真実
立ち上がった中村を心配そうに見つめるアミ。
「心配なんかいらないよ。大丈夫。なるようになるよ」
中村はそう言って、窓の方に近づいた。窓の向こう、遠くでは黒い煙が上がっていた。あそこで戦いが繰り広げられているのだろう。
「この宮殿に立てこもっているのも時間の問題になってくるわ。宮殿のバリアの外には出られないし……。ロディ、何か私に力になれることがあれば……」
「一人で良い」
中村は覚悟を決めたような、力強い目力を窓の外に向けている。
「きっとダーク様はあの煙の上がる所らへんにいると思いマス。地下通路の出口はバリアの向こうにあるノで!」
「地下通路?」
アミは片眉を上げてグレィを見た。グレィは中村の足元に隠れてびくびくしている。
「あっ、言ってはイケナイことでしたかね……」
「地下通路があるなんて知らないわ。ねぇヒィズ」
ええ、私も存じませんと、執事が答えた。ヒィズというのは彼の名前らしい。グレィはうぅ……と言ったきり黙り込んでしまった。
「後で詳しく聞きましょう」
小さい子を叱るようにアミが言う。
「ダークを止めれば、闇国の人は攻撃をやめてくれるかな」
「現国王は弟様ですし、闇国の奴らはソンナことではやめてくれませんよ」
「だよね……」
――どうやったら、この戦いを終わらせて平和に暮らせる?
中村は出来れば戦いたくなかった。闇国の人達を倒して平和を得ることは違う気がしたのだ。それに、今の自分の心の平穏さを壊したくはない。しかし、戦いを止めなければならない。
中村はバルコニーに出る扉のドアノブに手をかけた。
「方法は?」
アミが聞く。
中村はドアを開けようとして動きを止める。
「無い」
そして外に出た。バルコニーを走り、柵の所まで来ると、地面を蹴り上げる。
「ロディ、無いって――!」
アミは追いかけてバルコニーを走ったが、中村はそのまま上へ上へと上昇を始めた。
――上へ、上へ、もっと上へ。国境が見えるくらい上へ。
念じながら、風を切る。寒くて、酸素の薄い上空へ。アミに返事をしなかったことを、今になって後悔する。上空は風の音しかしないので、とても静かだ。静かだと孤独を感じてしまう。
「私がやるべきなんだ」
自分に言い聞かせる。
速度を緩め、辺りを見渡した。全力で上空に上がって来たので、中村は息を切らしている。遠くで、白銀の門がきらりと光っていた。
――空の上にも門は続いているって本当だったんだ!
目を閉じる。
アミの顔を思い浮かべ、ユリ、グレィ、両親、光国の民、そしてダークを思い浮かべた。皆が笑っている姿を想像する。皆には笑っていてほしかった。
下を見渡すと、頭の中で闇国の人と、ユリや光国の兵が戦っているのが見えた。中村はこれが見たかったのだ。上空に来た理由はあまりなく、集中するためだったが。
――闇国の人だけを飛ばすのよ!
誰かに祈るようにそう強く考えた。
目を開けると、肉眼でも黒い物体が門の向こうに消えていくのが見えた。
――やった!
成功した喜びに思わず笑顔がこぼれる。心拍数が上がり、全身にすごい勢いで血が巡っていっている気がした。集中さえすれば、今なら何でもできる気がする。万能感――とでもいうのだろうか。
事を終えた中村は、バルコニーに降り立った。
アミや光国の民が出迎えてくれるかと思っていたが、出迎えは無かった。それどころか、宮殿は息を潜めているかのように静かだ。不思議に思って開け放たれたドアに近づいた。
アッと思ったときには遅かった。
目の前に黒い物体が飛び込んできて、中村はバルコニーの柵へと突き飛ばされ頭を打った。
「ダ……」
激しく咳き込む。
中村はダークに首を掴まれ、柵に押し付けられていた。ダークの右手は正確に首の頸動脈を圧迫し、爪が肉に食い込んでいた。ダークは外から急いで戻ってきたようで、息を切らしていた。きっとダークもあのエレベーターか階段からこの場に上がってきたのだろう。
「首絞めってのは試したことがないが、首ってこんなに柔らかいんだなぁ。案外簡単かもしれないな」
ここで何をしている……低い声でダークは聞いた。
中村は答えようとして口を開くが、声を出そうとすると咳き込むのだった。
「俺はまだ何もしていないのに、光国の奴らが怯えた目で見てくるんだ。どうにかしてくれよ」
ダークは泣きそうな顔で言う。
――自分のせいでしょう!
中村は心の中で叫んだ。
「ダークさん! やめて!」
アミの声。
しかし、ダークは振り返りもせず、首を絞める力も弱まらなかった。
「逃げる気なら、殺さないと。殺さないと……」
ダークの右手は痙攣するように震えた。それを止めるように左手を重ねて、両手で首を絞め始める。中村はずるずると柵を滑り落ちていった。途端に先程の万能感は消え、頭の中が真っ白になった。
涙が勝手に流れてくる。
足が冷たくなっていくのが分かった。
――もうなんか、このまま寝てしまいたい……。
長い夢を見ていた気がする。何の夢だったか思い出せないが。頭がぼうっとして気持ちがいい。
今は目を開けている。だから夢ではないはずだ。じゃあなんで。なんで……。
「お母さ……ん?」
ああそうか。私は死んだのか。あの時は復讐心ばかりだったけど、今は穏やかな心だ。だからやっと、今度はお母さんと同じところへ行けるんだ。
中村は倒れていた。その視線の先には中村の母、リリーがいた。茶色の柔らかそうな髪を風になびかせ、薄ピンクの布を纏っていて、中村の知っている、ダークの知っているリリーそのものだった。
「なんで……なんでリリーが……俺が殺したはず。生きていたのか?」
ダークは今や、中村を放り、立ち上がってリリーと対面していた。
中村は自分がまだバルコニーに倒れていて、ダークもそこにいることに気がついた。身体がしびれている気がしたが、無理やり起き上がった。
「お母さん……」
それ以上言葉にならなかった。
「だって親が子供を殺していいわけないわ!」
リリーは画像が歪むように揺れた。すると、アミの姿になる。
「お前っ! なんでそれを知っているんだ!」
幻覚だったようだ。ダークは怒鳴り声をあげる。生きているわけがないのだ。ダークが殺したのだから。
「この手帳の読めなかったところに書かれていたの」
アミは懐からリリーの手帳を取り出して見せた。
「……読んだ。何が書いてあったんだ! 教えろっ」
ダークはアミに半ば飛びかかるようにして、襟元を掴み揺すった。アミは動じず、静かに語る。
「ダークさんとの出会いから、書かれていたわ。貴方にロディのことを言えなかったことも」
「違う、俺はきっと裏切られたんだ! そうだろう? 俺を使って闇国を滅ぼそうとか企んでいたんだ。じゃないと、こんな奴と……」
言葉は尻すぼみに消えていった。アミは微笑む。
「女王様は。リリー様は、本当に貴方を愛していたのね」
ダークは首を振る。
「愛なんて……闇国の者である俺は生まれつき持っていないはずなんだ。だから、リリーに愛される資格なんかないんだ」




