第三項 大地を往く機械の巨神(第53話)
第一部 新世界の産声編 第三章 異なる世界、異なる人々 第二節 海浜の巨神
「た、ただいま、戻り、ました……」
海上都市に向かうまでの同行者にモエギと言う妖精族の娘が加わった翌朝、妙にやつれた長が戻ってきた。
そう、たった今戻ってきたのだ。朝帰りと言う奴であるな。
「ふむ、おめでとう、と言った方が良いかな?」
にやにやとした笑みを浮かべ、長をからかう。
昨晩はモエギを我らの部屋へ招いて夕食を共にした後、モエギを部屋へと送り届ける為に出ていった長の帰りが妙に遅いと思い気配を探った所、手遅れだったので放置しておいたのだ。おかげで読書が捗った。
「わ、若返っていなかったら死ぬところでした……妖精族の方は皆ああなんですか? まるでサキュバスのようでした」
確かに、随分と盛り上がっていたようであったな。
「サキュバス? ああ、淫魔の事か。ふむ……まあ、時期によっては間違ってはいないのか?」
「時期、ですか?」
「うむ、妖精族には繁殖期と言うものがあってな。年に一度、そういう期間が生じるのだ」
「はあ、年に一度――あの、今、期間と?」
「うむ、確かひと月程度は続くと聞いた覚えがあるな。ある程度の自制は効くそうだが、一度タガが外れると孕むまで落ち着かぬそうだ」
「は、はらっ!?」
「うむ、人種と妖精族では子を成しにくいからな。気長に付き合うしかあるまい」
「ま、まさか、今夜も……」
「いや、目を覚ましたらすぐにでも求められると思うぞ?」
「えっ!? そこまで酷いのですか!?」
「うむ、個体差はあるが、なかなかに耐えがたいそうだ。ところで、一つ尋ねたいのだが――」
どうにも気になっていた点があるので尋ねようとしたところ、部屋の呼び鈴が鳴った。
「誰か来ましたね? 車掌でしょうか?」
「いや――モエギか? 入って良いぞ」
「お邪魔します。あ、おはようございます。龍王様」
件のモエギが少しぎこちない動きで入ってきた。
「ふむ……体調に問題はないのか?」
「え? あ、は、はい、問題はないです。その、少し痛みますけど……」
恥じらうように言いながら、モエギの顔が赤く染まってゆく。
ふむ、深くは追及せぬが、妖精族は繁殖期を迎えても繁殖活動に勤しむ者は少ないからな。
そういった意味では昨晩のモエギの様子はただ事ではなかったとも言えるが、同様の事例自体は散見されている為、さほど重要な案件でもない。
「そういった意味ではなかったのだが。繁殖期の影響はないのか?」
「えっと……はい。実は不思議なことに落ち着いていまして……」
「ふむ、なるほど。一晩で当たりを引くとは、長もやるではないか」
「はい? 当たりとは――ま、まさか!」
「え、あっ、え!? わ、私に赤ちゃんがっ!?」
「まだどうなるかはわからぬが、少なくとも着床しているのは間違いあるまい。モエギが落ち着いているのが証拠であるな」
「……いや、待ってください! それにしたって早すぎるでしょう! 私だって詳しいわけではないですが、一日で、その、ちゃ、着床はしないでしょう!?」
「人の生態は我も知らぬが、長の身体に関して言えば我の魔法によって若返っているのが原因やもしれぬな」
龍種である我の魔力で若返っているからな。そこらの人種よりも繁殖能力は高くなっているはずだ。
加えて妖精族は繁殖期の行為で確実に孕む為なのか、行為後から着床までの過程が非常に早いものとなっている。
「えっ、私の身体が原因ですかっ!?」
「あくまで推定の話だとも。しかし、長も伴侶を求めていたのだし子宝にも恵まれたとあって、現状は渡りに船ではないのか?」
「それは……確かに」
「であろう?」
まあ、他に挙げられる要因があるとするならば長が本来は別の世界の者であったという点であり、それが最有力候補だと我は確信している。だが、今後の事を踏まえるとあまり公言はできぬな。
よもや、世界の融合による弊害がこのような形で現れようとは思わなんだ。
長命種が長命種である所以はその繁殖能力の低さも相まっての事なのだが、異世界の者と交わることでこうも簡単に子供が成せるとなれば、いずれ人口に関わる問題が深刻な事になりかねん。
幸か不幸か、世界の融合の実態を知る者は限られているようであるが、公に広まると面倒な組織も動きだしそうであるな。
これはいよいよ国に戻る必要があるか? 流石にこの内容は手紙として出すわけにもゆかぬ。
国内にどれだけ我と同じような者が居るかもわからぬしな。
我のような存在に関しては凡その見当がついたことでもあるし、海上都市に着いたら早急に帰りの足を確保せねばならんな。
「えっと、とりあえず責任は取ってもらえるんですよね?」
「も、もちろんです! 出会って一日と経たずにこのようなことになってしまいましたが、私の妻になって貰えますか?」
「はい! 喜んで!」
「ありがとうございます……あの、私が言うのもなんですが、思い切りが良過ぎませんか?」
「大丈夫です! 妖精族は基本その辺りはのんびりなので、ボケっとしている間にお婆ちゃんになってたなんてこともざらですし、ちょっとでもいいなって人を見つけたら押し倒しなさいって恋愛上手のおばちゃんも言ってました!」
「えぇ……」
「長よ。困惑しているようだが、その娘のような変わり者は下手に理解しようと思うよりも素直に受け入れた方が上手く行くぞ。そもそも妖精族は人種のような恋愛観なども持ち合わせて居らぬし、考えるだけ無駄であるな」
「そうですか……しかし、寿命の問題はどうしましょうかね」
「あ、それなら大丈夫です。妖精族には異種族の伴侶に対して使用する魂結びの呪法があるので」
「魂結び、ですか? それはどのような……」
「魂を繋いで寿命を共有する呪法であるな。一生を添い遂げる覚悟をした相手でなければ使用できぬ制約があるが、誠実であることを強いられる呪法としても有名だな」
昔は後半の制約は存在しなかったのだが、人種の犯罪集団がこれを悪用した結果として追加されることになったのだ。
奴ら、知恵はあるくせに永遠の命を求め始める阿呆が一定数存在するからな。
そもそも、定命の運命を自ら背負ったのは人族の祖に当たる者等なのだが、それを幾度に渡って説明しても事実として受け入れようとしないから困ったものだ。
「せ、誠実とはその、浮気を禁ずるとかですか?」
「それも含めて他にも様々な縛りがあるからな。使用するのならば、しかと話し合って決めるのだな」
長であれば多少悩んだ末に使用するであろうがな。
「はい、そうするつもりです。というわけで、ちょっとだけ彼をお借りしていきますね」
「いや、話し合いならばこの部屋を使ってよいぞ。我は展望車両へ行ってくる」
「わかりました。私達も話が終わったらそちらへ向かいます」
「ゆっくりで構わぬぞ。長達は食事もまだ済ませてないのであろう?」
我は朝食をすでに済ませてあることだし、国へ戻る前に今の世界をこの目で見ておきたいのだ。
昨日の展望車両で目撃した謎の飛行物体の事も気になるが、他にも気になるものは多々見受けられたのだ。
なので少々一人で集中して考える時間が欲しいのだ。
「ああ、助かります。では後程」
「ありがとうございます。龍王様」
「うむ、じっくり話し合うと良い」
そう言い残し、我は部屋を出た。
ああいった場においては若い二人に任せて、年寄りは退散すべきであったからな。
長は助けて欲しそうな雰囲気を出しておったが、状況がどうであれやるべきことをやって子をこさえてしまったのなら、もはや責任を取る他は無いであろう。
ただでさえ子を成しにくい妖精族が孕んだのだから、モエギの方も長を逃がすつもりはなさそうであったしな。
「……今後の世界は異種族婚が流行りそうであるな」
世界が融合した影響がどの程度にわたっているのか未だ掴めぬのが不穏ではあるが、少なくとも異種族間の認識――特に忌避感がかなり緩和されているように思われる。
融合前の我が世界において異種族婚は全くないわけではないのだが、大勢においては忌避の対象となっていた。
特に混血種への迫害には大いに頭を悩ませた記憶がある。あれの対処はなかなか面倒であったな。
それが無くなったと思えば多少気は楽になるのだが、現状の認識で混血児が増えるというのは遠からず新たな種族が増えるのと同義であるからして――まあ、これが大変なのだ。
何せ混血種関連の対応で、混血種を新たな種族として認める法を我が国で作ったのだからな。
宰相が発狂してなければ良いのだが……否、奴の認識がどうなっているかにもよるな。
我や長のように融合前の認識であったら、宰相が正気でいられるかどうか。いよいよもって心配になってきたぞ。場合によっては城に帰り着いた瞬間に超級魔法が飛んできてもおかしくはない。
何かご機嫌取りの材料も用意して帰らねばならないな。だとすれば優秀な人材とかが望ましいか。人手が足りぬと常々ボヤいておるしな。
まあ、それは海上都市に着いてから考えるとしよう。今しばらくは列車での旅が続くのでな。
「む、この時間は人が少ないな」
早朝というほどではないが、それでも朝の早い時間ともなれば展望車両に来ている者は少ない。
朝の散歩感覚なのか、老人や子供が大半だ。
昨日は混雑していた為に立ち見席で済ませたが、今なら見晴らしの良い有料の展望席が空いているな。
これ幸いと、我は展望車両の受付で有料席のチケットを購入して指定された有料席へと向かった。
「む、あれはゲンブ翁か。相変わらず元気であるな」
展望席に着いてしばし外を見ているが、時折知り合いを見かけるのが面白い。
どうやら眠りに就いていたはずのかつての同胞達が活発に活動しているらしい。
幻想種などと呼ばれている我らであるが、ああして飛び回っているとまた呼称が変わりそうであるな。
人族は何かにつけて自分達の見知らぬ物事に対して名前を付けたがる傾向があるからな。
何を隠そう我やゲンブ翁の個体としての呼称も人族が付けた物である。
……討伐対象として、というのは甚だ遺憾ではあるが。
不愉快だったことを思い出していると、視界の端に興味を引く物が映り込み、我は窓に張り付いた。
「むむっ、あれは……巨人か? いや、中に人族の生命反応があるな。人型の乗り物か」
何かの工事を行っているのか、巨人と見紛うような巨体が荷物を抱えて歩いていた。
巨人と言えばかつて巨神が創り出した生命体の一つだが、我らが眠りに就いている間に人族に駆逐されて、その数を多く減らしてしまった。
奴らの多くは魔物退治に貢献していたというのに、仮初の力を得た人族にとっては魔物と同列の扱いとなっていたようだ。
その最たる原因が、奴らの一部が人種を好物としていたというものだ。
我は食おうと思ったことすらないが、一部の種族の間では珍味として好まれていたのは事実だ。
基本的に知性のある種族は食わぬのが我らの決まりだが、偏に知性と言ってもそれの有無の境が曖昧だったのも要因となっていたのだったか。特に巨人はその辺りの判断が大雑把だったからな。
「ふぅむ、改めて見ると巨神の方に似ているか……?」
人型の巨体という事で巨人が真っ先に挙がったが、あれはどちらかと言うと巨神に近い見た目をしている。
そもそも見た目からして生物的ではなかった。
この勘違いの原因は、動きの滑らかさが極めて生物的であったためであろうな。
昔見た人形遣いの傀儡に通じるものがあるが、魔力を全く感じない辺りからして長の世界の技術による物だろうか?
「機械の巨神……機神と言ったところか? 神特有の気配はないが、あの巨体を人力で動かせるというのは素晴らしいな」
しかし、あんなものを乗り回して人族同士で戦争でも起こそうものなら、あっという間に世界が戦渦に呑まれるであろうな。
流石にそこまで愚かではなかろうが、念のため我が国でも検分用に数体は確保しておいた方が良さそうだな。経験則ではあるが、ああいった物は構造を熟知しておけば無力化も容易いのだ。
以前、こちらの世界で広まりつつあった類似品は先を危惧した同胞によって徹底的に潰されていたが、奴の判断は正解だったのやもしれぬ。このような物を無秩序に使用できるような状況など、永遠に来なくてよいのだ。
有料席の使用時間をきっちり使い切って有意義な時間を過ごした我は、一般席のある通路へと戻った。
幸いにも長とモエギの気配は展望車両の内にあるようだし、さっさと合流してしまうか。
二人の気配へ向けて歩き出すと、窓の方から歓声が上がった。
ついでに酷く懐かしい気配がしたのでそちらへ視線をやると、やや遠方ではあるが窓の外にかつての同胞の一つで――あー、名は何だったか。いや、奴に固有の名はなかったはずだ。ともかく、かつての同胞が懐かしそうにこちらを見ていて、視線が合うと嬉しそうに此方へ寄って――いや来るな来るな! 貴様の巨体で潰す気か!
さしもの我も慌てて来るなと念を飛ばすと、奴はしょげ返った様子で再び距離を取りながら列車の進行方向と同じ方向へ飛び始めた。まったく、奴は昔から変わらぬな。
我らの中では遅くに産まれ、種としては獣の祖に当たる神獣種と言う種族名で呼ばれていた奴は、昔から付いていた甘え癖が全く抜けて居らぬようだ。未だ幼さを残しているのには呆れたものだが、図体は最後に見た時よりは大きくなっているようだな。
そんな幼き同胞を見て懐かしみつつも呆れていると、長がこちらへやってきた。
「ドルさん。あの生き物は見ましたか?」
「む、長か。奴なら――ん? モエギはどうした?」
「モエギさんなら、先ほどの空を飛ぶ生き物を見てますよ。ほら、あそこに」
長の指し示す先へ視線をやると、窓に張り付いたモエギが「まさかあれは神獣様!? 初めて見た!」と大層はしゃいだ様子で何かを構え――確かカメラと言ったか。カメラを構えて写真を撮っていた。
「……夢中だな」
「はい、可愛いですよね」
「すっかり骨抜きではないか。そんな調子で大丈夫か?」
「ははは、惚れた弱みですかね。出会って二日目ですが」
確かに出会って二日目ではあるが、時間としては一日と経過していないぞ。
「ふむ……」
モエギの方はともかく、あの長がここまで気を許すのは不可思議である。
互いに面識はなかったのは当然として、これは一目惚れや一夜の情で片付けられる物だろうか?
もしも二人の現状に世界の融合が関わっているとするならば、長とモエギは別の世界では夫婦や恋人のような関係だったのやもしれぬな。むしろ、そう考えた方がしっくりとくる。
世界の融合とはまた異なるが、前世の因縁と言うものが実在するくらいなのだからな。
「あっ! 龍王様! 見ました!? あれって神獣様ですよね!?」
「うむ、そうだが落ち着け。今は此方には寄ってこぬが、今しばらくはこの列車についてくるぞ」
先ほどからこちらへ呼びかける念が何度も届いてくるからな。
とりあえず落ち着けるところで話を聞かなければ収まりそうにない。
「あ、やはりお知り合いでしたか」
「長よ。確かにあれは知り合いではあるが、超常の生物は全て我の知り合いだという認識はよせ」
「「え、違うんですか?」」
声を揃えて聞いてくる長とモエギに、やはりこやつらどこかの世界では所謂似た者夫婦だったのではなかろうかと愚考する我であった。
神獣の奴が喧しいため、個室に戻って応答したところ、会って話がしたいと熱望された。
どうやら奴も今の世界に対する認識が我と同じであり、かなり戸惑っている様子であった。
……他の奴らはこの状況を楽しんでいるようであったが、こやつの気の小ささは昔から変わらぬらしい。
思わず呆れていると、人化するから乗り込んでもいいかと問うてきたので突っぱねた。
当人が自覚しているかは定かではないが、奴は大雑把だからな。最悪大事故を起こしかねん。
愚図る奴をどうにか説得し、海上都市で合流するからそこまで我慢しろと言うと、泣き言を言いながらもどうにか引き下がってくれた。どうやら多少は成長しているらしい。昔なら説得に数日かかってもおかしくはなかった。
「……とはいえ、奴の話したいことには見当がついているのだがな」
我とてそのことに関して意識していなかったわけではない。
正直なところ、面倒だから関わり合いになりたくないというのが本音だ。
なにせ、数える程度しかいなかったはずの同胞が明らかに増えているのだからな。
元からいた同胞共は積極的に絡みに行ったり暢気に静観したりと様々だが、神獣の奴はその現状に恐れ戦いた結果として我の元に参じたというのが顛末であろうな。
まあ、それに関しては問題ない。かつて失われた同胞達も原因を取り除いたため、一部を除けば復活するのは自然の理であるのだ。
神獣の奴があのようになっているのは他に原因がある。
「まさか、この期に及んで我らの同胞が増えるとは思わなんだ」
世界の理より生まれし我らが、世界の融合と言う事象と共にその数を増やすことになるとは、さしもの我も予想だにせぬ状況だぞ。




