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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第31話 渡り廊下と嫌な予感

いつもの渡り廊下。

 吹き抜けていく風が少し生温く感じた。

 体育館ではバレー部が昼レンでもしているのか、ボールの弾む音が聞こえてくる。


「今日もこんな所で、ひとり飯か?」

 井土ヶ谷順は春久に歩み寄りながら、缶コーヒーを投げて寄こした。

「俺がいると教室の空気が重くなるから、()()()()()()()()でひとり飯だよ」

 春久は缶コーヒーを受け取ると、意地悪く笑ってみせる。


「おごりか」

 受け取った缶コーヒーを軽く振りつつ、会話を繋ぐ。

「おごりだよ」

 井土ヶ谷は、まじめな顔で頷いていた。


「“丹沢の天然水と箱根のコーヒー園の豆で出来た飲料水”ってなんだよコレ? 」

 ラベルを見た春久は思わず笑みをもらす。

「小田原と箱根限定の新商品だそうだ」

「出来の悪いラノベみたいなネーミングだな」

「確かに」

 春久の言葉に笑顔を見せる井土ヶ谷。


 体育館からは相変わらず、バレーボールの弾む音。


「朝はすまなかったな」

 春久の横に腰を降ろしながら、ぼそりと呟く井土ヶ谷。

「いや、正直助かったよ。井土ヶ谷がああ言ってくれなければ、あの場が収まらなかった。今でも沢渡(さわたり)には、ムカっ腹が立つけどな」

 購買のコッペパンを齧りながら、春久は井土ヶ谷オゴリの缶コーヒーのプルトップを引いた。


「やっぱり、名前知っていてけしかけたのかよ……結構、喧嘩っ早いよな、別所は」

「悪かったな」

「名前の事はともかく、自分が大切だと思えるモノのために、素直にいかれる事は別所の長所だよ」

 妙に真剣な表情の井土ヶ谷。

「長所な訳ねーだろ。それよりこっちこそ、嫌な役周りをさせちまったな。すまない」

 春久は素直に頭を下げた。

「謝られる筋合いはないよ。俺は俺の為に動いただけだから」

 含みのある言葉だった。

「どういう意味だ?」

「言葉どおりだよ」

 そう語る井土ヶ谷は少し寂しそうに笑っていた。


 剰願寺じょうがんじで焼香でもしているのか、風に運ばれた線香の香りが、渡り廊下に漂い始めていた。


「それでも、ウチの学校で大きな問題を起こす奴は、バカの烙印を押されるぞ。気をつけろよ別所」

 井土ヶ谷の言葉どおり、歴史だけはやたらと長い八千代部高校やちよべこうこうは推薦入学なども受けやすい。その為、この高校に於いては自らの評判を落とすような行動はしないのが基本原則だ。


「わかってるよ」

 どうにも井土ヶ谷と会話をすると主導権を握られてしまう。


「まぁ、何にしても、あの程度の騒ぎで済んで良かったよ」

 前の言葉を打ち消すようにそう語る井土ヶ谷は、もういつもの穏やかな表情に戻っていた。

「そうだな。それについては同感だ・・・・・・んじゃ、このコーヒー貰うぜ」

「どうぞ」

 春久がコーヒーを口に含むと、渡り廊下をパタパタと走る音。



「別所君!」

 そう春久を大きな声で呼んだのはひとりの少女。陽に焼けた肌。それに紫のリボンで留めた小さなポニーテールが印象的だ。

 春久はその顔に覚えがあった。


 昨日、能美との会話の中でも語られた女の子。

 唐沢真理菜からさわまりなだ。


「唐沢さん、どうしたの? そんなに慌てて」

 昨日、能美から同じ学校である事を聞いていなければ、リアクションはもっと別なモノになっていただろう。


 何となくだが、嫌な感じがするのは、生温い風のせいだと思いたかった。


「ちょっとタンマ」

 春久の言葉を片手で制し、もう片方の手を膝に当てて息を整えている。何気ない仕草だが、その姿が堂に入っている。


「別所君、探したよ。E組の子に聞いたら、お昼はココだって聞いてさ。知らせておきたい事があって……」

 そう語る唐沢は、横目で井土ヶ谷を見つめて笑顔を見せた。

 自分に向けられたら嫌な笑顔。


「んじゃ、別所、俺は先に教室に戻るからな」

 流石としか言いようが無いが、察しが良すぎる井土ヶ谷は、そう告げると制服に付いた砂を落としつつ、目線だけで唐沢真理菜に爽やかな挨拶をし、校舎の方へと去っていってしまった。


「今のが1-Eの井土ヶ谷君? 噂どおりのイケメンだね。友達なの?」

 先ほどから感じていたのだが、会話の距離感が妙に近い。

「どうだろ? まぁ、部活仲間である事は間違いないかな」

「井土ヶ谷君、陸上部?」

「声楽部だよ」

「あー、そっち・・・・・・」

 中学時代に唐沢と交わした会話の数など、両手、両足があれば足りるはず。どうにも会話のペースが掴めない。


「で、話って何ですか?」

 距離感を掴めない春久の返答は、少し妙なモノとなっていた。

「あのね! 今日、女子バスケの朝レンに出た時にね。センパイ達が別所君の噂話をしているのを聞いたの」

 唐沢の表情から、良い話ではないのは察しが付いた。


「噂話って、何?」

 平然と尋ねたつもりだった。

「男子バスケ部の太田センパイと岸根センパイがね、“別所って生意気そうな1年がジャマだ”って言ってたよ」

 具体的には分からないが、友好的ではないのは間違いないだろう。


「ウチの学校では珍しいヤンチャ系のセンパイ達だけど、別所君、何か覚えある? 」

 春久の隣に腰を降ろした唐沢が、覗き込む様にそう尋ねてきた。

「さあ、覚えなんて無いけどなぁ。唐沢さんこそ、男子バスケ部の先輩たちの事を俺に話しちゃって大丈夫なの?」

 正直、話が全く見えないし、ヤンチャ系が何なのかも分からない春久には、心配のしようがない。それより、壁に耳あり障子に目ありの学校で、身内の情報を流している唐沢の方が問題になりそうに思えた。


「心配してくれてるの? ありがと! でも、大丈夫だよ。女子バスケと男子バスケって、実は最近、険悪な感じなんだ。だから女子バスケ的にも“やっちゃえ”って感じ! 」

 何を“やっちゃえ”なのか。これについても、やはり春久には全く分からない。せいぜい分かった事と言えば、どの部活も色々あるのだと言う事くらい。


「それより聞いたよ。朝、翔光中しょうこうちゅう沢渡さわたり君とやりあったんでしょ? あの人、翔光中ではスゴイ真面目だったんだってさ。いわゆる高校デビューらしいよ」

 噂、千里を走る。

 朝のやり取りが、もう他のクラスまで知れ渡っている。一祈や能美の耳に入るのも時間の問題だろう。


「もう他のクラスにまで噂が行ってるんだ。唐沢さんって、何組だっけ?」

 照れ隠し。春久にとってはそんな言葉だった。

「A組だよ」

 A組。

 つまりは一祈と同じクラス。今まで一祈から話が出ていない事に違和感を感じた。


「そういや、そう言ってたな」

 もちろん嘘だった。


「……昨日も大変だったんでしょ? どんな感じだったの? 教えてよ」

 恐らく春久を探していた目的の半分はコレだったのだろう。そんな感じがする聞き方だった。


 体育館からは、ボールの弾む音に加え大きな掛け声。昼レンとは思えない熱の入り方に思えた。


「ニュースで言われてる通りとしか、言いようがないんだ。それにココだけの話、刑事さんから口止めされている」

「マジで?」

「マジだよ。『関係者以外には、余計な事を話さないように』って言われている」

 朝のやり取りの後、ずっと考えていた言い訳の仕方。嘘のつき方。


「そうかぁ。それじゃ仕方ないよね」

「ゴメン」

「ううん。こっちこそゴメンね」

 嘘も方便と言うが、頭を深く下げる唐沢を見ていると、心がかなり痛んだ。


「俺の方こそ噂話の件、教えてくれて助かったよ」

 罪悪感から出た繋ぎの言葉。


「ホント? そう言って貰えると嬉しいなぁ・・・・・・じゃあ、ひとつお願いしたい事があるんだけどいいかな? 」

 上目遣いに春久を見つめてくる唐沢に思わずドキリとする。

「何? 」

 目を合わせる事無く、返事をする春久。


「LINEのコードかメールアドレスを交換してくれる?」

 意外に簡単なお願いである事に安堵し、春久は覚えたての操作で唐沢とLINEとメールアドレスの交換をする。



「別所君のアドレスって、中学の時からレアだったんだよねぇ」

 そう話しつつ、凄まじい速さで登録を行っていく唐沢。

「俺の連絡先を知っている奴限られているからな」

「意味が違うよ」

 返答が芯を食っていなかったのか、唐沢は苦笑いを浮かべていた。


「声楽部や陸上部の先輩達とは連絡先交換したし、昨日なんて、知らない先輩からもスゲー数の連絡が来たから、レアは大げさだよ」

 春久は軽く抗議をする。

「入手はできるよ。こんな時代だもん。昨日の電話だって、多分、LINEの無料通話でしょ? 」

 おくれ毛が頬に掛かるのか、唐沢は髪をゆっくりとかき上げていた。右耳に光る紫色のピアスが妙に艶っぽく見える。


「その通りだけどさ……」

「別所君、電話もメールもうぜぇって空気アリアリだし、人に連絡先も聞かないでしょ? 何より、いつもそばに和泉ちゃんがいるんだもん。みんな連絡先なんて聞くの遠慮するでしょ、普通」

 唐沢の言葉に思わず耳元が熱くなる。


「いつもって…… 和泉はそんなんじゃねぇよ」

 何かを誤魔化すように、そして気持ちを静めるため、春久は缶コーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「じゃあ、能美さんとはどうなの? 」

「どうもない。昨日の一件だって、体調を崩した能美を送って行く様に井土ヶ谷部長に命令されて、それで送っていく最中、後ろから怪しい奴がつけて来てたから、公園までおびせたら・・・・・・」

 誘導尋問という訳では無いだろうが、言葉でグイグイ押され、要らぬ事を口にしてしまう。


「・・・・・・別所君って、押されると弱いんだね」

 俯きながら笑いをかみ殺す唐沢。

「・・・・・・」

 返す言葉が無い春久は押し黙るしかなかった。

「それに、すごくシャイ」

 悪戯っぽく笑う唐沢。

「うれしくねえ言葉だよ」

 悪態を付いて辛うじての抵抗を見せる。


「今日、話をして私いろいろと分かったよ・・・・・・だから、忠告しておくね。私、別所君は声楽部を辞めた方がいいと思う。あそこは、別所君には似合わないし、別所君が思っている様な場所でもないよ」

 妙に力強く、断定的な物言いだった。


「どういう意味だよ」

 唐沢の言葉に軽くイラつき、語尾が自然と強くなる。


「そう言うと思った・・・・・・別所君は、和泉さんや能美さんが関わる事だと人が変わるって、小学校の時から言われていたの知らないでしょ? 」

 唐突な言葉。


「・・・・・・」

 驚きをごまかすには、押し黙るしかなかった。

「別所君が沈黙する時は肯定だよね。つまり、ある程度の自覚はあるんだ」

 見透かしたような物言い。

「煽っても、俺からは何も出ない」

 声を荒げようとも考えたが、何故かソレは出来なかった。



 沈黙

 ただし、今度は唐沢の沈黙で、それが何を意味するのかは春久には分からなかった。



 また、生暖かい風が渡り廊下に流れて来た。

 予鈴がなり、昼レンを引き上げたバレー部員が10人ほど、ジャージ姿のままバタバタと2人の前を通り過ぎていった。


「また、ココに話をしに来るね。メールもするから」

 さっきまでの話が無かったかの様に、にこやかな笑顔を見せる唐沢。


「ここまで言われて、俺がそれに応じると思っているのか」

「思っているよ。別所君は、もう私を無視する事はできないでしょ?」

 唐沢は怒気混じりの春久の返答を軽くいなすかの様に伸びをしていた。


「・・・・・・」

「肯定だね」

 言葉短くそう告げて、足取り軽く走り去っていく唐沢が、春久にはえらく上機嫌に見えた。


 渡り廊下には相変わらず、中途半端に生温い風。

 能美の瞳や一祈の行動、そして中里の涙や唐沢の言葉。さらには昨日の事件。

 それら全てが吹き抜ける事の無い風の様になって、春久の心に小さな澱みを作り続けていた

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