魂
「遅かった……か?」
声のする方に、小林が立っていた。いつものへらっとした笑みを浮かべて。
「グレィ……」
「グレィちゃんは大丈夫。だけど翼を切られてて、血が……」
小林はアミが抱えたグレィを、ちらりと見ただけだった。
「は、だと?」
小林は、寝かせられたユリとしゃがみ込んでいる中村に近づく。
「おい……」
小林は中村の振り向いた顔を見て、引き攣ったような顔をして固まった。中村は、大きな瞳からぼとぼと涙を零していたのだ。
「小林さん……ユリ、死んじゃった……」
「泣くな。グレィから聞いた。ユリが死ぬ気だってな。……助けを呼んだだろ?」
ぽかんとしている中村に、小さな小瓶を見せた。中身は何も入っていない。
「何、それ」
「今から俺の魂の一部を、ユリに渡す。それで自己再生出来るはずだ」
「そんなこと……」
出来るのか。小林は自分の命をユリの為に削ることが出来るのか。
小林は、中村の隣にしゃがみ込む。
「見てろ」
右手の下に、口を開けた小瓶を充てがう。そして、ぐっと右手を握り込むと、白く光る液体が滴り落ちた。それは、小瓶の中にだんだん溜まっていく。先程、人々の口から出てきていたものと同じようだ。これが魂らしい。
小瓶の真ん中辺りまで、魂で満たされるとユリの半開きになった口に付けた。小瓶を傾けると、魂はユリの口へ流れ込む。
中村がユリをじっと見ていると、口元が少し動いた気がした。ユリがゆっくりと目を開ける。
「ユリ! ユリ!」
ユリは生き返ったのだ。中村はユリに抱きつき、アミは一筋の涙を流した。
――この力があれば、誰も不幸になんかならないんだ。でも死は確実に存在する。
中村はそう思った。あの世界の住人は、この能力を持ち、思い通りに生きる。しかしそれは、死を忘れてしまうほどだ。ユリの死を目の当たりにした瞬間、両親が殺された瞬間を思い出す。死は存在する。当たり前のことだが。
「小林さんが助けて下さったのよ」
「小林さんが? ユリは死ぬつもりで……全ての力を使って……ロプトは?」
ユリは起き上がり、きょろきょろと周囲を見渡した。ショッピングモールはほとんど跡形もなく、瓦礫になっていた。空は忌々しい程晴れており、太陽が照りつけていた。
「俺が来た時には、こいつがロプトを倒すのが見えた。お前には無理だったみたいだな。こいつも、最初から力を出せばいいものを、いつもまぐれみたいに底知れない力をだすからなぁ」
鼻で笑う。ユリは少し悔しそうに、俯き唇を噛んでいた。意を決したように顔を上げると、消え入りそうな声でありがとうと言った。
「礼はいい。だけど、二度目はないからな」
ユリは頷く。
「さて、昼寝に戻るとしようかな」
そう言って小林は、姿を消した。
戦いの後の気怠い沈黙の中で、誰かのため息が聞こえる。その沈黙を破るようにグレィが口を開いた。
「旦那は、素直じゃないだけなんです。……私が飛んでいる姿を見せたかったデス。きっと喜んでくれたはずです。……あの世界で私はドラゴンの種族の中でイタン、でした。皆から飛べないことを馬鹿にされていたんです。おまけに身体も大きくならないで。私たちドラゴンは喋れますけど、結局はドウブツなんですよ。飛べなかったら、大きくなれなかったら、死ぬか、殺されるか。ドラゴンに周りを気にする親切な心なんて、生まれつき備わってないんです。そういうドウブツですから。
……でも、私はだ、旦那から名前を貰った。住む場所を与えてくれて、友達になってくれた。私は飛べなくても小さくても、生きていてイイってそう思えたんですよ! だから私は旦那について回っているンです。旦那は自分のことは殆ど話さない、分からないこととか知らないこと、多いですケド。でも、旦那は周りの人と違った! きっと優しい方だと思っているんです……」
中村は、「うん」と小さい声で相槌をうった。
「だから……だから……嫌いにならないでください。旦那も、私も……」
「うん。……嫌いになんか、ならないよ。グレィも、小林さんのことも」
中村は、アミに抱えられているグレィの頭を撫でる。ユリはガバッと勢いよく立ち上がる。
「素直になれないってったって! 目くらい合わせなさいよね! 一回も目、合ったことないんだよ?」
「ユリ、安静にしてないと……」
アミがなだめる。
「それは、私も思ってた。でも、そういう人っているから……」
「目が合わない人ぉ? この世界の人おかしいんじゃないの」
ユリはいつもの元気よさを取り戻したようだ。
「それは、ユリとチサの目が、リリーさんと似ているからではないでショウか。詳しくは知らないですが、大切な人だったと言ってたんで、思い出してシマウからではないかと」
「ママと?」
ユリが驚いた顔をする。アミは考え込む様子で「確かに似ているし、私とは目を見て話すことがある気がする……」と呟く。
「んーでも、あんな人、知らないんだよね。宮殿には限られた人しか出入り出来ないし。もしかして、ママの小さい頃、学校とかの友達なのかな?」
グレィは首を傾げた。
「取り敢えず、ここを離れましょう」
アミが空を見上げて言う。頭上には、ヘリが飛んでいる。見晴らしの良い地上には、その影が映った。




