リリーの手帳(1)
長いです。すみません。
『私が、このような三億年以上も昔の文字を使って、ここに書き記すことをお許しください。というのも、私はこれを誰にも読んでほしくないのです。しかし、たった今、幼いころの手帳を見つけ、懐かしんでいたら、ページの余白を見つけてしまったのです。その時この余白は、私が未熟だったために犯した過ちを懺悔するために存在しているのだと思い、このように書きだしました。
今まで誰にも打ち明けず、今日こんなことになってしまったのは私のせいなのです。女王失格だと思います。死ぬつもりはないのですが、もし死んでしまったら。と思うと、これを書かずにはいられませんでした。どうか無責任な私をお許しください。』
お爺さんが読んだ手紙は、こんな書き出しで始まっていた。
「わしが読んでも大丈夫なのかね」
「すみません。お爺さんしか読めないと思われるので……」
「ふむ。……喉が渇くから茶でもくれんか」
アミは慌てて、地面に手を振る。するとおぼんに乗った、急須と湯呑が現れた。急須から湯呑にお茶を注ぐと、お爺さんに手渡した。
「いやあ、すまんすまん」
「いえいえ、ありがとうございます」
お爺さんはお茶を一口すすると、続きに目を走らせた。
『……私があの人と出会ったのは、女王になる前の、まだ学校も卒業していない頃でした。私のお気に入りの野原で、あの人は一人、いつも遊んでいたのです。いつもというのは、かなり昔から。学校に上がりたての頃からです。
私はよくその姿を見かけていたのですが、声をかけることは出来ていませんでした。あの人がいつも大きな角の生えた、ウシかヤギの骸骨の被り物をしていたから。私は怖くて声をかけることが出来なかったのです。しかも黒いマントのようなだぼだぼの洋服を着ていて、おそらくこの国の出身ではないと思われました。
その日は、お母様から愛のあるお叱りを受けて、少し落ち込んでいたのです。あの人の姿が見えた時、ふと学校で「門は悪い人を絶対にこの国に入れないから、もし悪そうな人や汚れた人がいてもその人は門に受け入れられた人だからね。愛を持って接しなければいけない。困っているかもしれないし、悪い人というのは君たちが決めることじゃないからね」というようなことを言われたのを思い出しました。そこで声をかけてみようと思ったのです。
「何をしているの」と問うと、「虫などを殺していた」と言われて、動揺してしまいました。私が見ているときは、そんなこと一度もしていなかったのです。私が否定すると、「何が違う? 俺は闇国のものだから殺す遊びなんかいつもしている」と言うのです。頭が真っ白になりました。門は絶対じゃなかったの? 闇国の方もここに入れるの? 私は怖くてたまりませんでしたが、まだ信じることをやめませんでした。
私が怯えているとあの人はにやにやと笑って、そこにいるウサギを殺して見せようと言いました。焦って手を出して止めようとしたら、次には私の腕は無くなっていました。痛くて痛くて涙が止まりませんでしたが、家に帰るとこのような人が光国にいるとばれてしまいます。あの人が困ってしまうのではないかと思って、帰れませんでした。そんな私を見て、あの人はうんざりしたようにしていましたが、日が沈むまでそばにいてくれました。そして、また会いましょうと私が言うと、あの人もまた会おうと言ってくれました。
あの人、あの人……と、あの人とはいったい誰なのだろうと思いますよね。懺悔だというのに自分を保身していたことに気がついて、名前を書かなければならないと思っていたところです。あの人とは、闇国の王、ダークのことです。闇国の王というと、光国に攻め入ってきた悪であると多くの人は思うでしょう。しかし、私が出会ったときは違ったのです。とても、とても優しい方だったのです。ですから、今の闇国の王という偏見を捨ててこの話を聞いていただければと思います。
話を戻すと、次に会ったのは、数日後のことでした。
私があの野原を歩いていると、ダークの姿が見えました。しかし、いつもの被り物をしていません。被り物を眺めていて、どうやら壊れているようでした。私は、近づいてきたウサギを抱き上げて、そちらへ歩いていきました。
「どうしたの」声をかけるとダークは振り向き、すぐに顔を伏せました。ですから、その時顔を初めて見たのに、一瞬しか見られなかったのです。「マスクが壊れた」それだけそっけなく言うと、割れた部分をくっつけようとしていました。
私はいつも隠している顔が気になって、ダークの顔を覗き込みました。骸骨と違って、幼くて優しそうでした。嫌そうに顔をそむけます。「目が腫れてる……」ダークの瞼は、青いたんこぶによって腫れていたのです。「私が治してあげるよ」瞼に触ろうとすると、ダークは私の手を避けて「触るな」と言いました。相手に触れると、エネルギーの交換が行われるので、皆は相手に触れることをしないのです。でも私は別に構わないと思ったのです。嫌がっているからどうしようと悩んでいると、ため息をついてじっとしてくれたので、私は瞼を治してあげました。そしてついでにマスクも治してあげたのです。「ありがとう」と言ってマスクを被りました。
「なんでマスクを被るの」「……」「ねえ」「……皆俺の顔が嫌いなんだ」
私には分かりませんでしたが、ダークは悲しそうに見えました。「私は好きだよ」と言ってあげます。その言葉に偽りはありませんでした。
それからというものの、私達はよく話すようになりました。そしてダークは時々その顔を見せてくれるようになったのです。
ある時、私は闇国に行きたいと言ったことがありました。その頃から私はダークに好意があったのだと記憶しております。だから、ダークのいる国を見て見たかったのです。ダークと手をつなぎ、闇の気持ちに沈みこむと、門を通り過ぎていました。それから闇国の市場に行ったのですが、人々は魂を売って物を買っていました。きっと自分の魂ではありませんでした。私にはとても恐ろしいところで、合いませんでした。ダークもそう思ったのか私の恰好は目立ちすぎると言って早々に帰ろうとしました。
ですが、その時、お爺さんに手を掴まれて動けなくなっていたのです。どす黒い感情が流れ込んできて、私は吐きそうに気持ち悪くなっていました。ダークがそれを振り払ってくれ、私達は門の方に走りました。ダークはごめんと一言謝って私を、小川へと引っ張り、手をごしごし洗ってくれました。私の手には黒い手形がべっとりとついて、何だか自分の皮膚も紫色になっていました。俺のせいでといいながら必死に私の手を洗っている姿を見て、なんだか心臓が苦しくってたまらなくなりました。しかしダークは我に返ったように、突然帰ると言ったので悲しくなりました。
別の日。その日は空のオーロラが一段と綺麗で、私はその虹のカーテンが揺らめくのを野原で眺めていました。すると向こうからふらふらと左右に揺れながら歩いてくる影がありました。ダークでした。「ダーク」声をかけると、ダークは手を振って「リリーちゃん」と大声で言いました。いつもはリリーと呼ぶのにおかしいなと思いました。それから目の前まで来ると、雪崩のように私に覆いかぶさったのです。「重いよ」と言ってダークの体をよけます。いつもあの骸骨を被っていなくても手に持っているのに、今日は見当たりませんでした。ダークが呼吸するたびに、変なにおいがして私はくらくらしてきました。
どうしたのと言ってもむにゃむにゃと言うばかりで返事をくれません。どうしようもないのでそのままで眺めていると、しばらくしてはっとして起き上がりました。「リリー?」寝ぼけたように言います。「空が綺麗だよ」私が言うとダークは空を見上げました。ああとか、ううとか言って座るとぼけっとしていました。なぜか沈黙するのが嫌で、私は何を話すか凄く考えていました。多分、ダークにとっての幸せって何とか、願望はあるかというようなことを聞いたと思います。ダークはまた寝ぼけた感じで幸せ? と聞き返しました。そして「力が欲しい」とそれだけは、はっきりと言ったのです。そのままダークは寝息をたて始めたので、私も隣で横になることにしたのです。
朝日によって目覚めると、ダークも目覚めきょろきょろとしています。聞くと記憶が曖昧なのだと言いました。とても心配でした。しかし大丈夫だと言ってふらふらと帰っていきました。




