決意
時計の音が、店内の静寂を際立たせる。四人と一匹は、カウンター席に腰掛け、黙り込んでいた。
「……不可能なんてない」
中村が呟いた。
ユリとアミが俯いていた顔を上げて、中村の方を見た。
「……ロディーだったら」
その言葉が更に絶望へと追いやる。
「何言ってんだ。魂は変わらないのだから、お前になら扉を創ることだって出来るかもしれない。この世界での習慣が、そのウジウジして無能なお前を作っているだけだ」
「でもっ……私は今人間の身体な訳で!」
ウジウジしている――。
言い訳ばかりで、行動もせず、勝手に自己嫌悪して、マイナス思考に陥る。それが自分だと思っていた。
「俺が出来るって言ってんだ。それなら、出来るんだよ。もし出来ないと思ったら、妹がぶら下げてる石の力にでも頼るんだな」
小林がユリの方を見る。ユリは目を丸くして、胸元の石を取り出した。
「小林さん、石の力が分かるんだね」
「……お前らは感じないのか?」
今度は小林が少し驚いたように言った。表情では分からないが。
「本当に、小林さんって、すごいのね」
中村が目を細めて小林を見つめた。それは称賛なのかは、分からない。
「まぁ。とにかく、動いたほうがいい。ロディーさんも、能力を使っている感覚を取り戻したほうが良いだろう」
わざとらしく、ロディーをさん付けして呼ぶと、椅子を回転させて軽やかに立ち上がった。
「いくぞ」
振り返らずに言う。中村は、困った顔でユリとアミを見たが、二人は首を振る。付いていくしかないのか。
チリンと音を鳴らして、ドアを開く。きらきらと輝く朝日が、喫茶店へ差し込んだ。もう既に日は高く登っていたらしい。
彼女が小林の後を追いかけると、ちょうど目に白っぽいオレンジの光が飛び込んできた。
「わっ、眩しっ!」
手をかざし、光を遮る。
「良いお天気だね」
呑気な声が聞こえた。
彼女が振り返ると、アミもユリも、グレィも出てきていた。
何故か三人はにこにこしていて、今からピクニックにでも出掛けるみたいにしている。
少しの希望。
それは今の中村には重かった。自分が扉を創れるようにならなければ、光国は滅びて、皆は二度絶望を味わうことになる。
それでも。
彼女はこの場から逃げ出すことは出来なかった。前世での優しい母の記憶。優しい光国の民。平和でゆっくりと流れる時間。広くて鮮やかな空。
そんな世界を助けられるかも知れない自分に、少しの期待を抱いた。
――今いる世界よりマシだ。
彼女の中の、中村知幸が心の中でそう言う。
「あぁ、腕慣らしにどうだ」
小林がそう言って向こうを指差した。彼女はぎょっとする。
黒い人影が無数に蠢いている。空を覆い、道を覆う。これまでに見たことも無かった数である。
「な、何でこんなにいるの!」
ユリが声を上げる。
「記憶が戻ったから?」
適当に答えている感じだ。
「……言ってる、場合じゃ……!」
人影が、ユリに向かって手を伸ばす。ユリの声は、焦りで途切れた。
人影の手が、空を掻く。
ユリは、にやりと笑って「これが欲しいの」と、胸元の石を手にして掲げた。
石から眩い光が発せられ、周囲の人影が溶けていく。
「お見事」
小林は人影を次々に蹴り飛ばし、軽やかに人影の手を逃れていた。
「小林さん……!」
中村のか細い声が、何処からか聞こえた。小林は周囲を見回すが、中村の姿が見当たらない。
「おい、アミ! ロディーは?」
アミは、精神集中するように、目を閉じている。その周りに、人影は近寄らない。
アミは首を振る。
「あっあそこ!」
ユリが指差した。
その先には、人影の山に埋もれる中村の姿があった。
小林は舌打ちをする。
「何やってんだ!」
人影の山に向かって駆け出す。
黒い山を掻き分け、中村の腕を掴んだ。中村は泣いていた。
「……やっぱり、私は戦えない……」
その瞬間、小林が手を上げた。
彼女は突然の出来事に、身動きもせずただ呆然としている。ただ、彼女の頬だけが赤い。
「なんで?」
小林は何も言わずに、唇を噛み締めている。
人影は、二人の周りを蠢き、飲み込まない。ちょうど、ドーム状になっていた。小林がまた結界でも張っているのだろうか。
ふらり、と小林が歩き出すと、人影は小林を避けるように、うねった。
「それなら、死んだほうがいい」
小林の言葉を聞いた彼女は、人影に飲み込まれていった。
――そうか、私はこれに飲み込まれて死ぬのか。
人影の無数の手が、彼女を掴み引き裂かんばかりに引っ張る。押し合い、身体が潰される。
苦しくて暴れた。
しかし、逃れられない。
「あああぁっ!」
叫び声を上げて、人影に噛み付いた。
――ムカツク、ムカツク、ムカツク!
「なんで私が! なんで私が! 私は何もしてない、何も悪くないのに。どうして。こんな死に方したくない。私は何の力も持っていないのに。何で私。狙われてる……。嫌だ、嫌だ……」
どうにもならずに、苛々していた。抑えられない、怒り。発散出来ない苛立ち。爆発しそうな思考回路。
死に際には、走馬灯が浮かぶらしいが、中村の頭の中は、「何で何で何で」という単語と怒りでいっぱいだった。それは、死なないからか。
頭上に光が射す。それを見上げて、力いっぱい、地面を蹴り上げた。
彼女は空に浮かんでいた。
いつの間にか、夜のように暗い。
人影は、渦を巻いて、竜巻のように彼女を襲う。
彼女は、両手のひらを竜巻に向けると叫んだ。
「消えろぉぉお!」
彼女の瞳は、怒りに燃えている。
一瞬、空一面から光が降り注いだ。
そして、爆発音が轟く。
それが雷だと分かる頃には、人影は一匹たりとも残らなかった。
「はぁっはぁっ……」
息を切らし、地面へ降り立つ。誰も、彼女に近寄らない。
「私はまだ死ねないんだった」
小林の背中に向けて言う。
「あの四人を殺すまでは」
彼女は理不尽に殺された両親の復讐を、決意した。
小林が振り向く。
「小林さん、私に戦いを教えて下さい」
前世では戦ったことなど無かった。光国の住人は、平和を好み、戦わない。逃げるか、守るかしかしない。彼女は逃げることしかしてこなかった。
あの時も、宮殿から小屋へ家族で逃げたのだ。しかし、逃げ切ることは出来なかった。闇国の者は、小屋を見つけ両親を殺し、また逃げた先まで追ってきて、今も追われている。
「その顔が見たかった」
小林が笑う。
「お姉ちゃん! 違うよ!」
ユリが中村に抱きついて言った。
「お姉ちゃんの目的は、光国を救うことなんだよ。闇国の人達を、こ、殺すっ……なんてことじゃない」
ユリの手は、恐怖で震えている。中村を見る目付きは弱々しい。
「目的なんてどうでもよくない? それが光国を救うことになれば」
彼女の声は冷たかった。
「それは……」
ユリは、それが絶対に間違っていると思ったが、冷たい目をした彼女をどう説得すれば良いか分からなかった。アミに助けを求めるが、アミは小林を見ていて気が付かない。
「そいつらを、あっと言わせてやろう」
小林はそう言うと、浮遊した。そのまま上空へ吸い込まれるように移動する。彼女はそれを追う。
「私を置いていかないデくださぃ〜」
グレィの声は二人に届かない。
アミとユリは、不安そうに見つめ合った。
空は青く晴れていて、平穏そうだ。先程の出来事が嘘のように、澄み渡っている。




