第四項 西へ~風の向くままに(第38話)
第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第二節 平原の遊牧民
『長よ。方角は此方であっているのだな?』
「ええ、そのまま西へ進んでください。すぐに海が見えてくるはずですので」
緑の大地の者等の元から飛び立った後、宙ぶらりんでは怖いと叫ぶ長を頭に乗せて、我は海上都市へと進路を取っていた。
地図を確認するのを忘れていた為に案内は長に頼っているのだが、どうにも不安がある。
ただ、原因が長にあるわけではない。
というのも、空を行く我らの下にある大地は我の記憶にある大陸図や長が見ている地図とも微細に異なる物であったのだ。
微細と言うだけに事実、大地の描く輪郭は我らの知る物とあまり大きな差はないのであるが、問題は地形や居住圏に及んでいた。
『む、あのような所に町などあったか?』
「あれは大都市間の間にある宿場町ですね。それよりも、あの山間の村のようなものは何でしょう?」
『あの山村は迷宮の傍にある冒険者村であったはずだ』
「冒険者村……ですか? 迷宮とは何でしょうか?」
『迷宮を知らぬのか? 龍脈上の魔素溜が臨界点を迎えた際に発生する時空の歪みを伴う地形生成現象により生じた天然の建造物だぞ?』
「初めて聞きましたよ、そのようなものは……それにしても、ドルさんに乗っていると風の影響がありませんが、これは魔法ですか?」
『いや、この姿を取ると魔法はおいそれと使うわけにはいかなくてな。長が無事なのは自然と生じる障壁のおかげだ』
「自然現象なんですか、これ……」
『うむ、我らのような種は魔法生物であるが故にただそこに在るだけで魔法現象が付きまとうのだ』
「……とりあえず、よくわからないという事だけはよくわかりました」
『まあ、長達には無用の物であろうからな。我とて長達の使う絡繰りに使用されている技術はよくわからぬ』
「私だって詳しい所までは分かりませんよ」
『おお、それだ。長達はよく知りもしない物を平然と使用しているが、我にはそれが不思議でならぬ』
「そうですか? むしろ緑の大地ではあまり使っていないほうですよ。町に住んでいると家電などは生活必需品と言える水準で頻繁に使用されていますが」
『家電とはなんだ? 生活必需品という事は全世帯に普及しているのか』
「家庭用電気機械器具の事です。主な物だと洗濯機、冷蔵庫、受像機と言ったところでしょうか」
『ほう、色々とあるのだな。名称からして衣服などを洗濯するもの、食物保管庫、投影魔法といった所か』
「大体合っていますが、投影魔法なんてものまであるのですね……」
『うむ、昔は人種達が戦争の際に使用していたな。宣戦布告や戦前の口上戦に……ああ、味方を激励する際にも使用されていたか』
「こちらの受像機も戦時中には似たような使い方をされていましたが、こちらは一般家庭に様々な情報を届けるのが主な用途ですね」
『ほう、一般家庭にまで情報を……詳しく聞かせてくれ』
「あの、さっきから話が尽きませんが、微妙に進む方角がそれてきてませんか?」
『おっと、すまんすまん。話に夢中になり過ぎて風の向くままに進んでいた。我が空を飛ぶ時は風の向くまま気の向くままが平常であったのでな』
「それは何とも羨ましいようなそうでもないような……」
と、このように少なくとも我にとっては有益な話をしながら空を往く。
長も高所に慣れて来たのか徐々にいつもの調子に戻り、時折詰られながらも順調な旅路と相成った。
『む、長よ。海が見えて来たぞ』
遥か地平の先に、と言うほどではないが、長の肉眼でも確認できるであろう距離に海が近づいてきたのでそう告げた。
「流石に空を飛んでいると早いですね。まだだいぶ遠いですが、この調子ならあと半刻といった所でしょうか」
『うむ、それくらいで海には到達するな。それで、海上都市とはあの大きな都市であっているのだろうか?』
「……凄まじい視力ですね。確かに位置的にはこのまままっすぐ行った所にあるはずですが」
『ふむ、やはりあれか。なかなかに栄えているではないか』
うぅむ、しかし何というか、あの都市のある場所は我にとっても馴染みある場所であった。
「マリンハーバーは私もしばらくは目にしていませんでしたが、栄えているようで何よりです」
『そういえばそのような名の都市であったな』
あの場所に都市の形状を見た限りではどう考えてもイグレイシアのように思えるのだがな。
いや、我の知っているイグレイシアとはまた少し違うか……?
「それにしても、一日と掛からずに海上都市に着いてしまうとは思いませんでしたよ」
『ふふん、我の本来の飛行速度であればもっと早く着いていたがな』
「これ、本気の速度じゃないんですか……」
『当然であろう? 我が本気を出せば一刻と掛からずに世界を一周することくらいは可能だぞ?』
まあそれをしてしまうと星の自転が狂ってしまうので大昔に禁じられたのだがな。
「とことん規格外ですね……ところでドルさんは海上都市に着いたらどうするつもりで?」
『ひとまずは宇宙人とやらを探してみるつもりだ。確か長は伴侶探しであったな』
「いやまあそうなのですが、実際言われてみると不純な目的のような気がしてならないですね」
『生物である以上伴侶を求めるのは自然の理であろうが? 何も恥ずべきことなどないぞ?』
「人には羞恥心というものがあるんですよ」
『はっはっは、では永きを生きる我からありがたい言葉を送ってやろう。驕るな、人間よ。貴様らはそこらの獣と大差ない生命の一つに過ぎぬ。貴様らが持ち合わせている意志や感情などというものは世の真理と比べたらなんともちんけでくだらない物であるのだ。もっと素直に生きるがよい』
「そのように生きられたら苦労はしませんよ」
『それを出来なくしたのは汝らであろう? 人種は弱者であるが故に法という決まり事を作り、そうした法によって苦しめられる新たな弱者を生み出している。生命の目的など生きる事であるというのに、それをわざわざ難しく捉え、生き難い世の中を作り出す人種を我等は幾度も見て来たぞ』
「それを私に言われても……」
『そうであろうな。長もまた弱者の一人に過ぎぬ。だが本当にそれでよいのか? 疑問に思ったことはないのか? 何かを変えようと行動に出たことはあるか? 考えているだけで世の中は動かぬぞ?』
「だから、それを私に言われても」
『それだ。自分は関係ないと流すのは多くの人種の悪い癖だ。自身に適応される法であるのに、なぜそうも無関心でいられる? 法とはそこまで絶対の物か? 違うであろう? 所詮は人種の浅知恵で作られただけの物に過ぎぬのだ』
「では、どうしろと?」
『それを自身の頭で考えるのだ。そして行動に移すのだ。ちなみに大昔の事ではあるが、我は自ら考え行動に移した結果、人種の国家をいくつか滅ぼしているぞ。もっとも、あの時は同胞にしこたま怒られたがな』
「なっ! ドルさんが暴れたらそうなるに決まっているでしょう!」
『いや、当時の我はそこまで屈強な存在ではなかったぞ。眠っている間に力の大半を奪われた結果、せいぜいが人種の強者並みに弱体化して居ったわ』
「ドルさんにそんな時期が……? では、どのようにそのようなことを?」
『そうやって我から答えを聞き出そうなどとは烏滸がましいとは思わぬか?』
「ははは……流石にそうですよね」
『とはいえ、手掛かりの一つくらいは出してやろう。先ほど我が下らぬと切り捨てたものの一つがそれだ』
「えぇと、意志や感情……それと、法ですか」
『そうであるな。ついでに言うと、当時の我は今ほど知恵を付けていたわけではなかった』
「つまり、今よりも無茶苦茶であったと……」
『否定はせぬ。当時の我は人種によって歪められた世界を元に戻す事しか考えていなかったからな』
「歪められた世界とはどういうことですか?」
『うむ、人種が世界を席巻するような事態になっていた』
「それは普通の事なのでは?」
『いや、我が永き眠りに就く以前の世界は魔物と呼ばれる存在が世界を席巻し、我らのような種がそれらに抗い、人種は戦う我らを支える役目を持っていた』
「ドルさんの様な存在が他にもいるんですか!?」
『驚く点はそこか……? ともかく、当時はそのようになっておったのだが、粗方の魔物を片付けた我らが永き眠りに就いた後、人族が神を自称する愚か者に唆されて眠る我らから力を奪いおったのだ』
「ああ、それが力の大半を奪われたという経緯ですか……ん? 人族?」
『うむ、そうなるな。まあ、色々とありはしたが、我等の統治の元に魔物を除いた全ての種は千年以上続く安寧の時を得たのだ』
「千年王国ですか……それだとドルさんは千年以上生きているという事に?」
『うむ、詳しくは数えて居らぬが、数億年は生きているはずだ』
「億ッ!? 長生きだとは伺っていましたが、想像以上ですね……」
『なに、ただ永く生きているだけに過ぎぬ。と、まあ、説教臭くなってしまったが我の言いたいことはただ一つ。長はもう少し好きなように生きてみるがよいという事であるな』
「そう、ですね……とはいえ、ドルさんの年配らしい一面は初めてで驚きました」
『道に迷う若者が居れば構いたくなるのが年寄りというものよな。或いはお節介ともいうが』
「いえ、私も頑なな部分がありますので、ドルさんの言うとおり、もう少し素直に生きてみようかと思います」
『さしあたっては伴侶探しか』
「うっ、そうですね……ところでドルさん、女性の口説き方はご存じで……?」
『ふふん、当然、生まれてこの方、女を口説いたことは一度たりともないわ!』
「威張っていう事ではないでしょう!」
『まあ、そんな我にも妻は居たがな。生憎と一般的な惚れた腫れたの関係とは些か異なるのだ』
「とりあえずドルさんが参考にならなそうなのは分かりましたよ……」
『参考にならなくてすまんな。しかし、我の知り合いには千を超える妻が居てな』
「せん? えっ、千人ですか?」
『うむ、奴曰く女に特定の攻略法など存在しないとのことだ』
「では、その方はどのように千人もの奥方を?」
『最低限の身だしなみと話力、それと精力だそうだ』
「身だしなみはともかく、話力と精力……」
『長は緑の大地での暮らしが長いのであったな』
「はい、なので、都会の方のように多彩な話題はとても……」
『話力とは何も話題の数だけに限らぬぞ? 相手の話を聞くのもそうであるし、話を引き出すようにするのもそうであるな。存外、そういった話題に疎い長に色々と教えたがる者も居るやもしれぬ』
「なるほど、では後は精力ですが……」
『ふむ、繁殖行為の経験はないのか?』
「あ、ありますよ一応! とはいえ、私もいい歳なので不安が」
『それこそ精力剤などの薬でも使えばよいのではないか?』
「……なるほど」
『或いは、いっそのこと長も若返ってみるか?』
「はっ! その手が……いやしかしそれだと長老に敗けた気がして」
『長よ。先ほど我が言ったことを忘れたか?』
「え? あ……じゃあ、お願いします。あ、でもやり過ぎには気を付けてください!」
『承った。一応、長老の件でなんとなしに加減は掴んだからな。二十年ほど若返ればよいか?』
「それくらいなら、まあ、はい」
『良いのだな? では、少し力を抜いておくと多少マシであろう』
「は? マシとはぐわあああああああああああ!」
『ふむ、やはり痛むか。もう少しばかり改良が必要か』
「くはっ……はぁ、はぁ……も、ものすごい痛かったのですがッ!?」
『だが若返ったであろう?』
「えっ……あの、鏡とかありますか?」
『生憎と持ち合わせて居らぬ。向こうに着くまで我慢せよ』
「すごく気になる……! あ、いや、でも肌の具合が明らかに違うような? あっ、腹筋が割れてますよ!」
『腹筋? ああ、人種は歳を取ると要らぬ肉が落ち難くなると聞いたな』
「これなら色々といけそうな気がします! ありがとうございます!」
『うむ。それにしても、やけに素直に魔法を受け入れたが、良かったのか?』
「え? ああ、私だって男ですからね。やはり未知の物には憧れがありますし……とはいえ、これは安易に頼ってはいけないものですね。体感してはっきりとわかりました」
『それはそうであろう。我とてむやみにそういった魔法を使っているわけではないぞ』
「こんな物を気軽に使っていたら今頃大変なことになっていますよ」
『まあ、もともと気軽に使えるような物でもないのだがな』
「えっ、そのようなものを私や祖母に使っていただいたのですか?」
『うむ、少しばかり我の寿命が減る程度であるがな』
「寿命が!? 大丈夫なんですかそれは!」
『問題はないな。もとより我らは寿命が存在しないような種であるからな』
「そ、そうですか……不老不死というものでしょうか」
『否、不死というわけではない。事実、我の妻も死んでおるしな』
「ああ、同族の方でしたか」
『それも違うな。妻は我とはまた別の種であったよ。もっとも、あやつも我らと同様に途方もない寿命を持つ種であったがな』
「そうでしたか……あっ、私の目にも海上都市が見えてきました」
『どうだ? 長の知っている場所で相違ないか?』
「そうは言われましても、私も詳細は伝聞にしか聞いた事が無いのでなんとも」
『そうであったか。確か、復興が進んでいるという話であったな?』
「はい。とはいえ見た限り、復興作業はとうに終わっているように見えますね……?」
『やはり長もそう思うか。それどころかかなり栄えているように見えるのは我だけか?』
「いえ、私もそう思います。復興状況を聞いたのは半年ほど前ですが、ここまでとなると……」
『ありえない、か?』
「はい、いくら技術が進歩したとはいえ、復興が終わったにしては異常な早さです」
『そうか……ふむ、やはり確実に大規模な異変が起こっているな』
「大規模な異変、ですか?」
『うむ、長はそれとなく察しておるようだが、諸所において異なる世界との繋がりが生まれているようだ』
「異なる世界……となると、やはりドルさんは」
『長とは別の世界の存在という事になるな』
「やはりそういう事でしたか……」
『うむ、やけに話が食い違う事があるとは思っていたが、異世界という事であれば納得であるな』
「それはまた別の問題もある気がしますが……しかし、そうだとするとどういう問題が起こるのでしょう?」
『想像もつかぬというのが正直なところではあるが、もしもこれが何らかの意思によるものであるならばおそらく大きな問題はないであろうな』
「異世界と繋がっているんですよね……?」
『では問うが、我と長との間に何か致命的な問題は生じているであろうか?』
「言われてみたら確かに……」
『であろう? となれば、この現象を素直に受け入れてしまうしかないのだ』
「はあ、そういう物ですか」
『うむ、そういう物だ。ここまで生を重ねてきたが、このようなことになろうとは思わなんだ』
「ドルさんでも驚くほどの事ですか」
『これでもそれなりに驚いているつもりだが、ここまで規模の大きな事象だと実感は湧かぬな』
「それについては同意します。しかし、そうなるとあそこに見える海上都市はどうなっているのやら」
『ついでだから言っておくが、あの場は我の知るイグレイシアの街と同じ位置にある。よもや長の知る都市と融合してはおらぬであろうな』
「それは……あり得ます、ね」
『であろう? ここまで来ると、我はいっそ楽しみになってきたぞ』
「勘弁してくださいよ……」
『安心せよ。何かあれば我が長を守る故な』
「おかしいですね。頼もしいはず何になぜか悪寒が……」
徐々に近づいてくる海上都市の姿に、我は心を躍らせ、長はなぜか不安そうにするのであった。




