろうか?


「昔から存在する技術ですが、再現性の難しさから偽造対策に使われていますね」


「ほう、このような物を昔から……こうして現在も使われているという事はそれだけ再現が困難なのか」


 これを応用したならば国民の個人情報保護に役立ちそうだな。


 どうにか我が国にも導入できぬものか。


 どれほどまでの情報がこの小さな紋様に収められるのかはわからぬが、文字として残すよりは保管の為の場所を減らせそうだな。


 問題はどのように紋様から情報を取り出すかという事になるが、それはこの後に使用する読み込み専用の端末とやらを見てから考えるとしよう。


「あ、そうでした。昨晩はあれからホテルの部屋で色々と確認したのですが、すっかり若返っていましたよ」


「む? ああ、そうか。長も若返らせたのであったな」


「ええ、おかげさまで身体の調子も頗る良好です」


 うむ、壮健であるのならば何よりだ。


「人族は少し老いた程度で身体に不調をきたすからな」


「ドルさんの少しは我々にとっては半生くらいになるのですが?」


「わかっておるとも。人族はせいぜい生きて二百年だからな」


「いや、百年生きる人だって稀なくらいですが?」


「なに? そちらの人族は随分と短命だな」


 百年余りの生命か……あまりにも短すぎる。


「え、ドルさんの世界ではそこまで生きるという事ですか?」


「うむ、確かそれくらいは生きるはずだな」


 まあ、我が相手取ってきた人族は凡そまともな奴らではなかったから詳しい所までは解らぬがな。


 ただ、昔の知り合いに聞いた話だとそのように言っていたはずだ。


「それは何とも、羨ましいと取るべきなのか……」


「長は長生きはしたくないのか?」


「そうですね。生活が苦しいのであれば短命でも構いませんが、幸せであるとやはり長生きしたくはなるのではないでしょうか?」


「ほう、面白い意見だな。生活の苦楽に関わらず生命たるもの生きていたいと願うのではないのか?」


「どうなんでしょうかね? 異星物が星を闊歩していた頃は恐怖や生活を苦にして自殺する者も少なくはなかったですし、死に逃げるという選択も有りかと思います」


「ふぅむ、やはり人族の個体差は興味深いな」


 いや、この場合は世界間による差か。


「生き物の個体差なんて世界が変わっても同じようなものでは?」


「それはそうだが、それでも人族と言うのは異質だぞ。我の知り合いに魔王となった人族が居るのだが――む、なんだあれは?」


 長と話していると、ふと視界の端に映る物へ目が行った。


 前方の上空に巨大な建造物と見紛うほど大きな謎の飛行物体が移動していた。


「え、いやあの、魔王ってすごく気になるのですが……ああ、あれは異星人の艦だと思います」


「ほう、異なる星の人種か。あれはその者達が造った物か?」


「そうだと思いますよ。少なくともこの星で建造できるような物ではないらしいです」


「詳しい所までは知らぬのか。それにしても見事なものだ。あれだけの物を浮かせるとなると我の世界ではかなりの量の魔力を要するぞ」


「それはそれで大概かと……と、少し急ぎましょう。駅が混みあっているようです」


「む? おお、あそこか。確かに人の出入りが激しいな」


 長の向かう先に、それなりの大きさで大量の人が出入りしている建物が見えた。


 建物は見通しをよくするためか、大きな窓が多い――いや、柱を除けばほぼ硝子で構成されていた。


 あれは、強度上の問題はないのであろうか? それとも硬化硝子と言うやつを使っているのか?


 我の把握している限り、我の居た世界では硝子と言うのはそこまで強度に信頼性の置けるものではなかったから、些か頼りなく見えてしまうな。


「なにせ駅ですからね。あ、はぐれないようにしてくださいよ」


「うむ、列車に乗るまではしかとついて行くぞ」


 うっかりはぐれて列車に乗れなかったら走って追いかけることになりそうだからな。



 混みあう人の波を抜けて長に教わりながら改札と言う小さき門を抜けた後、列車の定着場にて待つこと数分――人が整然と並んで待っている光景には驚いたものだが――切符に記された時刻通りに列車が着いた。


「おお、定刻通りとは、見事なものだな」


 我の世界にあった乗り物とは違い、この列車というものは時間の前後が少ないらしい。


「それはそうですよ。これとはまた別の便が次々と入れ代わりで入ってきますからね」


「なんと、これが一日に何度も出入りすると言うのか……?」


 長の言葉に愕然としながら我は列車を見上げた。


 複数の車両が連なっているそれは身の丈で我の世界の馬車二台分はあるだろうか。


 内部は三階層の構造となっているようで、最上層は展望席なのか見晴らしが良さそうな造りとなっている。


 正面から見た幅もまた馬車二台分程度と、それなりの幅がある。


 横幅に至っては馬車が四、いや五台程度は連なる程に長い。


 そのような大きさの車両が一両。それが幾つも連なって走るのが列車と言う乗り物らしい。


 列車の中に次々と人が乗り込んでいくのを目にしながら、我は逸る気持ちを抑えながら長に問うた。


「我らの席はどこなのだ!?」


「私達が乗るのはあちら側の車両ですよ」


「おおっ!」


 長の示す方を見ると、目の前の車両とはまた違った造りの車両が目に入った。


 どうやらこの列車の車両というものは役割に応じて造りが変わるらしい。


 他の車両と比べて窓が少ないのは個室と言う形態で席を提供しているからであろうか。


 車両の造りも他と比較すると素材からして頑丈な物になっているようだ。


 居住性を向上させた結果、強度不足になっているからか?


「とりあえず入ってしまいましょう。切符はそのまま個室の鍵にもなっているので無くさないでくださいね?」


「うむ、気を付けよう」


 切符には鍵としての役割もあるらしい。


 長の世界の技術者は小さな物にどれだけの機能を詰め込めるか競い合っているのであろうか?


 緑の大地で使ってみないかと勧められた携帯端末と言うのも多彩な機能が詰め込まれているようであったな。


 確かに便利だとは思うが、我としてはなぜそこまでと言う思いの方が強い。


 こちらの世界でも魔道具で似たようなことをしている者が居るが、どの世界の技術者もああいった狂気的な面を持ち合わせているものなのだろうか?


 奴らの考えることはよくわからぬが、この列車とやらもその考えのもとに造られているのだろうか。


 技術者たちの奇妙な共通点に想いを馳せながら先導する長について行くと、一つの扉に行きついた。


 長に促されるまま切符を使って扉の鍵を開けた先には――


「む? ほほう、なかなか快適そうな部屋であるな」


 列車なのに部屋とはいかに?


 自ら口にしながらもそんな疑問が一瞬浮かびはしたが、確かにそこには部屋があった。


「おおっ、奮発しただけあって良い部屋ですね」


 あとから入ってきて部屋を目にした長がそう漏らす。


 長の世界ではこの程度の部屋が華美な部類に入るようだ。


 実際、我の目から見ても壁に刻まれた模様や調度品類からは気品が感じられるものとなっている。


 大昔に目にした人族が建てた黄金宮殿の部屋よりも落ち着いた雰囲気があって良いな。


「うむ、多少手狭ではあるが、なかなか良い部屋ではないか」


「私はこれくらいでも広く感じてしまうものですが……」


 そうは言うが、緑の大地で使用されていた天幕と広さはそう変わりはないと思うのだがな。


 もっとも、この部屋は視覚的にそう見えるようになっているから、長の感想はあながち間違ったものでもないが。


 しかし、この部屋の雰囲気は我が居城の私室に似ているな。


「我が居城の部屋は無駄に広くてな。部屋は多少手狭なくらいがちょうどよい」


「居城……?」


 む、いかん。冒険者設定を忘れていた。


「ああ、うむ、根城と言う奴である。広い部屋を借りていてな」


「なるほど。冒険者と言うのはそれなりに儲かるのでしょうか?」


 確か、我の聞いた話だと――


「実力さえあればそれなりの暮らしができるぞ。それ以上ともなると教養やそれなりの品性を要するが」


「実力と言うと、やはり武力的な方面で?」


「そうであるな。冒険者には階級と言うものがあるのだが、力さえあれば上から三番目くらいまでは行ける」


 と言うのが教わった内容だったか。


 ……一度、どこぞの冒険者組合に立ち寄って登録ついでに説明を聞いておいた方が良いかもしれぬな。


「ドルさんの階級はどのあたりで?」


「我はまだ新人故、一番下であるな」


 確か、新規登録であれば一番下からで合っていたはずだ。


「ああ、あれだけの力があっても新人であれば下からなんですね」


「うむ、力があるからとて、最低限の依頼遂行能力や人柄、来歴などを見極める必要があるからな。通常の仕事で言う所の試用期間のような物があるのだ」


「ああ、確かにそれは必要ですね。昔、人のような振る舞いをする異星物が街を滅ぼしたと言う話を思い出しました」


「我にも覚えがあるな。確かあれは、魔物が似たような手口で人を攫って食っていたと言う話だったか」


 目覚めて間もない頃の話だったから驚いたものだ。


 力で攻めて来るしかなかった魔物どもが、こうも狡猾な手を使ってくるようになったか、とな。


「なんにせよ、見極めと言うのは大事ですよね。私も緑の大地で面接を請け負っていたのでわかります」


「む? 我はそういうのは受けていないが?」


「受けていないも何も、見張りを搔い潜って潜入してきたのはドルさんでしょう……」


「おお、そうであったな。いやなに、それなりに警備をされていると掻い潜りたくなるのが冒険者の性というものでな」


「暗殺者の間違いでは? まあ、今でこそこうですが、あの時は生きた心地がしませんでしたよ」


「それはすまなかったな。あの平原では長達には逃げられていたであろう? 補足できたのが嬉しくてな」


「そんなこともありましたね……」


「それにしても、我の追跡を巧妙に逃れていたあれはいったいどのようなからくりであったのだ?」


「ああ、あれは探知機器によるものですよ。ほとんど追い出したとはいえ、この星にはまだ異星物の残党がわずかに残っていますからね。それらから逃れる為に使っていた物なんです」


「ほう、そのようなものがあったのか」


 探知魔法のような物であろうか? 技術でそれを再現してしまうとは、凄まじいな。


 ステータスやスキルなどなくとも、人族にはそういった物を生み出す力が備わっているからこそ侮れぬのよな。


「まあ、ああいった環境で暮らしているので備えだけは確りとしてありますよ」


「それもそうか。ところで、列車とやらは何時動き出すのだ?」


 人族の知恵に感心しながら列車は何時動き出すのか長に問うと、思わぬ返答が返ってきた。


「え、もう動いていますよ?」


「なにっ! おぉ、いつの間に……なんとも不思議な感覚だな」


 窓から覗き見た景色は流れ往くように動いているというのに、この列車と言う乗り物は乗り手にその動きを全く感じさせる事が無い。


 それにしても、あの大きさでこれだけの速度か。かなりの速度だが、積載量はどの程度なのだろうか?


 これならば人ではなく物を運ぶのにも有効であろうな。


 いや、この技術力を扱えるのであれば等に実行しているか。


 もしもこれが我が国に導入できたのならば、流通に革命が起こるぞ。


 どれ、そのうち宰相に手紙でも送って――いや、あやつであれば既に検討しているやもしれぬな。


 そもそも国の事は任せて来たのだし、余は休暇を楽しむのだ。うむ。


「そろそろ見学に行きますか?」


「うむ! 楽しみであるな!」


「今回の列車は全十両編成で先頭から四つまでの車両が一般車両、五両目が展望車、六両目が食堂兼売店、七両目が酒場、八両目から十両目までが富裕層向けの車両となっているようです」


「我らの車両は八両目であったな?」


「ええ、なので客室以外の各車両を軽く覗いてから一旦、食堂車で食事としましょう。食後はそれぞれ自由時間という事でどうでしょうか?」


「うむ、我はそれで構わぬぞ」


「では行きましょうか。まずは酒場からですね」


「うむ」


 長の後に付いて車両を移ると、車両間を潜り抜けた途端に穏やかな音楽が耳に入ってきた。


「む? おお? これは面妖な……」


 扉があったわけでもなしに、車両間を境界として隣接する車両に音が漏れないようになっているようだ。 


 車両間を交互に移動して確認していると、長が苦笑しながらこちらを見ていた。


「それは車両が防音の役割をしているんですよ。この車両にはおそらく壁に吸音材が入っているんだと思います」


「ほう、吸音材とな」


 音を吸収する素材か? 盗聴防止に役立ちそうだな。


 大事な話をする際に消音結界を張る必要がないというのはありがたいな。


 魔法が無い世界というのも、こう言った方面で技術の革新があると思うとなかなかに面白い。


「もともとは音響兵器用の防壁に使用されていた素材だそうですが、より良い素材ができたという事で一般にも出回るようになった物ですよ」


「音響兵器? 音を利用した兵器もあるのか」


「もともとは人間同士の戦争で作られたものですがね」


 長達の世界は長きに渡って戦いに明け暮れていたというだけあって、様々な兵器が開発されてきたようだ。


 特に近年までは相手が未知の生物であったからか、相応の試行錯誤があったようだな。


 はて、我らの世界でも音魔法だの詩魔法だのと言った系統の魔法があったはずだ。


 主に人族や鳥人族が好んで使っていたのだったか。なかなかに愉快な魔法だった覚えがある。


「ふむ、争いは技術を発展させるとは聞いたが……」


「まあ、生き残る為でしたからね」


 正直なところ、そこまで必死にならぬと進歩しないというのは如何なのであろうか?


 確かに、一部の生命体における死に際の爆発力には目を見張るものがあるが、平時にその力を出せるように努力するべきではなかろうか?


「……いや、それも酷と言うものか」


 何せ、それだけの力をひねり出した者は肉体が耐え切れずに死ぬことが多いからな。


 むしろ死なない者の方が珍しいくらいだ。我が知る限りでは二、三人程度だったか。


 それなりに歯応えのある者等であったな。名は覚えて居らぬが。


 とどめを刺す際に名を覚えておいてやろうとのたまったような気がするが……まあ、死者に文句は言えまいて。


「ドルさん、立ち止まってないで次へ行きますよ」


「む、そうであったな。次は食堂と売店であったか」


「ええ、我々の車両は料理を運んでもらえるので、注文してから見学に戻りましょうか」


「ほう、それはありがたいな。我は肉料理を所望するぞ。量は多めでな」


「肉の種類は鶏、豚、牛の一般的な物の他にも色々とあるようですが――」


「全部だ」


 それだけ種類があるのであれば喰わぬ理由がない。


 そして長もそんな我の答えは予想していたのか、若干の苦笑と共に頷いた。


「わかりました。では、注文してくるので、そこの売店で少し待っていてください」


「うむ、そうするとしよう」


 料理の注文へ向かう長を見送り、近くの売店へと足を向ける。


 商品が展示されている棚には値札が付いており、見た限りでは取引に使用できる主な通貨は長の世界の物となっているようだ。


 肝心の商品は飲食物や土産物のほか、暇つぶし用なのか子供が喜びそうな玩具から大人が嗜むような遊戯盤といった物が限られた空間にも関わらず種類豊富に販売されていた。


 また、新聞と言う国内外の機密外情報――ではないのだろうが、我の感覚ではそう言ってもおかしくはない類の情報を取り扱った情報誌の類いや見るからに緻密に描き込まれた地図まで販売されていた。


 この情報誌や地図などはわが国のものであればそれなりの価格になりそうだが、値段を見た限りでは一般家庭でも容易く手が出そうな価格帯となっているようだ。


 情報誌には大きな見出しで世界防衛軍という組織の今後の進退や今後の動向、人事についてが事細かに書かれているようだが、軍に関係する情報をこうも大々的に載せて良いものなのか?


 地図に関しては言うに及ばず、よからぬ輩に攻め入る隙を与えている様なものだろう。


 それとも重要拠点周りには虚偽を記してあるのだろうか?


 否、我が国の首都がしっかりと載っておるな? 情報も見るからに正確だ。いったい、どうなっておるのだ……。


 そもそもこの地図、我の知る地名と知らぬ地名が入り混じっていて非常に混沌としておるぞ。


 世界が融合した結果とは言え、空恐ろしいことになっておって笑えぬな。


 そんな地図が手ごろな価格で手に入るというのだから、我が国の宰相が聞いたら卒倒する姿が容易に想像できる。


 しかし、長達の世界では紙幣や硬貨はほとんど取り扱われないらしく、例の携帯端末上で金のやり取りができる為、いまいちその価値が判らんのだが、我が国とは貨幣価値が大きく異なるのであろうか?


 世界が変われど価値が変わらぬ物でもあればおおよその判別はつくのであろうが、生憎とそういった物に心当たりがない。


 種族間ですら物の価値は大きく異なるのだ。世界が変わるとなれば、その差はさらに多岐に分かれるだろう。


「む、経済情報誌とな?」


 あれこれと考えながら商品を見ていたら、経済情報誌と書かれた陳列棚の中にある商会四季報なる名称の雑誌が目に入った。


 なんとなしに手にとってざっと中身を見た所、様々な形態の商業組織が一般に向けて公開している情報を取りまとめた物らしい。


 〇〇商社だとか〇〇会社といった名称の組織が多いことから、わが国で言う所の商業組合と似たような組織形態のようだ。


 む、我が懇意にしている商会の名も載っているではないか。


 これはなかなか面白そうだ。値段は新聞より高いが、幸いにも手持ちの金で足りるので購入しておくとしよう。


 そうして我が良い買い物ができたとほくほくしていると、注文を終えたらしい長が戻ってきた。 


「食事は夕飯時に届けてくれるそうです。何か買ったのですか?」


「うむ、商会四季報と言う名の経済情報誌を購入した」


「ああ、経済関係では有名な雑誌ですよね。うちの祖母も愛読していましたよ」


「ほう、長老が。ならば内容には期待できそうだな」


「ドルさんは私達の世界の経済にも関心があるんですか?」


「無論あるとも。それに、我の世界の商会もこれには載っておったぞ」


「え、そうなんですか? それも世界が融合した影響なのでしょうか?」


「であろうな。まあ、その話はあとにして、見学へ戻るとしよう」


「ああ、そうでしたね。では次の車両へ行きましょうか」


「うむ、次は展望車両だったな」


「こういった列車にはよくある車両ですが、定番の人気スポットだそうですよ」


「我の世界の人種は高い所や景観の良い所を好む印象だが、長の世界でもそう変わらぬのか」


「あー、言われてみたらそうかもしれません。そういった価値観でも共通するところがあるのは何とも不思議なものですね」


 だからこそ今のような状況になっても騒ぎになっておらぬのであろうがな。


「ふむ、まあそういう事もあるのだろう。それにしても次の車両は人が多いな。人気と言うだけはある」


 長と話しながら入った展望車両にはこれまでの車両よりも多くの人種がいた。


 それも多種多様な――む、珍しいな。妖精族が居るぞ。


 物珍しそうに窓に張り付いて童子の如く目を輝かせておるが、あの様子からして稀に生まれる変わり者か。


 奴らは決まった住処からおいそれとは出てこないからな。


「そう言えば、気になっていたのですが」


「なんだ?」


「あの耳が長いエルフのような女性はドルさんの世界の方ですか?」

 

 エルフとな? はて、昔そのような呼称を聞いた覚えがあるが……ああ、確か妖精族の事であったな。


 誰が使っていたのだったか……まあ、覚えていないのなら些末なことであろうな。


「エルフ? ああ、妖精族の事か。確かにそうだが、そちらではそのように呼ばれておるのか」


「いえ、こちらでは架空の存在として描かれている存在なのですが……まさか実在するとは」


「ふむ。確か、我のような龍種もそちらでは架空の存在として語られておったな?」


「はい、主に御伽噺として伝わっていますね」


「御伽噺か。我らの世界で言う所の神代録と言ったところか」


「神代録とは、なんだかスケールの大きそうな話ですね」


「うむ、なかなかに壮大であるぞ? 実話とはいえ多元世界戦争の話などは現実離れし過ぎていて創作だと思われておるからな。我の活躍も書かれているというのに、話を盛っているなどと言われたぞ」


「ははは……ドルさんの存在自体が現実離れしてますから」


「ふむ、それもそうであるな」


 神代の頃から生きている身としては物申したいところはあるが、生物の能力は時を経るごとに落ちる一方であるからな。せいぜい知能が多少上がった程度か。


 最も、それも魔物と言う脅威を狩り続けたことによって生じた事態なのであって、悪い事ではないはずだ。


「否定はしないんですね……まあ、とりあえず景色を楽しみましょうか」


「うむ、何か愉快なものが見えると良いな」


 長の言葉に頷いて窓の外に目をやると、先客達がざわつきだした。



「うわ、なんだあれ。気持ちわるっ」


「どっかの研究所の生物兵器か?」


「あんな生き物見たことない。新種の魔法生物?」



 それぞれ己の推測や感想を口にしているが、あれは……なんだ?


 距離としてはそれなりの遠方となる上空に、それは浮いていた。


 見た目は到底生物と呼べないような姿で、左右対称の規則正しい紋様を模したかのようなナリだ。


 それが水棲の軟体動物の如く、うねるような動きで空を飛んでいる。


 なんとも愉快なことに、それからは生命反応はおろか、魔力反応すら感じられなかった。


 いつぞやの平原で始末した化生共と何となく似た雰囲気は感じられるが、あれとはまた違うようだ。


 あれらには生命反応があったからな。


「ほう? 我にも全容を掴ませぬとは、面白い」


「ドルさん? 妙なことはしないでくださいよ?」


「なに、向こうから仕掛けてこない限りは手を出さぬとも」


 それに、あのように愉快な物を始末するのは惜しい。


 我が眼をもってしても謎の飛行物体と称する事しかできぬ物など、そうあるものではない。


「それにしても、なんでしょうね? 超科学研究所の実験機と言うわけでもなさそうですし」


 超科学研究所とな?


「あのようなモノを作り出す所に心当たりがあるのか?」


「ええ、まあ……ただ、あそこで建造している物とはまた毛色が違うようですが」


 ふぅむ、長の見解としてはあの飛行物体はどこかしらの組織が作り上げた物であるようだ。


「そうか。しかし、あれが人の生み出したものであるならば、人種への評価を改めねばならぬようであるな」


「ああいったよくわからない物は大抵が異星人の技術によるものだと思います」


「ほう、異星人か。とはいえ、異星人とて人種なのであろう?」


 長老から聞いた話だが、異星人とやらの見た目は長達とそう変わらぬらしい。


「……まあ、見た目は我々と大差ないですね」


「であれば我にとっては同じことよ。せいぜい住む星が違う程度の話だな」


「いや、それは――」


「あれ? もしかして龍王様ですか?」


 長が何かを口にしようとしたところで、先ほど軽く話題に上がった妖精族が話しかけてきた。


「む? 誰だ?」


 どうやら向こうは我の顔を知っていたらしい。


 王として顔出しをしたのは随分と前の事になるはずだが……まあ、妖精族なら知っていてもおかしくはないか。


「ああ、これは失礼しました。初めまして、妖精族のモエギと申します」


「ふむ? 妖精族にしては変わった名だな」


「あ、私の曽々々祖父が転生者だったので、うちの家系ではこういった名前を付けるようになっているんです」


 はて、転生者? どこかで聞いた覚えがあるのだが、果たしていつの事であったか。


 うぅむ、妖精族の呼称もそうだが、物忘れが酷いな。


 老いとは無縁の身ではあるが、記憶が薄れて行くのはどうにもならぬのが困りものだ。


 完全に忘れたわけではないはずなのだが、どうにも思い出せぬことが多い。


「ふむ、そうであったか。して、モエギとやら。我に何か用か?」


「あ、いえ、用と言うほどの事もないのですが――あの変なのから嫌な感じがしませんでした?」


「む? あのよくわからん飛行物体の事か?」


「はい」


「ふむ……ここから見た限りは何も感じられぬな。少なくとも、生命反応は感じられぬから非生物なのは明らかであるな」


 とはいえ、それはあくまで我の所感だ。


 妖精族と言えば知覚能力に優れており、物事の微細な変化すらも感じ取れる種族だ。


 もしかしたら、モエギとやらは我にも感じ取れぬ何かをあれから感じ取ったのかもしれぬ。


「そう、ですか……じゃあ、私の勘違いだったのかもしれませんね」


 やはりそうか。どうやらなかなかに優秀な娘らしい。


「ほう、あれから何かを感じ取ったか。よければ話を聞かせて貰えぬか?」


「えっと、私は構いませんが」


「あ、私も大丈夫ですよ。綺麗なお嬢さんなら大歓迎です」


「お、お嬢さんだなんて……」


「長よ。知らぬとは思うが、妖精族は不老長生でな。この娘も例に漏れず、見かけ以上の年齢だぞ」


 念の為、忠告をしておいた。


 人種の中には騙されたと騒ぎだす者が居るからな。


「わ、私はこれでもまだ二百歳になったばかりです!」


 二百歳か。長命種とは言え小娘もいい所ではないか。


「妖精族で二百歳と言うと、人間でいう所の二十歳程度でしょうか?」


 ほう、長はその辺りは気にならんようだ。


「大体はそういう認識でしょうね。私達は百年程度かけて今くらいの身体に成長して、そこからさら二百年ほどかけて精神的に成熟していきますので」


「なるほど。ではモエギさんはもう成人しているという事で?」


「はい、もう大人ですよ? 結婚だってできますし赤ちゃんも産めます!」


「そ、そうですか」


「えっと、オサさんは人族ですよね? ご結婚はされていますか?」


「あ、いえ、私の名前は――」


 妖精族の変わりものは異種族にたいして惹かれることが多いとは聞くが、実例を目にするとは思わなんだ。


 まあ、長にも早々に春が来たようであるし、目的地まではこの娘と行動を共にするのも悪くなかろう。


 しかし娘よ。幾ら長が出会いを求めているとはいえ、子供が何人欲しいかと問うのは些か早計である気がするぞ?

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