畏怖
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リリーが赤ん坊を見せに来た。
きっとあの忌々しい王子との子なんだろう――。リリーがあまりに嬉しそうなので、誰の子であるかなんて聞かなかった。リリーも何も言わない。はぐらかすように微笑み、「可愛いでしょう」と言って、柔らかい赤ん坊を持たせるので俺は石のように固まってしまった。
女の、何も言わせないというばかりの微笑みが嫌いだった。
――狡い。
俺は彼女にとって特別な存在ではなく、彼女を必要としている大勢の中の一人にすぎなかった。彼女には帰るべき所があるのだ。俺にはリリーしかいないというのに。
抱いている赤ん坊はリリーに似た大きな茶色い瞳をしていた。汚いよだれを垂らしながら、べたべたした手を伸ばしてくる。その小さい頭蓋骨に掴みかかりたい欲求にかられたが、リリーの笑顔を見て思い止まる。
赤ん坊からは太陽とミルクのようなにおいがするので、ロプトに見せたらきっと食べてしまうだろうなと思った。
あまり可愛いと思わなかったが、リリーの顔を見て「可愛いな」と答えた。
それからこの赤ん坊に興味を持ったので、こっそり宮殿に通って観察をしていた。
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ぎゃあという叫び声が聞こえた。
そこは、真っ白な、窓のない部屋だった。電気は取り付けられていないが、天井が光り輝いており、十分に明るい。物は少なく、テーブルとイスがあるだけだ。
ダークはイスから立ち上がり、隣の部屋をのぞいた。
隣の部屋も同じような白い部屋だ。部屋の真ん中に、子供用のプールのようなものがあり、その中に薄緑の液体が入っている。そこに中村が紐でぐるぐる巻きにされて寝かされていた。中村は騒いでいるが、何と言っているのか分からない。グレィが足元にいたので呼びかける。
「あっ旦那……じゃない、ダーク様! もう旦那って呼ばなくてヨロシンですよね。いやぁ、最初は呼びづらくって仕方がなかったですヨ……。あぁ、チサは目が覚めたようですよ」
「そうじゃない。何をしているんだ」
グレィの口元は赤黒くなっていた。
「いやぁ、光国の方はどんな味がするのかと思って……ついっ」
「馬鹿。光のエネルギーがうつるから、必要以上に触るな」
「ヘイヘイ~」
中村は朦朧とする意識の中で、二人の会話を聞いていた。
――裏切られたんだ! 裏切られたんだ!
中村の心は怒りでいっぱいだった。
「ん? 何を考えている? お前は今から魂を抜かれて俺の力になるんだ。なぁ、俺は優しいだろう? 痛みを感じないんだから。何が不満なんだ。人間界で暮らしていたお前にとって、光国なんかどうでもいいだろう。元はと言えばお前がユリに見つかるから……あぁ、そうか」
ダークは話すのをやめて、懐から試験管に入った透明の液体を出した。
「意識が朦朧として喋れないんだな。口だけ動かせるようにしてやるよ」
そう言うと、中村の口をこじ開け、その透明な液体を流し込む。中村の口の中にミントの味が広がった。大きく咳き込む。
「ダーク。なんでお母さんを殺したの! お母さんのこと、好きだったんでしょう!」
「好き……好き、だったのかなぁ。そうなのかもなぁ。でも、闇国の奴らには愛する感情なんてないからなぁ……」
ぼんやりと答える。
「俺は任務を果たそうとしただけだ。あいつから、光国の王家の血筋を絶たせて来いと言われて。もし……もし、リリーが俺だと気がつかなかったら、リリーだけ逃がすつもりだったんだ。でも、俺は体力温存のために顔だけ変えて、声は変えてなかったから、リリーは気がついてしまった。だからしょうがなく……」
――もし、気がつかなければ、リリーだけを逃がして……。王子の方はもともと殺すつもりだったし、子供二人……特に姉のロディの方は殺さなければならなかった。
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赤ん坊はネズミを殺していた。リリーはそれに気がついて慌ててネズミを隠した。ダークはそれを宮殿の外で空中に漂い、窓から見ていた。
――俺の子だ……。
ダークは確信した。
一瞬、頭の中が真っ白になった。そして嬉しさと同時に憎悪と畏怖がこみ上げてきた。
――リリーは俺の子だと分かって、ああやって大事に育てている! 何で言ってくれなかったんだ。そうか、女王として恥ずかしいから。俺が、嫌がるとでも思ったから? もし言ってくれていたら……俺は、産むなとでも言っていただろうか。リリーはそんな言葉無視して、産むくせに。なんで言ってくれなかったんだ。ばれないとでも思っているのだろうか。
自分の遺伝子を受け継ぐものがいるなんて。光国と闇国の血が流れる者がいるなんて。そんなの……そんなの、異端だ。許されるはずがない。ましてや、光国の女王と闇国の王の身。そんなこと絶対に会ってはならないのに。どうしてリリーは知っていて産んだんだ?
きっとコイツは成長したら俺を憎むだろう。闇国の血が流れているんだ。きっと恨むに違いない。未知の力を持ったコイツは、世界を滅ぼしかねない……。
裏切られた?
俺はリリーに裏切られたのかもしれない。闇国の血の力も使って、闇国を、俺を、滅ぼそうと考えているのかもしれない。そうじゃないか?(リリーの笑顔の裏は読み取れなかった)
恐ろしい!
殺さなければ……と思った。
でも今は幼くて、リリーの笑顔を受け継いでいる。今は時じゃない。その時が来たら、殺してやろう。
……俺の手で。
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「恐かった……んだろうな。王子と子供を殺そうとしているのが、俺だと気がついて、蔑んだ目で見られるのが。今でもリリーの顔が脳裏をよぎるよ。悪いことをしようとすると悲しそうな顔をしているから、俺を苦しめるんだ」
ダークは長い間をおいてそう答えた。




