狙われている
「家族が危ないって……狙われてるのは私なんでしょう?」
中村は言いながら、自分の手が震えていることに気がついた。先程の敵のような奴らが家族を狙っているとするならば、危ないとは、命の危険性を指すのだろう。
――怖いのかな、私は。
家族。
今まで身近な人が亡くなるという経験が無かった為か、家族を亡くすということが想像できなかった。自分の死はいつも考えていたというのに。
彼女の家族は、キラキラとした愛情溢れたものではない。淡々としている。しかしそれは、当たり前に存在しているからこそであって。亡くしてしまえばどうなるかなど、彼女は考えたことが無かった。
「あの二人が『女王を渡さないと、その家族がどうなっても知らないぞ』と脅してきた。ザコどものおかげでお前の家はバレているしなぁ」
「ザコども?」
「……影みたいな奴ら。お前も見えるんだろ? あれは力が無いから、この世界ではぼんやりしているんだ。ほら、とにかく急ぐぞ」
この男の言うとおりにしていれば、家族も助かるはずだ。
自分のせいで死んだと分かったら、きっと家族は来世でも自分のことを恨む。
「俺に掴まれ。お前の親や兄弟は、今どこだ」
ちらりと時計を見て驚く。
あれほど飛ぶ練習をして、命からがら逃げてきて、まだ時刻は夕方の五時だったのだ。一日も終わる頃だと思っていた中村は、あの世界の時間の進み方がノロマだとしか思えなかった。
「お母さんは家だと思う」
言った途端、強烈な目眩に襲われ、倒れそうになった。
「おい、しっかりしろよ。俺だってコッチで力を使いたくはないんだから」
声がして、自分が小林に支えられていることに気がついた。支えると言っても、腕を引っ張られているだけだったので、膝をついていたが。
グレィが目の前で心配そうに顔を覗き込んでいる。
怪我はしていないようだ。立ち上がり、砂を払うと人だかりが目に入った。
しかもそこは、彼女の家の前だったのだ。
走り寄り、様子を伺う。
「どうしたんですか」
聞くが、答えが帰ってくる前に、人々の視線の先を見て分かった。
――煙だ!
部屋から煙がモクモク上がっている。彼女の家の部屋からだった。
「火事よ。消防車は呼んだみたいだけど……」
隣にいた人が答えた。
中村は焦って後ろを振り返り、小林を探す。見つけると、小林に向かって叫んだ。
「お母さんが!」
人垣を掻き分け、マンションの階段を駆け上がった。
「あいつ! おい、待てっ」
小林も叫ぶが、聞こえているのか聞こえていないのか、彼女は振り返りもしない。
小林とグレィも人垣を掻き分け、後を追いかけた。
消防車のサイレンが近づいてきて、気持ちが焦る。火災報知器のジリリリという音が鳴り続けており、中村は酷い頭痛に襲われた。
中村の家はマンションの最上階の六階だった。五階まで来ると、周りが煙で霞んできた。六階に着くと、部屋の換気扇から黒々とした煙が吐き出されているのを見る。
――誰もいないかもしれない。
そんな淡い期待を抱く。
ポケットから家の鍵を取り出して、鍵穴に入れようとするが、焦って上手く入らなかった。鍵を取り落としてしまう。
「何やってんだ」
後ろから小林とグレィが息を切らして来た。彼女は急いで鍵を拾ったが、小林はそのままドアを開けた。
開けゴマって誰が最初に言ったんだっけ……。どうでもいいことが彼女の脳裏をかすめる。
ドアを開けると、そこは地獄だった。
外気の酸素を取り込み、炎が勢いよく襲ってきた。煙と熱が目に染みる。リビングのドアは開いているが、煙で良く見えない。
歩くたびに何かを踏んで、靴の裏でざりざり音がする。きっと粉々になったガラスか何かだろう。出来るだけ炎に触れないように進むと、人が倒れているのが見えた。
「お母さんっ」
体をゆするが反応はない。何かこみ上げてきて、心臓がぐっと苦しくなるがそれを押さえて、強い眼差しで小林の方を見た。
小林は察したように一回瞬きをすると、しゃがみこみ、母を背負おうとした。
「ごほっごほっ」
隣の部屋から咳をするのが聞こえて、二人はそちらを向いた。
「あかり?」
ばっと立ち上がり、妹の名を呼ぶ。隣の部屋はそれほど燃えていない。ベッドに寝ている妹を見つけ、かろうじて開いている目を見ると彼女はほっとした。
「おんぶしてあげるから」
背を向けると妹は、弱々しく体を預けてきた。
「おい、先に行け!」
小林は意識のない母を背負うことに手間取っていた。上から天井が剥がれ落ち、返事をする間もなく急いで部屋を出た。
妹は泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫だよ、あの人が助けてくれるから」
妹に言っているつもりが、自分を安心させるように言っているように聞こえる。
しかし、待っていても小林は出てこなかった。グレィも出てこない。玄関から消火活動の水があふれ出ている。もう一度中に入ろうと決心したとき、消防隊員が駆けつけてきた。
「怪我はありませんか、ここは危ないので離れて下さい!」
「中に人がいるんです!」
「何人ですか」
「二人!」
勢いよくドアを開いた瞬間に、煙が吹き出る。しかし、消防隊員は踏み込まなかった。
母が玄関に倒れていたのだ。救い出し、呼吸や脈を確認する。
「呼吸も脈もありません!」
「なんで……」
声が出なくて裏返る。信じられなくて彼女と妹は、母に抱きついた。
ただ、眠っているだけのようだった。首が酷く焼け焦げているが、あまり出血はしていない。傷はそれだけで……生きているのとそう変わらなかった。
消防隊員は、中にいるもう一人を救うべく、中へ踏み込んでいった。しかし、十分ほどして戻ってくる。
「中に人は見当たりません」
「嘘……」
小林とグレィは消えた。
一体死んだ母を玄関に置いて、どこに消えたというのだろうか。何故、姿を消したのだろうか。
あの男は、必ず母を救ってくれると信じていた。姿を消して裏切られた気分だったが、恨む気にはなれない。きっと、戻ってくるはずだ。
疑問と少しの怒りを残して、彼女は救急車に乗り込んだ。
――どこ行っちゃったのよ……。




