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私だからこそ

 そう言って、やる気が失せたように項垂れた。その場に座り込む。そして中村の方に顔を向けた。


「なぁ、俺を殺せよ。両親を殺した奴らが憎かったんだろう?」


 頼むよ、と中村に笑いかける。その笑顔は投げやりで、もうどうにでもなれと言っているような感じがした。


「……出来ない。確かにあの頃は憎かった。殺したいと思ってた。でも、今は違う。憎んでも殺しても、きっと私の心はどんどん暗くなるばかりに決まってる。それに、私たちと過ごした小林さんを、私は知っている。小林さんの優しさを。お母さんを本当に大切に思っていたことを。グレィだって。グレィだって小林さんを慕ってた」


 ダークは力なく笑った。

「小林なんていないんだよ」

 それに対して、中村は首を横に振った。

「ダークを赦す。私には殺せない」


 ため息。

「赦す……? 殺せないだと? 女王として殺せないだけなんじゃないか。そんなの偽善だ。お前は残酷な奴だよ。これからどうやって生きればいい? リリーのいない世界で、生きていたくもないのに!」


「リリーのいないって、あんたがお母さんを殺したんじゃないの!」

 中村は叫んだ。ダークは顔を歪める。


「違うんだ。そうじゃない。そうじゃない。俺は顔を変えていたのに……リリーが俺のことなんか思い出さなければ良かったんだ。気づかなかったら、リリーだけ逃がそうと思っていたんだ」


 気がつけば、やっぱりダークは闇国の者なのだと。蔑まれ嫌われると思って。

 この男は自分の為だけに、リリーを、その夫を殺し、子供の未来を、王国の未来を奪ったのだ。


「結局、俺は怖かっただけなんだ」

 答えを出したかのように呟く。


「国王は貴方の弟なんでしょう。命令を破るとか出来なかったの」

 ダークは中村を睨んだ。

「出来るわけねぇだろ。弟はエリートで親も闇国の奴らのことも、何とも思わず殺そうとするヤバイ奴なんだよ。お前には分からないだろうな。逃げることも出来なかった。闇国では能力主義だったんだ。……お前だけ……」


「え?」


「お前だけ殺せればそれで良かったんだよ。あの王子は嫌な奴だが、それだけだ。お前は……光国と闇国の力を持っているから、駄目なんだよ。危ないんだ。殺しておけばよかったんだ――」


「違う!」

 アミが叫ぶ。


「リリー様の手帳に書いてあったわ。『この子は将来、光国と闇国をつなぐ架け橋になるのだと。貴方を救う光になるのだと教えてあげればよかった』って。決して貴方を陥れようと、裏切ったわけではないのよ。リリー様のことだから、時が来ればロディ本人と貴方にはそう伝えるはずだったのよきっと」


「そんなこと言われても、今更……」

 中村が立ち上がり、ダークの目の前に立った。


「貴方は間違っていたんだよ。でもそれを私が恨むのは違う。全てはあの門によって赦されている。……因果応報って言うじゃない。両親が殺されたのも、私がこんな目にあうのも、私の前世での行いが悪かっただけかもしれない。だから、恨んだりするのは違うと思うのよ。だから私はそれを受け止めて、正しき道を行く。それは光国の道だよ……」


 皆、自分が正しいと思い込むものだ。

 一陣の風が吹いて、中村がバルコニーの柵を見ると、ユリが立っていた。


「アミ、何か闇国の奴ら、衝撃波かなんかで吹き飛んで行っちゃって……」

 ユリはそう言って、座り込むダーク、その前に立つ中村を見た。


「あ、なんかタイミング悪かったかなぁ~なんて……」

 あはは、とぎこちなく笑った。そしてバルコニーに降り立ち、中村に近づいた。


「お姉ちゃんがやったんだよね。ありがとう。でもこの石があるから全然余裕だったよぉ」

 胸元にぶら下げた石を掴み、目の前でゆらゆらさせる。


「あっ」「何する……」


 中村は反射的にそれを掴むと、ユリの首から引きちぎり、放心状態であったダークの首元からもあの石を引きちぎった。


「こんなもの!」


 そう叫び、中村は石を床にたたきつけた。ひびが入っただけだったので、手で押し付ける。ブーンと虫の羽音のような音がして、床がミシミシと音をたてた。


「はぁっ、はぁ」

 息を切らして立ち上がると、床はへこみ、二つの石は粉々になっていた。


「なんてことするんだ!」「ママの形見が!」

 二人は叫ぶ。


「こんなものがあるから。力が欲しいなんて言って手に入れようとするから不幸になるのよ! ダークはそれでも私の力が怖いとか、欲しいとか……自分の持っているものがあるでしょう!」


 二人はあ然としている。


「私はユリみたいに、明るくて強い自信を持っている人じゃない。アミみたいに優しく、的確な判断力があるわけでもない。お母さんみたいに、慈愛で皆を包み込める人ではない。自信が無くて、マイナス思考ばかりしてしまうけど、自分の闇や苦しみを見つめることが出来る。女王の自覚なんてないし、光国の愛とか穏やかさとか私には理解できてない部分もあって、たまに闇国の人みたいにイライラして堕落の道に行きたくなることもある。でも、そんな私だからこそ成長しがいがあるし、出来ることもあると思うの。闇国の人に寄り添い、手を差し伸べることが出来る。私は必ず正しき道を行こうと思うから、闇国の人に耳を傾けて導くことが出来る」


 将来光国と闇国を繋ぐ架け橋になる――。リリーのその言葉を、再現しているようだった。

 中村はそこで言葉を切り、少し考えるそぶりをした。


「ダーク、貴方も本当は何をした方がいいか分かっているんでしょう」


 ダークは何も答えない。すると中村はバルコニーの少し開いている扉の方に行き、覗いた。するとそこにはグレィがいた。


「グレィ、出ておいで」

 グレィはこそこそとバルコニーに出てきた。


「ダークとグレィには、宮殿に住んでもらおうと思うの」

「えっ」

 ユリは声を上げ、アミと顔を見合わせた。


「ねぇグレィ、その方がいいよね」


 中村はしゃがんでグレィの目を見つめる。グレィはちらりとダークを見た。しかしダークは顔を上げなかった。中村を見、ダークを見、三往復くらいしたところで「ソウですねェ」と言った。いつもの二倍増しで片言である。


「決まりね」

 パンと手を叩き、飛び上がる勢いで立ち上がる。そしてダークの目の前に歩いていく。


「ダーク。共に光国と闇国を一つにしよう」

 ダークは顔を上げた。


「そんなの不可能だ。何億年前から隔たりがあると思う? 二つの国は別世界なんだぞ」


「私が可能だと言うんだよ。何年何千年かかってでも実現してみせる。お母さんもきっとそうしたかったに違いない。ねぇ、ダークもそうなったらとても素敵なことだと思わない?」


 ダークはぐっとつばを飲み込む。


「今はまだ出来ないかもしれない。でもいずれは、あの門もなくなって世界は一つになるのよ。そうしたら闇国のあり方に疑問を持っている人や、どうにもならない環境で苦しんでいる人なんかが、生きやすくなるはず」


 それはダークであり、グレィであった。


「よく周りを見て、考えて。それが皆にとって正しき道なのか」

「皆にとって……」


「そう。皆にとって良いものじゃないと、意味がないよ。自分にとって苦しい嫌な道だったとしても、皆にとって良いものだとしたらそれは、本当にそうするべきだよ」


 ダークはその時、中村の瞳を覗き込んでしまった。そこに、笑顔のリリーの姿を見た。驚いて、一瞬、固まる。

 笑っているので、きっとそれは()()()ことなのだ。

 そしてゆっくりと瞬きをすると、鼻で笑った。


「面白い。……宮殿に住むことにするよ」

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