エンディングあるいはオープニング
宮殿の大広間は、多くの民が集まりざわついていた。
高い天井を見上げると、ダイアモンドのような輝きを放つ宝石が揺れるシャンデリア。天井には秋の空のように澄んだ青に、雲のレリーフが今にも動き出しそうに描かれていた。両壁には、白い柱の間に天井まで届きそうなほど大きな窓。太陽の日差しが差し込み、大広間は眩しいほどだ。部屋の中央には、長いテーブル。純白のテーブルクロスの裾には、ふんだんにレースがあしらわれ、銀糸の刺繍がほどこされている。
そのテーブルの先には、十段ほどの階段にレッドカーペットならぬホワイトカーペットが敷かれている。壇上には、大理石のテーブルがあり、シルクの布で作られたグレーのクッションの上に、重そうな銀の王冠が置かれていた。そこはドーム状の天井になっており、六本の柱に囲まれている。後ろには大きな丸い窓があり、白い花と銀のリボンで縁取られていた。
その空間の横には、長いテーブルの方に向くようにして高い位置に、白い大理石にレリーフや宝石がはめ込まれた玉座が二席ある。
民のざわつきの間から、ハープの綺麗な音色が聞こえてくると、大広間は静かになった。
「では今から、女王様の戴冠式を執り行います」
ハープの音色が大きくなり、民たちは壁際にはけて女王の通る道をあけた。
三メートルほどもある扉がきしんで開いた。
純白のドレスに身を包んだ中村が、大広間に入ってくる。ドレスには宝石がちりばめられているのか、きらきらと輝いていた。そのドレスを引きずり、後ろからユリが裾を持っている。本来付き人の者などがやることだったが、ユリがやりたいと言ったのだった。
中村は入って来た時は堂々と正面を見ていたが、民たちの視線が恥ずかしく顔を赤らめ目を伏せてしまった。だが、姿勢だけはぶれずに胸を張って堂々と歩いた。
式はごく簡単なものだった。というのも、この国を治めるのは女王ただ一人なのだが、本来は王子もいなくてはならないのだ。王子を選ぶ話もあったのだが、中村は急なことにそんな気に全くなれず、断ってしまったのだった。家庭を築くことや誰かの妻になることなど、考えたこともなかったのだ。
しかもこの国では女王が生きている間に、王位を譲る、継承する。そのため王冠は前女王――次期女王の母親が被せるのが決まりだった。しかし、今は女王が亡くなってしまっているためアミがその役を務めた。王族――彼女の叔父や叔母、親戚などは誰もいなかった。両親だけでなく、親戚を含む王族の血というものを闇国の者たちが絶っていたのだった。
儀式の言葉をアミが読み上げ、王冠を受け取り、玉座に座るだけで終了してしまった。そして女王の言葉を読み上げる。
「えー皆さま、今日はお集りいただいて誠にありがとうございます。女王に即位出来て光栄です。……母の築いた王国、守った王国というものは、闇国の攻撃によりとても傷ついてしまいました。民たちも半分近くを失い……私たち姉妹も、かろうじてここまで来ることが出来ました。それもこの光国の持っている大いなる光の力だと思っています。あー……もうっ!」
中村は手に持っていた、紙を投げ捨てた。それは一週間もかかってようやく書いたものだった。立ち上がり、静まり返った民たちを見渡す。
「えっと、すみません。慣れないもので……。母が亡くなった時、光国で過ごした間、私は子供でした。そこから私の時は止まってしまいました。今も未熟です。至らない所なんて山のようにあります。女王だから清く正しく美しく、光国の心を持って国を導いていかなければならないのは分かっているんです。でも皆さん! 私に力を貸してください! お願いします。共により良い国を作り、光国だけでなく闇国も隔たり無く、平和に暮らしていけるような世界を実現しましょう」
頭を下げる。間が空いた。そして、拍手が沸き起こった。
「女王様、顔を上げて下さい!」
民たちは口々にそう言った。
拍手に紛れて、扉の音が響いた。その音は思いのほか大きく、民たちの視線は扉の方を向いた。そこには、純白のタキシードを着たダークと、足元にはグレィがいた。グレィも白いスーツを着ている。ダークは最初純白の布――光国の皆が着ている布を身体に巻き付けてワンピースのようにしたもの――を着るよう言われたのだが、「絶対に嫌だ」と断った。黒いスーツを着ると言うと、今度はそれは絶対にダメだと怒られた。そこで白いタキシードが用意された。生まれてこのかたダークは白い服を着たことがなかった。しかし、しぶしぶ着た。ネクタイは首が苦しくて先程外してしまっていた。こんな格好を見られたくなかったので、式に出ないでおこうと思っていると、グレィに怒られこの場に来たのだった。
視線が痛い。
「ダーク……」
中村は吐息をつくように名前を呼び、白いタキシードの男をじっと見つめた。
「こちらへ」
と、隣の玉座を示した。民たちはざわざわし始めた。ダークは呆けた顔をする。
「ダーク様、ロディ様がお呼びデスよ。行きましょウ」
グレィがそう促して、ダークのズボンの裾を引っ張る。ダークはグレィを見て我に返ると、中村を睨みつけた。小さくクソっと悪態をつくと、早足で玉座に向かう。民たちは波のように割れ、ダークに道をあける。ドカッと腰を下ろすと、大理石のひんやりした感覚が、ダークの全身を包み込んだ。グレィが膝に乗ってくる。
「いや、お前は向こうだ」
「ああっ、ダーク様酷い!」
ポイっと床に払いのける。それを見て民たちのざわめきは大きくなった。
「――あえてここで、ありのままの真実を皆さんにお伝えしておきます。こちらは、名をダークと言います。知っている方もいらっしゃるでしょうが、元闇国の王です」
民たちの不安は大きくなった。
昔は、門のおかげで闇国とは関わりがなく、『闇国の者にも慈悲を』などと言っていた光国だったが、近年の攻撃により闇国の“や”の文字を聞くだけで震えあがり恐怖する者もいる。ダークが少し動くだけで子供たちは小さく悲鳴をあげた。
恐怖の眼差し――。
やめてくれよ。その言葉さえ口に出来ずに、中村に視線を投げた。ダークにはもう、民たちの視線に耐えられるほどの強い精神力が残っていなかった。弱い自分を見せ、秘密を話し、リリーの思いを知り、それでも中村の隣にいなければならないのは、きつすぎる。
「そして私の本当の父でもあります」
その一言の衝撃は重く、場は静まり返る。
「ですから私の中にも、闇国の血というものが流れています。いいですか、皆さん。今の恐怖というものは、もともと皆さんの中にあったものなんですよ。それをあの門のおかげで、今まで気づかずに、見ずに済んでいただけなんです。うわべだけの気持ちで世界の平和を、闇国の者たちの幸福を願っていませんでしたか? 闇国の者たちを見ようともせずに。確かに闇国の気質、光国の気質というものはあるのかもしれません。ですがそれだって全体を見ているだけに過ぎないのです。苦しんでいる人も、悲しんでいる人もいる。自分たちが幸福だからそんな気持ちわからないでは済みません。闇国の人々の気持ちに寄り添い、もっとお互いのことを考えていきましょうよ」
ダークはその言葉を、眉を寄せて俯き、聞いていた。
自分でも分からない熱い気持ちが、中村の口から言葉を紡ぎ出している。母からの使命を全うしようとする気持ちが、言葉になっているのだろうか。そして息を深く吸う。
「母は私が光国と闇国の架け橋になることを望んでいました。……いつか私は、光国と闇国を一つにします。門が無くてもいい時代がきっと来るはずです」
どこからか、拍手が起こった。一つ、二つ。拍手は大きくなり、今や大喝采である。そこで初めてダークが顔を上げると、先程の恐怖の顔ではなく、明るい顔がそこにあった。
ダークには、不思議でならなかった。この民たちを苦しめてきたのは、ほかならぬ自分たち闇国の者なのだ。女王が言ったからと言って、こんなにも簡単に受け入れようとするものなのか。これが光国だというのか。
人生で初めて、受け入れられている気がした。大げさではなく、ここにいていいと認められている気がした。頭の中のリリーがほほ笑む。――そうか、リリーはこういう気持ちを俺に味わわせたかったのか。
「お姉ちゃん~! 演説かっこよかったよ~!」
式が終わると、ユリが中村の元に駆け寄って言った。
「演説って」
抱きついてくるユリに笑いながら言った。最近ユリの甘えが酷い。
「でも本当に良かったの、向こうの世界を捨ててきて」
喫茶店の、異世界を繋ぐ扉は宮殿の代々伝わる“魔法の石”の力が弱くなっていたからだった。門が破られやすいのもそのせいだったらしい。しかし中村が女王になることを決意した時、石は輝きを取り戻し力も取り戻した。すると扉も門もその役割を取り戻したのだった。
アミは式が終わって早々に、喫茶店を開店しに行った。異世界に迷い込む人々を安全に帰すこと。それが、アミの役割なのだ。
「うん。妹はもうすぐ就職だし、親戚にまかせてきちゃった。連絡も出来てなかったし、もう妹を投げだしたと思われてたみたいだけど。いざとなれば帰れるし。あ、でも向こうではニートかぁ。きついなぁ」
その笑顔は少し悲しそうだ。
そっか、とユリもしんみりとした。
「あの紙捨てた時はどうなるかと焦ったけど、結果真実を話せてよかったね」
「隠すことはよくないと思ったから」
ダークは隣に突っ立って、不機嫌な様子だ。グレィが何やら慰めているようだが、聞いている様子はない。
「ダーク、さん、そんな顔しないで素直になったらどうですかぁ」
ユリがにやにやしながら言う。名前を呼ぶのに戸惑ってしまったのは、今まで闇国の王ダークと呼んでいたので、さん付けすることを迷ってしまったからだ。
ダークはいつものように、ユリを睨みつける。そしてため息をつくと、「……ありがとう」と中村に向けて言った。それで精いっぱいらしい。
だが、ユリは、「心がこもってないっ! やり直しっ」と調子良く言う。
「人が黙ってりゃあ言いたい放題……」
耐えられず拳を振り上げた。
「きゃぁ、パパが暴力振るおうとする~」
ユリのパパではない。馬鹿にしたように言ってひょいと拳をかわした。
「このっ」
ダークの頬がぴくぴく震えた。それは笑っているようにも見える。
「お姉ちゃん助けて」
二人は中村の周りを回って、追いかけっこをし出した。
「ダーク様ぁ。ユリ様と仲良くしてクダさいよぉ」
そう言いながら、グレィも中村の周りをあたふたし出すので、とても騒がしい。
「平和だなぁ」
呑気にそう言うと、すかさず聞きつけたダークが「平和ボケしてんじゃねえぞ」と低い声で言う。
「ダークは暴言禁止!!」
「ほら~娘に怒られたぁ」
ユリが目を細めて言う。
ダークは吐き捨てるように笑った。
パパか……。いつか、いつか。私もそう呼んでやろう。中村はそう心に決めた。その時ダークはどんな顔をするのだろうか。
これにて『夢の中の異世界は』は完結になります。完結することが出来て本当に良かったです。ありがとうございました!




