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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第33話 猫と地学準備室

結論から話せ”


 相手に切り出されると緊張を呼ぶこの言葉。

 コレが使われるのはどんな時なのだろう。

 急いでいる時、あるいはイラついている時、もしくは先が見えない時などに用いると考えるのが自然だ。


 では、逆に相手が結論を先に伝えて来た時はどうだ?

 やはり緊急を要す事だけは断言が出来る。ましてや、それが“助けて”であれば尚更だ。


「どうした・・・・・・の?」

 急ぎ瀬谷リリアの名前をタップし、スマホに耳を当てる春久にそう尋ねてきたのは一祈だった。


「瀬谷に何かがあった」

 低くソレだけを告げる春久の声と表情に、余程焦りの色が見えたのだろう、音楽室にいる一同の表情が一瞬にして険しいものとなった。


《・・・・・・源が入っていないか、電波が届かない為、掛かりません》


 春久に聞えてきたのは、瀬谷に連絡が着かない事を告げる無機質なアナウンス。


「繋がらない」

 嫌な予感しかしなかった。


「瀬谷が部活を休んだ理由が分かるか? 今、どこにいるかを知りたい」

 春久は無意識に一祈に話しかけていた。

「えっ!? そんな事言われても・・・・・・」

 唐突な質問に驚いた表情を浮かべる一祈。

「電話で長話する仲なんだろ?」

 さっきまでの話しの経緯もあり、春久の物言いはかなり乱暴なものとなっていた。

 

「落ち着けハル。俺たちにも状況を分かるように説明しろ」

 焦りと苛立ちを露骨に見せる春久を諌めるように、そう割って入って来たのは庚大介だった。


「瀬谷からこんなメールが届いたんです」

 春久はその場にいる全員にスマホが見えるようにスマホを掲げて見せた。


「・・・・・・えっ!?」


 スマホを見て全員のリアクションが返ってくるまでは5秒と掛からなかった。それはそうだ、スマホに映し出されているのは“助けて”の3文字のみ。


 一連の事件の事もあり、その場にいた全員の表情から色が消える。


「ダメだわ。ワタシのでも繋がらない」

 即座に電話を試みたのだろう。井土ヶ谷部長がひとりそう洩らす。


「・・・・・・プライバシーに関る事だから、言うべきじゃないかもしれないんだけど・・・・・・今日、リリアっちが休んでいる理由は、家族がらみだと思う」

「家族がらみ?」

 獅子ヶ谷副部長の言葉に質問を投げたのは庚大介だった。

「うん。まず、間違いないと思うな」

 何故か一祈の表情が一瞬曇ったように見えた。


「なぜそこまで言い切れるんです?」

 井土ヶ谷順が疑問を挟んだ。


「あたしの所にも“部活を休ませてください”って教室にまで伝えに来てくれたんだけど、その時に何となく・・・・・・ね」

 獅子ヶ谷副部長の言葉には根拠の欠片も無かったが、あの律儀な瀬谷が急に部活を休む理由としては頷けるものだった。


 緊張感をほぐす為か、誰かが大きく息を吐く音がした。

 防音壁の効果なのか、静まり返っている時の音楽室は小さな音でも妙にクリアに聞える気がする。



「・・・・・・あっ! いる! 瀬谷いるよ! ガッコの何処かに!」

 静寂を破るように、そう唐突に大声をあげた河野葵。彼女はスマホを食い入るように見つめている。


「学校?」

「マジで?」

 あまりにも意外な居場所に葵以外の2年生2人の驚きの声が飛ぶ。


「うん!! わたしと瀬谷、同じスマホなんだけど、このキャリア独自のアプリで友達がどこにいるのかが分かるんだ。もしかしたらって思って探したら、ホラっ!」

 興奮気味に葵が掲げたスマホの画面には、八千代部高校近郊のMAP。ポップアップで表示されている名前の中には、“瀬谷リリア”の名前。そして、彼女の名前の下から伸びている矢印は八千代部高校の校舎を指している。


「このアプリ、位置情報は信用できるんですか?」

 どこか冷たさえ感じる穏やかな井土ヶ谷順の問い。

「うん。ざっくりした指示だけどね。確か最後に電話やメールを発信した所の位置情報を元にしているはずだよ」

 つまり、今、表示されているは春久にメールを送った場所と言う事になる。


「よし、手分けするぞ。オレとさくらで西棟を回る。2年3人で東棟を頼む。広さのある南棟の3.4階は井土ヶ谷姉弟、1.2階はハル、和泉で回ってくれ。何かあればすぐに連絡を取りあおう」

 素早い指示を飛ばす庚。

 妥当なグループ分けと言えたが、春久と一祈を組ませる事に“仲直りをしろ!”という露骨なメッセージを感じられずにはいられなかった。


「それでも、教室を一つ一つ回るのは時間の掛かり過ぎだよね。せめてもう少しヒントの様なモノがあれば良いんだけどな」

「教室だけとは限らないぞ。ベランダや階段、倉庫、見なければいけないところは多いぞ」

「そうだね。あと、女子トイレもチェックしないと・・・・・・」

「準備室関係とかも見た方が良いな」

「その手の部屋は施錠されてるし、対象外じゃないかな? 」

「なるほどな。他に見るべきところはあるか?」

「うーん・・・・・・」

 恋人同士らしいテンポの良い会話を続ける庚と獅子ヶ谷。

 長身の庚と部員の中で最も小柄な獅子ヶ谷。今更ながらどこかアンバランスな組わせ2人。しかし、今のやり取りひとつにも強い信頼関係を春久は感じていた。そして、今朝のデートスポットで弁当を渡す仲の良い姿などからも、やはりお似合いの2人なのだろう。



 デートスポット・・・・・・


「校内のデートスポット!!」

 春久は庚、獅子ヶ谷のカップルを見ながら思わず声を上げる。


「確かに、校内のデートスポットは人目に付き辛いから、チェックした方がよいかもね」

「だな。よし、捜索を始めよう。何かあればすぐに連絡を入れてくれ」

 庚の言葉と供に4組に分かれた声楽部部員は校内へと駆け出して行った。




 ************************************


「どうだった?」

 春久の問いに対し、南棟1Fの女子トイレから出てきた一祈は首を静かに横に振った。


 2人で南棟の1.2Fから捜索を始め、かれこれ10分は経つのだが、一祈は相当機嫌が悪いらしく一言も口を聞いてくれない。


「一祈、怒ってるのか?」

「・・・・・・今は瀬谷さんを探してるんでしょ?」

 どうやら絶賛不機嫌中らしい。

「そんなのはわかってるよ」

 横目で一祈に目をやると気まずい事に視線が重なってしまった。


「あと、私たちの担当で見てない所は、南棟2階デートスポットくらいだよ」

 一祈の言葉は誤魔化し半分だった。

「で、南棟2階のデートスポットって、何処なんだ?」

「詳しいクセに・・・・・・」

「詳しい分けないだろ」

「あのハルちゃんから“校内デートスポット”って言葉が飛び出すんだもんビックリだよ」

 殆ど難癖だ。

「あれは、今朝、中里にそういう場所がある事を教えて貰ってはじめて知ったんだよ」

 春久はありのままを伝えた。


「・・・・・・中里さんって、陸上部の子だよね。今朝、ハルちゃんが大喧嘩した原因の女の子」

 一祈の声のトーンが更にひとつ落ちた。


「お前何言ってんだ?」

「事実でしょ? A組でもスゴイ噂になったよ。“中里さんを泣かされて別所がキレた”って」

 やはり、朝の一件はもう一祈の耳に入っているようだ。


「くだらねぇ。結果は間違っちゃいないが、理由が異なるんだよ」

 キレたのは事実だが、その理由が大きく違う。だが、ソレを説明するのには抵抗があった。

 そんな気持ちを無視するかのように、一祈はスマホを弄くりだした。


「ホント、理屈っぽい・・・・・・瀬谷さんのスマホ、やっぱり繋がんないみたい」

 ひとり言の様にそう語る一祈。手に握るスマホのカバーはいつ新調したのか分からないがオレンジ色をした樹脂製のモノに変わっていた。


「・・・・・・で南棟1階のデートスポットって何処なんだよ?」

 そのスマホのカバーを横目で見つつ尋ねる春久。


「ソコだよ。地学準備室の奥。昔、自販機が置かれていたみたい。その跡地でお昼ご飯を食べるカップルがいるんだって」

 一祈が指差す先には地学準備室のプレート。確かに南棟1Fどん詰まりの地学準備室の奥には空間があるように見える。

 要は二人だけで座れる小さなスペースなのだろう。


 南側に面しているにも拘らず、廊下がやけに薄暗く感じた。


「なんだココは? ただの隙間じゃねえか・・・・・・これのどこがデートスポットなんだ?」

 目の前には幅2m、奥行き1mほどの小さな隙間。


「そんな身も蓋もないこと言う割には、最近なんか女の子との噂ばかりが上がるよね」

「あのなぁ・・・・・・」

 チクチクと小言ばかりを言われ続け、いい加減腹の立ってきた春久は身体の向きを一祈に向けた――


 視線の先には瞳を揺らす一祈。


 色酔い。


「かず・・・・・・」

 思わず叫びそうになった春久を一祈が右手で制した。

「私は大丈夫。それよりハルちゃん、瀬谷さん、この中にいると思う」

「この中って、地学準備室か?」

 首を縦に振る一祈の見つめる先には地学準備室。


 少し前、庚が言っていたように準備室関係は基本施錠されているため、簡単に入る事は出来ない。つまり、瀬谷がいる可能性は限りなくゼロに近いはずだった。


「風祭総合病院の面会時間は7:00までなのに・・・・・・」

 ポツリと漏れ出た一祈の声。

「ソレ、どういう意味だ?」

 春久の問いに一瞬身体をこわばらせる一祈。


「・・・・・・瀬谷さんの妹、風祭総合病院にずっと入院してるんだ。実は私、自分の検査の時に病院のデイルームでおしゃべりした事があるんだ。瀬谷さんも昼休みに今日は、急遽お見舞いに行く事にしたって言ってた」

 唇を噛み締めるように小さく語る一祈。


「知ってたのかよ?」

「うん」

一祈は静かに頷いた。


「そんな大事なこと何でもっと早く教えてくれないんだよ!」

 春久は思わず一祈を睨んだ。

「ずっと病院に掛かってる事をハルちゃんは軽く見てない? いろんな理由でみんな病院に通ってるんだよ? 」


 言葉は尚も続いた。


「誰にだって知られたくない事の一つや二つあるでしょ? 」

 何とも言えないような表情で春久を見つめる一祈。


「瀬谷さ・・・・・・リリアちゃん! ココにいるの? 私、和泉だよ!」

 完全に言葉をなくした春久を無視するかのように一祈は声を上げた。


 ドン!


 何か質量の大きなものが落ちる音が地学準備室奥から聞こえてきた。

 思わず目を見合す、春久と一祈。


「・・・・・・瀬谷! 別所だ。いたら返事をしろ!」

 春久は声を張り上げた。


 ドン!


 再び何か質量の大きなものが落ちる音が地学準備室奥から聞こえてきた。


 いる。


 確信を持った春久が地学準備室のドアに手をかける。

 何度か引く扉を揺らすが一向に鍵がかかっているらしく、扉はガタガタと音を立てるだけ。しかし、その扉の感触に春久は何となく違和感を感じた。


「私、先生に鍵を貰ってくる」

 急ぎ職員室に向かおうとする一祈。


「一祈、ソコを見てみろ」

 春久は違和感を感じた引き扉のレール部分を視線で示した。

 そこにあったもの。

 それは小さなドアストッパー。よく家庭で見るものより、かなり小型で大きさは5センチ四方もない。

 春久は、そのドアストッパーを左足のつま先で強引に引き抜き、地学準備室のドアを開く。

 入口脇にあるスイッチで照らした室内は10畳ほどの広さ。だが、そこに瀬谷の姿はない。


「リリアちゃん! 何処にいるの?」

 一祈が大きな声を上げた。


 ドンドン。


 今度は何かを叩く音。

 音の方向には『鉱物保管室』と書かれた金属製の扉。


「瀬谷!」

「リリアちゃん!」

 扉に向かい叫ぶ二人。


『……しょ君! 和泉さん!』

 ドアの向こうから僅かに聞こえて来る瀬谷リリアの声。


「待ってろ、今、ドアを開ける!」

「扉に何かが引っ掛かっているだけだから安心して!」

 扉に向かいそう語りかける2人の視線の先には地学準備室の入り口に仕掛けられていたものと同じ小型のドアストッパー。

 春久がさっきと同じ要領でドアストッパーを引き抜くとともに、扉が開かれ春久の胸元に瀬谷リリアが崩れるように飛び込んできた。


「……怖かっ……た」

 瀬谷の声は震えていた。

「ケガはないか」

 バンザイするかの様に両手を挙げながらの春久の問い。

「うん。平気」

 瀬谷の返答は意思の宿ったものだった。


 にゃあー


 不意に聞こえてきた猫の鳴き声。


「あっ、ご、ごめん。和泉さん」

 猫の鳴き声で素に戻ったのか瀬谷は、春久の胸元から大きく離れると何故か和泉に頭を下げていた。


 にゃあー


 猫は瀬谷の足元で甘えるように鳴き声を上げている。


「この子が地学準備室に入るのが見えて、あと追いかけたら保管庫に入っちゃって、何とか捕まえたら今度はドアが閉まって出れなくなっちゃってさ。学校がボロだから仕方いんだけど、私も運がないよね」

 猫を抱き上げながら、地学準備室に閉じ込められてしまった経緯を話す瀬谷。どうやら当の本人は、運悪く地学準備室に閉じ込められたと思っているらしい。


 しかし、あのドアストッパーはどう見ても恣意的に挟まれたものだ。


「でも、良かったぁ。2人が見つけてくれ……あっ、それより時間!」

 焦りの表情を浮かべ自身の腕時計を見つめる瀬谷。


 言葉につられ、春久が自身のスマホで確認した時刻は18時になろうとしていた。

 もう少しで最終下校時刻だ。


「タクシーで行けば…………ダメかぁ、コレを先生に説明しない訳にはいかないもんね」

 瀬谷が送る視線の先には『鉱物保管室』そこには冊子や砕けた鉱物散乱していた。


 おそらく、保管庫と言う非常に狭い空間で助けを求める手段として、瀬谷は冊子や鉱物を床に叩きつけ音を立てたのだろう。

 しかし、音は密閉空間の保管室であった為、なかなか届かなかった。スマホが繋がりづらい状況であったのもその影響なのだろう。


「コレは俺が何とかしておくから、瀬谷は早く行け」

 春久は砕けた鉱物を拾いながら声をかけた。

「えっ!? 」

 瀬谷は驚きの声を上げていた。

「いいからここから出て行け。生真面目で馬鹿正直な瀬谷がいたら俺の嘘の邪魔になる」

「別所君が罪を被るつもりなの?」

 瀬谷の強い口調での抗議。


「そんな、アホな事はしない。早くしないと病院、閉まっちまうぞ」

「……!!!!! 」

 瞳を大きく広げて驚きの表情を浮かべる瀬谷。


「部の方も問題ない。先輩たち全員で瀬谷を探してくれているけど、俺の方で上手く言っておく」


 春久は続けた。


「和泉もタクシーを拾って一緒に行け。面会時間過ぎちまっても、お前なら顔が利くから何とかできるだろ?」

 一祈の色酔いを診てくれている医者も風祭総合病院にいる。幼い時からそこに通い続けている一祈は、お医者さんたちや看護師さんに事務員さん、はては守衛さんとまで親しくしている為、融通が利くハズだ。


「わかった」

 大きく頷く一祈。


 春久は2人を見ずに鉱物を拾い集め続けていた。


「行こ。リリアちゃん」

 瀬谷を誘う一祈。

「で、でも」

 律儀な性格の為か瀬谷はまだ何かを言いたそうだった。


「別所君、一度言い出すと結構頑固だから何を言っても無駄。任せちゃいなよ」

 どことなく嫌味も込められている一祈の援護射撃。


「でも……」

「いいから行けよ。その猫は裏の寺にでも置いとけば、井土ヶ谷が何とかしてくれるさ」

 後ろめたそうな表情を浮かべる銀髪灰眼の少女に春久は静かに声を掛ける。


「・・・・・・ありがとう」

 瀬谷がどんな表情で礼を述べているのかは、2人に視線を合わすことが出来ない春久には感じることが出来なかった。


「気にしないでいい。嘘は上手い方だ」

 屁理屈は上手いが、嘘が上手かは自分でも分からない。

「ありがとう」

 瀬谷リリアは、そう再びお礼の言葉を述べると深く頭を下げ、一祈、そして猫と共に地学準備室を出て行った。

 時刻は6時11分。タクシーさえ拾えれば、道が混んでいる事を考えるても30分もあれば病院に着ける。面会時間には何とか間に合うはずだ。


 ひとりになった地学準備室は薄暗く、少し不気味な感じがした。


 静寂。

 そして、床に散らばった鉱物と専門書。

 どれもがかなりの年代らしく、すこし陽に焼けているようにも見える。

 春久はそれらを眺めながら、瀬谷が地学準備室に閉じ込められた理由。そして、一祈が何故、瀬谷を見つける事が出来たのか、その事ばかりを考えていた。


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