門
黒髪は、ダークを無表情でじっと見つめた。ダークは冷静さを取り戻したようで、顔が元に戻っていた。
「そうだなぁ。光国が滅びて、闇国のものになるのも時間の問題だろうし。そろそろ宮殿の入り口も破れそうだしね……」
言いながら、ユリの方に微笑む。ユリは悔しそうに唇を噛み締め、黒髪を睨みつける。だが、それしか出来ない。
「いいよ。ダーク。女王様は好きにしてよ。今更お前に期待なんかしてないし、僕はその女の力なんてどうでもいい。そんなもの無くったって、僕は強いから――」
黒髪は少し口角を上げ、目を見開いた。勝ち誇ったような顔に、ダークは一瞬だけ、眉をピクリと動かすが何も言わずに、目を伏せた。
「だけど……このニセモノと付き人みたいな女は置いていけ。宮殿に――」
黒髪が言い終わらないうちに、すぐそばで竜巻が発生した。ダークは座ったままの中村を抱きかかえ、竜巻の中に入る。
「あ、おい、まだ話が終わって……」
ダークと中村は一瞬のうちに竜巻を上っていった。ユリ、アミ、グレィも竜巻に飲み込まれる。
黒髪はダークの予想外の行動に、しばし茫然としていた。我に返ると、竜巻は遠くに過ぎ去って行くところだった。
「門だ! ロプト、門へ向かえ!」
黒髪が叫んだ時、ダーク達を乗せた竜巻は、すでに門へ到着していた。
「ざまぁみろ。初めてあいつの言葉に逆らってやったぞ。あいつも驚いてるだろうなぁ……」
ダークは門の前で、くくくっと声を押し殺しながら笑っていた。しかし自分の足ががくがくと震えていることに気がつき、笑うのをやめた。中村は状況が分からずに、ダークを見つめる。
「こっちを見るな。……お前が重いから震えているんだ」
――はぁ?
中村は何か言ってやろうと思ったが、言葉が出てこなかった。なにより……。
――この状況は何だ。なんで私はダークにお姫様抱っこされているの? すぐに下ろしてほしい。いや、今下ろされたら足首が痛すぎて気絶しそう……。
「……いや、とにかく。あいつらがやってくる前に光国のほうに……あぁ、やっぱり無理か」
ダークは、白銀の門に触れて、押すようにした。しかし、手が眩く白い光に包まれるだけで、うんともすんともいわない。
「小林さん、やっぱり私達を助けて、宮殿に連れて行ってくれるんでしょう」
アミが言う。ダークはアミの方を見ずに「お前さぁ」と言って続けた。
「前から思ってたけど、物事を自分の良いように受け取るよな。まぁそれで今までバレずにこれたんだろうけど。世界は美しいはずって信じてるよーな真っすぐした目が、気持ち悪くて気持ち悪くて……」
「そんな……」
ダークは門から数歩離れた。
「俺はそんな綺麗な奴じゃねぇよ」
ダークが、門に向かって手をかざす。中村を邪魔そうにちらっと見て舌打ちした。
キー―――ン……どどどどどどどど……
眩い光で目の前が見えなくなると同時に、地面が揺れた。鼓膜が破れそうな爆撃音が響き渡る。
皆の視界が戻ると、門に巨大な穴が開いていた。
「なんてこと……」
アミが息をのむ。
「門って破壊できるの……」
ユリは信じられない……と呟く。
「こいつがあれば簡単なんだよなぁ」
ダークは自分の胸元を見た。そこにはあの石のネックレス。
「ダーク!」
皆が振り返るとそこには、黒髪とロプトがいた。
「なんのつもりだ? 光国に行って何をする?」
黒髪は動揺と怒りによって震えていた。ダークは少し笑う。
「あぁ、お前、俺が怖いんだな」
「お前が怖いだって? そんな冗談……」
「石の力は知っているもんな。でも大丈夫だ。コイツらの最期に、光国を拝ませてやろうと思っただけだ」
黒髪は興奮してわなわなと震えた。ユリを指差して叫ぶ。
「だから、このニセモノと付き人を置いて行けってっ!」
ダークは、黒髪を一瞥しただけで、何も言わずに門に開いた穴をくぐっていった。
黒髪の指先に灯りがともる。
炎がユリとアミを襲う。が、ユリが両腕を前に突き出し、見えない壁で防いだ。ユリとアミはお互いに目配せして頷くと、アミが先に門をくぐり、ユリもそれに続いた。
黒髪は攻撃をやめると、見えない壁を殴りつけ、右足で蹴り上げた。
「ああ゛っ!」
黒髪の怒号が、空にこだまする。
ユリとアミは、光国にはいると、目を閉じて深呼吸をした。久々の光国の空気は澄んでいておいしい。見上げると、先程までの出来事がまるで夢だったかのような、青くどこまでも広い空。青々しい草原の香りを乗せた風が、二人の間を駆け抜ける。どこからか鳥の高い鳴き声がして、二人は目を開けた。
ユリは辺りを見回す。
「小林さん……じゃない、ダークがいないね」
「私、まだ頭が混乱していて、状況が把握できてないわ……」
「ユリも……」
ダークがどこに行ったか、何をしに行ったのか、全く見当がつかなかった。
「最期に光国を拝ませてやるって言ってたよね……お姉ちゃんを殺すつもりなのかな……」
「分からない……けれど、とりあえず宮殿に向かいましょう……どこに行ったか分からない限り、今やれるのは宮殿の皆を助けることよ。きっと知幸は……ロディは、大丈夫」
アミは自分に言い聞かせるように言った。
『カーン』
背後で金属をたたいたかのような音が響いた。
振り返ると、小人のように背の低い――本当に、身長百センチくらいの――お爺さんが、トンカチを持って門を叩いていた。
「お、お爺さんどこから……」
ユリが驚いて言う。
「近頃は門を壊す奴がいてけしからん。大体力技で壊せるもんじゃないのに……老朽化かのぅ。はぁ、こりゃまた……闇の奴らか……あの少年ものぅ……」
後ろのユリとアミに気がついているのかいないのか、お爺さんは独り言を言っていた。
「あの、お爺さん?」
お爺さんは、今気がついたというように、ゆっくりと振り返り、うん? と唸った。
「……懐かしいのぅ。おぬし、何十年ぶりじゃ。いや、何百年じゃったかな……」
ユリを見てお爺さんが嬉しそうに言った。しかしユリは、会った覚えがない。
「お爺さん、ユリと会ったことあったっけ? 誰かと間違えて……」
「わしはまだ物忘れなんか始まってないわい! その石をあげたのは、このわしじゃないか」
ユリは自分の胸元にある石を握りしめた。
「え! お爺さん、これをママにあげた人なの?」
「ママ……」
お爺さんは遠い目をした。
「そうだよ。お爺さんが会ったのは、ユリのママなの」
ユリは飛びあがりそうな勢いで言った。アミが少ししゃがみ込み、目線をお爺さんに合わせる。
「お爺さんは、何をしている方なの?」
「わしはこの門の妖精で、門番をしているのだ」
アミの表情がぱぁッと明るくなった。
「門の。何年前からここにいるのかしら」
「門が出来た時からいる。はて、何年じゃろうか……」
お爺さんは首をひねる。
「この門が出来たのは三億年以上昔ですよ。ユリ、女王様の手帳、持ってる?」
アミとお爺さんの話をぼぅっと聞いていたユリは、はっとしてポケットに手を入れた。手帳を出すと、アミに渡す。
「お爺さん、私達宮殿の者なのですが……。お爺さんが昔会った、この子の母が残した手帳が読めなくて困っていたのです。お忙しそうなところ申し訳ないのですが、お力を貸していただけないでしょうか」
アミがお爺さんに手帳を渡す。お爺さんは受け取り、「ふむ」と言って手帳をめくった。
「この文字を教えたのはわしじゃ。あの子は聡明じゃった。文字を教えてほしいと言われた時は、長い間生きている妖精くらいしか読めないのに、なぜと不思議に思ったが……。なるほど。誰にも読まれたくなかったのだな。あの時は話し相手が出来て楽しかったのぅ。でも大きくなってからは見なくなったんだった……」
昔を懐かしみ遠い目をしていたお爺さんは、はっとしてアミを見た。
「いかんいかん。話が長くなってしまった。年寄りの悪い癖じゃな。この穴の向こうはどうなっておる? すぐに修理せんでも大丈夫なのかね」
「ユリのバリアは世界一だから、大丈夫!」
ユリは自信満々に、こぶしを握ってそう言った。
「そうか。じゃあ、ゆっくり読むとするかね」
「ありがとうございます!」
アミは頭を深く下げた。
「ユリ、貴方は宮殿へ行って皆を助けてきて」
「うーん。手帳の中身知りたいけど。そうだよね。ユリは宮殿に行ってくるよ」
ユリはくるりと背を向けて、姿を消した。
「お爺さん、よろしくお願いします」
そうして、お爺さんは手帳をゆっくりと読み始めたのだった。
解読不可の古代文字とか、7500万年前の文明にある伝説とか言われるとわくわくする人いませんか。ちなみに”あの世界”で門を創ったロディのご先祖様は、地球に来て恐竜と遊んでいたという伝説があります。




