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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第34話 金緑石と嫌な予感

「良かった。金緑石は無事だ」

 二川先生は薄紫色をした鉱物を手に大きく息をついていた。


「申し訳ありませんでした」

「仕方ないよ。鍵を閉め忘れたのはボクだし、猫が暴れたのであればどうにもならないよ。まぁ、それでも校長先生には説教を食らうな。こりゃ」

 頭を深く下げる春久に対し、まだ、大学生と言っても通用する幼い顔立ちをした先生は苦笑いをしていた。


 一祈と瀬谷が地学準備室を去った後、春久は庚に状況を粗方報告し、直ぐに理科教諭であり、担任でもある二川先生の元へ向かった。


「地学準備室に入り込む猫を見たので、追いかけたら物を壊してしまった」

 春久が職員室で伝えた内容はそれだけ。誰がいつ猫を見たのか。誰が物を壊したのかは明言をしていない。つまり嘘は付いていない。


“薄めて伝えた真実は、百の嘘より人を惑わす”


 これは、春久が読んだ詐欺師を主人公としたミステリーにあったセリフで、人を騙す時のコツを物語の主人公が作中で語ったものだ。人を騙したいのなら嘘は言わず、真実を断片的に話し、相手に誤認させろ。そんな意味だったと記憶している。


「みんなが面白がって猫にエサをやるから、学校に居ついたんだな。裏も寺じゃ、喰うにも寝るのも困らないもんなぁ。まぁ、誰にも怪我は無いし、壊れた鉱物もボクの私物みたいなモノばかりだから、良かったとするか」

 二川先生は多くは聞いて来ない。つまりは先生も誤認している。


“鉱物が壊れた”という事象。

“猫”

“鍵の閉め忘れ”

“報告者・別所春久”

 その4点を線で繋ぎ、ストーリーを脳内で作り自己完結させている。


 地学準備室の鉱物保管庫は畳2畳ほどの狭いスペースの為か少し息苦しく感じた。


「しかし、いくら方解石ほうかいせきが柔らかいといえ、こうも上手く砕けるとはなぁ、ヒビでも入っていたのかなあ」

 3つに砕けた乳白色の石を眺めながら首をひねる二川先生。


「方解石って、大理石の事ですよね」

 それは話がマズイ方向に行くのをごまかすための質問だった。

「鉱物として扱われる時は方解石、鉱石として扱われる時は石灰石、石材として扱われる時は大理石。まぁ、源氏・・・・・・ペンネームみたいなものさ」

 今の説明だけでも、春久は自分と地学の相性はよくない事だけは理解できた。

 それに、この先生が意外に話好きである事も。


「別所は理系に進むつもりなのか?」

 方解石を棚にそっと戻しながら先生が尋ねてきた。

「多分、文系にしか進めません」

 日本語としてどこかおかしい気もしたが、理系に進む自分はどうにも想像出来ない。


「最近の学生はボクが専門の鉱物学なんて関心も示さないからなぁ。鉱物学は面白いんだぞ? 有名な話だけど、金剛石ダイヤモンドやすりでいくら引っ掻いても傷ひとつ付くことはないが、金床に置いてハンマーで叩いてやると簡単に粉々になってしまう」

 先生はまるで授業でも行うかのように、書籍や鉱石を棚に戻しながらレクチャーをはじめだした。


「確か靭性じんせいと硬度の違いですよね。それに劈開性へきかいせいさえ捉えていればカットも上手に行えるって聞いた事があります」

 正確に言えば、本で手に入れた知識。“ダイヤモンドは砕けなくもない”と言うヤツだ。


「文系と言う割には詳しいじゃないか。ボクは鉱物には色気があると常々感じているんだ。特にこの“金緑石”などその代表格だ。見てみろ、この金緑石! セクシーだろ? 」

 そう嬉しそうに語る二川先生の手には、この部屋に入ってきて一番最初に無事であるかを確認した薄紫色をした小さな石が乗せられていた。


「色気については自分には分かりません。ただ、その石“金緑”って言うのに、紫色しているなんて、何だか捻くれたカンジがしますね」

 春久は素直な感想を洩らす。


「捻くれた石か・・・・・・ 面白い表現だな。でもな別所、この金緑石は太陽の下だと、コレより更に美しい色、その名の通り金に近い緑色に輝くんだぞ」

 知識欲が刺激された。

 コレを計算で話しているとすれば、二川先生の教師としての腕はかなりのモノと言える。


「部屋の灯りの下だと薄紫で、太陽の下だと金に近い緑になるって事ですか?」

「その通り」

 問い対し、静かに頷く二川先生。


「別所はなぜ、物質に色があると思う? 」

「物質の色は光の波長を吸収する度合いで決まると中学の時に習いました」

 一祈の“色酔い”の事もあり、色のメカニズムに関しては書籍等でも、それなりに学んでいた。


「まぁ、教師としては正解と言っておくけど、ボクは色って物質自体の願いや想いが具現化した姿だと思うんだ」

 俯きながらそれを語る二川先生の表情は薄明りの下であったため、窺う事は出来ない。


「ボクの言っている意味が解からないって感じだな。うーん、そうだなぁ…… 別所の好きな色は?」

 質問の意図がまるで見えない。


「緑や青系統です」

 何故か一番好きな色の事は言えなかった。

「その理由は?」

「ラッキーカラーだと言うのもありますが、落ち着く色ですし、無難な色である事が最大の理由だと思います」

 答える事に何となく息苦しさを覚えた。


「なるほど・・・・・・ つまり、別所は落ち着いていたい。無難でありたい。周りから無難な人間と思われたいから緑や青を好んでいるとも言えるよな」

 思わずドキリとした。


「何となく嫌な指摘です」

「でも、外れてはいないだろ?」

 首を縦に振るほかなかった。


「それと同じさ。桜は淡く儚くありたいと願い続けたからこそ、あの色に行き着いた。空は果てしなく広くありたいと願い続けたからこそ、あんな色をしているんだ。

 この金緑石も大好きな太陽の下では輝いていたいと願っているからこそ、陽の光を浴びると本来の輝きである金緑に輝く。だけど、この部屋の灯りごとき下では拗ねて、その顔を紫色に染めてしまうのさ。まぁ、大好きな男の前ではいつも笑顔だけど、他の人の前では憮然としている女の子って所かな? 」

 色を認識するメカニズムとしては、少し非科学的な気もしたが、決して嫌いじゃない捉え方だった。


「何だか怖い女の子ですね」

 照れ、そして青さ。それらを誤魔化す為の言葉。

「怖くない女なんていないぞ。それに、ボクはその位ミステリアスな女の子の方が魅力的だと思うけどな」

 先生は笑っていた。それは、からかうでもなく、面白いでもない。そんな笑い。


「先生って意外にロマンチストなんですね」

「意外には余計だ。現代の学生がリアリスト過ぎるんだよ」

 その返答が妙に乾いたものに感じ、その為か一瞬だけ変な間が出来た。


 保管庫の古い棚が軽く軋み、乾いた金属音が小さく響く。


「いかん! もうこんな時間じゃないか。最終下校時刻過ぎてるぞ。後は大丈夫だから別所は早く帰れ」

 慌てて時計を見る二川先生の声は何時もの調子。春久がスマホで確認した時刻は18時45分を指している。


 もうひとつ確認しておかねばならない。

 

 春久は学ランのポケットから、瀬谷リリアを閉じ込めていたドアストッパーをひとつだけ取り出す。


「先生、これも地学準備の備品ですか。これも転がってました」


「いや、備品では無いな。他の先生の私物だろうな。取り敢えずは預かっておくよ」

 二川先生は黒いドアストッパーを受け取ると、それを大して興味も無さそうに白衣のポケットの中に仕舞いこんだ。


 ココにあったものでない事が確定した。

 

 つまりは誰かが用意したという事になる。やはり、瀬谷リリアは意図的に閉じ込められた。春久の背筋にチリチリとした痛痒さが走る。


「本当にお騒がせしてスイマセンでした」

 その嫌な感覚を紛らわす様に春久は深く頭を下げる。


「さっきも言ったが、気にしなくていい。コレはボクのせいだからね。それに別所の意外な面が知れたし、担任としては収穫があったよ。あと、今、お前は色々と騒がれて大変だとは思うが、上手くやるんだぞ。どう言う訳か別所は目を引くとの噂だからな」

 励ましてくれているのは何となく理解できた。そして、教師たちの間でも昨日の出来事がソコソコの噂になっている事も。


 先生の言葉は続いた。


「学校もまさか能美やお前を襲った犯人が、学校ウチの改修工事を請け負った会社の人間なんてエライ迷惑だよ。しばらくは工事も延期になるだろうし、年間行事予定も変えなきゃならないしで大変だよ!」


「えっ‼」

 驚きのあまり春久は思わず、目を見開く。


「被害者のお前が知らないのか? 昼前に警察から学校に連絡があって、今回の容疑者は改修工事の打ち合わせや何やらで、八千代部高校ウチに出入りしていた建築会社の社員って話だったぞ」

 一祈が話していた噂。そして反町が話そうとして事実とはこの事なのだろう。


「多分、父か母には連絡が入っているんだと思います」

「そうだろうな」

先生は少しまずい事を話したかもしれないという表情をしていた。


「色々とお騒がせしてスイマセン。ではこれで失礼いたします」

 自分たちを襲った犯人の正体に動揺しつつも、春久はもう一度だけ、頭を下げ地学準備室を後にした。


 5月末。

 もう夏が見えてきているにもかかわらず、廊下が少し寒く感じた。

 学校の廊下はただ静かで、春久の上履きがカツカツと床を刻む音だけが静かに木霊していた。




 ************************************


 歩き慣れている道とは怖いもので、春久は気が付くと自宅まで300m程の距離に来ていた。


 正直、ここまでをどう歩いて来たのか余り記憶にない。

 能美の白い瞳にストーカー男の正体。そして、今日の中里の涙や唐沢の言葉。 さらには最近の一祈の様子や瀬谷が閉じ込められた理由。

 それらを考えながら歩いていたのが原因なのだろう。


 ポケットがブルブルと震える感触に気がつき、スマホを取り出す。画面には“瀬谷リリア”の文字。


 電話相手が表示されると言う機能は便利なのだが、分かるが故、第一声にいつも思い悩む。ましてや、電話の内容や目的がおおよそ想像出来るのなら尚更だ。


“もしもし、別所です”と出たいのだが、それはそれで堅苦しい。

“俺だけど・・・・・・”では唐突。

“なにか用?”だと白々しい。


「はい」

 結局、春久のチョイスした言葉は、世の中で最も無難な返事だった。

 電話口の向うは沈黙していた。


「“はい”だけで電話に出る人はじめてかも。別所君、今日はありがとね。助かった」

 笑いを混じえての瀬谷アリスの声。その明るさから妹との面会は出来たことが窺えた。


「電話は苦手なんだよ」

「そんな感じだよね」

「そんな感じだ」

「先生に怒られなかった?」

「怒られたりはしなかった。二川先生曰く、壊れたものも大した事がないし、鍵を閉め忘れた事が原因だから気にしなくていいそうだ」

 春久は、歩きスマホを辞め、電信柱に凭れながら話を続けた。


「嘘をついたの?」

「事実だけしか伝えていない」

「壊したのが私だって事は・・・・・」

 流石の瀬谷もその部分は気になるらしい。


「俺は“地学準備室に入り込む猫を見たので、追いかけたら物を壊してしまった”とだけ先生に話した」

 ありのままを伝える。


「それだけで、納まっちゃったの?」

「納まった」

「嘘みたい」

「俺もそう思う」

 電話口からクスクスと笑い声が洩れてくる。


「ホントにありがとう」

 おそらく電話を持ちながらお辞儀をしているであろう瀬谷の姿が思い浮かぶ。それに対し、なんと返事をしていいか春久には分からなかった。


「私には何も聞かないの?」

 妹の事を聞かないのかとの意味であるのは理解できる。しかし、二時間ほど前の一祈の言葉がよぎり、返答に詰まる。


「多分、今は聞くタイミングでは無いと思う」

 漸く出た言葉と供に春久は再び歩きだす。


「・・・・・・ 別所君らしいな。でも、ホントありがとね。このお礼は必ずするから。和泉じゃなくて、一祈にもお礼をしないとね。ホント良いトモダチに出会えたわ」

 どうやら今回の件で、一祈と瀬谷は友達関係を深めたらしい。


「お礼なんて気にしなくていい」

「一祈も同じ事を言ってたけど、そう言う訳にはいかないわよ。お礼の出来ない人間なんて最低じゃない」

 瀬谷らしい言葉だった。


「まぁ、あまり大げさでないと助かる」

「その辺は心得てるつもりよ。じゃ、明日また学校で!」

「あぁ。また」

 電話口の向うでは通話が切れた事を告げる電子音。

 ふと眺めた先には自宅、そして和泉家。二階にある一祈の部屋には明かりが灯っている。病院からはもう帰宅している様だった。


 春久は学ランのポケットにしまい込んでおいたもう一つのドアストッパーを指で探る。


「嫌な予感がするな」


 自宅前。よく見知った景色の中、春久はひとり言を呟いていた。

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