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 小林達が買ってきたコンビニの菓子パンは、ぱさぱさして味が分からなかった。これから闇国に行く……。そう考えるだけで中村の鼓動は早くなる。前世でタイラーから門の話を聞いた時のことを思い出していた。



『門は心を見る。向こうの闇国ってのは、悪い人ばかりなんだよ。例えば、平気で殺しをして楽しんだり、堕落する生活をしたり――』


 前世の中村――ロディ――は、絶対に開いてはならない門を開いてしまったのだ。その時は、門の隙間から見える暗黒の世界に恐怖して走って逃げた。何かの間違いで開いてしまったのかも知れない。そう考えたこともあったが、門は絶対なのだ。自分の中に闇国の者のような残酷性が存在しているのかも……と考えると恐ろしく、ロディはそれ以来、門のそばに近寄らなくなった。


 また開けてしまうと思うと怖くて。


 門が開いたことは、タイラーにしか話していない。中村は、ここにいる皆にも話すつもりはなかった。この事は、死んでも言わないことにしている。

「食事も食べ終わったことだし、集団失踪事件があった場所に行こうよ」

 ユリがキッチンで手を洗いながら、リビングに向かって言った。


「集団失踪のあった場所はキャンプ場もある山の中よ。事件から二週間以上経ってキャンプ場も運営を再開しているそうよ」

「じゃあ、人目につかない場所にワープしないとね」




 この山の中にワープして来て、もう二時間程は経っていた。

 幸い、事件があった為かキャンプや登山客はまばらで、人目を気にすることは無かった。第一、人目を気にしているのなら登山服で来る方が良い。中村はたまにすれ違う人からの視線が怖かった。主に、白いワンピースで目立つアミとユリが見られていたが……。


 来るときはワープして来たとはいえ、二時間も山の中を歩き、皆は滝のような汗を流していた。こんな猛暑の日に山なんて来るものではない。

「アミっ! 二時間探して無いんだから、もうないんじゃない?」

 中村は帰りたくて声をあげた。


「山道以外の場所をまだ見てないわ」


 ――帰りたい。帰りたい。もう太ももは筋肉痛になりそうなくらい疲れたし、全身が汗でびしゃびしゃ……。


 日本では年間約八万人が失踪しているらしい。だからキャンプ場で失踪してもおかしくは無いが、一度に十七人失踪するのは不思議としか言いようがない。


 こんな小さな、山道が整備されている場所で失踪なんてするのかな……。中村はよく自然を舐めていると言われるので、楽観的にそう考えていた。小さい山と言っても四人で捜索するには広すぎる。失踪者捜索の際に警察や自衛隊、民間人など二千人程で捜索したそうなので新たな発見など無いに違いない――。


「あっ!」

 中村は声をあげた。


 ユリとアミが振り向くと、中村は消えていた。

「お姉ちゃん!?」

 ユリは周囲を見回す。が、見当たらない。


「穴……」

 小林とグレィが、中村の立っていた地面を指差す。そこには人が一人通れるくらいの暗い穴があった。穴からは禍々しい紫の光が、陽炎のように揺らいでいる。ユリとアミは咄嗟のことに地面なんて見ていなかったのだ。


「穴……だね」

「集団失踪事件の時も突如穴が現れて、落ちたのかもしれないわ。邪悪な気配がするから、闇国と繋がっているはず。とにかく、この穴に飛び込むわよ」


 中村が落ちてしまった穴。光国へ行く唯一の手段が、目の前に現れた。飛び込むしか道は無い。

 ユリは覚悟を決めて頷き、アミが飛び込んだ後に続いた。その後に小林とグレィが続く。


「ここは……」


 空は嵐の前の、夕焼けのような赤紫色をしている。そこに得体のしれない黒い鳥が大量に飛んでいた。生ぬるく湿った空気が肌を撫でていく。どこからか植物が腐ったようなにおいがして、ユリは顔をしかめた。


 静かであるのに視線を感じる。視界に広がるのは一面の砂漠で、何も見当たらないというのに。アミは心臓のあたりがざわざわして、頭痛が酷く、吐き気をもよおしていた。


 この場所こそが闇国だった。

 二人は今にも吐きそうで、自分たちはやはりここが合わない。門は正しいと思った。


「聞こえるか?」

 小林が目を閉じて二人に問いかける。二人は耳をすました。遠くで叫び声が聞こえる。中村の声だ。

 小林は、砂を蹴り跳躍し、声の方へと猛スピードで飛んで行った。ユリとアミもその後を追う。グレィは飛べないのでとぼとぼ歩く。


「どうせ戦力外ナンですよ……」

   ・

   ・

   ・

   ・

「あの時の私と同じ苦しみを味わわせてやる!」


 中村は、黒髪の男の死んだ魚のような目を、正面から憎々しげに睨みつけた。

「あの時? なんのことだか……」


 男は無表情で中村を見つめていた。その隣には、ロプトがいる。

 中村が穴に落ちた後、この黒髪の男とロプトが待ち構えていたのだ。


「その前にさぁ、女王サマぁ。この間のあれ、死ぬほど痛かったからやり返さないと気が済まないんだよねぇ。不死身だから死なないけど、超痛いんだよ!!」

 中村はちらりとロプトを見た。そして隣の黒髪の男に視線を戻す。


 ――こいつが、リーダーだった。両親を殺し、私を殺しかけた。他の奴らも赦せないけれど、こいつは……こいつだけは!!


 中村は興奮して自分の顔が熱くなっていくのが分かった。


 ――身体を切り刻んで、心臓を圧迫してやる。


 黒髪の全身から、血が吹き出した。鮮血は砂漠にすぐに染み込んでいく。


「はぁ……あいつ、こんな生ぬるいことしてたのか。遊んで帰ってきたくせに、逃げられたとか抜かしてやがったのか……」


 そう言い終わった瞬間、黒髪は中村の懐に飛び込んでいったが、中村は突然のことに動くことさえ出来なかった。

 黒髪は、中村の喉元を掴み、そのまま地面に打ち付けた。中村は気管を圧迫され激しくせき込む。黒髪は耳元でささやいた。


「お前はここで死ぬ」


 顔を離すと、ニコリとほほ笑んだ。中村の目の前に、黒髪が首からかけている、紫色の石がぶら下がった。夢の中で見た物と同じものだ。


「僕なら、まず逃げられないように両足首を折る。見えるか?」


 黒髪は中村の右足首を掴み、目の前に持ってきた。足首は自分の意思と関係なく、かかとの方へゆっくりと曲がっていく。

 中村は絶叫した。

 足首の骨が皮膚を突き破る。どろりとした血がゆっくりとふくらはぎを流れ落ちた。


「あぁ、痛いか? でも気を失うほどじゃないだろ? 気を失ってしまうのは勿体無い。この後が楽しいんだから。ほら、もう片方もやるぞ。良い? 準備出来た?」


 中村は子供がいやいやをするように、首を左右に振った。

 涙が止まらない。この男の瞳孔が開いた、にやついた顔を殴ってやりたい。でも少しでも動くと、足首が焼けるように痛い。


「せーの」


 今度は左足首が勢いよく左側に折れた。中村は声にならない叫び声を上げる。


「あはは、痛い? ねぇ、どんな感じ? 痛い?」


 中村の目の前で爆発が起こった。……いや、爆発ではない。それは、小林が猛スピードで飛んできた衝撃波だった。黒髪に体当たりして五メートルほど突き飛ばした。

「いっ……」

 中村は足首が地面につかないよう踏ん張った。

「小林さん!!……こいつが、お母さんを殺した……!」

「誰?」


 黒髪はいぶかしげに小林を見る。小林は黒髪を睨みつけた。後ろからユリとアミが来て着地する。遠くにグレィの姿も見えた。

 小林は、黒髪に掴みかかる。と、手が触れた左胸のところが、マグマのようにどろりと溶けていく。


「ああああああああ……」


 黒髪は悶え苦しんだ。

 小林は黒髪の首からあの石のついた、ネックレスを引きちぎった。


「これは俺の物だ。返せ」


 小林が言うと、黒髪はにやりと笑った。

「あぁ、なんだ。お前、()()()じゃないか」


 胸から血をだらだら流しているのにもかかわらず、痛くなさそうに飛び切りの笑顔を見せた。


「よくやってくれたな、兄さん。任務遂行失敗してアッチに追放したら、土産を持って帰ってきたのか。兄さんにしては……上出来じゃないか。光国の女王様、コイツがあんたの両親を殺した、元闇国の王、ダークだよ」


 中村はあ然として、小林――いや、ダークを見た。ユリもアミもグレィも、ダークを見つめている。


「ダーク。ださい名前だよなぁ。俺は昔からこの名前が嫌いだった。ロクに考えもしてねぇ名前が……」

「兄さん、もういいよ。光国のおままごとはおしまいだ。こんな奴らに付き合ってやってたなんて考えるだけで、吐き気がするよ」


「小林さん! 嘘でしょう? 両親を殺したのが小林さんだなんて! だって今まで何回も何回も、助けてくれたじゃない。なのに……なんで……」


「まぁ、バレちまったもんはしょうがないよなぁ。もう隠す気もないよ」


 ダークはそう言って、悲しそうな顔をした。

「小林さん……顔が……!」

 アミが悲鳴をあげる。

 小林の顔は今や、ぼやけてのっぺらぼうのようになっていた。顔を覆い隠し、しゃがみ込む。


「あぁ! 俺の顔を見るな!」

「兄さん、まだ自分の顔が嫌いだったの。もう覚えてもないよ」


 黒髪があきれたように言った。

 ダークは、どうやら能力によって顔を変えていたらしい。中村――ロディの両親を殺した際には、この弟の黒髪の顔になっていたのだ。


「俺じゃない、俺じゃない。皆が俺の顔を醜いっていうから……だから、だから。あぁ、母さん……ごめんなさい。ごめんなさい……」


「ダーク様……」


 グレィが呟いた。

「はぁ、はぁ」

 顔を上げたダークは、息を切らしていた。顔が定まらないようで、数秒ごとに別人になっている。黒髪の方を見上げると、口を開いた。


「ロディは、俺にやらせろ……」

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