第一項 平穏な日々(第35話)
第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第二節 平原の遊牧民
ドルガノス視点
龍王様は作品通して本名で呼ばれることが少ないです(だいたい略されるか役職)
皆が寝静まっている早朝、朝の一仕事を終えてから空を見上げる。
うむ、我が頭上は本日も晴天なり。
「しかし、なんとも平和なことだな」
平原に住まう者達の世話になるようになってから一週間。実に平和だ。
そんな平和を嚙み締めていると、誰かが起きてきたようだった。
「あら、ドルさん。おはよう」
「うむ、良い朝だな。ご婦人。何か困りごとはないか?」
あれから我はこの集団の長に頼み込み、しばらく滞在をさせてもらうことになった。
無論、その間の食い扶持は自分で稼ぐ為にこの集団――遊牧民達からの依頼をこなしながら過ごしている。
冒険者たるもの、身近な依頼からこなしてこそだ。と、知人の冒険者が言っていたからな。
「そうねぇ、ドルさんが来てから色々と助かっているのだけれど、時間が余ってしまうのが悩みどころかしらねぇ」
「はっはっは、それは贅沢な悩みだな。しかし我が思うに、ここの者達は些か勤労が過ぎると思うぞ?」
「あらそう? このくらいの忙しなさは、私が子供の頃から変わっていないと思うのだけどねぇ?」
「ふぅむ、やはり、魔法が使えないというのは不便なのだな」
そう、ここに居る者達は誰一人として魔法を使える者が居ないのだ。
それどころか、魔法使いの素養を持つ者が一人も居ない。なんだったら存在すら知らぬときた。
一度見せてみたら笑えぬほどに驚いていたのでそれ以来は見せてはおらぬが。
我の知る限りでは、一部の地域で生まれ育った者以外で魔法の素養がない者の出生率は千人に一人程度の割合だったはずだ。
であればこの辺りがその地域に該当するはずなのだが、それらしい特徴は見られない。
おかしなモノ共が湧いて出ていた以外はごく普通の土地だ。
いや、そもそもこの辺りは荒地であったはずで、人が住んでいたという事自体がおかしいのだがな?
ああ、そうであった。
人と言えば、ここの者達は人族しかいない。
ここへ来た当初、人族しか見かけないことを不思議に思って長にそれとなく尋ねてみたが、人族以外の人種族を知らぬような反応をされた。
果たしてそういった者達が居るかと問われれば、否と言えよう。
何せ、危険なモノ共の大半が滅んだとはいえ、未だ根強く残る魔物共が跳梁跋扈する世界で只の人族が他種族との共生なしに生きていけるわけがないのだ。
これは強者であるが故の驕りなどではなく純然たる事実であり、そのようにあるべき姿へと戻した張本人である我が言うのだから間違いはない。
事実、目の前にいるご婦人の強さは我の知る人族の中でも下から数えた方が早い程度のものだ。
……もっとも、現状の人族の強さは我からしてみたら最上位と最下位で誤差程度にしか感じ取れん。我が事ながら困ったものだ。
「ドルさんの魔法も便利だけど、私達にはこれで十分なのよ」
そう言ってご婦人は手のひらに収まる程の絡繰りを取り出す。
驚いたことに彼らはこれ一つで遠くの相手と連絡を取り合ったり、世界中の情報を閲覧することが可能らしい。
他にも音楽を流したり捉えた対象の姿を写し取ったりと、様々な機能があの小さな物体に盛り込まれているのだ。
更にはそれを一人に一つの割合で所持しているというのだから驚いたなんてものではない。
おまけに、これを使用するのに才は不要であり、ただ知識があればよいというのだから脱帽である。
「我からしてみればそちらの方がよっぽど有用に見えるのだがな」
魔法がないのは不便とはいえ、最初から使えなければ不便に思う事もない。
そして、魔法の代りにこのようなモノを作り出してしまう。
我は人族のこういう部分が好ましく感じるのだ。
弱者であり短命であるが故に試行錯誤を繰り返し、時には世代を隔ててまで行われる弛まぬ鍛錬の果てに神智の及ばぬ偉業を成してしまう。
努力をする事、努力を諦めない事こそが、人族の力なのだ。
「それじゃあ、使ってみる?」
「いや、辞めておこう。我は触れるには些か脆過ぎてな」
人族が作る物は素晴らしいのだが、我らのような存在が扱うにはあまりにも繊細過ぎる。
魔力を流して物理的に強化する方法もあるが、そのようなことをしてしまえばそれはそれで破壊しかねない。
大昔、それで貴重な魔道具を破壊したことがあるからな。
「ドルさんは力が強いものねぇ」
「うむ、だが力仕事なら任せておくがよい!」
「ええ、その時はお願いね」
ここに来てから受けている依頼の大半も力仕事なのだが、決して我が力仕事しかできないからではないぞ?
前述の通り、ここの者達は勤労にして勤勉である為、大抵のことは自分達でこなしてしまうのだ。
よって、我の出番と言えばもっぱら彼らの力が及ばぬ領域の仕事となる為、出番が少ないのだ。
例えば――今しがた思い出したのだが、目の前のご婦人などはつい先日まで歩くことすらままならぬ状態であったのだが、我の医療魔術で身体に巣くっていた病を消してやったのだ。
前述の通りに笑えぬほどに驚かれたが、我ながら良い仕事をしたと思う。
「ところでご婦人、あれからお身体の調子は如何か?」
「ええ、おかげさまで、すっかり若返ったような心地よ?」
「う、うむ、そうか。ならばよかった」
しかし、少々術の威力が覿面というか効き過ぎたというか、ご婦人が少しばかり若返ってしまったのだ。
この様子であると当人はまだ気づいておらぬようであるが、ほんの五十年ばかりは若返っているのではなかろうか?
人族はあっという間に歳を取るからいまいち判別がつかぬのだが、皺だらけだった様相がすっかりつるつるになっているのだ。
さすがにこれくらいの変化であれば我にも判る。明らかにやり過ぎであった。
と、そこへ長がやってきた。
そういえば、この遊牧民の集まりの呼称は何と言ったか……ああ、翠の大地だったな。
その緑の大地の長が血相を変えて飛んできた。
「長老! ここに居たのですか!」
ふむ、このご婦人が長老であったのか。
いや、そういえば治療の際にそのように言っておったな。
うぅむ、近頃は物忘れが多くていかんな。
「あら、おはよう。そんなに慌てなくても大丈夫よ? ここのところ、とても調子が良いの」
それはそうであろう。何せこの我が少しばかり力を入れて治したのだからな。
しかし、それ以来――というよりは、日毎に長の我に対する扱いが雑になってきている気がするな。
そのように扱われるのはなかなかに新鮮な気分で悪くない。
いや、宰相が居たか。否、あれは出合い頭に攻撃魔法をぶつけてくるような奴だったな。
さすがの長もそこまではしてこない。
「おはようございます! ええ、それはそうでしょうとも! ああ、ドルさんも、おはようございます」
「うむ、良き朝だな。長よ」
「ええ、まったく、なぜかこの辺りの上空だけ雲一つない青空ですが」
ふむ、我の仕業だな。だが、魔法は使っていないので態々報告するまでもあるまい。
「さて、不思議なこともあるものだな?」
我はせいぜい天に向けて軽く息を吐いた程度で、そうしたら偶々上空の雲が避けて行ったに過ぎぬ。
「ほんとうにねぇ」
「ええ、ええ、まったくもって不思議ですねぇっ!」
「なに、そのうち雲が流れてじきにこの辺りも曇るであろう。それに、今日は一雨来そうだぞ?」
だからこそ、朝のひととき程度は晴天を満喫したかったのだがな。
「おっと、そうでした。ドルさん、本日はご察しの通り雨天の可能性がある為、貯水帯の設営にご協力ください」
「貯水帯とはなんだ?」
「防水布を広く張り、雨水を貯める簡易施設にするのです」
先人の知恵という奴であろうか?
確かに、この辺りには川などはないからな。水の確保は死活問題か。
「なるほど。そういう事ならば我に任せるがよい。幾らでも設営して見せよう」
「ほどほどで! お願いします」
やけに語気強く言われた。
「う、うむ、なにもそう警戒せずともよかろうに」
ともあれ、本日の我の仕事が決まったな。
「よし、こんなものか」
長に言われたとおりに貯水帯とやらを設営し終え、なかなかに壮観な光景を眺める。
貯水帯とは言ってしまえば天幕のような物である。
天幕との違いは住居として機能する物ではなく、受けた雨水を一点に向けて流す構造になっているところか。
屋根と雨樋を一体にしたものと言ったところか?
そのような物である為にそれなりの数が必要であり、我が行ったのは主に設営地点へそれらの道具一式を運ぶことであった。
それが終わった後は他の者達と協力して設営に取り掛かり、雨が降り出す前に全ての貯水帯の設営が完了したのだ。
貯水帯を眺めていると、我の隣に禿頭の男が立って感謝の言葉を述べてきた。
「いやー、やっぱドルさんは頼りになるなぁ。あんなおもてぇもんをひょいと担いじまうからなぁ」
主な設営はこの禿頭の男を中心とした遊牧民の若い衆が行っていた。
実に器用なもので、設営に関しては我が手伝うことはほとんどなかったな。
「なに、あの程度は軽いものだ。それより、この貯水帯というのはどのように使っておるのだ?」
「ああ、こいつか? 大したことはねぇよ。雨が降ってくればすぐに――おっ、丁度降ってきたな」
禿頭の男が言う通り、雨が降ってきたことによって貯水帯とやらの使用方法が良く分かった。
「なるほど、見た目通りの使用法か」
それなりの勢いで降り出した雨粒は、防水布へ落ちると角度のつけられた一点へとするりと流れ、その下に設置された水瓶へと落ちていった。
そして、水が溜まり切った水瓶の一部は防水布の下に陣取った者達が火で沸かして煮沸処理を行っている。
「ほう、防水布の裏面を利用しているのか」
煮沸処理によって生じた蒸気が防水布に触れると反対側の雨水によって冷却されて液化し、角度のついた一点へ向けて流れていく。
水が流れて行った先は雨水が流れ着く部位とは分岐しており、飲み水用の水瓶へと落ちるように工夫されていた。
「ほう、これは面白いな」
飲み水の確保など我らにとっては魔法で一つで済むことだが、魔法を使えぬ者達にとってはこうも手間がかかるものらしい。
雨水というのは大気中の塵と水分が結びついて地表へと降りてくるため不衛生なものだが、この作業で集めた水は雨水をそのまま利用するよりも綺麗な物だ。
防水布の裏面は丹念に拭いて清潔にしていたようであるから、飲用として使うには申し分ないだろう。
「昔ながらの方法ってやつだな。もっと便利なろ過機なんかもあるんだが、確保する水の量を考えるとこれが良いんだ」
確か、ここの者達の総数は五十人ほどだったか。
五十人が過ごす水の量を考えると、飲用水だけでもそれなりの量になる。
ろ過機がどのような物かは知らぬが、ろ過と云うからには不浄な水を浄化する物だろうか?
しかし、大量の飲み水を確保するには不足するようだな。
「そのような物もあるのか」
「ああ、ただ、フィルターが交換式だからよ。必要な時にだけ使ってるんだ」
「なるほど、便利なだけというわけでもないのだな」
「まあな。ドルさんの魔法ってのは水を出したり飲み水に適さねぇ水をろ過できたりするのか?」
「うむ、できるぞ? やってみせようか?」
そういうと、禿頭の男は激しい拒絶の態度を見せた。
「いやいや! 魔法は勘弁してくれ! 理屈のわからねぇもんほどおっかねぇもんはねぇからな!」
「そうか? 別段恐ろしいものでもないのだが、生憎と魔術理論は素養のある者でなければ理解が難しくてな」
「その素養ってのが俺達にはねぇんだろ? だからこそ恐ろしく感じるのさ」
「うむ、実に稀有な事なのだがなぁ……なにぶん、我も国元を出たのはかれこれ千年ぶりではなかろうか」
「はははっ! 千年つったらドルさんは何歳なんだよ!」
「む、我か? はて、自分の齢なんぞ数えた覚えもないな。この世に生まれ出でてより数千、いや、数万年は経っているか?」
どうにも時間の経過というものはわかりにくくて困る。
そういえば宰相達が歴が暦がと言っていた気がするが、すっかり忘れていた。
「……さすがに冗談だよな?」
「む? 冗談ではないぞ? 我は龍種であるからな。不滅ではないが不老長生が常なのだ」
「りゅうしゅ? そんな種族がいるのかよ。すげぇなぁ」
「うむ、昔はもう少し居たのだがな。今は数えるほどしか居らぬ」
「はあ、そんな種族も居るんだなぁ……宇宙人ってのはすげぇな」
「む? 宇宙人とは何だ?」
「ん? ああ、ほら、ドルさんも宇宙から来たんだろ? この星じゃなくて、別の星から」
そう言って、禿頭の男は天を指してさもありなんとばかりに告げるのだった。
作中通して龍王様の視点はおそらく一番共感しにくいものとなっているはずです
当人(龍)が文字通り最上位の存在である為、時折物事や他者に対する視点が上から目線になっています
今後そう言った発言や言動がちらほら出てきてイラっと来ることがあると思いますが、当人にしてみれば事実を告げているだけなので煽っているつもりはありません
彼に関してはそういった理解の及ばない存在だと捉えると見やすいと思います




