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ロプト

ゴールデンウィークだって?

「ま、待って!」

 中村の声が聞こえていないのか、小林はぐんぐん上空へ行く。


「待ってってば!」

 小林がピタリと止まった。

 中村は、顎を上げて荒い呼吸を繰り返す。


「敵の気配がしたんだ」


 ――敵? あの人影が戻ってきたの?

 二人の下を、飛行機が横切った。中村が何か言うが、飛行機の音で何も聞こえない。


「みぃつけたぁ〜」


 陽気な声が上から降ってきた。

 中村が見上げると、そこには長い髪をはためかせているひょろりと長い影が――。

 中村が目を凝らすと、影は消えた。


「えっ」


 鬼が中村の目の前で、無理やり笑っていた。

 顔の筋肉を全て使ってぎゅっと笑っていた。男は、手を中村の首に伸ばした姿で静止していた。小林がその手を掴んでいるのだ。

 男は、銀の髪を靡かせ、不気味な笑顔を絶やさない。


「お祭りだって聞いたから駆けつけたのに、このロプト様が来るほどでもなかったな! ただの小娘じゃないかぁ」


 口を笑った形のまま、朗らかに話す。

 銀髪は、ロプト……という名らしい。

「あ……あ……銀髪の、男……」

 中村は震えている。


「そろそろこの汚い手を離せ。喰うぞ」

 先程までの朗らかな声はどこかに消え、唸るように言う。

 ロプトは、口を大きく開ける。

 歯は全て、犬歯だった。


 「きもいっ!」

 吐き捨てるように言うと、小林は男を下に投げた。投げられるまま銀髪は落下していく。

「あ、あいつ、お母さんとお父さんを殺した……」

 紛れもなく、あの銀髪の男だった。


「知ってる」

 小林は呟く。

 そのまま、落下していくロプトを追い右の拳を振り上げる。

 ロプトはそれをひょいとかわす。


「お前は誰だ? 俺様はあの女王サマに会いに来たのだが……それにこんな攻撃何とも無いぞ!」

 うはははとたのしそうに笑う。

「いい暇つぶしになりそうだ!」

 ロプトが指をパチンと鳴らす。

「だけど、ロプト様は雑魚の相手なんかしないのだ☆」


 何もなかった空間から、黒い人影が姿を現わす。三十ほどいた。人影たちは小林に突進した。

 中村がぼうっとそれを見ていると、ロプトが目の前に立ちはだかった。

「女王様ァ。ボーっとしている暇はないよ。俺を楽しませてくれなくちゃ」

「嫌だ、私は……」


 ロプトは手を上げる。


 空は急に暗くなり、雲が渦を巻き始めた。ちょうど天気予報で見る、台風のような雲が、ロプトを中心にぐるぐると高速回転している。


「なにっ……」


 空から竜巻が降りてきた。日本ではまず起こらない巨大な竜巻である。その風は地面の土を巻き上げ、暗い土気色になった。雲は時々稲妻が光っている。


 眼下にある建物が飲み込まれていく。


 人々の悲鳴が聞こえる。


 ――あぁ、私のせいで。私のせいで、何も関係のない人が竜巻に飲み込まれて、死ぬ。

「あーあー、人間どもが虫けらみたいだなぁ。汚い竜巻だぁ」

 ロプトは吐き捨てるように言い、笑った。

「このっ……」

「この、なんだよ」


 ロプトのにやりと笑った顔が、吹き飛んだ。中村の体は竜巻に引っ張られ、飛んでいく。

 竜巻の中は、暗くて視界が悪い。身体が思い通りにならない。ごおーという音が、耳をふさがれているような感覚にさせる。


 そのまま流されて――。

 ――このまま死ねたら、どんなに楽だろう。


 その時、腕を掴まれた感触があった。

 何か聞こえた。目は砂ぼこりでまだ開けられない。しかし、抱きしめられているのが分かった。




 冷たくて硬い……。

 中村が起き上がると、自分と同じようにフローリングに転がっているユリとアミとが目に入った。

 身体中砂まみれで、気怠さも相まって中村は学生時代の体育祭の帰りを思い出していた。


 ――体育大会だっけな、呼び方。


 そんなどうでもいいことを考えながら、部屋を見回した。

 天井に棒状の蛍光灯取り付けられているのが見えたが、明かりはついておらず、カーテンも閉め切られている。カーテンの隙間からは、ぼんやりとした光が射し込んでいた。

 部屋は広いがシングルベッド以外の家具は置いていない。床にも何もなく、とても人が住んでいるとは思えない。


「ユリ、アミ。起きて」

 小声で呼び、ユリとアミの体を揺する。二人とも意外とすんなり目を開けた。

「ここ、どこ?」

 ユリが不安そうにきょろきょろして、中村に聞く。

「分からない。けど、敵がこんなところに住んでいるとは思えないし、グレィと小林さんがいない」

「危険な気配はしないわ。取り合えず様子を伺いましょう……」

 アミの言葉に二人は頷いた。

 中村はゆっくりと立ち上がり、ドアを恐る恐る開ける。


 ――誰もいない。

 そこは今いる部屋より少し広いリビングだった。今度はテーブルもイスも何もない。ただ、黒いカーテンが存在感を示しているだけだった。


『ダンッ』


 何か重い物音がした。

 リビングにあるもう一つのドアの方――多分玄関かキッチンがあるのだろう――からだ。その扉は、すりガラスがはまっていて、向こう側に電気がついているのが見えた。

 静かにそちらに近づき、ドアを開ける。


「何してんの」

 小林が目つきの悪い顔をこちらに向ける。小林は玄関の廊下にあるキッチンで料理をしていた。包丁を手に持ち、肉の塊を切っていたようだ。

「見て分かるだろ。腹減ったから料理してるんだよ」

 料理という言葉が似合わず、中村は笑いそうな顔を何とか真顔にした。

 グレィも、小林の足元にいた。


「ここ、小林さんの家?」

「そうだけど?」

 小林は慣れた手つきで肉に塩コショウを振っている。

「お前らの分もちゃんとある」

 ガスコンロに火をつけると、手をかざしてから油を入れた。肉を並べるたびにジュウという音がする。

「ありがとう」


 肉に関してではないようだった。言い方が重い。

 それだけ言うと、ドアを閉めた。

 振り返ると、寝室の方からユリとアミが覗いていた。

「小林さんが助けてくれたのね」

 話が聞こえていたらしく、アミが嬉しそうに言う。

「そうみたい。ご飯もくれるって」

 ユリがやったぁと声を上げる。


「小林さんって何者なの?」

 中村が疑問を口にする。寝室の方に戻って、三人は床に座り込んだ。


「私達も分からないの。あの喫茶店で出会って、女王様の知り合いだって知ったのよ。女王様は皆に優しいから、あの世界に迷い込んだ方や、闇国の更生した方などの手助けなどもしていたから、そんな感じかと。ただ本人は何も教えてくれないのよ。小林なんて言う名前だし、人間に生まれ変わって記憶があるのかしら。でも助けて下さるくらいお強いし……」


 アミはううんと唸った。つまりは、何者か分からないということだ。

「二人もあの竜巻の中にいたの? どうやって助けたんだろう」

「瞬間移動とかしたんじゃないのぉ」

 ユリは気の抜ける声で言う。この娘はいつも呑気だ。


「この部屋暗くて嫌な感じだから、カーテン開けていい?」

 ユリは誰に聞いているわけでもなく、そう言ってから勢いよくカーテンを開けた。


「出来たぞ……おい、勝手にカーテン開けるな」

 皿を持った小林が立っていた。

「暗いから……」

 口をとんがらせて言う。

「閉めろ」

「なんで……」

「閉めろ」

 小林はユリを睨みつける。

「はぁい」

 ユリは仕方なくカーテンを閉めた。


 リビングにはステーキの乗った皿が床に置かれ、そのうちの一つをグレィが、がっついて食べていた。

「グレィ……」

 小林がため息を漏らす。

「待てって言っただろう。ペットじゃねぇんだから、言葉も分かるし……」

「目を離したラ……がふがふ、食べてシマウに……ごきゅっ……決まってらぁ!」

「家畜か……」

 小林はうなだれる。


「これは、なんて言う料理なの?」

 アミが聞く。部屋が暗いからか、その顔は青く見える。

「牛タンステーキ。焼き方はレア」

「なんで牛タンなのよ。しかもレアって……家でやるもんじゃないよ。おなか壊しそう。米はないんだ……」

 中村が嫌そうに言った。

「俺はよくやる。嫌ならグレィに食わせろ」

 グレィがきらきらした視線を寄越している。しかし、中村も腹が減っていたので、無言で食べ始めた。


 何もない部屋で、食器の音と、咀嚼音だけが響いた。

「小林さん、助けて下さってありがとうございました」

 アミがにこやかに言う。小林は顔も上げないが。

「礼はいい。俺がそうしたかっただけだ」

 そう言うが、アミは更に尊敬の眼差しで見つめる。


「逃げただけだから、また襲ってくるけどな。アイツは頭おかしいし、竜巻をどうすることも出来なかった」

「まさか、ロプト?」

「ユリ、知ってるの?」

「殺されかけたから……お姉ちゃんじゃないってバレたら、消えたけど」


 ――私しか狙ってないんだ。

「そっか……。あ、さっきの竜巻、ニュースになってるかもね」

 中村はスマホをポケットから取り出す。画面がついて壊れていないことが分かると、ほっとした。

 ネットニュースにはやはり、竜巻の文字があった。被害総額や死亡者の数を見ると、責任と悲しみで心が苦しい。

 画面をスクロールすると、速報の文字があった。

 中村は勢いよく立ち上がる。


「やばい」


 何が、というように小林が中村を見た。

「ロプトが暴れてる!」

幻なんじゃない?

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