第三項 家族の元へ(第45話)
第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第四節 密林の部族
神鳥様との込み入った話からひと月が経った。
クルルァさんへの魔法教育は当人のやる気と才能も有って機関で行われている上級魔法教育の修了まで至ることができた。
特級まで教え切らなかったのは残念ではあるけれど、流石にこれ以上滞在期間を延ばすわけにもいかない。
他の人達に関しては初級の修了まで教えることができたけれど、これが一般的な早さなのよね。
機関では魔法の才能がある者は魔法少女に成らない選択を取った者に対しても初級までの教育を修了していることが必須と言う条項があるから、後々ここの人達に機関側から接触があったとしても大丈夫でしょうね。
一応、クルルァさんには機関の連絡先を記した書面を渡しておいた。
その際に魔法関連で何か困ったことがあったら連絡するようにとも伝えてある。
書面には私の魔力紋――個人の魔力の波形を映したもので個人差がある――を刻んでおいたので、きっと役に立つはず。
要は指紋のような物だけれど、指紋より読み取れる情報が多いので機関の魔法少女は登録の際に魔力紋の写しが取られるのよね。
ただ、世界の融合に伴って機関に保管されている過去から現在に至るまでの魔法少女達の魔力紋になにかしらの影響が出ていないと良いのだけれど。
神鳥様が言うには『地形や建造物はともかく人が書いた書類とかまで手は伸ばせてないと思うよ』との事だから杞憂で終わるとは思う。
……それはそれで混乱が生じそうな気がするけれど、そこは人間側でどうにかして欲しいという事なのかしら?
それとも、神様も書類仕事が苦手だとか? 私は割かし得意な方だったけれど、同期の大半が苦手にしていたのよね。
最も、得意だからと言って好きなわけではなかったけれど。ええ、本当に。
結局、世界の融合に関する詳細までは教えて貰えなかったけれど、この現象自体は世界の危機に対して上位存在が行ったことだから、私が思うような最悪の状況になっている可能性は極めて低いとのことだそう。
その話のおかげで多少は心の余裕が出来たのはかなり大きく、ひと月掛けてやれることは全てやったつもりよ。
立つ鳥跡を濁さず、というものね。
「……これで、ようやく家族の元へ帰ることができるわね」
今日までにまとめた資料や報告書を確認し終えた私は誰にともなく呟いた。
すると、近くの止まり木――神鳥様用に作ってみたら気に入られたみたい――に止まっていた神鳥様がどこか感慨深そうに告げた。
『いやぁ、怒涛の一か月だったねぇ』
「あら、そうかしら?」
確かに忙しくはあったけれど、怒涛の日々かと問われると肯定し難くもある。
とはいえ、それは私の視点での話であって、神鳥様やここの人達にとってはまた別の話となるのでしょうね。
『そうだよ。ちょっと前までここのみんなは魔法なんて使えなかったのに、今じゃすっかり日常の一部になってる』
「魔法を使って手間が省けるのなら使わないに越したことはないでしょう?」
なにしろ、現在のここでは生活魔法がすっかり浸透してしまっている。
炊事に洗濯、掃除などの家事の手間を省ける魔法がそれなりにあるのよね。
私達の居た世界だと魔法は皆が使えるわけでもなかったし、普通に家電等を使った方が家事は捗ったけれど。
本来、生活魔法自体は魔法少女が外で長期間活動する為に造られたものだから、野外活動向きの物が多い。
ここの生活は半野外のようなものだから、今後も大いに役に立つでしょうね。
『まあ、とりあえずボクの目的は達せられたみたいだからよかったよ』
「あら、神鳥様の目的と言うのは何かしら?」
『ここの子達に外の世界に興味を持ってもらう事だよ』
しばらく過ごしてみた判ったのだけれど、ここの人達はここでの生活で完結してしまっている。
特殊な能力を持つが故の生活であったのかもしれないけれど、いつしかそれが当然のこととなって、ここでの生活が全てとなってしまったのが今のクルルァさん達――
「――今更なのだけれど、ここの人達って種族名のようなものはあるのかしら? あと、この村の名前とか」
『あははっ! ほんとに今更だねぇっ! でも残念なことに、今の彼らに何某人とか何某族のような特殊な呼び方はないかな。ここの集まりの名称も同じく無いよ』
「ああ、そうだったのね。動物と話すことができるみたいだから、何か特別な種族なのかと」
『そういう意味では特別かもね。でも、彼らの持っている力はもともと人間が持っていたものだよ?』
「もともと持っていたという事は……超能力のような物かしら?」
『ん? ちょうのうりょくって?』
「古代人が持っていたとされる力の一つね。念力だとか神通力だとか云われていたみたいだけれど、私が知っているのは手で触れずに物を動かしたり、時には壊したり燃やしたりすることもできるみたいね。他にも磁力や重力を扱う人もいるみたいよ?」
『へー、色々とあるみたいだけど魔法じゃないんだよね?』
「ええ、魔力反応や小細工なしにそう言った力を揮っていたわ」
現役時代の私が実際に相対した子は複数の能力を持っていたわね。
『なるほどねぇ、そんなことが出来たら面白そうだね』
「機関の上層部は頭を抱えていたけれどね」
『ふーん、なんか色々大変そうだね』
「ええ、大変なのよ。在野にそう言った不思議な力を持っている人がいると、何かがあった時に対応に走らなくてはならないのが機関なの」
『外の世界では機関っていう所が治安維持を担っているんだ?』
「治安維持を担う組織は他にもあるけれど、機関の場合は今言ったように不思議な力を持つ者達が起こした犯罪や事件を対象にした活動をしているのよ」
『それもそっか。ハルカちゃんみたいなのが相手なら普通の人間じゃ太刀打ちできないもんね』
「私を引き合いに出すのはともかく、まあ、そういうことね。普通の人が相手の場合は普通の人の組織が対応するようになっているの」
『きちんと住み分けができてるんだね』
「ええ、ただごく稀にだけど、規格外の凶悪犯が出た時なんかは機関が手伝ったりもするわね」
『へぇ、そんなこともあるんだ。規格外の凶悪犯ってどんな感じ?』
「特別な力を持っているわけではないのだけれど、単純に身体能力が異常に発達した人間ね」
『ああ、たまーにいるよね。素手で岩を砕いたりする人』
そうなのよね。見た目は普通の人なのに、その程度の事は易々とやってのけるみたい。
「ええ、本当に稀なことなのだけれどね」
私が現役時代に遭遇したことはないのだけれど、娘達の代で現れたのよね。
対話したこともあるけれど、生い立ち以外は普通の子だった。
確か今は国立警邏部隊のひとつの機動隊に所属しているんじゃなかったかしら?
『ここにもちょっと前までそういう強い子達が三人いたんだけどね。ボクがちょっと留守にしている間に子供達が攫われて、それを追いかけて出て行っちゃったんだよね』
「ああ、クルルァさんが言っていた誘拐の話ね。怪人がどうとか」
あの時は機関が観測していない怪異の類いかと思ったけれど、別の世界の話だったのだから知る由もない事だったのね。
『そうそう、あいつら、ボクがちょっと目を離した隙を狙ってくるんだよ。一回だけ裏をかけたんだけど、その時にやり過ぎちゃったからなのか、厄介なのは来なくなったんだよね。以降はクルルァちゃん達でも対応できてたみたいだけど、ここ最近はとんと見かけなくなったよ』
「誘拐された子供達や助けに行った人達も無事に帰ってくるといいわね」
『うん、そうだね――ん? 誰か森に入ってきたな?』
「あら、神鳥様はそんなことまでわかるの?」
『まあね。ただ、奴らには通用しなかったけど』
少し自慢げにしながらも、例の襲撃者の存在を口にする際には悔し気な感情が滲み出ていた。
神鳥様のような超常存在の感知から逃れる手段を持っていたともなると、それなりに強大な組織だったのかしら?
「それだけ厄介だったという事ね。それで、今回はどうなのかしら?」
そう尋ねると、神鳥様は目を瞑って集中し、じんわりと発光し始めた。
この一か月で発光現象は何度か目にしたけれど、なかなか慣れないわ。
『うん、ちょっと待ってね……えっ、どういうこと!?』
集中した様子で何かを探っていた神鳥様の目が見開かれ、激しく明滅しながら七色に光始めた。
どういう事かと言われても、それはむしろこちらが聞きたいのだけれど。
この発光パターンは初めて目にするから、どういう感情なのかもわからないわ。
「どうかしたの?」
『……こんなことってあるんだね。さっき話した三人が子供達を連れて戻ってきたんだよ』
「あら」
噂をすれば影が差す――という諺があるけれど、本当に当人が現れる事ってなかなかないんじゃないかしら?
それから、神鳥様の知らせを受けたクルルァさん達が出迎えに行き、ほどなくして見慣れない三人の大人と子供達を引き連れて戻ってきた。
三名のうちの一人、唯一の女性が止まり木に乗っている神鳥様の所までやってきて跪いた。
「神鳥様、戦士長が一人、ウララ、ただいま帰還いたしました」
『うん、おかえり。よく帰って来てくれたね』
「はっ、救出が間に合わずに子供らには数名の犠牲が出てしまいました」
『それは仕方が無いよ。君らも相当な無理をしたようだし』
「……いえ、この程度のことは子供らを救う為なら厭う事もありません。それに、我らもまた救われた身でもあります」
『そっか、君達がそうしていられるのは、その人に助けてもらったからなんだね』
「はい、私は正気でいられましたが、グララとゼララは怪人化に耐えられずに正気を失っていました」
どうやらウルルさん達は怪人と言うものになってしまったみたいね。
見た目は普通なのだけれど、異質な雰囲気を感じるのよね。
魔力も普通とは違うようだけれど、魔女や異形に近しい感じがするわね。
『今は元気そうだけど――というか、グララ君がクルルァちゃんと一戦交えそうな雰囲気なんだけど!?』
「……は?」
「あら、クルルァさんたら張り切ってるわね」
クルルァさんの魔力が昂っているのを感じるわ。
どうしても勝ちたい相手がいると言っていたけれど、グララさんと言う方がそうなのかしら?
クルルァさん達の戦いは結局行われることはなく、ウララさんの仲裁と言う名の武力行使によって鎮圧された。
その際に腕だけを怪人化させたウララさんを見ることができたのだけれど、あれは外皮が変質しているのかしら?
となると、全身を変異させたら服が破けてしまいそうね。だから腕だけに留めたのかしら。
私達の変身なんかは魔力を用いて衣服ごと肉体を変化させているけれど、先ほど見た怪人化の際に魔力の動きは感じられなかった。
ウララさんのご兄弟は怪人化の際に正気を失ったことがあると言っていたから、肉体への負担は間違いなくあるのだと思われる。
これもまた機関に知らせてあげた方が良い案件なのかもしれないけれど、流石にこれ以上となると機関の情報部がパンクしかねないわね。
そもそも、神鳥様の話だと四つの世界が融合しているだろうと言う話だから、私の報告を持ち込むまでもなく大変なことになっているかもしれない。
これだと帰ってからもしばらくは忙しくなりそうね。
家族の事もあるから早く帰りたくはあるのだけれど、もし手伝わされるとなると少し憂鬱だわ。
……家族の無事を確認できたら旅に出ようかしら? ちょっと考えても良いのかもしれない。
とはいえ、それは帰ってから考えたらいい事なので、目の前の問題をどうにかしないと。
「ええと、ウララさん、だったかしら?」
「ウララとお呼びください」
「あの、ウララ? なぜ貴女はそんなに畏まっているのかしら?」
「皆に聞いたところ、ハルカ様の手腕により魔法を授けられと伺いました」
「ああ、そのことね。別にいいのよ。基礎の魔法を教えたくらいだもの」
「クルルァに至っては魔法少女というものになる素質を秘めており、いずれは神鳥様に仕える巫女に成れるやもしれぬとも伺っています」
「ええ、そうね。クルルァさんには才能があったみたいだから飲み込みも早かったわ」
「はい、我らの中からそのように優秀な者が排出されるのは喜ばしい事です。そこで相談なのですが――」
「ごめんなさいね。ウララさん達が魔法を使うのは難しいと思うの」
「……どうしてもですか?」
「ええ、魔力の質が違うと言うのかしら……少なくとも、私に教えられることはないのよ」
ウララさんとそのご兄弟は怪人化の影響なのか、魔力の質が常人の物と異なるのよね。
性質としては異形の人達に似たものがあるのだけれど、それともまた少しだけ違う感じね。
もしかしたら魔女の方がウララさん達に近い魔力の性質をしているかもしれないわね。
彼女らは魔女になる過程で魔力の変質を経ているから、怪人化によっておそらく魔力が変質したのであろうウララさん達と似た魔力の性質を持っているのではないかしら。
「そう、ですか……残念です」
なんだかとても残念そうだけれど、そんなに魔法を使って見たかったのかしら?
肩を落としているウララさんだけれど、彼女のご兄弟――弟さんかしら――はカラフルに光る神鳥様を頭の上に乗せて子供達と一緒に火を囲うように踊っている。
そして、お兄さんの方は何やらクルルァさんと良い雰囲気になっているみたい。
あらあら、若いっていいわねぇ。
――ああ、今は帰ってきた子供達やウララさん達を歓迎する宴の最中なのよ。
長らく……それこそ数年は連絡もなかったそうだったから、かなり盛大な宴となっている。
そして、この宴の主役の一人であるはずのウララさんはどうしても魔法が使いたかったのか、ずっと私の傍にいたと言うわけね。
それにしても、魔法に対するこの反応には覚えがある。
「もしかしてウララさん、今の世界に違和感を抱いているのかしら?」
「っ! ハルカ様もですかっ!?」
「ああ、やっぱりそうだったの。でも大丈夫よ。私だけではなく、神鳥様やクルルァさんもそうなの」
「おぉ……神鳥様とクルルァも、ですか。やはり、そう感じている者は少ないのですね」
「ええ、詳しいことを話すと長くなりそうだから、あとで神鳥様に聞くといいわ。それより、ウララさんに聞きたいことがあるのだけど」
「私に、ですか?」
「ええ、外から帰ってきたウララさんに外の様子を聞きたいの。世界がこうなってから私はずっとここにいたから、外がどうなっているのか気になるのよ」
私がそう言うと、ウララさんは「ああ……」と、遠い目をする。
……どうやら、外の様子はそれなりに様変わりしているみたいね。
「わかりました。私の見て来たものを話します」
そうして聞かされたのは融合によって変わってしまった世界の事で、特に興味を惹かれたのが私もよく知っている街の事だった。
「海上都市は私の知っている街とあまり変わらないみたいね」
「そうなのですか?」
「ええ、でもウララさんの知っている街とは大きく変わっていたのよね?」
「はい、私の知っていた街は寂れた倉庫群という様相でした。見間違いという事はないはずです」
「詳しくは神鳥様に聞いて欲しいのだけど、どうにも今の世界は四つほどの世界が融合してできたものだそうよ?」
「世界が、融合……? それでは、あの街の有様は他の世界の物だという事でしょうか?」
「そういう事でしょうね。お店がたくさんあったという事だから、私の知っている海上都市とよく似ているわ」
「つまり、ハルカ様は別の世界の方なのですか?」
「そうなるわね」
「なるほど、それで魔法を……」
「ええ、そうね。それでも、私の世界では魔法というのは一般的に知られている技術ではあるけれど、誰もが使えるようなものではなかったのよ」
「……では、ここの者らが皆使えるようになっているのは?」
「私の知識上で言えば異常事態と言えるけれど、状況から判断するにこれが普通なのでしょうね」
「誰もが魔法を使えると?」
「正確には、大多数の者が初歩的な魔法程度なら扱えるという状況ね」
「本来はどの程度なのでしょうか」
「機関――ああ、私が居た世界の組織なのだけど、そこの調査結果によると魔法の才能は若年層の一部の女性にのみ発現し、一度魔法の才能が発現した後は個人差はあるけれど、徐々に衰えながらも老年期まで持続するそうよ」
それでも例外はあったけれど、それこそ例外と言われるケースだけに数には含まれてはいないのよね。
「たったそれだけの状況からこうなると言うのは、確かに異常ですね」
「ええ、だからこのことから予測されるのは融合した世界の一つに大半の人、或いは誰もが魔法を普通に扱える世界があったと考えるのが自然よね?」
「そうなのでしょうね。少なくとも、私は世界がこうなってしまうまでは実際に使える魔法というのは目にしたことがありませんでした」
「神鳥様曰く、大昔にはあったそうだけれど、廃れてしまったそうね」
巫女が居た時代は――などと言っていたからそれなりに昔の事なのだろうけれど。
「なるほど、巫女の話は伺っておりましたが、我々の世界にも魔法が存在していたのですね」
「そうなんじゃないかしら? ところで、ウララさん達は怪人化した際はどのように戦うのかしら?」
ウララさん達からは異質な魔力を感じるけれど、それらを使っているわけではなさそうなのよね。
この魔力は怪人由来の物なのかしら?
「我々の場合は怪人化によって向上した身体能力と変身することによって生じる外骨格が主な武器で、怪人化した者の中には特殊な能力を持つ者も居るようでした」
「特殊な力というと、どのようなものかしら?」
「そうですね……わかりやすい物だと自身の血液を武器にする能力で、結社の総帥ともなると時空を操るなどと言われていましたね」
「随分とまた両極端な……」
血液を操る能力なら異形にもいたけれど、時空を操るともなると神に匹敵する力を持っているような物じゃないの。
「ああ、それと、これは怪人に限った物ではないのですが、気という概念を用いた技術もありますね」
「それはどういうものなのかしら?」
「私も触りだけ教わった程度なので不明瞭なのですが、自身の命から力を引き出すようなものだそうです」
「命? 流石にそれは危なくないかしら?」
「いえ、命とは言っていますが致死量に至る程の使用はできないそうです。使った分は自然回復するのだとか」
「健康的な被害はないの?」
「気を使いこなすことができるようになると歳を取らず、病気にもならず良いこと尽くめだといわれました」
「なんとも胡散臭いけれど、似たような謳い文句を聞いた覚えがあるわね……」
今思い出したけれど、怪人化ならぬ異形化した者達で、自らを神仙と称した人達が似たようなことを言っていたわね。
私が若い頃に機関の敵対勢力として出てきたから撃退はしたけれど、今はどうしているのかしら?
ウララさんの言った事が事実なら、今もどこかで暗躍していてもおかしくはないわね。
それにしても、あんな癖の強い人たちの事を今の今まで忘れていたなんて……歳を取ると物忘れがひどくて困るわ。
「気の扱いはまだ未熟ですが、わかりやすいものを実際にお見せしましょうか?」
「あら、いいの? ではお願いできるかしら」
「はい、それでは少し準備がありますのでお待ちください」
お願いすると、ウララさんは準備のために部屋を出て、ほどなくして戻ってきた彼女の手には水の入った硝子のコップとこの近辺でよく採れる薬草が一束分乗ったお盆が携えられていた。
『何か面白そうなことするんだって?』
ついでに肩には神鳥様が乗っていたけれど。
「ええ、ウララさんに気という物を使う所を見せていただくの」
『なにそれ面白そう! 気って気功術の事だよね? ウララちゃんってばいつの間に修得したのさ?』
「いえ、まだ初歩的な物しか扱えませんので、修得したとはとても」
『そうなんだ? でもいいよ! ボクにも見せて!?』
「わかりました。それでは、まずはこのコップの中に薬草の葉を一枚浮かべます」
『うんうん! それで!?』
「次に、このようにコップの両端に手をかざします」
『それで次はなに――もがぁっ!?』
「神鳥様、少し黙っていてくれるかしら?」
余りにうるさくて口を塞いだけれど、神鳥様って実際に発声しているわけじゃないのよね。
ただ、あまりうるさいとウララさんが集中できなさそうなのよ。
実際、口には出さないけれど感謝の意を込めたと思われる会釈をしてきたもの。
「おほんっ、次は両手に気を集めます。このように気を一点に集める業を集気と言います」
「……あら? 目には見えないけれど、何らかの力を感じるわね。ほんのりと温かいような」
「流石です。この状態を維持すると気の性質に見合った変化が現れますので、少々お待ちください」
そうしてしばらく観察を続けていたのだけれど、ふとこの光景に見覚えがあることに気付くと同時に思い出した。
そう言えば、この気を見ると言う方法、昔うちの子が読んでいた漫画の一場面に似てるわね。
『……なんか水の色が変わってきたね』
「ええ、ほんのりと色付いてきてるわね。緑色だから、薬草の色かしら?」
「……はい、私の気の性質は【抽出】なので、薬草から薬効を抽出しました」
『へぇ、じゃあ、薬湯を作るのが簡単になるってこと? これはお湯じゃなくて水だけど』
「お湯を沸かさずに薬湯と作れると思えば便利なのかしら? 水出しだと時間が掛かるものね」
ここの人達は傷病に対して薬湯というものを使っていて、これは長期保存に向いていないから一から作ることになるのだけど、ウララさんの気を用いればすぐに用意できるようになるわね。
『そうだね。でもなんていうか……地味だよね。もっと派手なのを想像してたよ』
神鳥様には期待外れだったのか、がっくりとした様子で頭を下げている。
心なしか羽の色合いもくすんで見える気がするけれど気のせいよね?
「あら、十分すごいと思うけれど。ところで、気の性質と言っていたけれど、個々によって違うのかしら?」
「はい、気質というものだそうですが、初心者の内は性質云々は気にする必要が無いとも言われています」
「そうなの?」
「はい、まずは気の扱い方を習熟するべしと言われました。先ほど見せた集気などの基本的な業を習熟するまでは気の使い手としては赤子のようなものだとも」
「なかなか大変そうだけれど、その辺りは魔法と通ずるものがあるわね」
「それは詳しく聞きたいところですが、私には使えないのですね……」
「ごめんなさいね。少なくとも私には教えられそうにないの。ただ、ウララさんの魔力は私の知っている異形という存在の物と似通っているから、彼らに教わることができたら魔法のような力は使えるようになるかもしれないわ」
「ほ、本当ですかっ? そのかたとはどこに行けば会えるのでしょうか!?」
「異形の人達が住む異形の里と言うのが世界各地にあるけれど、行こうと思って行けるような場所は少ないの」
現在の異形の里は世界各地と言えども機関で把握しているだけでもほんの数か所しかない。
今は確か八か所だったかしら? 二、三年毎に増えたり減ったりでこの辺りの数字を行き来するのよ。
これは異形の人達の生態に由来することだから仕方のない事なのだけれど……今の世界だとどうなってしまうのかしら?
……本当に現役復帰の線が見えてきそうだわ。
「そうなのですか……」
残念そうにしているウララさんだけれど、もし行けたらすぐにでも出ていきそう。
「機関の職員だったら手続きを通して行くことは可能なのだけれど、一般の人が行けそうな所となると一か所しかないわね」
とはいえ、あそこは一般公開されていても表向きは異形の人達はいないことになっているのよね。
「それはどこに……?」
「その異形の里の名前は夢幻島。別の名をドリームアイランドと言って、表向きは普通の遊園地を運営しているところね」
「ゆ、遊園地……? 遊園地と言うと、あの遊園地ですか?」
あら大変。ウララさんの語彙力が低下してしまったわ。
とはいえ、流石に耳を疑うわよね。私達も初めて聞いた時は似たり寄ったりの反応だったもの。
「そちらの世界と同じものかはわからないけれど、遊園地よ」
「念のため確認をしておきたいのですが、その遊園地というのは家族連れや恋人同士、時には学生や旅行者の団体でにぎわう遊興施設の事ですよね?」
「ええ、その遊園地で間違いないわ。異なる世界で同じ呼称なのはここで考えるのはよしましょう」
偶然か、それともウララさん達と私達の世界が似通っているのかは気になるけれど、知らないことが多すぎるものね。
「それもそうですね。しかし、遊園地とは……随分と思い切ったことをしますね」
『ねえねえ、遊園地ってなにっ!? なんか響きだけで心が躍る気分なんだけどっ!?』
大人しくなっていた神鳥様が遊園地という響きに昂ってしまっているみたい。
いまだかつてないほどに発光しているわ……! でも、ちょっと眩しいわね。
「神鳥様? ちょっと眩しいから光を抑えてくれないかしら?」
『あ、ごめんごめん。それで、遊園地ってどんなところ? 遊ぶところなんだよね?』
「ええ、そうよ。呼称こそ同じだけれど、内容までは同じかわからないからウララさんも説明してくれる?」
「はい、構いませんよ」
そうして私とウララさんで遊園地について説明を行った結果、双方の世界の遊園地は微細な違いはあれどおおむねは同じ施設であることが分かった。
主な違いはアトラクションの名称だとか、本当に些細な部分だけだったわね。
『外にはそんな面白そうな所があるんだ! ボクも行ってみたいなぁ』
「神鳥様も行くとなるとペット入場可能な所じゃないとだめじゃないかしら?」
『あー、やっぱそんな扱いになっちゃうよね。人化の術が使えたらよかったんだけど』
「あら、神鳥様達の世界にもそういう術があるの?」
『魔法と一緒に失伝しちゃったけどね。あーあ、昔教えて貰えた時にサボらなければ良かっ――ん? も、ってことは、そっちにもあるの!?』
「異形の人達が使うものがあるけれど、神鳥様の場合はどうなるのかしら……?」
分類としては鳥類なのかしら? 神性はあるようだけれど。
『ボクの場合は神獣とかにあたるから、ボクと似たような存在が人化できていたら同じ術で行けるはず!』
「神獣……そう言えば八咫烏の子がいたけれど、女の子の姿をしていたわね」
そうそう、ドリームアイランドのショーにそんな子が出演していたわね。
彼女の炎を使った芸は見た目が派手で綺麗だし、迫力もあって人気なのよね。
『うぇっ! よりによって八咫烏ぅっ!? ボクのライバルじゃないか!』
「神鳥様、ハルカ様の世界の者なので他人――いえ、他烏です」
「あら、ライバルっていうのはどういう事かしら?」
『あいつとは昔、太陽神様の使いの役目を争い合った仲なんだよ。ま、ボクが勝ったけどね!』
ああ、そちらの世界では神鳥様が八咫烏の位置に収まっているのね。
思わぬ繋がりに少し驚いたけれど、同じ太陽神様の使い同士なら仲良くやれるんじゃないかしら?
そう思ったのは私だけではないようで、ウララさんが神鳥様に言い聞かせるように話している。
「神鳥様、同じ太陽神様の使いなのですし、この状況を確認し合う為にも夢幻島と言う所へ向かいべきでは?」
『ウララちゃんは魔法を覚えたいだけでしょ。まったくもう……とはいえ遊園地は楽しそうだよね!』
「あら、それなら海上都市まではウララさんもご一緒する?」
「夢幻島というのは海上都市から近いのですか?」
「ええ、それもあるけど、正確には海上都市からしか夢幻島には行けないのよ」
「今のあの場所には様々な移動手段がありますが……やはり船でしょうか?」
『船かぁ……外には他にも列車とか飛行機っていうのがあるんだっけ? あとは自動車っていうのも』
「あ、自動車と言えば我々が乗ってきた物を森の外縁に止めてありますので、後程処遇を決めさせてください」
『うん、いいよ。それで、夢幻島っていう所にはどうやって行くの?』
「それは着いてからのお楽しみね。ところで、自動車があるのなら神鳥様に乗っていく必要はなさそうだけど」
以前クルルァさんに見せてもらった地図の通りであれば陸路で向かう事も可能に思えるのよね。
『そこはボクに乗って行こうよ!?』
「私も神鳥様の意見を推奨します。海上都市まで陸路で向かうことは不可能ではないのですが、近辺の港町から高速船に乗った方が圧倒的に早く着きます」
『そしてボクは船よりも速いよ! ねっ、お得でしょ!?』
「そういうことなら予定通り神鳥様に乗って行った方が良さそうね」
それに、外の状態が地図の通りとも限らないわけだし、神鳥様に乗って空路――でいいのかしら?
ともかく、空を行った方が迷う心配もないでしょう。
『森の外を飛ぶのは久しぶりだけど任せてよ!』
「案内は私もできますのでご心配なく」
「ええ、二人ともお願いね」
道中に若干の心配はあるけれど、海上都市に行くことさえできたら問題はないわね。
何より心配なのは、神鳥様の飛行能力がどの程度かっていう所なのよねぇ。
ここで初の一万文字超過
神鳥様のキャラが強すぎる……




