第一項 よく似た母娘(第39話)
第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第三節 雪女とUMA
燈牙視点
「ふう……まさかこんなことになるとはな」
雪女の村落にある温泉に浸かりながら、ここに来てからの生活を思い直す。
遭難生活を終えてお雪さん達が住んでいる村落へと招かれてから一週間が経っている。
彼女らが雪女だと言うのは事実のようで、それを示すかのように村落内にはお雪さんのような見た目の女性しか見かけない。
彼女らは皆一様に若々しく、白い肌に白や青の髪色、瞳も赤や青と言う色合いの者が大半だ。
ただ全員が雪女というわけではなく、氷女という上位種? と言われる者達も居るらしいが、見た目による違いがよくわからなかった。
そもそも、俺の知っている雪女と彼女達は全く異なる存在のように思える。
彼女らは普通に火を扱うし、何なら湯に浸かることも可能で、外見を除けば普通の人と何ら変わりない。
死んだら溶けて消えるようなこともなく、身体が氷のように冷たいという事もない。
ただ、雪女らしい能力は有してはいるようで、吹雪を起こしたり雪や氷を生じさせると言った芸当が可能だ。
そしてなにより、俺の知っている雪女は御伽噺や創作上の存在でしかない。
こうして実在する以上はどこかの国の者なんだろうが、俺の住んでいた国に生まれながらにあのような外見をしている者はいないし、居たらちょっとした騒ぎになっているだろう。
なんなら、どこの国にも存在しないような髪の色をしている者も居る。天然で青い髪など初めて見た。
言葉が通じていることから異国の者というわけではないように思うんだが、俺のような黒髪と黒目の黄色人種は珍しかったのか、ここに来た当初は妙に観察されている気配があった。
もっとも、その理由は俺の外見云々ではなく別の部分にあって――
「トーガさん、お湯加減はどうですか?」
お雪さんがしれっと入ってきた。当然のように裸で。
こちらとて男ではあるが、やることをやってしまった為か、特に動揺はしなかった。
我ながら淡白な男だとは思うが、この忌々しい肉体はともかく精神的な年齢で言えば六十に差し掛かる頃だ。
先日は自身の身体と抗えない衝動のせいで暴走はしてしまったが、流石に落ち着いている。
「ん? ああ、問題ない。こちらこそ、迷惑をかけてすまないな」
俺が浸かっている温泉はこの村落においては共用の物である為、男女の区別がない。そもそも男が存在しなかったというのもあるのだが。
そんな理由もあって男湯と女湯に分かれているような造りではないこの温泉は、俺がやって来てからは俺の入る時間が決められ、こうしてお雪さんの監視の元に浸かることが許されている。
最も、お雪さんが監視するのは俺ではなく乱入しようとしてくる村落の女性達に対してだったが。
今もおそらくは村落の女性達を牽制してきたであろうお雪さんは苦笑しながら答えた。
「いえいえ、みんな男性が珍しいだけですよ」
ああ、そうだった。俺が妙に注目されていたのには理由があった。
雪女という名称が示すように、彼女達には女性しかおらず、男性が生まれる事も無い。
そんな彼女達が住む村落である為に俺という存在は異端であり、同時に貴重な存在でもあった。
「飢えた獣に狙われると言うのはあのような感覚だったんだな」
飢えた獣と言えば結社の怪人にされた後、飢餓に支配されて人喰い鬼となった男が居たな。確か、獣鬼と言われていたか。
風の噂では俺とは別の怪人に処分されたそうだが、今思えばあれも哀れな被害者の一人に過ぎなかったな。
「その、男性がここを訪れたのは数十年ぶりでしたので……」
お雪さんが恥ずかしそうに呟いた。
俺と同様に、彼女自身も暴走した身であるのを自覚しているからだろう。
彼女達が俺をやけに観察していたのは俺自身の珍しさと共に、繁殖相手に足るか否かという理由からだったらしい。
女性しか存在しない雪女が子孫を残すには他種族の男性を頼る他は無いという事だそうで、通常であれば繁殖相手を求めて山を下り、人里で適当な相手を見繕い、子を宿してから山に戻ってくるのだそうだ。
無論、彼女達が住む山に人が来ないというわけではないのだが、この山は険しいのに加えて年を通して雪が降り積もっているとのことで、余程の物好きか死にたがりでもない限りここまで来る者は居ないという事だ。俺の場合は後者だったわけだが。
そうして遭難したところをお雪さんに見つかり、しばらく観察された結果、そういう相手として認められたらしい。
「お雪さんに関しては責任を取るが、それ以外の相手までは無理だぞ。倫理的にもな」
「あー、一夫多妻というものでしたか? その点は心配しなくてもいいですよ。ここではそもそも婚姻関係自体がないですから」
「そうか。いや、そういう問題でもなくて……ん? お雪さんには夫が居たはずでは?」
「はい、大昔に死別しましたが、人族の夫が居ましたよ。ちょっとだけトーガさんに似ている方でした」
「そうか。しかし、その男はよくここまで来たな」
「ふふっ、自殺目的だったそうですよ? そこもトーガさんと似てますね」
「いや、笑い事じゃないんだが……しかし、それがなぜ夫婦に?」
「最初はそのつもりはなかったんです。若い男が来たから適当に誘惑して精魂尽き果てるまで搾り取るつもりでした」
「さらっと恐ろしいことを……それで?」
「その人……死んだ夫は病気だったんです。不治の病でした」
「そうだったのか……」
「そこで、どうせ死ぬなら私を孕ませてからにしないかと提案しまして」
「……(俺はどういう感情でこの話を聞けばいいんだ……?)」
「すると彼は『だったらついでに結婚もしてほしい』と言いまして、人族の真似事ですが、婚姻関係を結ばせていただきました」
「で、私が生まれたってわーけ!」
何の気配もなく全裸の女が湯の中から飛び出してきた。
当然、この女も雪女なのだろうが、お雪さんや村落の雪女達とは何か異質なものを感じる。
「誰だっ!?」
「あ、どーも初めまして。そこの母の娘でーす」
なんというか……言動が軽いな。ん?
「……娘?」
そういえば、子供がいるような話を聞いた覚えがあるな。
すでに成人して家を出たとは聞いていたが、こちらはお雪さんと違って少女というよりは大人と言える外見だった。
なんなら見た目だけならこちらの方が母親に見えるという始末だ。
「あら、みぞれちゃん。帰ってきたの?」
「うん、ただいま。で、この人誰? 私が貰ってもいい?」
「その人は私のだから駄目よ」
「勝手に人の所有権を主張しないでくれ」
「えぇっ!? だって責任取ってくれるって言ったじゃないですか! 酷い!」
「えっ! この人、お母さんに手ぇ出したの!? ロリコンじゃん! 変態!」
……ああ、この感じは間違いなく母娘だな。なんともよく似た母娘だ。
しかし、お雪さんの事で一言物申したい。
「待て、お雪さんはロリの範疇には入らないだろう」
顔立ちは確かに幼い。しかし小柄ではあるが、身体つきなどの全体的な見た目から年齢は辛うじて二十歳でも通じるはずだ。いや、それでも厳しいか……?
「いやいや、確かにおっぱいは大きいけどこんなちびで童顔なお母さんが成人してるわけないわ!」
「ちび……童顔……」
娘の口撃にお雪さんがダメージを負っていた。
「いや、これだけ大きな子供が居たら成人はしているだろう。お雪さんは立派な大人の女性だ」
「で、ですよね!」
「いや、ただの冗談にここまで真剣に返されるとは思わなかったわ。お母さんも真に受けすぎ」
「む、そうだったのか」
「昔はもっと素直な子だったのに……」
「ま、私もここを出てから色々あったからね。お母さんは元気……なのは見てわかるけど、まさか男の人がここにいるとは思わなかったわ」
「お雪さんに助けられてな。少し前から世話になっている」
「へー、じゃあ、私のお父さんとおんなじ感じ?」
この子は自分の父親が自殺目的でこの山に登ったことを知っているんだろうか?
「……まあ、そんなところだな」
「ふーん、じゃあおじさんもすぐ死んじゃうんだ。お母さんを置いて」
なるほど、そっちか。
「いや、まだ死ぬ気はないぞ?」
「トーガさん……」
妻と子供の墓参りをしておきたいし、それが済んだら残り少ない寿命はお雪さんに捧げるつもりだ。
それと、奴との戦いも残っていたか……まあ、そちらはどうなるかわからないが。
正直なところ、あとどれくらい生きられるのかわからないのが少々怖い所ではあるんだがな。
「それならいいけどさ。ところで、トーガさんだっけ?」
「ああ、百鬼燈牙だ。燈牙でいい」
「ナキリトーガ……? もしかして転生者?」
「転生者? なんだそれは」
「あー、名前の響きがそれっぽかったから。違うならいいや、それで、燈牙さんは人族でいいの?」
人族という表現がいまいちわからないが、人間かどうかと言われたら違うな。
「いや、こう見えて怪人だ。昔、結社――とある組織に改造された」
「そうそう、トーガさんって見た目は人族なのにすごく強いのよ。怪人族っていうのは私も知らないけど」
「いや、そんな種族居ない……と思うけど、そもそも怪人ってなに? あと、結社っていうのも知らないんだけど」
「結社を知らないのか?」
「私はトーガさんから聞いたのが初めてでしたけど、みぞれちゃんは何か知ってる?」
「うーん……関係あるかはわからないんだけどさ。ちょっと前から色々とおかしなことになってて、それがどうにも気になったからここに戻ってきたのよね」
「おかしなことって?」
「私が知ってる限りでは知らない種族や国、地名なんて物が突然出てきてるらしいのよ」
「そんなことがあるの?」
「あるみたいよ? で、こっからが不思議なんだけど、それに違和感を抱く人とそうでない人が居るのよ。ちなみに私は違和感がある方ね」
「そうなの?」
「そうなのよ。で、お母さん達も何か違和感はないか聞いてみようと思って帰ってきたら……」
「俺が居たわけか」
「そう。で、話を聞いてみたら怪人とか結社とか、聞きなれない単語を連発する人だったわけで」
「なるほど。正直、俺も気になっていたことはかなりある。それこそお雪さん達の事とかな」
「私達の事ですか?」
「ああ、そもそも、俺の知っている雪女というものは妖怪の一種であり、そもそも創作上の存在として語られている」
「妖怪、ですか? 創作上というと……えっ、私達って実在してないんですかっ!?」
「いや、お母さんも私もここにいるじゃん」
「で、でも、実は自分の見ている者が全て夢だなんてことは痛いっ! なんてところ抓るんですか! とれちゃったら大変ですよ!?」
本当にとんでもない所を抓っていた。具体的な部位を口にするのは憚られるが。
「これくらいじゃとれないから平気よ。で、夢は覚めた?」
「この痛みは間違いなく現実です……」
「じゃあ、話を戻すけど。燈牙さんってどこに住んでたか言える?」
「ああ、今は家なしだが、日乃本国に住んでいた」
「ヒノモト……? 私は外に出た事が無いから知らないけど、みぞれちゃんは聞いたことある?」
「……ないわね。知らないだけかもしれないけど、それって大きい国だったりする?」
「いや、小さな島国だ。ただ、大国を相手に余裕で打ち勝つ程度の軍事力は保有しているな」
攻めにくい島国であるという事に加えて、あの国の科学力は世界各国の十数世代は先を行っていたそうだからな。
その要因の一つが結社だったと言うのが笑えない所だが。
「その日乃本国以外の国の名前は分かる?」
「大きな所だとガメリア大公国にロシエト連邦国……ほかにも必要か?」
「どちらも聞いた事が無いです」
「同じく。じゃあ、統一国家グレイシアって知ってる?」
「統一国家? 聞いた事が無いな」
「えっ、本当に知らないんですか?」
「ああ、知らないな。名前からして相当大きな国なんだろうが」
「大きいも何も、文字通り世界を統一した国の名前よ? 何なら知らない方がおかしいくらいに有名だけど」
「それは……確かにおかしいな。となると、俺はどこか別の世界にでも来たのか?」
「そんなことがあるんですか?」
「私が知っているのだと、転生者っていうのがこことは別の世界から生まれ変わりでこの世界の生き物として生まれるっていうのがあるんだけど、燈牙さんは違うのよね?」
「生憎と、転生などというものはした覚えはないな。結社の総帥と戦って、奴が開けた次元の穴を塞いだ所までは覚えてるんだが、その後に気を失って気付いたらこの山にいた。だから、世界を跨いでいてもおかしくはない……と思う」
「え、なにそれこわ……燈牙さんってそんなのと戦って勝ったの?」
「辛勝といった所だがな。まあ、そんなわけだから、ここが別の世界だと言われても驚きはしないが、そうなると少し困ったことになるな」
「なにかあるの?」
「妻と子供の墓参りに行きたい。それと、ある約束をしている者が居る」
「あー、それは……」
「で、でも、まだ別の世界と決まったわけじゃないんですよね?」
「そうだな。偶然、互いの知識がかみ合わなかっただけという可能性もある。少なくとも、こうして言葉は通じているしな」
「ああ、それもそうか……って、それを言うならたまたま言葉が通じちゃったっていう可能性もあるけど」
「……それを言われると痛いな。とはいえ、確認するにも……ん?」
痛い所を突かれ、思わず視線をそらした先、夜空に浮かぶそれを見て、疑惑が確信に変わると同時に、新たな疑問が浮上した。
「どうしたんですか?」
「……この世界、お雪さん達の住んでいる世界の月は幾つだ?」
「えっ? 月ですか? 二つですけど」
「……そうか。じゃあ、あれはなんだ?」
お雪さんの答えを聞いた俺は、夜空に浮かぶそれを指さした。
その指先を負うようにみぞれが胡乱げに視線をやり――
「んー? はぁっ!? 月が三つに増えてる! なんで!?」
よほど驚いたのか、大声を上げ、その隣にいたお雪さんは確認するように月を一つずつ指さしている。
「あれが詠月で、そっちが澪月……あの黄色い月は?」
「なるほど、赤い月と青い月があるのか」
「もしかして、あの黄色い月って……」
恐る恐る訪ねてくるお雪さんに、俺は頷いた。何度も見たものだ。見間違うはずはない。
「ああ、俺の知っている物と同じ月だ。お雪さんが言ったような特別な固有名詞はないがな」
「じゃあ、なに? 燈牙さんの世界の月までこっちに来ちゃったってこと?」
「そうなのかもしれないが、もしかしたらもう少し大事になっているかもしれんな」
仮説に過ぎないが、おそらくこの考えが一番しっくりとくる。
「それって?」
「世界が融合している。というのが俺の推測だ」
「いや、いくら何でも規模がでかすぎ……でも、あれを見ちゃったらそれが一番しっくりとくるのよね」
「世界が融合……? あ、じゃあ、トーガさんのお墓参りも何方かとの約束も大丈夫そうですね!」
「いや暢気か! って、それより世界が融合してるのに何で気付いてない人が多いのよ!」
「あくまで仮説だ。それに、みぞれが言うにはこのことに違和感を抱く者とそうでない者が居たんだろう?」
「あ、うん。違和感を抱く方が圧倒的に少数派なんだけど……」
「ここに三人いるな」
「……そんなことある?」
「そういうものなのかもしれないな。とりあえず、俺は身体の調子が整うまで動くに動けないが」
変身はまだ使えそうにないし、今後もできる限り使わないようにしないとあっという間に寿命が尽きてしまうな。
「えっ、燈牙さん。そんなに身体の調子悪いの? 無茶しないでよ?」
「そうですよ。無理しないでくださいね?」
「ああ、大丈夫だ。それにしても、そうして並んでいると改めてよく似た母娘だな」
「でも母娘逆に見えるでしょ?」
「そ、そんなことないですよね?」
「……黙秘する」
流石に外見年齢はどう見たところでお雪さんの方が若々しく見えてしまうのは否めない。
「ほら、やっぱりお母さんは幼いってさ」
「そ、そんなことありませんっ! それを言ったらみぞれちゃんだって老けてるってことになりますよっ!?」
「ちょっ! 密かに気にしてるのにそういうこというっ!?」
「喧嘩をするなら他所でやってくれないか? 身体に障るかもしれない」
そう言うと、はっとした様子でお雪さんが下腹部に手を当てた。
……待ってくれ急展開すぎる。雪女とはそんなに早く妊娠がわかるものなのか?
「えっ、やることやったとは聞いてたけど、もうできたのっ!?」
「あ、いえ、まだわかりませんけど」
「なんだ。ようやく初の妹が出来たと思ったのに」
「……驚かさないでくれ」
ただでさえ残り少ない寿命が縮むかと思った。
「そうですね。トーガさんのお身体に障りますので、喧嘩は後日という事で」
「いいわね! 派手にやりましょ!」
「ここに来てから常々思っていたんだが、雪女は血の気が多いのしかいないのか……?」
この二人もそうなんだが、毎日のようにどこかしらでやり合っている気配がある。
ここに来た当初はそのせいで落ち着かなかったんだが、流石に毎日続くと慣れもする。
おそらく戦闘民族なのだろうと思えば納得もできたしな。知り合いにもそういった者が居たことだし。
「どうなんでしょうね?」
「私もこの村落以外の雪女は知らないから何とも言えないわね」
「そうか」
結局のところ理由は分からなかったが、そういうものならそれでいいか。
自分が知っているものと違うとはいえ、雪女と言われるとどうしても冷徹であったり、あるいは冷静なイメージが付きまとうからな。
「異世界か……」
なにやら楽し気にこれからの予定を計画する母娘を他所に夜空を見上げた。
夜空に浮かぶ三つの月、色合いがまるで信号機のようだな。
もっとも、俺の世界の月は時期で色が変わるんだが、この世界の月も同じように色が変わるのだろうか?
そんな益体もないことを考えながら、にぎやかな母娘の声を耳にしつつ俺は湯の温もりに身を委ねた。
作中で燈牙は精神年齢は六十台に――等と言っていますが、復讐者であった彼の時間は妻子を殺された頃から止まっており、復讐を終えたあたりからようやく時間が動き出したような物となっています
なので現在の彼の精神年齢はおよそ二十代前半の物となっています




