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記憶

 消防隊員から事情聴取され、警察からも同じことを聞かれた。保険や母の葬儀や親類への対応などによって、疲弊する間もなく時間は過ぎていった。リビングが一番燃えていたのは分かったが、結局火事の原因は、はっきりとしなかった。中村はあの世界の敵がやったのだと考えていたが……。


 その間もあの男のことを忘れていたわけではない。

 ただ、時間と出来事に追われていた。


 家には住めなくなってしまったので、新しく家を借り、手続きを行い、貯金を切り崩して生活した。妹はまだ学生なので親族の手も借りて、ようやく生きることが出来ている感覚だった。


 二ケ月――。

 あの火事から、二ケ月が経とうとしていた。あれから黒い人影は見なくなり、ユリとアミにも会っていない。会おうにも連絡手段がない。


 あの世界は幻だったのではないか……。彼女は、あの世界での出来事を忘れようとしていた。

 いい仕事が見つかるまでのつなぎで、コンビニでバイトしている時のことだった。深夜のレジでぼーっと突っ立っていると、音もなく彼は現れた。


 目の前の客に気がつき、眠気に襲われていた顔をシャキッとさせる。


「いらっしゃ……いませ……」


 言葉が出ない。

 彼は、苦々しい顔をしている。出会った時と全く同じ格好をして、ポケットに手を突っ込んで気怠そうにしていた。


「……今までどこに――」

「俺が殺した」


 何の話だか分からない。彼女は遮られた言葉を飲み込んで、黙り込む。


「知らなかったんだ」

「だから。何の話をしているの?」


 目を細め、中村をじっと見る。

 客が入ってくる音が、緊迫していた空気を緩ませた。彼は客が入ってくるのを眺めている。


「ねぇ」


 彼女が促すと、「何時になったら二人で話せる」と顔をこちらに向けず聞き、客の方を目で追っている。


「六時」

「そうか、じゃあ六時にまた来る」


 彼がふらっと出入り口の方に向かう。客がレジに来たので、中村は何も言うことが出来なかった。


 六時まであと四時間ほどもあったので、その間に小林がまたどこかに消えてしまうかもしれないと不安だった。来なかったら、また何も聞けなくなってしまう。それきり仕事に集中できなくなってしまった。


 時間になり、着替えて外に出ると、店の前に小林はいた。


「あっ」


 中村が声を上げると、小林は振り向いた。何も言わずに近づいてくる。


「さっきのって、火事のときの話ですか」

 小林は頷く。

「お前の母親を殺したんだ」

「そんな、小林さんのせいじゃないでしょう」


 母を助けられなかったことも、消えたことも、責めるつもりはなかった。


「いや、火事で死んだように見せるため、俺が頸動脈を炎で焼き切ったんだ」

「なんで……?」


 彼女の頭の中は真っ白になった。母を殺した……そんなことを表情も変えずに言う小林を、もう信じられなくなってしまった。


 信じていたのに、裏切られた悲しさ。平然としていることに対しての苛立ち。母を殺したことへの憎しみ、恐怖、嫌悪、謎……。

 彼女の中の感情と思考が、ぐるぐると渦巻きながら溢れ出した。



 ――殺した、殺した、殺しただって! あぁ、そんな感情の読み取れない顔で、淡々と言わないでほしい。今、小林さんはどんな感情でそう言っているのだろう。分からない。なんで殺さないといけなかったの。分からない。なんで私が、こんな目に遭わないといけないの? なんで、なんで……。


             ●


 鍵を差し込むと同時に、鋭い痛みが彼女の右腕に走った。

 はじかれるようにドアノブから手を離す。


 ――ここを開けなくちゃ。


 そっとドアノブに触れてみる。バチッと音が鳴って、稲妻が見えた。まるで、開けられることを拒んでいるかのようだ。

 痛みを無視しドアを開けようとする。


 ――お願い、開いて。


 強く念じると、それはゆっくりとスローモーションのように開いた。

 恐る恐る中に入る。が、部屋の中の光景を目の当たりにすると、彼女はその場に座り込んだ。


 部屋は火の海だった。

 しかし、熱くはない。

 ゆらゆら揺れる炎の中に、人影が一人、立っていた。


「おか……」


 お母さん。

 呼ぼうとして、その人影に頭がないことに気がつく。


「あ、あ、あ、あ」


 ――そうだ。母は殺された。


 その瞬間、全てを思い出した(・・・・・)




「気がついたか」


 中村が目を開けたのは、新居の部屋にある布団の上でだった。


「……タイラー?」


 目をしばたいて、畳にあぐらをかいて座る小林を見つめる。


「違う。小林さんだ」


 彼女は起き上がり、頭を左右に軽く振ると、深呼吸した。


「前世でのこと、全部思い出した」

 小林はそんなこと分かっている、という風に頷く。


「呪いをかけられていた」


 小林は口を開いた。

「お前の母親は、闇国の王妃の生まれ変わりだった。お前が力を得て、光国に戻ってしまわないように抑えつけてたんだ」


「嘘だ」

 愕然として中村が呟くと、小林は鼻で笑った。


「お前は駄目なやつだと、何も出来ないと言われ続けなかったか。他人の悪口を聞かされ続けなかったか。悪いことをしても、怒られなかったんじゃないか。逆に良いことをして褒められたことを、思い出せるか」


 彼女は、幼い頃に想いを巡らせた。驚くほど、小林が言うことは当てはまっていた。今思えば、これは闇国の教えではないのかと分かる。


「そんなっ! お母さんのせいで私は、無駄な時間を生きてきた訳!?」


 手違いで人間界に転生してきたようなものだったのだ。前世を思い出した彼女にとってこの世は、まやかしであり、意味のないものに思えた。両親を殺された復讐という悔いは、抑えきれない怒りを生み出す。


「この世での妹は王妃の娘だ」


「妹まで! 敵ばっかりじゃないの! 許せない、人間界に逃したあのタイラーとかいう人間。両親を殺した四人。家を火事にした奴ら。悪い奴らばっかり! なんで私が……」


 彼女は顔を赤くして、一気にまくしたてた。小林はため息をつく。


「お前はそうやって過ちを侵して、何度も何度も生まれ変わってきたんだろうな。最初は最高の光でも、どんどん黒くなっていっちまうしなぁ」

 小林が言った。


「なんでも知っている神様みたいなこと言うんですね」


 彼女のその言葉をせせら笑う。

「神様ぁ? この俺が神に見えるか?」


 彼女は少し考えてから、首を振った。とてもじゃないけど、いま目の前で嘲笑している男は神になんて見えない。


「俺達の世界ではそれが常識だ。俺達は過ちを侵し、死んで生まれ変わって、死んで、生まれてを繰り返していろんな世界をぐるぐる廻ってんだ。生まれたら自分がしたことなんてきれいさっぱり忘れてやがるしな」


 ――でも、私は思い出した。


「あなた、あの世界で私と会ったことないですよね。名字しか教えてくれないし」


 彼女は小林の目を見据えた。小林はすっと目を逸らす。


「あなた一体、何者なんですか――」

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