騙し騙され、裏切られ
「なんで……助けてくれてたじゃない。私を、殺すの?」
「殺すんじゃない。力になるんだ。俺が死ぬまでお前の魂は生まれ変わらないがな。助けてたんじゃなく、その力を引き出そうとしてたんだよ」
忌々しい、というように中村を見た。
「それって殺すのと同じじゃないの!」
「その液体に溶けるのだから死んだとは分からないさ。心配するな魂は死にはしない」
地面が揺れた。
地震?――いや、違う。
中村は朦朧とする意識の中で、何故か自分の心がざわざわしていることに気がついた。ダークの話を聞いているから? それも違う。胸がギュっとして苦しいのだ。とてつもなく悲しくなってきて、中村の頬を一筋の涙が流れた。何故泣いているのか自分でも分からなかった。ただ、何かに呼ばれている気がした。
ダークは中村が泣いていることにも気がつかず、上を見上げていた。
「騒がしいな……」
そう言う間にもまた揺れて、天井からほこりが落ちてきた。
「グレィ、俺は少し外の様子を見てくるからこいつを見張ってろ」
「分かりまシタ!」
――私は行かなくちゃいけない。
ダークは背を向けると先程出てきた方へ姿を消した。話し声が聞こえてはまずいので、ダークが外に完全に出るまで、感覚でしかないが念のため待った。
無音。
待っている時間が長く感じられる。
「グレィ」
返事がない。
「グレィってば!」
「ハッ! 寝てました。何ですかチサ」
この緊張感の中よく短時間で寝られるなと思う。
「助けてよ」
「ダメですよ。ワタクシはダーク様に見張りを任されているのですから」
少し体を左右に揺らして暴れてみる。が、口に液体が入ってきそうなのでやめた。
「ねえ、お願い。グレィはそんな子じゃないでしょう?」
「私の何を知っているというのです。これまでずっとチサは騙されていたのですよ。全部嘘だったのですヨ」
中村は初めてグレィと出会ったときのことを思い出した。
中村の腹の上に乗って、変な話し方で人懐こくて可愛いグレィ。一緒に空に投げ出されて、小さな手を掴んだ感触はまだ覚えている。飛べるようになったのに中村たちを助けて翼を失ってしまった優しいグレィ。この息苦しい戦いの中で、唯一の癒しだった。そんなグレィは全て嘘だった? そんなの信じたくない。
「グレィは優しい子だよ。きっと何をすればいいか分かってるはず。お願い。私は行かないと……」
中村の目の前にグレィの顔が現れた。プールの上から覗き込んでいるのだ。
「ダーク様を裏切ることは出来ません。だって私の唯一の友なのです。そしてダーク様にとっても唯一の友なのです」
グレィは爬虫類のくせに悲しそうな顔をした。
「でもそれって本当の友達じゃなくない?」
「ホントウ?」
「そうだよ。本当の友達っていうものは、お互いを高め合える存在のはずだよ。グレィとダークなんて傷を舐めあっているだけじゃないの」
少し挑発気味に言う。グレィはわなわなと震えた。
「バカにしているのですか?」
「馬鹿になんてしていないよ。でも本音を素直に言える友達の方がいい友達でしょう? それがたった一人の友達だとしたら、尚更だよ。 ダークも自分がダメなことをしているときに、止めてくれるような友達が欲しいと思うよ」
グレィはしばらく考えた。
「イイ友達……ダーク様もイイ友達が欲しい……」
「そうそう」
早く縄を解いてほしかった。
「私は光国の考えに騙されまセンよ!」
「お肉! 助けてくれたらお肉いっぱいあげるよ! 何肉でもいいよ! 好きなやつを好きなだけ! ダークには私にお肉に釣られたって言っていいから」
グレィは目を大きく見開いた。
「お肉! ホントウですかそれは。ダーク様はそれで許してくれるでショウか」
「えっと、そうね。と、友達だからきっと許してくれるよ」
グレィはプールの中に飛び込んだ。中村の身体を裏返してうつ伏せにする。水の中だからか、不思議な力なのか、身体はひょいと軽く動いて中村は驚いてしまう。
「あっ、ちょ……おぼぼぼぼぼ」
危うく死にかける。
グレィは構わず、小さい手と口を使って器用に縄の結び目をほどいた。
「チサ、約束ですよ。お肉のことと、ダーク様に私が助けてくれたなどと言わないでくだサイよ」
「分かったよ」
縄をほどいてもらい、起き上がる。身体は水に浸かっていた為重くてだるい。グレィは、チョット待っててくださいというと、隣の部屋の方に姿を消してしまった。
中村は自分の足首を見た。両足とも見たことのない角度をしていた。片方はバレエでもしているかのようにつま先を下に向けており、片方は左側にほぼ直角に曲がっていた。腫れあがって流れた血は既に乾いていた。まだじんじんと痛いが、泣きたい気持ちを通り越して可笑しくなってきてしまった。
――この足でどうやって光国を助ければいいのだろう。飛ぶ? 痛すぎて集中できないかもしれない……。
「お待たせしまシタ」
グレィの声と同時に、モーター音が聞こえてきた。顔を上げると、隣の部屋から、車いすに乗ったグレィが現れた。
「どうしたのそれ」
「ここに来るまで地下通路を通ってきたンですが、チサが重いからって車いすに乗せてきたんですよ。これはモーターで動くらしンですが、意思伝導だから楽ですよ」
「意思伝導?」
「座った人の意思力で動きマス。向こうの世界にはないのですか?」
そんなの知らない。
「濡れてるけど大丈夫かな。そして乗れるかな……」
グレィが乗った車いすは、ガコンとプールに当たって止まった。機械音がしてプールの高さに座面の高さが合わせられる。画期的だ。グレィは車いすからぴょんと飛び降りる。
中村は手で身体を移動させ、後ろ向きに車いすに座ろうとした。しかし腕の力が足りない。
「チサ、こんな時こそ浮いて座るのデス」
「あ、そっか」
言われて、精神を集中させる。こちらの世界に来てからというものの、どうやら能力を使う感覚を取り戻してきたようだった。すっと浮くときれいに車いすに座った。
「ダークはまだ戻ってこないかな……」
「地下通路の出口は少し遠いのでまだ大丈夫だと思いマス! 私がここにいたら怒られそうなので、一緒に逃げますね」
怒られるのが怖い癖に、ちゃっかりしている。
グレィはこっちですと言って隣の部屋の方に歩き出した。ついて行こうとして、プールにぶつかる。
「あ、ちょっと待って。難しい!」
グレィは振り向き、きちんと待っている。
後ろに少し下がると、車輪を方向転換させグレィの方に進む。
「分かった、大丈夫」
「轢かないでくだサイよ」
グレィは慌てて前に進んだ。
隣の部屋も、次の部屋も真っ白で椅子と机だけだったり、鏡だけ置かれていたり、物は少なくあまり使われていない印象を受けた。地下なので窓がないのは分かるが、天井が明るいので電気もいらず、部屋と部屋の間は壁がアーチ状に切り取られているだけでドアもない。全て石造りなので凹凸もなくつるつるしていて、シンプルというよりは殺風景だと感じられる。
四つほど部屋を抜けると、今までの部屋より広い空間に出た。正面斜め右には階段があった。グレィは正面の壁の前で立ち止まる。
「この石を触って下サイ」
グレィは背伸びして壁をパシパシ叩いた。中村は壁に触ってみる。他の所はつるつるだが、グレィのすぐ上の部分だけざらざらしていた。
正面の壁がすっと両側に開いた。
「エレベーターです」
真っ白なので分かりにくい。二人は中に乗り込む。
「これも意思伝導?」
「よく分かりましたね。そこに触れて一階に行きたいと考えて下サイ」
そこ、とエレベーターのドアの横を指差す。中村は現実世界でボタンがある所に、手を置いた。
またすっとドアが閉まると、ふわっと身体が浮く感覚がした。一体ここは地下何階なのだろうか。
少し揺れると、ドアが開いた。
ドアが開くと同時にがやがやと、人々の話し声が聞こえてくる。そこには大勢の人が座って身体を寄せ合っていた。白い服を着た人々は、何人かはこちらに気がついたようだった。二人はエレベーターの外に踏み出す。
「ねぇここって……」
「そうですヨ。光国の宮殿の中です」
まさか宮殿の中だとは。中村は救うべく宮殿の中で魂を、力を奪われようとしていたのだ。
「もしや……ロディ女王ではありませんか」
振り返ると白髪の老人が立っていた。顔には深いしわが刻まれ、短く整えてあるひげも真っ白だというのに、背筋はピンと伸びている。気品があり、笑顔からは人の良さが漂っていた。
中村が頷く前に老人は「アミ様!」とよく通る声で遠くに呼び掛けた。
――そうだ、この方は執事の方だ。
中村は遠い記憶を掘り起こした。執事の呼び掛けた方を向くと、光国の民の中で立ち上がりこちらを見つめるアミの姿があった。
「アミ!」
久しぶりに会ったような気がして安堵の声をあげる。民衆の中から、「女王様がお戻りになった」「これで助かるぞ」「光国の平和が戻るんだ」などという声が沸き上がり、宮殿は歓声に包まれた。
アミは民衆をかき分けて急ぎ足でこちらにやって来た。
「無事だと思ってたわ。皆貴方を待っていたのよ」
相変わらず期待が重い。中村はぎこちなく微笑みを返した。アミは中村の足首に目を落とし、痛々しそうな顔をすると「ずっと痛かったでしょう……」と声を掛け、そっと触れた。
アミが触れている所は暖かく眩い光に包まれた。中村は日光を浴びて昼寝をしている気分になり、思わず目を閉じてうっとりとしてしまった。
「これでもう大丈夫」
その声で我に返ると、足首は怪我をしていたのが嘘であったように元通りに治っていた。血の乾いた後だけが、怪我をしていた証拠である。
「ありがとう」
そしてアミはグレィの方を見てダークは……と聞いた。グレィは気まずそうに目をそらした。
「裏切られた」
中村がそう言うとアミは驚かず、そう……とだけ言うと、それ以上何も聞かずに落ち着いた口調で言った。
「知幸……いえ、ロディ。落ち着いて聞いてほしいことがあるの」
何かを察知して中村は重々しく頷いた。
「あの後……光国の門をくぐった後、門番の妖精に出会ったの。その方は門が創られた時からいて、リリー女王様にも会ったことがあるそうよ。で、その方にこの手帳を読んでもらったの。書かれていたのは、この戦争に至った懺悔だった。何が悪かったかなんて私から言って今更議論するべきことではないから、ロディに伝えるべきことは一つ……。いい? 落ち着いて聞くのよ。貴方は、リリー様とダークの間に出来た子なの」
中村は呆けた顔をした。
「……つまりは、貴方の父親はダークで……ねぇ、落ち着いて……」
今や中村にはアミの声が遠く感じられていた。
――父親がダークだった? そんな素振り一回も……。私は今まで実の父親に復讐心を抱き、殺そうとしていたなんて。光国と闇国の血が流れているなんて。だとしたら、悪はどっちだ? 私は生まれるべき存在じゃなかったのではないか。だからダークは私を……。
ダークの、忌々しくこちらを見る目が頭をよぎる。
「アミ、そうだとしたら私は女王であるべきではないよ」
アミは首を振った。
「違う。手帳にはこうも書かれてあったわ。貴方は、光国と闇国を繋ぐ架け橋になるのだと。ダークを救う光になるのだと。だからこそロディは、皆の光であり、女王であるべきよ」
アミは確信を持った力強い声でそう言った。中村は目を見開く。
「そっか。だからこそ、か」
アミの真っすぐした目を見つめ返した。身体が軽くなった気がして中村は車いすから立ち上がった。
――期待に応えてみるか……!




